TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

45 / 112
襲撃者、あるいは過去より来るもの

異形の旦那の小屋近く、そこに冒険者三人組と俺、ミュリアちゃんに旦那自身が集まっていた。カロロは生憎エリンドへ向かっている最中で、帰還は期待出来ない。

 

「旦那、状況は?」

 

「来たか、グロム。王国領の方向、おおよそ半日程の距離。野生動物とは違う、二足歩行の何かがこちらに近付いてきている。恐らくは人間だ。今のところは、一人だけだと思う」

 

「単騎だと?そりゃ剛毅なことだ。迷い込んだ猟師等の可能性は?」

 

「迷っている様子は無い。こちらにまっすぐ向かってきている。しかし・・・・・・」

 

眉根にしわを寄せ、旦那が黙り込む。珍しい様子に、心の中で不安が首をもたげるのを感じた。

 

「何か、気になることでもあるのかい?」

 

「・・・・・・うむ。妙な感じがする。まるで散歩でもしているかのような、そんな足取りだ。気が張り詰めたような感覚が一切感じられない」

 

結界魔術で感じ取ったことだからか、やや曖昧な旦那の言葉。だが、その異常性ははっきりと分かる。

 

「するってぇと、森の中を一人、家の近所でも歩いてるかのように真っすぐこちらに向かってきてるんだな?」

 

「あぁ。王国の手先にしては、緊張も何も無いようだ。だが、間違い無く里の方へ・・・・・・っ!?」

 

話している途中で、旦那の表情が急変する。驚愕。そう呼ぶのに相応しい顔付きだ。普段からは想像も出来ないその様子に、心配そうにミュリアちゃんが声をかける。

 

「だ、大丈夫ですか守り神様?」

 

「俺は問題無い。しかし、侵入者が消えた。いや、違う。これは、飛んだのか?」

 

「待った。異常事態なのは伝わってきたが、俺らでも分かるように言ってくれ」

 

「あ、あぁ。侵入者の反応が消えた。そう思った瞬間、別の場所に出現したのだ。里から数時間の距離だぞ、そこは」

 

言葉に焦りが滲んでいる。つまり、それは。

 

「一瞬で半日近くの距離を移動したってのか!?魔術の類か?」

 

「いや。魔力は感じ取れなかった。いずれにせよ、このままではすぐ里に到達するぞ・・・・・・!」

 

不味い。里の場所と状況を正確に把握されたらおしまいだ。しかし、結界魔術でも見失う程の速度で移動出来る奴を、止める手段なぞ考えつかない。どうすりゃいい・・・・・・!?

 

「っ、旦那!装備を整えて迎撃に向かってくれ!だがすり抜けられる可能性がある、他の者は里で警戒に当たってくれ!ミュリアちゃんは一旦家に」

 

ぞわり。言葉を遮るように、悪寒が俺の体を支配する。来る。何かが、里へとやってくる。この場にいる全員がそれを理解し、一様に視線を同じ方向に向けた。ドン。何かが落下する音が響き、何かが空から降ってきたことを理解する。そこに、いたのは。

 

「・・・・・・ほぅ。存外、噂だけということでも無かったんだな。面白そうだ」

 

土埃や草木で汚れた着流しを身に纏い、腰に細身の長剣を差した男。眠たげな表情で、俺たちを見つめている。歳の頃は30程だろうか、どこか牧歌的にすら思える雰囲気を漂わせているというのに、俺は吐き気が止まらなかった。あまりにも濃い匂い。昔から慣れ親しんでいる、血と死の匂いだ。

 

「さて、頭は誰だ?羊人の幼い娘と書いてあったけど」

 

のんびりとした、間延びするような声。欠伸を一つ噛み殺して、その視線は俺とミュリアちゃんに狙いを定めた。その瞬間、

 

「があぁっ!!!」

 

異形の旦那が仕掛けた。突然のことで飛び筒は用意出来なかったのか、素手のまま男に突撃する。男は僅かに口角を吊り上げ、無造作に立っているままだ。

 

キィン

 

