TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

42 / 112
目覚め前

「こんにちは、ボードゥさん!今、時間はありますか?」

 

昼下がり。鶏用の飼料を混ぜていたボードゥは、澄んだ声に顔を上げた。そこには、何やら真剣な表情をしたミュリアが立っている。

 

「おぉ、ミュリアちゃんかい。こんな時間に珍しいな、どうしたんだい?」

 

作業を中断し朗らかに返事をするボードゥ。飼料は早急に必要では無いし、飼っている鶏たちは健康そのものだ。今朝も立派な卵を沢山産んでくれた。飼料作りが一段落ついたら、新しく里に住む三人組の為に建てている家、その応援に行こうと思っていた程には時間がある。

 

「えっと、実は聞いてほしいことがあって。里の皆と一人ずつ、話し合ってるんです」

 

とても真剣な、真面目な雰囲気。ボードゥは思わず居住まいを正したくなり、服に付いた汚れや屑を払い落とした。

 

「あ、あぁ。とりあえず中に入ってくれ。立ち話もなんだから」

 

「ありがとうございます。お邪魔しますね」

 

鶏小屋のすぐそばに立ててあるボードゥの家は、少しがらんとしている様子だ。妻を病で失ってから数年、子供もいない彼は一人でここに暮らしている。寂しくは無い。可愛い鶏たちがいるから。だが、どうしても時折り悲しくなる。最後は眠るように旅立っていった、妻のことが頭をよぎってしまうのだ。

 

「ちょいと待っててな、確かここに干しぶどうが」

 

「あ、お気になさらず。さっきもニグさんの所でご飯を頂いちゃったので」

 

「おっと、そうか。・・・・・・あー、それで、話って何だい?」

 

テーブルを挟んで向かい合い、ミュリアと視線がかち合う。どこか覚悟を感じる、真っすぐな瞳。いつもの彼女とは、決定的に何かが違った。

 

「はい。実は、ですね」

 

そうして、ミュリアはボードゥに語り始める。自分の我が儘、エゴに満ちた考えを。

 

 

 

 

 

「む、むむむむ・・・・・・」

 

一通り話を聞き終わった後、ボードゥは低い声で唸った。里を守る。自分たちの手で。それは、当然の話である。実際、鶏狙いの野生動物が現れた時などは、ボードゥ自身も鋤を手に追い払ったりはしていた。しかし、それとこれとでは話が違う。

 

「外の危険ってのは、よく分からないが。視察団の方々は、いい人達だったぞ」

 

「そうですね。とても親切な人達でした。でも、外の人間は彼らだけじゃないんです。この里を狙って、攻めてくるかもしれない。そうなった時、守り神様達に任せっ放しにはしたくない。私は、そう思ったんです」

 

「確かに、うーん。そうなんだけどな。具体的に、どうすりゃいい?俺は守り神様みたいに強い訳じゃ無いし、『水禍』さんみたいに魔術も使えない。出来ることはあるんかな」

 

半信半疑で声を漏らす。明確な敵意を持った外敵に立ち向かう。そんなことは、この里では100年近く起きていない。数世代以上の年月を経ているからか、ボードゥには想像もつかないことだった。それは、他の羊人も同じだろう。

 

「あります。私達全員で力を合わせれば、きっと出来ることがあるはずです。例えば、里の周りに大きな柵を建てたりとか」

 

「そんなことでいいのかい?それならまぁ、出来るとは思うけど。しかし、敵、敵かぁ」

 

どうしても、現実感が無い。実は『水禍』は里に攻めてきた者だと聞かされても、ボードゥにとっての彼は仏頂面ながら魔術を使うすごい人という認識なのだ。頼み事も、案外引き受けてくれる。お礼も兼ねたおすそ分けも、しっかり食べてくれているようだし。

 

「私も、最初は信じられませんでした。というより、実感がありませんでした。そんなこと、この里では起きてこなかったから。でも」

 

キッと、ミュリアの瞳に力が入る。

 

