イニマは天才剣士である。努力家というわけでも、師に恵まれたというわけでも無い。生まれながらにして、多大なる剣才を与えられていたのだ。
しかし、彼女はそれを誇ることはしない。そもそも、大したものだとは思っていないのだ。確かに、冒険者として剣技に長けているのは便利である。一人で活動していた時は何度も死にかけたが、その度に才能任せで切り抜けてきた。オーギス達とパーティーを組んでからも同様で、彼女は己の才をなんとなくしか理解していなかった。しかし。
あの男。まるで死そのものが全身に絡みついているかのような、細身の長剣使い。彼には、全く歯が立たなかった。それどころか一瞬で意識を失い、オーギスにチャロ、グロムにミュリア、異形。あの場にいる全員を危険に晒してしまった。それが、イニマには許せない。自分はいい。自分の怠慢で自分の命が失われるのは、納得出来る。しかし、他人まで犠牲になるのは耐えられない。大事な人達や、可愛い人達なら猶更だ。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
放たれた矢を斬り落としつつ、盾を構えているオーギスに突きを打ち込む。弾かれるが、その勢いのまま回し蹴りを叩き込んだ。オーギスが盾毎吹き飛ばされ、膝を付く。
「ま、待った!イニマ、張り切り過ぎだ。私が持たん!」
「えー、やっと体あったまってきた所なのに!リーダー、なまってるんじゃないですか?」
「いや、お前が病み上がりなのに動き凄過ぎるんだよ・・・・・・」
家近くの開けた場所で、イニマ達三人は鍛錬をしていた。暫く意識を失っていたイニマのなまった体を叩き直す為のはずだったのだが、逆にオーギス達が鍛えられているような形になっている。数十分動き通しのイニマは、未だに動きのキレが落ちていないようだ。
「ちっきしょう。お前が凄い奴だってのは十分知ってたつもりだったが、目を覚ましてからは尋常じゃ無いぞ。一体どうしたんだ」
「別に、大したことじゃないですよ。今度はあの男に勝たなきゃって思ったんです。夢の中でも全敗でしたから。あっ、チャロ!次は射れる限り射って!全部叩き落とすから!」
「言うじゃないか。じゃあ、受けてみろ!」
チャロが空に舞い上がり、次々に矢を放つ。飛び回りながら放たれている為様々な角度から降り注ぐそれを、イニマは宣言通り全て叩き落としていった。残像すら見えそうな動きに見惚れていたオーギスだが、ふとさっきの言葉の妙な部分に気付く。
「・・・・・・ん?夢の中でも全敗?」
まさか、イニマは目を覚まさない間、ずっと夢の中であの男と戦っていたとでもいうのだろうか。ありえない、というより恐ろしい。正直、オーギスはあの男に怯えていた。もしあの場に自分一人だけだったとしたら、情けなく命乞いをしていたかもしれない。そんな相手と、空想とはいえ戦い続けていたのか。
「ふっふー!絶好調だぁー!」
結局、イニマは全ての矢を叩き落とした。悔しそうに降りてくるチャロが、彼女に声をかける。
「・・・・・・凄いな。倍くらい速くなってるんじゃないか?」
「そう?でも、まだまだ足りないかな。ま、これからもっと鍛えていけばいつか追いつけるよね!頑張るぞー!おー!」
元気よく細剣を掲げ、イニマは空に宣誓した。どこまでも明るく真っすぐな態度は、不穏さをまるで感じさせない。オーギスは、さっきの言葉は気のせいだと思うことにした。
「・・・・・・皆、集まってくれたか」
里の外れ、先日作戦会議をしていた場所に、グロムにミュリア、カロロ。そしてオーギス達三人が揃っていた。全員を見渡し、包帯も取れ完全に回復した異形は僅かに表情を震わせる。後悔に近い雰囲気。
イニマも目を覚ました今、異形は男について説明しなければならないと思っていた。本来ならば、襲撃直後にでも話さなければならないこと。それをイニマが目を覚ますまで待っていたのは、ひとえに異形が躊躇っていたからに他ならない。そして、誰もがあの男について気になっているはずなのに、異形から聞き出そうとしてはこなかった。気遣ってくれていたのだろう。
だからこそ、異形は話すことにした。あの男の素性と、それに関わる己の過去を。皆の視線を一身に受けながら、彼は語り始めた。
今から100年程前。異形がまだ、普通の人間だった頃。彼は、三人の仲間と旅をしていた。彼を含めた四人は、王国を率いる国王直々に命じられ、とある目的の為に動いていたのだ。
