TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

49 / 112
エリンドの護り

見張り台の建設は、俺が想定していたよりスムーズに進んだ。ニェーク伯爵から見張り台の設計図を送ってもらったのもあるが、何より羊人達がかなり頑張ってくれたのである。

 

「ずぅっと守り神様に任せっ放しでしたからねぇ。こういう時に力になれなきゃ、里に住んでる意味がありませんや」

 

「皆に危機が迫ってるのに頑張らないのは駄目でしょう。気張りますぜぇ!」

 

「これ、差し入れです。私にはこれしか出来ませんが、どうか頑張ってください」

 

ミュリアちゃんの説得もあってか、状況を分かった上で羊人達は協力してくれた。本当に、ありがたい限りだ。機会がある度に感謝を伝えているが、それだけでは足りない程だな、全く。

 

とにかく、里を守る為の建築物は順調に建設されている。効果があるかは分からないが、無いよりはマシだ。こうやって少しずつでも積み上げていけば、羊人達が死ぬ可能性を減らせるかもしれない。地道にコツコツと、ってことだな。

 

そんなこんなで、異形の旦那の過去を聞いてから20日程が経過した。幸い、大きなトラブルは無かったが新しい情報も無い。いつもよりも多少忙しないことを除けば、里は平穏そのものだ。

 

「ただいま、ミュリアちゃん」

 

「おかえりなさい、グロムさん。夕飯出来てますよ。あ、でもその前に水浴びしましょうか。木くずが髪の毛にいっぱい・・・・・・」

 

今日も今日とて建設現場で監督のようなことをしていた俺は、日が暮れた辺りで家へと帰ってきた。今回は昼頃から風が強かったのもあり、髪の毛に木くずが引っ付きまくっているらしい。普段頓着しないもんだから全然気付かなかった。

 

「うぉ、ホントだ。結構酷い有様だな、こりゃ。家の中を汚すわけにもいかん、小川で汚れを落としてくるよ」

 

「はい、一緒に行きましょう。私も少し、汗をかいちゃったので」

 

カゴに着替えとタオルを入れて、二人して小川へと向かう。これくらいの時間になると、他にも水浴びで体を洗ったりしている羊人がいることが多いが、今夜は誰もいないようだ。

 

「おっと、貸し切りだな」

 

「ふふ、そうですね。なんだか得した気分」

 

言葉を交わしながら、手早く服を脱いでしまう。未熟な裸体が露わになるが、今更驚くことも無い。最初こそ違和感しか無かったが、時が経つにつれこれが俺の今の体だと慣れてしまった。そういえば、鍛え上げた前の体が恋しいと思うことも、随分と少なくなったな。良くも悪くも、適応したわけだ。

 

「それじゃ、失礼して・・・・・・んー、冷たいねぇ!」

 

髪と体を浸すように小川に入ると、ひんやりとした水の感触が敏感な肌を刺激する。あぁ、気持ちいい。疲れが水中に溶けていくかのようだ。このまま小川に浸かっていたら、寝落ちしてしまいそうな程に心地いいな。と、

 

「よいしょ、っと。グロムさん、こっちにどうぞ」

 

「はいよー」

 

髪の手入れセットを用意したミュリアちゃんが俺を呼んだ。腑抜けた声で返事をして、大きめの石を椅子代わりに、彼女に背を向け座り込む。髪の手入れも、いい加減自分でやらにゃいかんのだが。どうしてもミュリアちゃんに甘えてしまう。

 

「いつもいつも、ありがとうな。自分でやるべきだとは思ってるんだが」

 

「いいんですよ、私はグロムさんの羊毛を手入れするのが好きなんです。せっかくの楽しみなんですから、奪わないでくださいね」

 

悪戯っぽい調子で言うミュリアちゃんに、俺は苦笑を浮かべた。本当、出来た娘だ。俺の嫁にしておくのは勿体ないくらいだよ。

 

ふと、記憶が蘇る。あれは確か、里で暮らし始めてしばらくした後。斥候隊を壊滅させた旦那にひっついて戻ってきた時だったな。あの夜も、こんな感じで水浴びをしていた。ミュリアちゃんに体の隅々まで洗われて、どうにも恥ずかしかったのを覚えている。