「そうじゃなかった。守り神様が、全部遠ざけてくれていたんです。私達を守る為に」

 

守り神様。不思議な体をした、狂暴な動物や魔物を倒してくれる人。ボードゥは、ぼんやりとそういう存在だとしか認識していなかった。ありがたいとは思っていたし、新鮮な卵を届ける度に無骨なお礼をされたこともある。しかし、彼の想像以上に、守り神様は過酷な日々を送っていたのかもしれない。

 

「今、守り神様だけじゃ里を守り切れないような危機が、迫っているかもしれないんです。もしそうなった時の為に、私達も出来ることをしたい。一緒に戦うことは出来ないけど、せめて手助けはしたい。それが、私が思った我が儘です」

 

「・・・・・・分かった。うん。大したことは出来んけど、俺で良ければ手伝うよ。守り神様へのお礼にもなるし、何より誰かに辛い思いを押し付けてばっかりは、嫌な気分だから」

 

大きく頷いて、ボードゥはミュリアを見つめた。正直、言われたことの半分も理解出来ている気はしない。それでも、彼女の想いは痛いほどに伝わってきた。少し前まで赤ん坊だったはずミュリアは、成長して前に進もうとしている。良いか悪いかは分からない。だが、ボードゥは平凡な善性に動かされ、彼女の提案を了承した。それが正しいと、そう思ったのだ。

 

「ボードゥさん・・・・・・!ありがとうございます!でも、絶対に無理はしないでくださいね。ここまで色々言っちゃったけど、無理強いはしたくないんです」

 

「ははは、気にしないでおくれ。ミュリアちゃんが教えてくれなきゃ、ずっと迷惑をかけることになってたからね。皆で助け合う。それが俺たち羊人だ。里を守る為に、守り神様を含めた皆で助け合えばいい。そういうことじゃないのかい?」

 

小さな共同体である隠れ里の、掟とも呼べない程度の些細な約束事。皆で助け合う。物心ついてから何も考えずに守ってきたそれを、今度は考えながらやるだけだ。ボードゥは、そのように解釈していた。恐らく、他の羊人も同じだろう。

 

「う、うぅ・・・・・・!ボードゥさんも皆さんも、優し過ぎますよぉ・・・・・・!」

 

何十人目かの対話だというのに、殆どの羊人がミュリアの提案を受けてくれている。ミュリアは瞳を潤ませ、精一杯に頭を下げた。彼らの善性に、心からの感謝と幸福を覚えながら。この里で生まれ育って、本当に良かったと。

 

 

 

 

「ふぅむ、こんなもんかねぇ」

 

家のテーブルに地図を広げ、俺は大体の見当をつけていた。隠れ里及び周辺の地形が克明に描かれている地図は、異形の旦那に描いてもらったものだ。まるで軍議室の壁に貼り付けられている程に分かりやすい作りで、細かく注釈も付けられている。あの手先の器用さからしてみれば、順当な才能かもしれない。

 

「さて、と」

 

地図の上に、目印として小石を置いていく。仮に大軍に攻められるとして、見張り台を建てるのに有効な場所の確認だ。焼け石に水ではあるが、一応策もある。とりあえずは、先に立てる場所を選定しちまおう。

 

とんとんと、五か所に小石を置いた。里からやや離れた場所かつ里を囲むようにしつつ、夜は松明の明かり等で連絡が取れそうな配置。うぅむ、難しい。最低限の知識があるが、それでもこいつは難題だ。そもそも兵力が足りない。ニェーク伯爵が、上手いこと議会に話を取り付けてくれればいいんだが。

 

「あれもこれも、無いものねだりだな。見た目通りならそれも許されたんだろうが、やれやれ」

 

現状、カロロや異形の旦那に『水禍』、オーギス達という個の戦闘力に頼るしかない。それでも、王国軍が攻めてきたらひとたまりも無いだろう。全てが蹂躙される。それだけは、避けないと。

 

