TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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青空の決死圏

「チチチチチチィーッ!」

 

軽快な鳴き声を漏らしつつ、カロロは今日も今日とて青空を飛行していた。照り付ける日が彼を焼きながらも、決して羽ばたきを止めることは無い。力強いその様は、通常の鳥人と比べて数段素早いものだった。

 

悠々と飛んでいるカロロは、端から見れば分かるほどに得意げだ。最近、エリンドと里を往復している内に、彼の飛行能力は鍛えられている。飛行速度と飛距離はどんどん高まっていき、まさしく『青空の騎士』の二つ名に相応しい。体力的には厳しい所もあるが、旧知の戦友であるグロムの役に立てるのなら何も問題は無いとカロロ本人は思っていた。

 

数時間前にエリンドを後にしたカロロは、隠れ里に向かって飛んでいる。ジエッタ将軍が襲撃されたこととニェーク伯爵の努力が実を結び、僅かながら支援物資を送ってくれるとの情報を届ける為に、彼は晴れやかな表情で飛び続けた。これで、少しでもグロム達が楽になる。そのことが素直に嬉しい。と、

 

「おや?」

 

前方に空を飛んでいる影が見えた。徒党を組んで、こちらに向かってくる。蝙蝠のような羽を羽ばたかせ、暗褐色の肌に包まれている様は魔物か何かだろうか。数は6だが、一体だけ二回り程大きい。甲高い鳴き声と共に魔物達は加速し、カロロを取り囲もうとする。

 

「チッチチチ!これは随分と熱烈な歓迎ですなぁ!!」

 

騒ぐも慌てないカロロは、腰から細剣を引き抜いた。恐らく、一連の事件を引き起こしているものが送り込んできた刺客だろう。しかし、この程度で自分は止められない。空中戦において、カロロは絶対の自信を持っているのだ。・・・・・・だが。

 

「っ、これは・・・・・・!?」

 

魔物の内一体に斬りかかり、羽を斬り飛ばす直前で彼は動きを止めてしまう。驚愕の表情を浮かべている隙に、他の魔物達が纏わりつくようにカロロを押さえ込もうとしてきた。

 

カロロが見たもの。それは、魔物達の顔だ。肌こそ暗褐色になっているものの、その顔は人間の子供に見える。一様に涙を流し、うわ言のようにお腹が空いたと呟いていた。どういうことだ。そういう習性の魔物か。いや、違う。カロロの直感が告げる。彼らの感情に嘘は無い。なら、つまり・・・・・・。

 

「なんと、なんということを・・・・・・!」

 

思い至ってしまう。昇魂薬による人の魔物化。目の前の、幼い人型の魔物。泣きながら、餓えを訴える彼ら。本来守るべき子供達を、魔物にしてカロロに襲い掛からせたという事実。縋りついてくる魔物達は、彼に噛みつき肉を食いちぎろうとしてくる。攻撃では無く、捕食なのだろう。憤怒に心が染め上げられ、彼は咆哮した。

 

「ヂィィィィィィィッッッ!!!」

 

赦せない。怒りのままに、魔物達を振り払う。目の前の魔物達は被害者だ。それは分かっている。だが、殺すしかない。「昇った」者たちが元に戻ることは無い。少なくとも、今は。

 

細剣を構え直し、残像が残る程の速度でカロロは空を駆け回った。彼がすれ違う度に一体、また一体と魔物が首を飛ばされ、地上へと落下していく。あっという間に5体は墜落し、残るは二回り程大きい魔物だけだ。この魔物だけはカロロに縋りつかず、ただ距離を取って戦闘を観察していた。片腕には手の代わりに、骨を削って尖らせたような槍が生えている。幼い少女のような顔にはなんの表情も浮かんでいない。能面のように、ただただカロロを見つめていた。

 

「貴女がリーダー格ですか?まぁどうでもよろしい、ワタクシは貴方を殺します。存分に、恨みなさい」

 