その時代は、王国と共和国が積極的に争っていた頃でもある。今とは比べ物にならない程軍事行動が活発で、人の命が湯水のように失われていった。そんな中、異形達は旅をして情報を集めながら、強大な魔物を探していく。共和国軍や野盗、あるいは通常の魔物との戦いの中で成長し、彼らはいつの間にか、両国に名が知れ渡る高名な冒険者パーティーになっていた。
過酷ながら、何物にも代えがたい日々。数年間にも及んだ強大な魔物の捜索は、ついに実を結んだ。王国の北端、ジア半島。そこの地下に、魔物が封印されていることを突き止めたのである。異形達は王国軍と共に討伐に向かい、そして。
───異形を除く、全員が戦死した。その戦いを、異形は全て思い出すことが出来ない。覚えているのは、自身を庇って死んでいった二人の親友と、魔物にトドメを刺す時にその身を犠牲にした剣士。その剣士こそが、先日襲撃してきた男なのだ。
異形は一旦そこで言葉を切り、質問が無いか確認するようにグロム達へと目をやった。真っ先に口を開いたのは、やはりカロロである。
「それは見事な、実に見事な冒険譚でしたとも!よもや、守り神殿が世界を救った英雄だったとは!」
「そんなものではない。俺達は、体よく利用されただけだ。その証拠に記録には何一つ残っておらん。邪魔、だったのだろうよ。俺達の存在が」
「えっ、どうしてですか?命を賭けてでも、魔物を倒したんですよね?」
ミュリアの言葉に、異形は寂しげに微笑んだ。手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でながら答える。
「実はな。俺と三人は、この大陸の出身ではない。呪いで詳しく話すことは出来ないが、要はよそ者だったのだ。事実、戦果を報告する為に王都に戻ろうとした俺は、国王の刺客に襲われた。その中には魔術師が複数人いてな、捕えられ、呪いを重ね掛けされ、なんとか逃げ出して今に至るというわけだ」
「そんな、酷い・・・・・・!」
自身を撫でる節くれ立った手を握り、ミュリアは悲痛な表情を浮かべる。彼女にとって、それは信じられない、信じたくない話だ。親友の死が報われるどころか、全ての努力が踏み躙られるような事実。そんな、深い悲しみを守り神が経験していたなんて。彼女自身も悲しくなってしまい、目元に涙が浮かんでしまう。
「泣くな。終わった話だ。・・・・・・いや、違うんだったな。ハヤトが生きていた。あの時死んだはずの、あいつが」
「・・・・・・俺も色々思うことはあるが、まずはそれだな。その、ハヤトって奴は本人で間違い無いのか?」
「見た目は、随分と変わっていた。十から二十程歳を取ったような姿、と言えばいいか。しかし、雰囲気に口振り、何よりあの剣技はハヤトのもので間違い無い。傍でずっと見ていたのだ。剣聖の域に達しているあの業を、他人が騙れるものか」
話を変えるように訊ねたグロムに、異形は重苦しい声で答えた。全身に残っている傷跡、その首元の部分をさする。
「なら、そのハヤトって人はどんな人だったんですか?さっきの話でも色々聞いたけど、もう少し詳しく」
イニマが真剣な表情を浮かべながら口を開いた。酷く真面目な様子だが、泣きそうなミュリアをあやすように後ろから抱き締めてもいる。異形は少し考え込んだ後、ぽつぽつと答え始めた。
「・・・・・・どんな人、か。愉快な奴ではあった。昼寝と怠惰を好むと嘯きながらも、弛まぬ努力を続け。面倒が嫌いだと言いながらも、初対面の他者を助けようと首を突っ込む。ぼんやりとしているようで、その実頭も回る。その上、凄まじい実力を持っていた。英雄とは、まさにあいつのことを言うのだろうよ」
「ふぅむ。話を聞く限り立派な人物のようですが。それが何故、里を襲撃するような凶行を?あの死臭、100や200では利かない数を斬り捨てているでしょう」
「分からん。確かに長い時間が経った。俺もこの有様だ。だが、ハヤトがあそこまで変わった理由はまるで分からんのだ。すまん」
カロロの言葉に、異形は深く頭を下げる。彼には本当に分からなかった。深い友情を育み、尊敬し合っていたハヤトが何故あんなことになっているのか。何故、あれほどのおぞましい気配を纏っているのか。今の異形には、どれ一つとして見当も付かなかった。
「そいつはどうにも、厄介だな。一応、里を襲うことはもう無いようなことは言っていたが。そこらへん、信用出来るのかい?」
「ハヤトははぐらかすことはあっても嘘は吐かん。俺の知っているあいつならば、だが」
「それは・・・・・・信用出来ないってことじゃないですか?その、守り神さんの記憶とは食い違ってる所も多いですし」
