「・・・・・・ふむ。こんな所か」
魔術によって切り落とされ、適当な形に加工された木材の前で『水禍』は満足気に頷く。彼の水を操作する魔術は精密で、家を建設する為の木材を用意するのに最適だった。
「ありがとうごぜえます!これでだいぶ手間が省けました!」
「大したことではない、気にするな」
頭を下げる羊人に素っ気なく返事をしながら、『水禍』は颯爽とその場を立ち去る。彼自身の魔力はさほど多くは無い。魔石も無駄遣い出来ない今、暫く休息すれば回復するものの、出来る限り魔力は温存するのが吉だろう。
───ならば、何故木材の加工を手伝ったのだ。浮かんできた自問に、彼は微かに表情を歪める。無償で魔術を行使するなど、随分と優しくなったものだ。失笑に近い心の声は、『水禍』自身が深く自覚してるものでもあった。
「やれやれ、愚かなものだ」
呟いて、あてがわれた小屋の中に入る。やや手狭だが、一人で暮らす分には十分な住居だ。しかも、羊毛を素材にした家具は最高級の使い心地。毎日新鮮な食材を持ってきてくれることといい、平穏に暮らしていくのは最高の環境である。
「・・・・・・はぁ」
溜め息を吐いて、ふわふわのベッドに腰掛ける。シリュートの殺害が成功してから、『水禍』はどうにも気が抜けてしまっていた。雑事はあれど、どれもが血生臭くないものだ。王国領で生きていた頃とは、何もかもが違う。
ここに腰を落ち着けるのも悪くは無い。最近はそんな考えすら浮かんでいた。シリュートを殺した今、『水禍』がこの里に留まる理由は無いはず。強いて言えばグロムとの約束があるが、仮に里を去ったとして追ってくるとは思えない。ならば、何故?
「いかん、いかんな。平和ボケするのは、羊人共だけで十分だ」
己を戒めるように呟き、『水禍』は装飾具である水晶の手入れを始めた。曇りすら無いようにピカピカに磨いて、魔術の伝達を少しでも高めていく。手慣れた動きは、彼の今までの経験を表していた。才能の無い己を少しでも誤魔化す為に、複数の魔道具に頼った過去を。さらに、隠れ里でもそれを隠し通しているという事実を。
水晶を磨き上げながら、『水禍』は鬱々とした感情を心の奥へと抑え込む。周囲に想像されているような、強力な魔術師だと己を奮い立てねばならない。『鏡像』の魔術師のような上澄みではないと、バレる訳にはいかない。もしバレたら、この里にいられなくなってしまう。
「えぇい、下らん」
本来の実力がバレたとしても、グロム達や羊人達が『水禍』を追い出すなんてことはありえない。それは、この里で過ごしてきた『水禍』自身がよく分かっている。とすればこの感情はなんだ?負い目か?それこそありえないことだ。彼は、この程度で良心の呵責に囚われる人間ではない。と、
コンコン
ノックの音。次いで、澄んだ綺麗な声が響いた。ミュリアだ。
「『水禍』さん、いらっしゃいますか?」
「・・・・・・何か用か」
「はい、その・・・・・・中に入ってもいいですか?」
断る理由は特に無い。立ち上がり扉を開けると、神妙な様子のミュリアが佇んでいた。
「なんだ、何か面倒事か?」
「いえ、少し話がしたくて。祝勝会の夜、話してもらったことの答えを見つけたから」
その言葉に、『水禍』は心当たりがあった。彼自身は覚えていないが、祝勝会の翌日、グロムと異形に詰められて察したのだ。どうやら自分は、泥酔した勢いで目の前の少女に何かをのたまってしまったらしい。『水禍』は酒に弱く、『鏡像』にしこたま飲まされたせいで記憶が飛んでいる。その為、何を話したかまでは全く覚えていない。
「あぁ・・・・・・まぁ、入れ」
とりあえずミュリアを小屋の中に入れつつ、『水禍』は考える。自分は何を話したのだろうか。恐らくは、ロクでもないことを言ったのだろう。そうでなければ、わざわざ彼女が小屋まで来ることは無いはずだ。しかし、本当に何も思い出せない。彼は無理やり酒を飲ませまくってきた『鏡像』を恨みつつ、ミュリアに話しかけた。
「まぁ、適当に座れ。それで、話とはなんだ」
「あっ、はい。えっと、ですね。祝勝会の夜、『水禍』さんは言ってくれましたよね?無知は罪で、私達羊人も里を守るべきだって」