言うや否や、カロロは正面から魔物に突っ込んだ。細剣を体の横に構え、一気に距離を詰めると同時に横薙ぎに振るう。凄まじい速度の斬撃は、しかし魔物の骨の槍に防がれた。反応速度が他の魔物達と明らかに違う。魔物は細剣を弾き飛ばして骨槍を突き出すが、カロロは落下するように下へと回り込み回避する。足首を斬りつけるが、肉に食い込み骨に到達したところで砕けてしまう。その瞬間、彼はもう片方の足を掴んだ。魔物は身を捩りカロロを引き剥がそうとするが、その力すら利用し羽の動きを封じ込め、飛行能力を奪う。二人は取っ組み合いつつ、錐揉み状に回転しながら落下していく。木々に覆われた地面が凄まじい勢いで近付き、枝葉をへし折りながら思い切り叩き付けられた。

 

「ぐぅっはぁぁっ!!」

 

カロロが上で、魔物が下。魔物は潰れこそしていないものの、目を見開き後頭部から血が溢れ出している。カロロは魔物をクッション代わりにしたおかげか、全身が痛むもののまだ動けるようだ。短剣を取り出し、まだ息のある魔物の喉に突き立てようと、

 

ざくり

 

カロロがナイフを振り下ろす直前、柔らかい肉に硬質な何かが突き刺さる音が響いた。四肢が痺れるような感覚。腹部が熱い。

 

「がっ・・・・・・!?」

 

カロロの腹に、魔物の胴体から突き出た骨が刺さっている。かなり深い。カロロの口から、血が溢れ出してくる。

 

「たすけて」

 

魔物が口を開いた。見た目に似合わぬ、儚げな声。胴体から突き出た骨は、まるで生きているかのように体内へと戻っていく。破れていた皮膚は、一瞬にして再生した。

 

「たすけて」

 

カロロの腹から、夥しい量の血が噴き出す。誰が見ても分かる。致命傷だ。力が抜け、魔物の横へと倒れ込む。急速に感覚が無くなっていく手をなんとか動かし、腰のポーチからポーションを取り出した。腹の大穴に無造作にぶちまけるが、焼け石に水だろう。内臓こそ零れていないものの、血が止まることは無い。

 

「たすけて」

 

魔物が上半身を起こし、瀕死のカロロに目を向けた。後頭部の傷も再生しているようで、落下の衝撃でもげていた羽も生え始めている。魔物は相変わらず無表情に、ひたすら同じ言葉を呟き続けた。

 

「たすけて」

 

視界が霞む中、カロロは目の前の魔物が何かを訴えかけていると気付いた。言葉通りの意味だろう。無表情の顔に、一筋の涙が流れる。魔物は、彼女は、間違い無くカロロに助けを求めていた。

 

「ヂ、ィ・・・・・・!」

 

消えかけていた彼の命に、再び火が灯る。諦めるな。例え今際の際だとしても、全力で務めを果たす。それが、『青空の騎士』カロロ=ティターヌ=エンデーリンの生き方だ。

 

取り落とした短剣を握り直す。感覚の無い足で地面を踏み締め、立ち上がる。本来なら指一本動かせないであろう満身創痍の体を、意志の力だけで奮い立たせた。魔物は無表情のまま、こちらも立ち上がり迎撃の体勢を取る。流れた涙は、既に渇き始めていた。

 

カロロは、倒れ込みそうな体勢で距離を詰める。血の気が引いた真っ白な顔、その瞳に決意を漲らせて。魔物が突き出してきた骨槍をまるですり抜けるように交わし、短剣の届く距離まで肉薄した。魔物の全身から、針山の如く複数の骨が突き出る。その全てが、カロロを穴だらけにしようと襲い掛かった。その瞬間、

 

ふわっ

 

まるで何かの魔術のように、魔物の体が回転した。無数に襲い掛かる骨、その全ての力を利用した絶技。天地が逆になったかのように、魔物は逆さになって地面へと叩き付けられる。その着地点には、カロロが魔物を投げ飛ばすとともに落としていた短剣が、刃を上にして待ち構えていた。

 

ぐしゃり

 