鉄が擦れるような甲高い音。気が付けば、異形の旦那は全身から血を噴き出し片膝をついていた。何が、起きた。男が動いたようには見えなかった。しかし、いつの間にか長剣を抜き払っている。目にも止まらぬ速度で旦那を斬りつけたのか?思考が、状況に追いつかない。

 

「ミュリアちゃん退がれっ!」

 

守るように彼女の前に立ちつつ、懐から飛び筒を取り出す。準備が間に合うか?いや、考えるより先に体を動かせ。

 

「骨が、固いなぁ。何者なんだ、あんた?」

 

呑気に訊ねる男は、面白げな様子で旦那に一歩近づく。その直後、チャロの放った矢が男に迫った。首をひょいと傾け交わした所に、イニマとオーギスが斬りかかる。そこからの動きは、俺の目では捉えられなかった。気が付けばオーギスの剣が斬り落とされ、イニマが吹き飛ばされて転がる。飛び筒の発射準備は、まだ終わらない。絶体絶命。その時、雷鳴のような大声が響き渡った。

 

「ハヤト、止まれぇ!!!」

 

旦那の絶叫。誰もが数瞬動きを止めた。特に、謎の男は目を丸くして呆けている。

「・・・・・・あんた。なんで、俺の名前を知ってるんだ?どこかで会ったか?」

 

「忘れるものか。見た目こそ随分変わっているが・・・・・・この剣技。お前はハヤトだろう。何故、生きている」

 

全身から血を流しながらも、異形の旦那は立ち上がった。無防備に、男に一歩一歩近付いていく。

 

「待て待て、まさかお前・・・・・・ユウか?なんだってそんな姿になってるんだよ、おい」

 

男の口から漏れたその名に、俺は心当たりがあった。あの夜、旦那から俺が眠りの聖女だと告げられた後に聞いた、彼の本当の名前。あの男は、その名を知っていた。どういうことだ?

 

「そうだ。ハヤト、何があった。お前はあの時、死んだはずだ」

 

「それはこっちの台詞だぞ。そのザマは一体どういうことなんだ?かけられてる呪いだって、片手じゃ利かない。何があったんだ」

 

男は長剣を鞘に収め、心配を表情に浮かべている。既に戦うという雰囲気では無い。弾込めの終わった飛び筒を構えつつも、俺はどうすればいいか分からなかった。何から何まで、異常な状況過ぎる。

 

「話せん。そういう、呪いだ。それよりも、死者が何故ここにいる。説明しろ」

 

「・・・・・・いや、それは無理だな。こっちも色々訳ありでさ。知りたいなら、ちょっと俺のアジトまでついてきてくれないか?歓迎するよ」

 

「それは・・・・・・出来ん」

 

旦那の視線が、俺たちの方を向いた。その瞳に浮かんでいる感情は、混ざり合っていて感じ取れない。

 

「あぁ、そうか。良かったなぁユウ。お前、居場所を見つけたんだ。羨ましいな、本当に」

 

その言葉には、親しい者に向けるであろう温もりに満ちていた。しかし、男からは相変わらず殺戮の匂いが漂っている。なんと言えばいいのか、ちぐはぐな印象だ。

 

「まぁ、旧交を温めたい所だけど。諸々が終わってからまた来るよ。安心しろ、「ここは」襲わない。本当は、少し位置が面倒なんだけどな」

 

「待て、お前は何をしている。その死臭は・・・・・・っ!」

 

突如として、地面から水の鎖が生える。数十本はあるそれが男に絡みつき、身動き一つ出来ないように拘束した。この魔術は、まさか。

 

「貴様らの事情は知らん。襲撃者を、そう簡単に逃すわけが無いだろう」

 

「『水禍』、来たのか!」

 

振り向くと、杖を構えた『水禍』が男を睨み付けていた。砕けた魔石が周囲に落ち、パキパキと音を鳴らす。

 

「おう、いい魔術の腕だな。精密に練り上げられている。あいつも、才能にかまけてないでこれくらい努力してくれるといいんだが。ふぁ・・・・・・」

 

拘束されている状況だと言うのに、男は欠伸を一つして『水禍』に目を向けた。眠たげな視線は挑発のつもりなのか、あるいは素なのか。しかし、『水禍』に油断は感じられない。

 