さぁ、考えろ。共和国の保護は未だ確約されず、状況は暗雲の中だ。数十年間戦場で生き延びてきた知識と経験をフル動員させて、僅かでも生存率の高い環境を作り出せ。俺は改めて、精巧な地図とにらめっこを始めた。

 

まず、基本的な敵の接近は旦那と『水禍』の結界魔術で捕捉することが出来る。かなりの距離まで網羅しているとくれば、最悪里の皆を避難させることは出来るだろう。今考えるべきは、それを潜り抜けてきた時だ。見張り台を建て周囲に警戒網を張りつつ、大型の飛び筒を配置し迎撃能力を持たせる。俺の提案に、旦那はしばらく考え込んだ後頷いてくれた。この見張り台で痛撃を与え、カロロやチャロの力を借りて離脱。これを繰り返せば、王国軍を牽制して避難する時間を稼ぐことが出来る、か?

 

いや、そもそも里まで攻め入られた時点でほぼ終わりのようなものだ。しかし、他の方法は思いつかない。王国側の動静も詳しくは分からず、共和国との協力も不確定な状況ではこれが限界だ。里の皆の命を守る。絶対に果たさなければならないのは、そこだ。

 

「全く、歯痒い歯痒い。誰一人欠けたくないなんて、俺も甘ちゃんになったもんだな」

 

天上を見上げてぼやく。傭兵だった頃は、人死にが出るのが当たり前だった。作戦後、数人死んでただけなら上出来で、大体は見知った顔がいなくなっている。今となってはたまらない話だ。平穏は、俺みたいな奴を弱くする。

 

あぁでもない、こうでもない。最適解を探し続けて、結局進展は無い。時間ばかりが過ぎていく。まぁ、すぐに名案が浮かぶならこの世に軍師も参謀も必要無いってことになる。地道にやってくしかないもんだ、こういうのは。そうやって自分を慰めていると、不意に眠気が湧き上がってくるのを感じた。いかん、寝落ちは勘弁だ。分かってはいても、睡魔の勢いは止まらない。

 

「う、むぅ」

 

ヤバい。この体はやたら寝付きがいいからか、眠気にも抗えない。子供は糸が切れたように眠りにつくことがあるらしいが、それがこれか。いや、実際に見たことは、ない、けど。・・・・・・まずい・・・・・・。夕飯も、作って・・・・・・ない・・・・・・。

 

「ぐぅ・・・・・・」

 

 

 

 

 

「ただいま。すみませんグロムさん、遅くなりました・・・・・・あ」

 

私が家に帰ってきた時、グロムさんの返事が無かった。結構遅い時間になってしまったけど、出かけているのだろうか。薄暗い家の中は、燭台に火も付いていない。目を凝らすと、テーブルに突っ伏しているグロムさんの姿が見えた。柔らかいほっぺを地図に押し付けて、涎を垂らし眠っている。

 

「・・・・・・ふふ」

 

愛しげな姿に、思わず笑顔になってしまう。普段のグロムさんはとても頼りになるけれど、こうしていると妹が出来たみたいだ。起こさないようにそっと抱き上げて、ベッドに寝かせる。口元を拭ってあげると、むにゃむにゃと寝言を呟いた。緩んだ幼い表情は、起きている時と全然違う。

 

「おやすみなさい、グロムさん」

 

このままずっと寝顔を見つめていたいけど、そうもいかない。グロムさんが起きた時用に軽いスープでも作っておこう。私もちょっとお腹が空いたし。

 

私は台所に立ちながら、最近のことを思い返す。里の皆と、お話をし続ける日々。皆は本当に優しくて、私が思っている以上に強かった。体は少しだけ疲れているけれど、心は凄く元気だ。さっき、グロムさんの寝顔からも元気をもらったし、明日からも頑張ろう。私は根菜を刻みながら、改めて決意した。




眠っているグロムは可愛いですね。意識が無ければただの幼女でTS的旨味が無い?うーむ、正論。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。