 

「思えば、色々あったな」

 

呟いて、上を見上げた。満点の星空に半月が浮いている。大した時間も経っていないはずなのに、何故か妙に懐かしく感じてしまった。

 

「?どうしました、グロムさん?」

 

「あぁ、いや。ちと前のことを思い出してね。俺が里で暮らし始めて最初の頃、ミュリアちゃんが俺の体を丁寧に洗ってくれてさ」

 

「そういえば、そんなこともありましたね。ふふ、あの時のグロムさんも可愛かったですよ。顔が真っ赤になってましたし」

 

「おっと、出来ればそれは思い出さないでくれると助かるなぁ。これでも恥ずかしんだよ、俺だって」

 

「駄目です。これも、私の大切な思い出なんですから」

 

温かい、柔らかな声色。そう言われちゃあ、引き下がるしかないよな。頭の巻き角が磨かれる感覚を受けながら、俺は微笑む。何にも代えがたい、幸福な時間を味わいながら。

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

ジエッタ将軍は、最低限のものしか置かれていない部屋でニェークからの報告書に目を通していた。内容は、エリンドで発生した昇魂薬絡みの事件、その全て。本来の報告書とは別の、公表されていない事実も書かれている。その為、ジエッタはわざわざ自室でそれを読んでいた。

 

昇魂薬による人型魔物化は、二日に一件程のペースで起きている。頻度が徐々に増加しているようだ。つまり、相手側の動きがどんどん活発になってきている。こちらもニェークの手の者や衛兵達の尽力により、魔物化を未然に防いだ場合も多くなっているが、それでも犠牲者は出てしまう。無辜の市民を狙ったやり口に、ジエッタは激しい怒りを覚えていた。

 

だが、自身に出来ることは少ない。昇魂薬をばら撒き、魔物化を発生させているのがエリンドに隙を作る為だとしたら、これ以上の兵を割くわけにもいかない。出来ることは、ニェークの手の者が動きやすいよう、ある程度の融通を利かせることくらいだ。

 

そう。ジエッタには、相手の目的が読み切れていない。エリンドの治安を乱し、王国側では兵站線を執拗に攻撃している。おそらくは、この二つは裏で繋がっているだろう。更には、謎の人物が羊人達の隠れ里を襲撃したという話もある。様々な状況が複雑に絡み合い、真相を暴くのには時間がかかりそうだ。そして、時間をかければかける程犠牲者が増えていく。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

重苦しい息を吐き、ジエッタは立ち上がった。もう夜も遅い。寝間着に着替え、床に就かなくては。そう思った直後、慌ただしい足音が聞こえてきた。その足音はジエッタの部屋の前で止まり、扉がノックされる。

 

「どうした?」

 

「失礼します!第二修練場にて不審者を発見、確保しました!」

 

「なんだと?構わん、入りなさい」

 

第二修練場は、エリンドの中央近くに存在している。関係者以外は立ち入り禁止の為、夜でも見張りが立っているはずなのだが、その不審者はどのように侵入したのだろうか。敬礼と共に部屋へと入ってきた兵士が、詳細を話し始めようとした。が、

 

「っ!」

 

ジエッタは壁に立てかけてあった軍刀を即座に引き抜き、兵士の首にぴたりと当てた。兵士は目を見開き、刃が首に食い込まないよう動きを止める。

 

「じ、ジエッタ将軍!?何を!?」

 

「匂うぞ。見た目も声も誤魔化したつもりだろうが、瘴気が隠し切れていない。膝を付き、両手を頭の後ろに回せ」

 

鋭い瞳で兵士を射抜きつつジエッタが告げた。その言葉に、兵士の相好が崩れ、不気味な笑みが浮かぶ。

 

「へっ、なんでぇ、随分勘がいいな。これじゃあ、意趣返しにもなりゃしねぇ」

 

