TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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大砲

「ふぅ。一段落、と言ったところですなぁ」

 

薄暗い拷問室。そこから出てきたニェーク家お抱えの拷問官ツィーボは、被っていた不気味なマスクを剥ぎ取った。ふくよかな顔が露わになり、彼は近くの椅子へと腰を下ろす。拷問室に隣接する部屋は、殺風景ながら休憩室のようだ。すぐそばに立っている見張りの兵士が、僅かに畏れを滲ませた声で訊ねた。

 

「ツィーボ殿、首尾はどうでしょうか?何か、情報を引き出せましたか?」

 

「うん、色々と分かりましたぞ。ただ、もう少し精査の時間が必要です。私の感覚的には嘘を言っていないと見てますが、それでも再確認はしませんと。一応、報告書に仔細は記しておきますよ」

 

「それはよかった。将軍や伯爵もお喜びになるでしょう」

 

兵士の言葉に頷いて、ツィーボは体中に飛び散った赤黒い血液を布で拭き取っていく。たちまち汚れていく布。ある程度の所でそれを綺麗に畳み、封筒のような袋にしまった。

 

「それと、これを『鏡像』様へ。瘴気払いをしてあるとはいえ、何が起こるか分かりませんからな。慎重に運んでください」

 

「はっ!」

 

敬礼と共に、兵士は袋を受け取り走り去っていく。情報を引き出すことがツィーボの仕事だが、魔術的なことには疎い。魔術に関することは魔術師に任せるのが得策だ。一人になったツィーボは肥えた腹を震わせながらストレッチを始め、疲れたのかすぐに止める。内ポケットに手を突っ込むと、エリンドではあまり普及していない喫煙用のパイプを取り出した。

 

「この時の為に生きてるなぁ、ふっふっふ」

 

慣れた手つきで一服の準備を整え、紫煙をくゆらせ始める。香草のような匂いが周囲に広がり、ツィーボは至福の笑みを浮かべた。煙の輪を口から放ち、無精髭をさすりながら呟く。

 

「これで酒でもあれば完璧だけども・・・・・・職務は果たさねばなりませんからなぁ。さてさて、生かすも殺すも我々次第、嘘も真も沙汰次第。少しでも、役に立つといいのですが」

 

パイプをくゆらせながら、羽根ペンを手に取った。踊らせるように紙に文字を走らせて、引き出した情報を書き留め始めた。

 

 

 

 

「こりゃ・・・・・・凄いな」

 

里の鍛冶場で、俺はとあるものを見て思わず呟いた。一言で言えば、デカい。旦那が普段使っている大飛び筒より、二回りは巨大だ。

 

「鉄が足りん。これ一本だけだ。どの見張り台に設置するかは任せる」

 

汗を拭いながら異形の旦那が言う。先日、里の地図を描いてもらう時に一緒に頼んでおいたこと。見張り台に設置できるような巨大な飛び筒を造れないかという俺の頼みに、旦那は完璧に応えてくれた。彼にとっては嫌な頼み事だったというのに、本当によくやってくれたと思う。

 

「助かる。迎撃が失敗した時の為に、最後の手段は必要だと思ってね。威力はどんなもんだい?」

 

「ひとまず、試射はまだだ。計算では射程は120歩程だが、その分威力を増した形になる。当てさえすれば、一発で数百人を吹き飛ばせるだろう。射程も伸ばそうと思えば伸ばせたが、そうすると反動がな。見張り台が崩れぬよう、抑えた。問題は、誤射を起こさないことだ」

 

「そりゃまた、豪勢な。手間だったろう?」

 

「いや。持ち運ぶ必要が無い分、造りを工夫する必要が無かったからな。ただ、さっきも言ったが鉄が足りんな。里の近くで採れる分では賄えん」

 

旦那の言う通りだ。一応、里の近くの山には鉱脈が存在している。しかし、精錬するのが手間な為そこまで採掘されていない。農具や糸針、鍋などの日用品以外で使う用途も無いので、必要な時にまとめて鍛冶場で精錬しているらしい。なので、今回は旦那自ら鉱脈を掘り進め、飛び筒用の鉄鋼を確保したわけなのだが。

 

「やはり、足りないか」

 

「あぁ。飛び筒に使用出来る強度のものは、これ以上の入手は難しいだろう」

 

