TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

38 / 112
沈黙せざる羊たち

「それでは皆様、短い間でしたがありがとうございました」

 

明朝、里の外れ。俺たちは里の皆総出で、エリンドに帰る視察団の見送りに来ていた。

 

「どうか、また来てくだされ。わしらも外の世界のことが知れてとても楽しかったですじゃ」

 

「色々と手伝ってもらいましたし、これくらいしかお礼は出来ませんけど。本当に、ありがとうございました」

 

「今度はとびっきりの果実酒を漬けとくからな!また来てくれよ!」

 

里の者達が口々に言い、視察団の方もどこか名残惜しそうにしている。俺の心配は、杞憂だったかもしれないな。と、視察団の護衛も兼ねて帰還することになった『鏡像』殿が、俺の傍まで来て口を開いた。

 

「それじゃあ、後は頼んだよ。グロム殿」

 

「頼まれるようなことが起きないのが一番ですがね。ま、やるだけやりますよ」

 

「全くその通りさね。縁があれば、また会おう」

 

その言葉を最後に颯爽と背を向け馬車に乗り込む『鏡像』殿。非常に格好いい振る舞いだが、数日前には『水禍』と共に二日酔いで悶えていたのを思い出して少し笑ってしまった。いかんいかん。

 

「それでは、お元気で!」

 

ラソンが深々と一礼し、馬車に飛び乗る。ゆっくりと進んでいく馬車の列に、里の皆はいつまでも手を振っていた。

 

 

 

「オーギスさん達は残ることにしたんですね。嬉しいです!」

 

「私も嬉しいよミュリアちゃーん!うふふ、ずっと一緒にいようね!」

 

「うん、分かったからとりあえず落ち着けイニマ。まぁ、ニェーク様からの依頼でな。里の者さえよければ、議会の承認を得て動けるようになるまで警備をしてくれ、と。私達もここの生活が気に入ったから、渡りに船だったわけだ」

 

「僕は、カロロ様がこちらに残ると聞いたからだけど。別に、羊人達の為じゃない」

 

見送りが終わった後、こちらに残ることにしたらしい三人組がミュリアちゃんと話していた。

 

「チチチチチッ!いやぁ素晴らしい!荒事慣れしてる人手が増えるのはありがたい限りです!」

 

「まぁ、そうだなぁ。しかし、んー・・・・・・」

 

カロロの言う通り確かにありがたいが、問題が一つだけある。それは、彼らが泊まれる家が無いということだ。『水禍』の大魔術の件で運ばれた木材を使い、新しく建てようということになったのだが、いかんせん時間がかかってしまう。一応、三人はしばらく野宿でもいいと言ってくれてるのだが・・・・・・、どうにも座りが悪いな。と、

 

「グロム、少しいいか?話しておきたいことがある」

 

集まりの隅で無言を貫いていた異形の旦那が、耳打ちするように話しかけてきた。身長差がありすぎて耳打ちは不可能だが、そこはご愛敬か。

 

「何か面倒事かい?」

 

「いや、一応の連絡だ。『水禍』と進めていた、防衛用の結界魔術のことでな」

 

「あぁ、はいよ。この後旦那の小屋に向かえばいいか?」

 

「頼む」

 

そう言って、ノシノシと歩み去る旦那。さて、一難去ったとはいえやることは山積みだ。気張っていかないとな。そう考えを引き締め、俺は空を見上げた。うん、気持ちのいい快晴だ。

 

 

 

 

「~~~♪」

 

見送りやイニマさん達とのお話も終わって、私は家に帰って日課の編み物をしていた。口ずさんでいるのは、カロロさんの故郷に伝わってるらしい童謡。空の果てを目指した鳥人の、旅の記録。色々環境は変わったけど、私のやることは変わらない。頑張ってる皆さんを労いつつ、日常を過ごすだけだ。

 

───それで、本当にいいのだろうか。祝勝会の夜に、『水禍』さんから言われたことだ頭をよぎる。ずっと、昔から里で暮らしている私達。その、私達で、里を守らなきゃいけない。そういう、『水禍』さんの想い。

 

きっと、その言葉は正しいんだろう。私達は、里を、この場所を守る為に何も頑張ってはいない。守り神様が来る前は知らないけど、来てからはずっと他人任せだ。私達羊人は平穏に過ごし、守り神様や最近はグロムさん、他にも色んな人に守ってもらっている。そのままで、いいのだろうか。

 