「侮ったところでもう遅い。我が水の鎖を斬り飛ばすことは出来んぞ」

 

「いいや、俺には出来る。あんたにとっては、悲しい話だけど」

 

そう言うや否や、男の体が微かに動いたように見えた。瞬間、水の鎖が弾け飛ぶように霧散する。何をしたのか全く分からない。

 

「まだだっ!」

 

『水禍』は鋭い声と共に水の鎖を再生成するが、男は一瞬で30歩程の距離まで跳ね飛んで退がった。まるでばね仕掛けの玩具のような動きだ。

 

「それじゃあな、ユウ!また来るから、のんびり待っててくれ!」

 

その声を最後に、男の姿がかき消える。俺たちの誰かが声をかける暇も無かった。残されたのは血だらけで凄惨な姿になっている旦那と、悔しげに顔を歪ませる『水禍』、倒れているイニマに駆け寄るオーギスとチャロ。そして、俺とミュリアちゃん。嵐のようにやってきた男は、嵐のように去っていった。

 

「守り神様!すぐに手当てをしますから!」

 

呆然としていた俺は、ミュリアちゃんの声で現実に引き戻される。そうだ、旦那の治療をしないと。かなり血が流れている、呆けてる場合じゃない。

 

「ぐぅ・・・・・・大丈夫だ、見た目程の傷ではない。それよりも、イニマの方を・・・・・・」

 

「喋るなって!ミュリアちゃん、倉庫からポーションと包帯を持ってきてくれ!オーギス、そっちは大丈夫か?」

 

「分からん、イニマが目を覚まさない!頭を強く打ったみたいだ!」

 

さっきのことは何も分からないまま、俺たちは動き始める。流れる時間は、決して止まることは無かった。

 

 

 

 

 

「帰ったぞー、リグ。くわぁ・・・・・・」

 

「あ、にーちゃんだ!おかえりなさーい!」

 

何処とも知れぬ場所。妖しく光を放つ魔法陣が部屋全体に描かれているそこに、先ほどの男が欠伸を噛み殺しながら入っていった。迎え入れるのは、青い長髪をたなびかせた絶世の美女。無邪気な様子で男に抱き着き、美貌に満ちた顔を胸元に擦り付ける。

 

「今回は早かったね!前は何十年も待たされたのに!」

 

「そう言うなよ、あの時は色々事情があったんだ。そうだ、先日あいつを見つけたんだよ。ユウのこと、覚えているか?」

 

綺麗な髪を梳くように撫でながら、男は穏やかな声で言う。文字通り、弟と触れ合っているような態度。

 

「ユウ・・・・・・?あっ、にーちゃんの友達の?うん、覚えてるよ!よく一緒に遊んでくれた人だ!なんか、変な筒みたいな杖持ってたよね」

 

「あぁ、そいつのことだ。ひょんなことから向かった場所で再会してなぁ、色々あって旧交を温めるのは無理だったが、今やってることが終わったら二人で会いに行こうか」

 

「うん、そうしよう!よーし、ボク頑張るぞー!昇魂薬もね、ワタシの力もあって三度目の改良が済んだんだ。これで、服用した者は相性問わず「昇る」ことが出来る。生産量も上昇したし、やっぱりボクって天才だね!」

 

豊満な胸を張り、自慢げに鼻を鳴らすリグ。そんな彼女をよしよしとあやしつつ、男は腰から長剣を外し壁に立てかけた。伸びを一つして、リグに告げる。

 

「うんうん、お前は間違い無く天才だ。それじゃ、俺は少し休むことにするよ。どうする、一緒に寝るか?」

 

「あっ、いいね!あぁでも、まだやることが残っているんだ。ボクとワタシのことは気にせず、ゆっくり休んでよ」

 

「そうか、それじゃあ遠慮無く。何かあったら起こしてくれ」

 

そう言って寝室へと入っていく男の様子を、リグは心底楽しそうな表情で見送った。彼女の背後では、瘴気を噴き上げる大釜が毒々しい紫色の液体を煮詰めている。常人では耐えられない濃度の瘴気の中で、リグはうきうきとした様子で作業に戻るのだった。




長剣は要は日本刀です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。