TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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呼び水

「ふぁ・・・・・・」

 

呑気な様子で欠伸をしながら、男は細い長剣を鞘に収めた。

 

凄惨。そう呼ぶ他無いだろう。周囲にはバラバラに斬り刻まれた兵士達が散乱し、誰一人生き残ってはいない。その場で動いているのは、眠たげな男のみ。

 

「無駄だと分かっているのか、いないのか。こちらとしては好都合だけど。まぁ、いいか。リグは順調にやっていたし、多分問題は無いだろう」

 

虚空に向かって呟き、バラバラの肉塊を踏みしめながらその場を後にする。ここは王国領、国境線の近く。男は、合計して1000を超える王国軍兵士を斬り殺していた。尋常な腕ではない。と、

 

「ん・・・・・・?」

 

不意に足を止め、足元の肉塊を眺める男。何が気になったのか、そのまましゃがみ血みどろのそれを漁る。辛うじて伝令だったと分かる軍装を引っぺがし、内ポケットに入っていた羊皮紙を取り出した。血で滲み、何が書いてあるか分からない。しかし、男は問題無く読めているのか顎をぼりぼりと掻きながら口を開く。

 

「ほぅ、成程。共和国に密偵を送っているのか。まぁ、当然だよな。うーん・・・・・・これは、ふむ」

 

あぁ、とかおぅ、とか無意味に聞こえる呟きを漏らしつつ、男は何度か頷いた。読み終わった羊皮紙を放り出して、次の瞬間それが細切れになる。キン。鞘に長剣が収まる音。

 

「一応、様子を見に行くか。こっちの兵士を殺し過ぎてもバランスが悪い。上手く均衡させつつ、消耗させないとな。ふあぁ・・・・・・」

 

再び欠伸を一つ漏らし、男は進路を変えて進んでいった。さっきの羊皮紙の内容。前線の司令官が暗殺されたことにも関係しているらしい、共和国側の拠点。王国内でも噂に過ぎないそれは、しかし一部の王国軍内ではまことしやかに語られていた。曰く、魔術師を多数擁し、かつ人ならざる魔物さえ従える羊人の幼女が指揮を執っていると。馬鹿げた話だが、司令官が殺されたことは事実だ。火があるのなら、それに煙が立つのは当然である。それを抑える為に情報を統制しろと、先ほどの羊皮紙には書いてあった。

 

「噂は噂。もしも真実だった面白いけど、どうだろう」

 

仮に真実だとして、その拠点があると推察される場所も羊皮紙に記されていた。ここから徒歩で15日くらいの距離。ならば、男にとっては数日だ。僅かに好奇心を疼かせつつ、男はゆっくりと進んでいく。───羊人達の、隠れ里へと。

 

 

 

 

 

「用はなんだ、異形」

 

素っ気なく言い捨てる『水禍』の前には、八本腕の異形が立っている。場所は里の外れ、木材が積み上げられている場所だ。

 

「今日も、木材を切り出しているのか」

 

「それは既に終わっている。後数日もすれば、奴らの家も完成するだろよ。それがどうした」

 

鋭い、しかし濁った瞳を異形に向ける『水禍』。やはり、正常な状態ではない。改めて実感した異形は、駆け引きも無く正面から突っ込んだ。

 

「『水禍』。お前、何を悩んでいる」

 

「・・・・・・なんだと?」

 

「今のお前は、まともな精神ではないだろう。自覚もあるはずだ。何を、悩んでいる」

 

直截な言葉に、『水禍』の目元が微かに痙攣する。ここまで真っすぐに聞かれるとは思っていなかったらしい。

 

「・・・・・・ふん。仮に悩んでいたとして、貴様に関係あることか?」

 

「ある。お前は既に、里の一員だ。貴重な戦力でもある。気にかけるのは当然だ」

 

「はっ、里の一員?この私が?貴様も羊人のように平和ボケしているのか。私は、この里を滅ぼそうとした魔術師だぞ」

 

侮蔑を滲ませて言う『水禍』に、しかし異形は気圧されることは無い。

 

「それが、どうした。お前は命を賭け、里に危険をもたらすシリュートを討つ為戦った。里を滅ぼそうとしたとして、罪は償っただろう」

 

「それは貴様の見解だ。私は、そう思ってはいない。チッ・・・・・・」

 

舌打ちをして、『水禍』は踵を返す。言う必要の無いことを言ってしまった。これ以上の会話は危険、いや、不快だ。そのまま立ち去ろうとするも、巨大な手に肩を掴まれる。

 

「待て。逃げるな。逃げたとしても、袋小路だぞ」

 

「・・・・・・貴様に、何が分かる」

 