私は、その、戦うということがよく分からない。隠れ里では揉め事もあるけれど、全部話し合って解決してきた。だから、武器を取って戦うということが理解出来ないんだ。でも、外の世界ではそれは普通のことらしい。

 

私は、それが分からなかった。なんで戦うんだろう。なんで争うんだろう。なんで、話し合いや別のことで解決しないんだろう。生まれてから、ずっと平和な里で暮らしてきた私には理解出来なかった。

 

でも、先日のことで分かってしまった。戦ったり、争ったりするのは、自分や自分の周りを守る為。大切な人を守る為に、人は戦うんだって。

 

だったら、私達も戦わないといけない。人任せにしないで、自分たちの生活を守らないといけない。例え力が無くても、意思は示さないといけない。『水禍』さんの言葉で、私はそのことに気付いたんだ。・・・・・・でも。

 

「・・・・・・はぁ」

 

童謡を歌うのをやめて、溜め息を吐いた。どうすればいいんだろう。戦って、守る。やり方は、グロムさん達が示してくれている。でも、どうしても分からない。私達は、どうすればいいんだろう。どれだけ考えても、答えは見つからないんだ。

 

里の皆は、とても優しくて穏やかだ。でも、グロムさん達と違って戦い方は知らない。ずっと、この里で平和に暮らしてきたから。私は、それがいいことなのか悪いことなのか、悩んでしまう。あぁ、駄目だ。同じ考えが頭の中をぐるぐる回って、どれだけ考えても堂々巡りになっちゃう。グロムさんは私のことを頭がいいと褒めてくれたけど、これじゃ全然ダメだ。

 

「どうすれば、いいのかな」

 

呟いて、私は編み物の手を止めた。悩んでも悩んでも、答えは出ない。せっかく里から危険が離れたみたいなのに、こんなうじうじ悩んでたらいけないよね。でも、『水禍』さんの言うことは間違ってないと思うし、うーん・・・・・・。結局、私はそのまま日が落ち始めるまで悩み続けてしまった。いけない、夕ご飯の準備をしないと。悩みを先送りにして、私は立ち上がる。いつも通りの日常が、ほんの少しだけ億劫に感じた。

 

 

 

「えっと、本当にいいんですかい?私どもは別に野宿でも構わんのだけど」

 

「あぁ、今日は丁度異形の旦那の方で寝るからな。好きに使ってくれ」

 

「そうですよ。オーギスさん達は野宿で大丈夫でも、私達は気にしちゃいます。だから、気兼ね無く使ってください」

 

夜。冒険者三人組に野宿をさせまいと考えた苦肉の策は、俺とミュリアちゃんの家で寝てもらうことだった。元々今日は、ミュリアちゃんと揃って旦那の小屋で休む予定だったし丁度いい。

 

「えー、私もグロムちゃん達と寝たかったな・・・・・・。うん、今度一緒に添い寝しようね!」

 

「あぁ、まぁ、その内な」

 

イニマの言葉を適当にはぐらかしながら、俺とミュリアちゃんは家を出た。夜空には星が瞬いて、半分程になった月が浮かんでいる。月明かりに照らされた夜道は、歩くのに目を凝らす必要も無い。

 

「・・・・・・」

 

手を繋ぎ、無言で旦那の小屋へと向かう。ここ最近、ミュリアちゃんが悩んでいるのは知っていた。恐らく、『水禍』に何か言われた件だろう。力になってやりたいが、彼女はそれをやんわりと拒んでいる。自分で答えを見つけたいと思ってるらしい。

 

正直、歯痒い。ただでさえミュリアちゃんには迷惑かけっ放しだから、こういう時こそ役に立ちたいんだが。本人が望まない以上、俺にはどうすることも出来ない。

「なぁ、ミュリアちゃん。今夜も夜空が綺麗だねぇ。この里に来るまでは、こうやって夜空を眺めて美しさに見惚れるなんてこたぁ無かったからさ。毎夜見ていても、新鮮だよ」

 

「そうなんですか?でも、エリンドで見た空も綺麗でしたけど」

 

「あぁ、いや。俺も、ここに来る前に夜空を眺めなかったわけじゃない。だけどそれは、月や星の位置を見て現在位置を把握したり、明日の天気を予測したりする為だったんだ。こうやって、自然の美しさに思いを馳せることなんざ滅多に無かった。役得っていうのはこういうことなんだろうね」

 

穏やかに微笑むと、ミュリアちゃんも笑みを返してくれた。でも、やはりいつもよりも表情が陰っている気がしてしまう。お飾りの婿とはいえ、情けない限りだ。と、

 