兵士に化けていた何かがそう呟いた瞬間、それの肉体が肥大化した。一瞬にして軍服がはち切れ、血管が浮き出た筋肉が露わになる。頭部には禍々しい二本の角が生え、顔には舌なめずりするような表情が浮かんでいた。ジエッタはすぐさま首を斬り飛ばそうとしたが、肥大化した兵士は軍刀を片手で握り締めるとそのままへし折ってしまう。だというのに、手からは血も零れていない。

 

「はっはは、その程度じゃあ俺の皮膚すら裂けねえよ。じゃ、大人しく死んでもらうぞぉ!」

 

両腕を広げ、抱擁するように魔物はジエッタに襲い掛かった。後方に下がり距離を取ろうとするも、狭い室内に逃げ場は無い。哄笑を上げる魔物の顔に喜悦の笑みが浮かんだ。

 

「ヒャハハハハハァッぐべぇっ!?」

 

魔物の顔が跳ね上がる。顎にジエッタの膝が直撃したのだ。相手の突撃の隙に合わせ、角を掴んで頭部を固定しつつ飛び膝蹴りを叩きこんだのである。鼻頭がぐしゃりと潰れ、倒れ込みそうになる魔物。しかし、ジエッタはそれすら許さない。角を離さぬまま何度も膝を突き上げ、魔物の顔をぐずぐずにしていく。常人の三倍はあるであろう太い腕が強引にジエッタの体を捕えようとするが、その瞬間彼は駆け上がるように魔物の頭を踏みつつ、後ろへと回り込んだ。振り返ろうとした魔物の股間を蹴り上げ、さらに膝裏にも蹴りを入れて前に倒れ込ませる。

 

「でっめぇぶっ殺してっがぁ!?」

 

かなり広い背に馬乗りになるジエッタは、立ち上がろうと暴れる魔物を絶妙な体術でコントロールし、、後頭部と頸椎に肘を落としていく。鈍い殴打音と魔物の悲鳴が周囲に響き続け、しばらくすると巡回している兵士が駆け付けてきた。

 

「将軍、ご無事ですか!これは一体・・・・・・!?」

 

「問題無い。それより、城塞全体の確認を急いでくれ。他にも侵入している者がいるかもしれん」

 

話している内にも、他の兵士が迅速に集まってくる。ジエッタが見るに、瘴気を漂わせている者はいない。そして、いつの間にか魔物は動かなくなっていた。生きているかは微妙な所だ。

 

「拘束用の鉄枷と鎖を持ってきてくれるかね?それと、軍医も。生きているならば、聞き出すこともある」

 

ようやく動きを止めて、ジエッタは魔物の背から降りる。僅かに息は乱れており、膝と肘も皮膚が破れ血が流れているが、彼は平然と周囲の兵士達に命令を下していった。彼の命令と共に、エリンドの中枢部が忙しなく動き始める。

 

しかし、と。ジエッタは兵士を指揮しつつ、考えた。襲ってきたのは、昇魂薬によって「昇って」しまった人型の魔物だろう。しかし、擬態能力を有しているという事実は報告されていなかった。さらに、会話をするだけの知能や怒る程度の感情もある。新種なのか、あるいは昇魂薬の効果が上がっているのか。どちらにせよ、これからは考慮しなければいけない。襲ってきた魔物が生きていて、かつ情報を引き出せればいいのだが。さしものジエッタと言えど、あの状況で生け捕りを試みるだけの余裕は無かった。

 

いずれにせよ、事態はこれで大きく動いた。城塞都市のトップが襲撃されたのだ、共和国側も行動を起こさざるを得ない。今まではニェーク伯爵が議会から秘密裡に指令を受け動いていたが、これで表立って大々的な方策も取れるようになった。ジエッタ殺害を目論んだであろう一手は、逆にジエッタ達にとっては追い風になったとも言える。

 

あるいは、それすらも相手の狙いなのか。僅かな不安が頭をもたげるが、やることは変わらない。自身の傷に応急処置を施しつつ、ジエッタは改めて決意を固めた。何よりも、市民の命を守るのだ、と。

 




ジエッタ将軍は鍛錬をかかさないタイプです。私的な時間を殆ど取らず、公務と鍛錬に身を捧げています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。