覚えは無い。だが、その言葉で大体の事情は察せられた。どうやら自分は、無責任な青臭い願望を吐き出してしまったらしい。不覚。戯れに思考し空想した物事を、泥酔していたとはいえ他者に話してしまっていたとは。それもこれも『鏡像』のせいだと思いながら、『水禍』は重い口を開く。
「それがどうした。よもや、里の者と共に立ち上がるつもりだと?我々と肩を並べ、戦うとでも言うのか?」
「・・・・・・違います。前線で戦うつもりはありません。私達にはその経験も、適性も無いみたいですから」
「なら、なんだ?自分たちには無理だと断りを入れにでも来たか。それなら結構、お前たちはそのままでいろ。元よりグロムも、そのつもりなんだろうさ」
「それも、違うんです。私達は、現状の全てを知った上で変わらなきゃいけない。少なくとも、私はそう思っています」
決意のこもった、芯を感じる言い方。気圧されるような気分になった『水禍』は、思わず視線を逸らしてしまった。
「私は、現状を里の皆に伝えようと思っています。隠れ里そのものが危機に晒されていて、それを『水禍』さん達が押し留めてくれていたって。洗いざらい、伝えるつもりです」
「伝える?伝えて、どうする。いたずらに不安を煽るつもりか」
「真実を伝えて、頼みます。全員で里を守ろうって。『水禍』さんと一緒に戦うことは出来ないけど、自分たちに出来ることをしようって。それは、戦うことと同じだってグロムさんが言ってくれたんです」
確かに、グロムならばそういうことを言うかもしれない。それは一側面から見れば正しいことだ。今起きていることを知り、対策する。自覚を持ち、脅威に対する。それこそが、『水禍』が羊人に求めていたことなのだから。
「・・・・・・成程な。しかし、お前はそれでいいのか?良かれ悪かれ、この里は大きく変わってしまうだろう。今までの日常は壊れてしまうかもしれない。それでも、いいのか?」
「はい。私は構いません。里の皆にはこれから話すので、どう反応するかはまだ分からないですけど・・・・・・」
ミュリアの決意は固いようだ。泥酔の結果とはいえ、彼女にここまで決意させたのは自分らしい。今まで感じたことの無いような罪悪感、それが心に浮かんでくることに戸惑いながら、『水禍』は視線を床に落とす。
「そう、か。ならば、好きにするがいい。どう行動するのも、お嬢さんの勝手だ」
まだ何かを話そうとするミュリアを手で制し、杖で扉を指した。目の前の彼女と言葉を交わすのが、何故だか酷く鬱陶しい。分析する気も起きない自身の感情を抑え、『水禍』は続けて言う。
「出ていってくれ。私は暇ではないのだ」
「・・・・・・分かりました。聞いてくれて、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、ミュリアは扉を開け、小屋の外へと出ていく。それを見ることもせず、彼は深く深く溜め息を吐くのだった。
「ふぅぅぅ・・・・・・随分と、お優しくなったものだな。『水禍』の魔術師よ」
「いっきまっすよー!」
「お、お手柔らかに頼みます」
「・・・・・・よし」
使い込まれた武器を構え、三人の冒険者がそれぞれ言う。彼らの視線の先にいるのは、八本の腕を持つ異形だ。
「来い」
短く言い放ち、彼は籠手をはめた腕を展開する。籠手には白い羊毛が巻き付けられており、端から見るとどこか滑稽な様子にも見えた。オーギス達の武器にも同様に羊毛が施されており、何かにダメージを与えるのはかなり苦労するだろう。
何故、このような状況になっているのか。時は昨日の夜まで遡る。
「わ、私達と模擬戦を!?」
「あぁ。前回の作戦では、獅子奮迅の活躍だったと聞く。お前たちの実力を知ることは、グロムに任せっ放しだったからな。里に暫く滞在するのなら、俺も知っておいた方がいいだろう」
三人の家、その建設予定地。日が落ちる直前まで里の者達の手伝いをしていたオーギスは、異形の提案に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「わーいいですねそれ!私も守り神さんの強さ気になってたんです!腕いっぱいあって隙無さそうだし、何より見た目からして強そうなんですもん!」