「となると、どこかから鉄を持ってこにゃならんな。まともに考えるなら、共和国と取り引きするしかないが・・・・・・さて、ニェーク伯爵が上手いこと議会を口説き落としてくれりゃいいんだが」

 

一応、共和国首都で行われる議会に参加し、上々の滑り出しをしたとの連絡は受けているが・・・・・・政治というのは、とにかく反映されるのが遅い。そのせいで、戦場で何度も死にかかったこともある。長い目で見ていくしかないだろう。

 

「とにかく、ひとまずはこの一本きりだ。複数ある見張り台の内、どこに設置するかは任せる。それで、誰が使う?」

 

「今のところ、カロロかチャロが候補かね。まぁ、カロロは無理筋だな。エリンドと里の間を忙しなく飛び回ってくれてるから、そもそも里にいる時間が少ない。チャロならすぐさま見張り台に迎えて、かつ討ち漏らした相手を弓矢で追撃出来る。本人にはまだ話していないから、彼が頷いてくれたらだけども」

 

「チャロか。あいつなら、いいだろう」

 

そういえば、旦那とチャロは祝勝会の時に色々と話し込んでいたな。案外、通じ合うものがあったのかもしれない。

 

「よし。んじゃ、とりあえずこの大飛び筒は保管しといてくれ。まだ見張り台も建ってないからな。俺は、チャロに打診してみるよ」

 

「うむ。そちらは任せる」

 

簡潔に言って、旦那は巨大な飛び筒を担ぎ上げる。いや、軽く持ち運び出来ているじゃないか。彼の剛力に改めて感服しながら、俺はチャロの元へ向かうことにした。

 

 

 

 

「僕に、見張り台に設置する飛び筒の使い方を?」

 

「あぁ。適任だと思ってね。頼めるかい?」

 

未完成の見張り台、その周囲を飛びながら全体のバランスを見極めていたチャロは、グロムに呼ばれ地上へと降りてくる。他の者に聞かれぬよう、少し離れた場所で打ち明けられた話は予想していないものだった。

 

「・・・・・・確かに、僕は射手でもあるけど。守り神に聞いた限りでは、飛び筒は大分勝手が違うらしいじゃないか」

 

「それはまぁ、そうかもな。俺も飛び筒を使いはするが、弓とは殆どが違う。ただ、狙いを定める感覚は似通ってる部分もあるよ。何より、あんたはすぐに見張り台に駆け付けることが出来る。迅速な迎撃を試みる場合、その速さは何物にも代えがたい利点だ」

 

「むぅ。でも、それならカロロ様の方がいいんじゃないか?」

 

「あいつは、エリンドとの連絡手段としてかなり無理させちまってるからな。そもそも里にいる時間も少ない。だから、チャロに声をかけた。無理にとは言わないが・・・・・・」

 

「・・・・・・少し、考えさせてくれ。僕達は三人一緒に戦って真価を発揮するんだ。その為に専用の鍛錬もしてきたし。僕が飛び筒を担当した結果、二人が苦しい思いをするのは好みじゃない」

 

「了解。どうせ、まだ見張り台が建ってもいない。ゆっくり考えて結論を出してくれや」

 

そう言ってくるグロムを、チャロはじっと見つめる。思えば、初めて会った時から得体が知れなかった。彼も亜人である為、故郷に伝わっていた同族化の秘術は知っている。しかし、それによって年齢も性別も変わるなんてことは聞いたことが無い。目の前で幼げな顔に笑みを浮かべている彼のことを、チャロはそこまで好きになれなかった。

 

他の者が、彼女を慕っているのは知っている。実際、頭は回るし誠実な部分もあると感じていた。だが、どうしても得体が知れない。その人懐っこい表情の裏に、何かが隠れているのではないかと勘ぐってしまうのだ。

 

チャロは元々用心深い性格だ。だから、パーティーの中でも否定的な考えを口にすることが多い。だが、グロムのことについてはオーギスとイニマに話すつもりは無かった。あくまで、自身の好みの問題だと思っているからだ。問題があるのはグロムではなく、自分の方。そう考えているからこそ、グロムからの提案も真剣に考える。飛び筒のことは、守り神から色々聞いていた。チャロの筋力で放つ矢よりも、遥かに威力がある遠距離武器。自分も飛び筒を使えれば、もっと強くなれると考えたこともあった。

 