肉が潰れ、骨がひしゃげる音。脳天から短剣へと叩き付けられた魔物は、完全に頭蓋が割れ、首の骨が折れていた。全身から突き出た骨が震え、苦しそうに蠢く。やがて、力尽きたかのように動きを止めた。同時に、とうに限界を迎えていたカロロが崩れ落ちる。意識を失う寸前の彼が聞いたのは、二つの音。一つは、こちらに向かってくる複数の足音で、もう一つは。

 

「あり、がとう」

 

幼い少女の、感謝の言葉だった。

 

 

 

 

「急げ、近いよ!」

 

「分かっている!」

 

『鏡像』と『水禍』の魔術師は、森の中を懸命に駆けている。二人はツィーボが拷問で得た情報を元に、元凶・・・・・・『暗礁の魔術師』の拠点を捜索していた。しかし、ジエッタ将軍を襲撃した魔物から聞き出された拠点はもぬけの殻。どうやら頻繁に移動を繰り返しているらしい。徒労感を味わいながらもエリンドに帰還していた折、カロロの咆哮と空中で戦っている姿を確認。落下現場へと急行しているのである。

 

「見つけた!って、こいつは!?」

 

そこにいたのは、腹部から多量の血を流し倒れているカロロ。そして、全身から鋭い骨を生やしたおぞましい人型の魔物だった。

 

「カロロ!無事か、何があった!」

 

『水禍』がカロロに駆け寄ると、一目見るだけで死にかけていると気付く。腹部の傷は致命傷に近い。ポーションをかけた痕跡があるが、殆ど効果を及ぼしていなかった。すぐさま魔術を練り上げ、水で腹部を覆う。血が、流れ過ぎている。

 

「『鏡像』、回復用のポーションか魔道具は!?」

 

「これほどの傷に効く奴は無い!クソッ、不味いねぇこれは!」

 

『鏡像』が光で腹部を照らすと、臓器が損傷していることが分かった。どう見ても助からない。今までの経験から、それが分かる。だが、『水禍』は諦めなかった。水を糸のように形作り、臓器の損傷している部分を縫い留めていく。

 

「魔石をよこせ『鏡像』!それに魔道具も!ここでこいつに死なれては申し訳が立たん!」

 

「・・・・・・あぁ、そうだね!目覚めが悪いのはごめんだ!」

 

『水禍』の言葉に頷いて、『鏡像』は懐から細身の瓶を取り出した。肉体を活性化させるポーション。本人の治癒能力を増強すると共に気つけの効果もある。受け取った『水禍』は瓶内の液体に魔力を通し、操った上でカロロの腹部に練り込んだ。効率的にポーションを浸透させ、効果を僅かでも上昇させる。

 

一手も間違えることが出来ない精密な魔術行使に、魔力が急激に失われていく。魔石はそこまで多くは持っていない。この調子では、早晩底を尽きるだろう。

 

「死ぬことは許さんぞ・・・・・・!貴様も里の住人だろうが!」

 

里にいた頃、『水禍』とカロロは積極的に関わっていたわけでは無かった。互いに警戒していたこともあり、私的な会話を交わしたことも殆ど無い。しかし、それでも。『水禍』は、カロロに死んでほしくなかった。ともすれば『水禍』以上に、カロロは身を粉にして働いていたのだ。こんな森の中で、悲惨な死を迎えさせることは許されない。

 

「おい、グロム達が待っているのだろう!『青空の騎士』よ、ここでくたばるのが貴様の騎士道か!?」

 

聞こえているかは分からない。しかし、『水禍』は魔術で応急処置を施す傍ら、声を枯らしながら懸命にカロロを励ます。祈りにも似たそれは、『鏡像』が近場から兵士を連れてくるまで続いた。




鳥人は普通の人間に比べて脆いです。なので、本来は弓矢等で遠距離攻撃をする者が多いのですが、カロロは騎士として近接戦を磨き抜きました。それは、誰かの代わりに傷付くことを厭わない彼の誇りだったのでしょう。
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