振り向かないままに、どろりと言葉を吐く。自制が利かない。『水禍』は、本来冷静かつ冷酷な男だ。だというのに、その冷たさがどんどん無くなっていく。

 

「貴様に、何が分かると言うのだ。このような場所に引きこもり続けた、貴様に」

 

「分からんから聞いている。何を悩んでいるのかと」

 

「貴様は俺の母親のつもりでいるのか?随分な趣味だな、見た目通りに中身も捻じ曲がっているようだ。手を離せ。魔術で斬り飛ばすぞ」

 

悪罵を叩き付け、異形の腕を潰さんばかりに強く握った。しかし、びくともしない。そこに、異形は素直な声色で告げる。

 

「既に戦友だろう、俺たちは。違うとは言わせんぞ。共に戦った。命を賭け、それぞれの務めを果たした。そんな戦友を心配して何が悪い」

 

「・・・・・・おぞましい見た目に似合わぬ理想主義。吐き気がするな。いいか、貴様や羊人達のような安穏とした間抜けばかりではないんだ、この世界は。悪意こそが、世界の真実だ」

 

悪感情を煮詰めたようなその言葉に、異形はふと思い当たった。『水禍』が、何故ここまで苦しんでいるのかに。

 

「そうか。それが、お前の考えか」

 

「そうだとも。何か間違っているか?そも、里が危険に晒されている現状こそが悪意の影響を示している。だからこそ」

 

「待て。話を逸らすな。俺が聞いているのは、お前の考えではない。お前の苦悩、その理由だ」

 

「チッ・・・・・・話す必要は無い。はいそうですかと、戦友の絆を当てにして口を開くと思ったのか。それこそ愚かに過ぎる」

 

強引に異形の手を払い、『水禍』は振り返った。殺気すら漂わせ、異形を睨み付ける。

 

「私に構うな。無駄な時間だ」

 

「・・・・・・ならば、一つだけ訊ねよう。お前が苦悩していることは、お前自身が里にいるべきではないと思っているからか?」

 

殺気が増した。『水禍』の視線が、追い詰められた熊のように猛々しくなる。

 

「俺にも覚えがある。この里に初めて訪れて、しばらく経った時のことだ。白の中に、黒の染みがある。それが、俺だった」

 

抽象的な言い回しに、しかし『水禍』は理解した。今の気分と、完全に合致しているからだ。

 

「里の者達は、潔白だ。純朴で、疑いを知らん。この里に住まうことになれば、俺の黒が、里の白さを汚してしまうと思った。だがな、そんな心配は必要無かったんだ」

 

「なんだと?」

 

「83年。それが、俺がここで生きてきた時間だ。距離を取っていたとはいえ、彼らは黒く染まらなかった。白いままだった。言っていることが、分かるか?」

 

木の洞のような両目に、真摯な光が宿っている。目を逸らしたい。その思いを堪え、『水禍』は異形を見つめ続けた。

 

「お前程度の悪意で、里の者が染まることはありえない。俺が、保証しよう。ミュリアが色々と里の者達に働きかけているが、それで彼らの根本は変わらんよ。羊人達は、白いまま戦える。里を、隣人を守る為にな」

 

「それこそ、理想論だろうが。何が起こるか分からん」

 

「そうだな。里も、里の外もそれは同じだ。なら、『水禍』。お前はどこで生きていく。里か、それ以外か。どこで、どうやって生きたいんだ?」

 

心の内側まで見透かされているような視線。どこで、どうやって生きるのか。過去の『水禍』には、選択肢は無かった。親の顔も知らない浮浪児の頃、魔術の才を見初められ先代の『水禍』に拾われた。しかし、師の期待に見合うだけの才は彼には無く、過酷な修行の日々に心身共に疲弊していく。師は言った。「貴様は魔術師にはなれぬ。『水禍』を継がせるには、決定的に才能が足りぬ」と。

 

心の中の、何かが切れたような音がした。その夜、彼は師の寝込みを襲い、短剣で喉を一突きにして殺害する。師は油断していたのだろう、魔術一つ唱えることすら出来なかった。彼は魔道具の数々を奪い逃走。『水禍』を襲名したと嘘を吐き続け、汚れ仕事を積極的に引き受ける魔術師として現在に至る。

 

彼が今まで生きていられたのは、魔術も武術も限界まで鍛えるだけの生真面目さと、相手を騙し実力を錯覚させる話術に風格。そして、何より、幸運に寄るところが大きかった。大量の魔石さえあれば他の魔術師に比肩しうる魔術も生み出す等、研鑽も惜しまない。それしか、一人で生き延びる手段を知らなかったからだ。

 

「・・・・・・私、は」

 