「・・・・・・ねぇ、グロムさん」

 

ひっそりと、月明かりに溶けてしまうような小声でミュリアちゃんが囁く。

 

「なんだい、ミュリアちゃん」

 

「初めて、エリンドに向かう前。あなたは私に言ってくれました。私には、手を汚してほしくないって」

 

あぁ、ミュリアちゃんが飛び筒を使いたいって言ったきた時のことか。

 

「覚えてるよ。あれは、俺の我が儘さ」

 

「でも、私を思って言ってくれたことですよね。それなのに、私は迷ってるんです。知っちゃったから。何かを守る為には、手を汚さないといけないって」

 

「いや、それは」

 

「こ、今回だって!私達里の羊人の為に、グロムさん達が手を汚したじゃないですか!」

 

叫ぶ。限界まで注がれたコップから、突然水が零れるように。彼女は慟哭するように言葉を紡いだ。

 

「本当はわた、私達が、私達の手で守らないといけないのに、全部人任せで・・・・・・!グロムさん達に押し付けて、私達はのうのうと生きてるんです!」

 

「待った、そいつは違うぞミュリアちゃん。俺は自分からこの里を守りたくて」

 

「それは、私達が戦わなくていい理由にはならない!『水禍』さんが言ってました。このままじゃ、いずれ駄目になるって。無知は罪で、私達羊人が変わらなきゃいけないって!ううぅ、わたし、私達が立ち向かわないといけないんです!」

 

・・・・・・そう、か。酔っ払った『水禍』から聞かされたのは、そういう話だったか。そこは、俺の弱点でもある。何せ、里の人達を戦わせたくないのは他ならぬ俺なんだからな。

 

「・・・・・・分かった、ミュリアちゃん。俺も白状するわ。ミュリアちゃん達里の皆に、戦ってほしくない理由を」

 

洗いざらい、ぶちまけてしまおうか。それで軽蔑されたら、それはそれだ。心からの叫びを伝えてくれたミュリアちゃんに、俺は自身の歪んだ想いを語り始めた。

 

「ミュリアちゃんに助けられて、羊人になってここで暮らし始めてさ。俺は、この里を楽園だと思ったんだ。争いとも貧困とも無縁な、日々を平穏に過ごせる楽園。傭兵稼業ではついぞ手に入れることの無かった、心の奥底で臨んでいた憧れの暮らし。だから、君達には変わってほしくなかった。自分の理想が、汚れてしまう気がして。楽園が、崩壊してしまう気がしてたのさ」

 

俺の話を、ミュリアちゃんは瞳に涙を溜めたまま聞いている。何を思っているかは、分からない。

 

「俺ぁ今でこそこんなナリだが、所詮は争いごとを飯の種にする傭兵だ。だから、俺が守ろうと思った。異形の旦那やカロロを利用してでも、この楽園を楽園のまま、守り通そうと思ったんだよ。結局は、更に人を巻き込んでの大事になっちまったけどな」

 

浅ましい感情は、とめどなく俺の口から溢れてくる。誰にも言えなかった、本当のエゴ。

 

「里を守りたいと言えば都合はいいが、実際は自分の理想を汚したくないだけだったんだよ。その為には、旦那も、カロロも、オーギス達も。『水禍』だろうがお貴族様だろうが、使い潰すことすら厭わない。慣れてるのさ、そういうやり方は。反吐が出るね」

 

「グロム、さん・・・・・・」

 

「まぁ、俺はこういう人間だよミュリアちゃん。里の者達には無知でいてほしい。何故なら、それが俺の理想だから。その為には手段を選ばぬ、我が儘な人でなしだ。失望しただろう?」

 

あぁ、言ってしまった。全てを吐き出してしまった。打算に塗れた、ドス黒い欲望を。怖くて、ミュリアちゃんの顔が見れない。と、

 

「そこまでだ」

 

奇怪な声に振り向くと、そこには異形の旦那が立っていた。足音や気配にすら気付かない程、俺も動揺していたらしい。

 

「やぁ、旦那。聞いていたのかい?」

 

「ミュリアの声が聞こえたのでな。駆け付けたのだ。まぁ、粗方は聞いた。いいから二人とも来い。体を冷やすぞ」

 

「あっ・・・・・・」

 

俺たちを無理やり引っ張り、旦那は小屋へと向かう。有無を言わさぬ様子に、俺もミュリアちゃんも大人しくついていくしかなかった。




楽園の羊たちは盲目であるべきなのか。難しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。