「いや待てアニマ、お前そんなウキウキで・・・・・・」
「僕は構わないけど、飛び筒は使うのか?」
「いや、使わん。防護用の籠手ははめさせてもらうが、それ以外は徒手空拳だ」
トントン拍子に進んでいく話に、オーギスは無精髭を撫でて考え込む。確かに、提案自体は正論だ。これから、共に戦うこともあるだろうから。しかし、正直オーギスは戦闘は苦手だった。経験自体は豊富なものの、純粋な実力ではイニマ、次いでチャロに大きく水をあけられてしまっている。いや、だからこそ模擬戦が必要だ。自身の弱さを、彼は強く自覚していた。
「・・・・・・分かりました、受けましょう。しかし、こっちの武器はどれも刃引きもされてないんですが、本当にいいので?」
「構わん。浅い傷程度ならばすぐに治る」
「あっ、待って!それなら、私にいい案があるんだけど!」
二人の間に割って入り、イニマが元気よく手を上げる。また妙な提案をしそうだとオーギスはその時思ったのだが───
「よぅし、それじゃあ双方準備はいいか?」
審判役を引き受けたグロムが、可愛らしい声でオーギス達と異形を促す。頷いたオーギスだが、内心かなり動揺していた。まさか、イニマの提案が武器に羊毛を巻き付けることだったとは。確かにそれは、名案とも呼べる発想だった。羊毛自体は強度に優れ、余程の攻撃で無ければ刃は通らないだろう。精々が打撲程度だ。だがしかし、問題なのは。
「う、うぅむ」
高い。羊毛は加工されていないとはいえ、今回の模擬戦用に羊人達から貰った分だけで金貨三枚以上になるだろう。貧乏性のオーギスは、そこが気になって仕方ない。隠れ里では、それこそ掃いて捨てる程羊毛に溢れている。それは知っていても、どうしても価値観が拒否反応を起こしてしまう。しかし。
「・・・・・・っ、ふぅぅ・・・・・・よし。イニマ、背後に回って牽制を。チャロは距離を取りつつ私を援護してくれ」
頬を叩き、無理やり気分を切り替えた。もこもこの羊毛に覆われた長剣を構え直し、命令を下す。その様子に、イニマは微笑み、チャロも無言で頷いた。
「それじゃあ、始めっ!」
声質に似合わぬグロムの鋭い声と共に、異形対冒険者三人の模擬戦が始まった。
先手を取るのはイニマ。異形から距離を取りつつ、ぐるりと背後に回る。凄まじい速度だ。同時に、イニマを捉えようとした異形にチャロの矢───矢じりに羊毛を纏っている───が飛ぶ。籠手の部分で弾き落としていくが、上空から次々に飛来するそれに異形は対処するしかない。彼の意識が僅かに上を向いた所で、オーギスとイニマが前後から斬撃を放った。
「うぉぉらぁぁっ!」
蛮声と共に振り下ろした長剣は、しかし籠手に阻まれる。合計八本の腕が、矢に対処しながらも斬撃も受け止めてしまった。迫る巨木のような腕を何とか交わし、イニマが連続で斬りかかったおかげで生まれた隙になんとか距離を取って体勢を立て直す。強い。というより、動きの予測がつかない。新手の魔物と戦っているような気分になりながら、オーギスは叫んだ。
「風車の陣でいくぞ!チャロが回せ!」
「あぁ!」
風車の陣。強大な野生生物や魔物に立ち向かう為、オーギスが考案した戦法の一つだ。と言っても、難しいものでは無い。対象を中心にオーギスとアニマが旋回しつつ攻撃を繰り返し、チャロが上空から矢を射かける。波状攻撃で隙を見せた相手に、「回し役」の誰かがトドメの一撃を放つ。今回の場合は、オーギスとイニマが牽制に徹し、チャロが空中から強襲する形になるだろう。すなわち、オーギスとイニマの役割はハエの如く異形にまとわりついて攻撃を仕掛け続け、集中力を削ぎ隙を作り出すことだ。
異形はオーギス達の狙いに気付いているのかいないのか、多腕を駆使した迎撃に徹している。時折り周囲を回りながら攻撃してくるオーギスとイニマに突撃しようとするが、その度にイニマの連撃かチャロの矢で動きを制限され、止められてしまっていた。そのコンビネーションの練度は驚くほどである。
「こいつは・・・・・・」
