エリンドからの伝令が届けてきた一報が、俺達を震撼させて一日が経った。しばらく帰ってきていなかったカロロが、道中魔物の襲撃を受け大怪我を負ったというのである。なんとか一命は取り留めたものの、意識不明の重体。現在はエリンドの療養所で回復を待っているらしい。
分かっていたことだ。単独でエリンドと里を往復するカロロが、一番危険だということは。しかし、俺はあいつの明るさと実力に胡坐をかいて、なんの策も講じてこなかった。畜生め・・・・・・!
すぐにでもエリンドに向かいたいが、俺にはやることがある。里を離れるわけにはいかない。何より、カロロ自身が許さないだろう。自分のことはいいから出来ることをするべき。きっと、あいつはそう言うはずだ。とんでもないお人好しだからな。ざわめく心を抑えながら俺は自分の頬を両手で叩いた。悔やんでいる余裕は無い。謝罪は、カロロと再会した時に取っておこう。
「グロムさん、大丈夫ですか?」
立ち上がった俺に、朝ご飯の準備をしていたミュリアちゃんが心配そうに話しかけてきた。そういう彼女の目元には泣き腫らした痕が残っている。俺と一緒に寝ていなかったら、恐らく一睡も出来ていなかっただろう。眠りの聖女の力に、感謝しなくちゃな。
「あぁ、大丈夫さ。ここでうだうだ悩んでいてもカロロの為にはならんからな。ちょっと、外の空気を吸うついでに里の皆の様子も見てくるよ」
「は、はい。あの、無理はしないでくださいね・・・・・・?」
「約束する。無理はしないよ。下手に体調を崩したりしたら、それこそカロロと再会した時に叱りつけられちまう。だから、本当に大丈夫だ」
微笑を浮かべて頷くと、彼女は心配そうな表情は崩さないままに送り出してくれた。家の外は、憎らしいくらいに快晴だ。
それぞれの仕事の為に出歩いている羊人達に挨拶しつつ、俺は里の通りを歩いていく。やはりというか、全体的に案じているような気配。カロロは喋り上手で、主に自分の武勇伝を里の人達に語っていた。だから、俺が思っているよりも慕われていたんだろう。俺の姿を認めると、詳しい事情を聞こうとしてくる羊人もいた。出来るだけ丁寧に説明したが、やはり顔色は晴れないようだ。
「・・・・・・はは」
こんな状況なのに、少しだけ笑みが漏れた。カロロ、お前はこの里にとってかけがえの無い存在にまでなってるようだぞ。だから、早く元気になって帰ってこい。心の中で呟いていると、オーギス達の家に辿り着いた。正直、俺が一番心配しているのはチャロだ。あいつはカロロを尊敬、というか崇拝してたからな。昨日伝えた時点で酷く狼狽していたが、果たして・・・・・・と、家の前に見知った奴がいる。六本の腕を生やした背中は、異形の旦那以外ありえない。
「おうい、旦那。奇遇だね、こんな所で会うなんて」
「グロムか。・・・・・・ふむ。その様子だと、落ち着いたようだな」
「いつまでも動揺してるわけにもいかないからな。旦那がここにいるのは、さては俺と同じ理由かね?」
「まぁ、多分そうだ。チャロの様子を見に来た。酷く、動揺していたからな」
成程。どいつもこいつも、お人好しの心配性みたいだ。苦笑しつつ、俺は家の扉をノックする。すぐに出てきたのは、ぼさぼさ髪のイニマだった。
「はーい・・・・・・って、グロムちゃん!?待ってまだ髪も梳いてないのに!」
「いや、気にせんでいいよ。それよりも、チャロはいるかい?」
「チャロですか?えっと、確か・・・・・・」
僅かに言い淀むイニマ。その直後、後ろの方から羽ばたくような音が聞こえてきた。振り向くと、丁度チャロが空から降りてくる。その様子は、一見していつも通りに見える。
「二人とも、どうしたんだ?こんな朝に」
「あー、いや。あんたのことが気になってね。大丈夫かい?」
「・・・・・・。そんなに、頼りなく見えたか?僕は大丈夫だ。カロロ様のことは、確かに辛いけど・・・・・・あの人なら、絶対に復活してくれる。だから、問題無いよ」
強い意志を放つチャロの瞳が、俺達を射抜いた。彼も色々考えたのだろう、目の下には隈が浮いている。しかし、力強いチャロの言葉に俺達は自身の心配が杞憂だと教えられてしまった。
「すまん。正直、あんたの精神力を舐めていたよ。立ち直るのに時間がかかるんじゃないかと、いらん気を回しちまったようだ」
「俺も、グロムの言う通りだ。すまぬ。チャロ、お前は強い男だ」
「これで褒められても嬉しくない。それより、グロム。見張り台の射手のことなんだけど、僕でいいなら受け持つよ」