しかし、聞く限り威力こそ高いものの精密に狙うのが難しく、かつ連射性にも劣る。結局は使い慣れていて、汎用性も高い弓を使い続けることにしたのだ。話から察するに、グロムがチャロに頼みたいのは通常の飛び筒では無く、より巨大なものなんだろう。

 

一度、実物を見せてもらおう。その上でオーギス達と相談して決めればいい。それが、きっと最善のはずだ。ふわふわな髪の毛を揺らして、見張り台の建設現場に歩いていくグロムを見ながら、チャロはそんなことを思った。

 

 

 

 

「よぅし!よーしよしよし!ボク、天才!」

 

大釜の前でポーズを決めながら、リグは無邪気な笑い声を上げた。大釜に入っているのは、乳白色の液体。ごぽりと泡立ちながら、凄まじい瘴気を放っている。

 

「これで「昇る」時の方向性は思うがまま!前みたいなランダム性は皆無!ふふふふふ、やっぱりボクは天才だったね!ワタシの知らない理論を組み立てちゃうんだから!」

 

大釜を混ぜつつ得意げな声で話すリグは、しかし一人のようだ。彼女がにーちゃんと呼び慕う男・・・・・・ハヤトの姿は見えない。

 

「エリンドの将軍を殺せなかった時はどうなるかと思ったけど、これならもう大丈夫。「昇る」方向性をコントロール出来れば、軍団を結成することも容易だもんね!まず狙うのはどこにしよう?そうだ、エリンドとユウがいる里を行ったり来たりしてる鳥人がいるんだったっけ。そいつがいいかな、そいつにしよう。里をねらってるわけじゃないからいいよね、うん。へへへ、にーちゃん褒めてくれるかなぁ?」

 

うきうきとした表情を浮かべて、リグはステップを踏むように大釜から移動する。満面の笑みのまま、部屋の面積の半分以上を占めている巨大な檻の前までやってきた。

 

「さて、と。自由になりたい?ボクの言うことを聞いたら、出してあげるよ。ただし、早い者勝ちだ。五人まで。それ以外は、この檻の中にずっといてもらう。さぁ、出たい子は手を上げて!」

 

彼女が語り掛けると、檻の中からは複数の呻き声が聞こえてくる。消耗し切り、今にも死にそうな声。燭台が照らすそこには、十数人の浮浪児が寝込んでいた。誰も彼も、頬がこけあばらが浮き出ている。王国のとある都市、そこのスラムからリグが攫ってきたのだ。いなくなっても誰も気にしない、格好の実験材料として。

 

のろのろと、浮浪児達は薄汚れた手を上げる。その数はあっという間に五本に達し、リグは嬉しそうに頷いた。

 

「素直でボクも嬉しいよ!さぁ、それじゃあ一緒に遊ぼう!その前に、ご飯も食べさせてあげるからね!」

 

彼女はどこまでも無邪気に言って、檻の鍵を開ける。逃げ出す体力も無いのか、浮浪児達はリグを視線で追うだけだ。手を上げている子の腕を掴み、軽々と引き上げて檻の外へと放り出していった。五人目を放り出した後、彼女は残りの手を上げている子達には見向きもせず、檻の中から出ていこうとする。その瞬間、一人の浮浪児が跳ねるように立ち上がり、リグの背中へと襲い掛かった。手には石を磨いて作ったであろうナイフが握られている。刃が背中に突き立てられるその瞬間、浮浪児の手首が切断された。蠢く闇が鞭の如く手首に絡みつき、斬り飛ばしたのである。

 

「うっぐぁぁぁっ!?」

 

手首から血を噴き出し、絶叫する浮浪児。どうやら少女に見える彼女に、リグはゆっくりと振り向いて微笑みを向けた。

 

「お前が何かコソコソしてるのは知ってたよ。凄いじゃん、こんな状況なのにボクを殺すことを考えてたんだ」

 

少女の片手を拾い、握り締めていた石のナイフを手にする。楽しそうにそれを眺めながら、陽気な口調で言葉を紡いでいく。

 

「よかった、うん。楽しかったよ。じゃあ、ご褒美をあげないとね。お前には、特別に原液だ」

 

リグは大釜から乳白色の液体を掬い、深皿へと移す。その表情は、まるで虫を踏み潰す幼子のようだった。




この世界、銃器や火砲は殆ど存在しません。そもそも火薬が無いんですよね。異世界モノにはよくあることです。
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