見物していたグロムは感心するように呟いた。イニマには天性の剣技の才があることは気付いていたが、チャロの腕前も中々のものだ。オーギスは実力は一段劣るものの、状況判断及び指揮能力に優れている。何があるとも知れぬ隠れ里の方向、その偵察依頼を受けるだけある。この連携力を最初から見抜けていれば、先の作戦ももっと安全に行えただろうに。多少後悔しつつも、グロムは戦局を見逃さないように目を見開いていた。と、
「ふはっ、おおぉっ!」
受けに回っていた異形が、前方に回ってきたオーギスに突如突進した。イニマが慌てたように高速の斬撃も繰り出すも、背中の腕で受け止め意に介さない。チャロの矢も片手の籠手で払いつつ、もう一本の腕が叩き潰さんばかりにオーギスへと迫った。
「ぐっおぉぉっ!?」
衝撃。長剣を盾に辛うじて受けたオーギスが、踏ん張り切れずに吹き飛ばされる。風車の陣が崩れた。異形はそれを逃さず、残されたイニマに襲い掛かる。チャロの矢を全て背中の腕で叩き落とす様は、まるで後方に目が付いているかのようだ。イニマは異形の猛攻を上手く受け流しているが、攻勢に移ることは出来ない。
「クッソ・・・・・・!」
呆気無く風車の陣を破られ、オーギスは長剣を構え直しながらも思考を回す。どうすれば突破出来る?今、自分が異形の背中に向けて斬りかかったとしても、容易くあしらわれてしまうだろう。チャロの射撃もそこまで効果は無く、イニマも劣勢だ。どうする、どうすればいい。袋小路に追い詰められたような感覚を覚えつつも、オーギスは諦めずに考え続けた。そして、一つの結論に辿り着く。本来、模擬戦という状況からは想定しないであろう一手。
「撤退だ、下がるぞ!殿はイニマ!」
その声に、二人は即座に反応した。互いを援護しつつ、異形から距離を取る。異形が突撃してきても十分対応出来る程度に離れた後、状況は膠着。ジリジリと下がるオーギス達にを見ながら、異形は面白げに声を発した。
「ほぅ。やらんか」
「やりません。全力尽くしても敵わん相手には逃げて情報持ち帰るのが、私ら冒険者の仕事なもんで」
「ふははっ。模擬戦で、それを判断するか。面白い男だ」
「実力を見たいってのは、こういうのも含めてのことだと思ったんで・・・・・・ルール破りみてえなことをして申し訳ない」
示し合わせたように戦闘体勢を解き、オーギスと異形は言葉を交わす。笑いを堪えるような様子のグロムが、それを見て告げた。
「よし、それまで!見事なもんだったよ。前の俺でも、三人の連携にゃあ敵わんな」
「そいつは、過分な誉め言葉で。ふぅぅぅ・・・・・・」
緊張の糸が解けたのか、その場にへたり込むオーギス。チャロは無言で翼を畳み、イニマは犬が懐くようにグロムの元へ駆け寄った。
「いぇーい、グロムちゃん見てた!?私達頑張ったよ!褒めて褒めてー!」
「あぁ、うん。実際凄かったよ。オーギスの指揮力にチャロの弓勢、イニマの剣技。どれを取っても一線級だ。最初会った時に予測してた実力は俺の見当違いだったな。すまん」
「えへへへっ!そうだよ、私達も結構やるんだから!ですよね、リーダー!」
「その辺にしとけイニマ、抱きしめられてグロムさん苦しそうだから」
オーギスはぐったりと座り込みながらもたしなめるが、イニマはいやいやと首を振ってグロムの頭に生えている巻き角を撫でる。オーギスは勿論のこと、チャロも相応に消耗しているというのに、イニマは元気いっぱいだ。やはり頭一つ図抜けている。グロムは頬ずりをされながら改めて思った。この三人は、強い。
「うむ。見事だった。冒険者とは、かくも精強なんだな」
異形も感心したように頷いて、座り込んでいるオーギスの元にのしのし歩いていく。見上げてくる彼に手を伸ばし、知らぬ者が聞けば震えあがるような声で言った。
「これからも、よろしく頼む」
「・・・・・・は、はい。こちらこそ」
おずおずと伸ばしてきたオーギスの手を掴み、彼らは力強く握手を交わす。それを見ていたチャロは、肩を竦めて散乱している矢を拾い始めた。
イニマは上澄み、チャロは精強、オーギスは二人に劣るものの指揮能力に優れているといった感じです。