不安そうに口を挟むオーギスに、チャロも無言で頷く。彼らの言う通り、信用は出来ない。明日にでも再び襲撃してくる可能性すらあるだろう。だが。
「ま、そこは考えても仕方ない。可能性うんぬんの話をすりゃあ、突然魔物の群れが大挙して押し寄せてくる可能性だって0じゃないからな。一応心の片隅に留めつつ、今の俺達に出来ることをしようや。『水禍』が去る前に言っていた結界魔術の件はどうだい、旦那?」
朗らかな口調でグロムが言う。あるいは、暗く沈み始めた皆の思考を引き上げようという意図かもしれないが、言っていることは正しかった。
「うむ。俺だけでも、管理は出来るだろう。精度も上がっている」
「なら、とりあえずは見張り台と柵だな。気休めだけども無いよりはいいだろう。オーギス達にも手伝ってもらうぜ。後はミュリアちゃんの首尾だが・・・・・・」
「ぐすっ・・・・・・は、はい。里の皆は、賛成してくれました。何人か反対してる人もいたけど、ずっとお話を続けていたら、里全体の決定には従うって言ってくれて。だから、多分大丈夫だと思います」
「よしよし、流石ミュリアちゃんだ。正直もっと時間がかかるもんだと思ってたよ。うん、よくやってくれた」
ミュリアの頭を撫でつつ、グロムは心中のわだかまりを吞み込んだ。まだ、羊人達に事情を伝え戦いに巻き込むのには抵抗がある。しかし、あの夜ミュリアと約束したのだ。自身の理想を壊されても構わない、と。
「え、えへへ・・・・・・。私も、もっと時間がかかると思ってました。ずっとここで暮らしてきた私達にとって、とんでもない提案だから。本当に、良かったです」
ミュリアの笑顔に、場の空気が和む。人を癒すような、天性の才能を彼女は持っているらしい。
「チチチチッ!ならば、早急に木材の確保ですな!『水禍』殿が残してくれたもので足りなければ、大人数で森から切り出さねばなりません!これは相当忙しくなりますとも!まぁワタクシはエリンドとの連絡役なので手伝えなさそうですが!すみませんな!」
下手をすれば材木運び以上に重労働である役目を負っているカロロが陽気に言うのを合図に、今回の会議はお開きとなった。
「で、だ。随分暗い顔をしているが、気にし過ぎる必要はないぞ、旦那」
「そうですよ、守り神様のせいじゃありません。そんなに落ち込まないでください」
「むぅ・・・・・・」
会議後、夜。俺達三人はいつも通り、ベッドの上で会話を交わしていた。もう何回も添い寝してるからな、最早ただの日常だ。まぁ、今夜はどうにも旦那の様子がおかしいんだが。親友だったハヤトって奴のことを、気にしてるんだろうな。
「しかし、な。結局は、俺が原因でこんなことに」
「いや、そいつは完全に間違いだ。あの男・・・・・・ハヤトは、旦那がここにいることに驚いてたじゃないか。むしろ、旦那がいたからこそあいつは襲撃を中断して撤退してくれた。文字通りの救世主だぜ、旦那」
「う、む」
「多分、グロムさんの言う通りだと思います。だって、守り神様が守り神様だと気付いてなかったからこんなに斬られちゃったんですよね?気付いたら、全然攻撃してこなくなったし。もう何度目かも分からないけど、また助けられちゃいました」
旦那の体に残った傷跡を撫でながら呟くミュリアちゃんに、どうやら何も言い返せなくなったようだ。むっつりと黙り込んで、そっぽを向いてしまう。
「まぁ、ひとまずは休もうや。過去ってのは厄介で、眠ってる間にも追いかけてきたりする。だが、俺は眠りの聖女だからな。悪夢なんざ見させねえよ」
本当に俺にそんな力があるのかは分からないが、少なくとも今までの実績からはそう言える。俺が近くにいた者は、全員安らかな眠りだった。うん、そのはずだ。理由は分からんが、せっかく眠りの聖女になったんだ。こういう時くらい役に立たないとな。
「・・・・・・。すまん、助かる」
ぼそりと感謝を告げて、旦那を目を閉じた。過去、ねぇ。確か、傭兵仲間の誰かが言っていたな。過去は、いつか必ず現在に追いつくと。それは、旦那だけではなく俺にも当てはまる。いつの因縁が巡ってくるか、知れたものじゃない。それでも、最善を尽くすしかないんだよな。過去は決して変えられないからこそ、今を懸命に生きるしかない。その点では、俺と旦那は似た者同士だ。
「折れるなよ、兄弟」
旦那の耳元で囁いて、俺も目をつぶる。明日からは、里の防衛力を高める為に一層忙しくなる。精々、気張っていかないとな。
異形は一体何者なんでしょうね。