今、『水禍』の前に二つの道がある。今までのように孤独に生きるか、それともこのまま里で暮らすか。選べない。選べるものか。だって、知らないのだ。光差す道の歩き方が、分からない。血と悪意に塗れた、暗く黒い道しか歩んでこなかった。明るく白い道など、今更進めるはずもない。しかし、里で他者と関わる中で温もりを知ってしまった。もう、孤独に生きることには耐えられない。どうすればいい。どうすれば。『水禍』は、滝のように零れ落ちていく感情を制御する術を持っていなかった。辛うじて表情に出さないようにしながら、黙り込んで肩を震わせる。その有様は、まるで迷子になった子供の様だ。

 

「いや、俺も無理に聞き出そうとし過ぎた。すまん。別に急かそうというわけでは無い」

 

今にも泣き出しそうな彼に、異形は慌てたように言う。こうなるとは流石に想定外だったらしい。『水禍』はそのまま、足早に立ち去ってしまう。痛々しいその姿に、異形はそれ以上声をかけることは出来なかった。

 

 

 

 

 

『水禍』の不穏な話題が出てから数日後。異形の旦那からの話によると、相当ヤバい様子だったらしい。それからというものの、『水禍』は自分の小屋に引きこもり姿を現さない。機嫌を損ねた子供のような振る舞いだが、誰にだって抱えてるものの一つや二つはあるもんだ。今回それが偶々噴き出してしまっただけ。責めることは出来ないし、したくないな。

 

何度か小屋を訪れて会話を試みたが、反応は無かった。気配はなんとなく感じるから中にいるとは思うんだが・・・・・・うぅむ、歯痒い。今までは、ミュリアちゃんの時しかり異形の旦那の時しかり、話し合うことで分かり合ってきた。しかし、話し合うことを拒否されたら俺にはどうしようもない。時間が解決してくれるのを祈るばかりだ。

 

さて、ひとまず今のところは出来ることをしよう。見張り台を建てる場所は決定したし、二日後には羊人達の力を借りて建設に着手するのも決まっている。後は、里を簡易な柵で覆うという考えもあるが・・・・・・見張り台の方が先だろうな。里での日々の暮らし、その為の仕事もあるからやっぱり人手が足りない。70人程度の人数しかいないからそれもしょうがないんだけども。と、

 

コンコン

 

「グロムちゃーん!今暇?」

 

陽気な声が扉から響く。イニマだな、相変わらず溌剌としている。

 

「おぅ、とりあえず入っていいぞ」

 

「おっ邪魔しまーす!あれ、ミュリアちゃんはいないんだ」

 

「彼女は朝早くから出掛けてるよ。里の皆を説得して回ってるが、そろそろ終わりそうだ」

 

「そうなの!?最近ずっと頑張ってるみたいで心配してたんです!終わりそうならよかったよ!」

 

能天気な言い方に苦笑しつつ、この明るさは好ましいと思った。どんな時でも元気を絶やさない奴は、周りの空気を明るくする。まぁ、俺を可愛い可愛いと抱き締めて撫でまくるのは勘弁してほしいけど。

 

「それで、どうした?俺は暇と言えば暇だが。頭で考えるばかりだからな、最近は」

 

「ふっふっふー。実はね、グロムちゃんにプレゼントがあるんだ!はい、これ!」

イニマが差し出してきたのは、木材を削って作られた髪飾りだった。三日月の装飾をあしらったそれは、どうやら既製品では無いように見える。

 

「空き時間とかにちょっとずつ作ってみたの!ミュリアちゃんの分もあるんだよ!」

 

そう言った彼女の手元には、同じく三日月の装飾が付いた髪飾りがある。手先が器用なのか、かなり精巧だ。

 

「へぇ、イニマがこれを。見事なもんだ、早速付けてもいいかい?」

 

「えっ、すぐに付けてくれるの!?嬉しい・・・・・・!」

 

身を捩らせ喜びを表現しているイニマを後目に、前髪に髪飾りを付けてみる。うん、悪くないな。羊人の髪の毛は人間より遥かに速く伸びるから、前髪を留められるのはありがたい。

 

「いいなこれ。助かるよ、イニマ。丁度前髪が鬱陶しいと思ってたんだ」

 

「いや全然、私が好きでしたことだし!グロムちゃんが喜んでくれたなら嬉しいです!」

 

ニッコニコの笑顔。良くも悪くも、裏表が無い性格なんだよな。正直、冒険者三人の中では一番里に馴染んでいる気がする。どことなく気持ちが和らいだ所で、家の扉が荒々しく開かれた。

 

「イニマいるか!?結界魔術に反応があった!誰かが里に近付いてきている!」

 

駆け込んできたのは、焦った表情のチャロ。その言葉に、俺たちは一気に現実に引き戻されるのだった。




想定外の来訪者は里に何をもたらすのでしょうか?
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