「本当か?無理にすぐ決めなくても・・・・・・」
「本音は、さ。カロロ様みたいにエリンドとの連絡役をやりたいけど。僕じゃあ、同じように襲撃されたら殺されてしまう。だからさ。やるよ、飛び筒の射手。何もせずに待つのは、正直耐えられないから」
チャロは呟くように言い、俺達を押しのけて家の中へと入っていく。やりきれない怒りを感じて、俺は彼の背中にかける言葉が出てこなかった。
「もー、チャロったら。あいつ、こんな朝早くから家を出てたのは、見張り台の建てる場所を改めて確認しに行ったみたいなんです。射手を引き受けるからにはちゃんと把握して、その上で改善出来ることはしたいって。あいつなりに、すっごく考えてるんですよ」
「・・・・・・そうか。うん、それじゃあ何か気付いたことがあったらいつでも言ってくれと伝えといてくれ。俺は、これで失礼するよ」
「はーい!あ、そうだ。折角だしグロムさんも朝ご飯食べていきません?守り神さんもどうですか?」
「いや、家でミュリアちゃんが待ってるから。またの機会にしてくれ」
「俺も、小屋に朝飯の用意がしてある。今度、相伴に預かるとしよう」
「そっかー・・・・・・じゃあ、また今度誘いますね!とびっきりのご馳走を用意しなきゃ!」
ニッコリと笑みを浮かべるイニマ。しかし、陽気に振る舞う彼女にも微かに疲労が見て取れる。気付かないフリをして、俺と旦那は彼女たちの家を後にした。帰り道を一緒に歩きながら、俺はぽつりと呟く。
「しみじみと感じるなぁ。カロロが里のムードメーカーになっていたみたいだ。俺は普段のあいつに慣れていたから、こうやって里を見回るまで気付かなかったよ」
「うむ」
短く同意して、旦那は黙り込んだ。俺も、それ以上口を開かない。そのまま、俺達はそれぞれの家へと帰っていった。
「やれやれ。まさか、かの『青空の騎士』がやられるとは。なんとか、生き延びて目を覚ましてほしいけど」
苦み走った表情を浮かべ、ニェークは一人の部屋で呟いた。
現在、エリンドは厳戒態勢だ。城塞都市の総指揮官が暗殺されかかるという事態は、いかに鈍重な共和国といえど重い腰を上げるに十分である。ニェークは忙しなく届く議会からの書類を捌きながら、カロロの身を案じていた。
一応、ニェークは自身の伝手を使って、エリンドの戦力増強との名目で回復魔術を行使出来る魔術師・・・・・・『苦薬』の魔術師を招こうとはしている。しかし、今日明日すぐという話ではない。数週間はかかるだろう。それまで、カロロの容体が急変しないかどうか。人事を尽くしても、そこだけは天に任せるしかなかった。
とはいえ、恐らくは大丈夫なはずだ。『水禍』と『鏡像』の迅速な応急処置が功を奏し、致命傷に思われたカロロの傷はなんとか塞がっている。本来、内臓が傷ついた者を救うことは難しい。傷を癒す為に使われるポーション類も、内臓が壊死するまでに傷を塞ぐ程の回復速度は得られないからだ。だからこそ、自身の魔術を応用して傷口を塞いだ『水禍』の行動は英断だったのである。
「さてさて。考えても状況は好転しないし、書類は山積みだ。お仕事お仕事楽しいな、っと」
おどけたように独り言を漏らして、ニェークは改めて書類に取り掛かる。と、その中の一つに目が留まった。隠れ里に対しての支援に関するもの。大仰な封蝋を開けて中を確認すると、判子が複数押されているようで、他と比べて異彩を放っている。間違いない、共和国議会からの書類だ。
本来、こういった重要な書類は最優先でニェークに届けられるはずだ。おそらくは、今までに無い大量の書類のせいでこちらの方に紛れ込んでしまったのだろう。こういったことが起きるのは仕方ない、関係者を責めるのはやめておこう。そう思いながら、内容に目を通す。
「・・・・・・これは、面倒なことになったなぁ」
そこには、ニェークが予想していなかった文言が記されていた。隠れ里には一切の支援を行わない。王国の侵攻に対する囮として利用する。端的に言えば、そういう内容だ。無論、本来ならばありえない選択である。人気の無い辺境とはいえ、隠れ里はれっきとした共和国領内にある。議会の判断はつまり、王国が共和国領土を切り取るのを許容しているということだ。ニェークは、これに王国の、あるいは昇魂薬をばら撒いている黒幕の陰謀を感じていた。スパイか何かが議会に働きかけた可能性が高い。そうでなければ、このような馬鹿げた判断をする理由が無い。
「どこの氏族だ?牛か、鷹か、あるいは犬か。なんにせよ、対策は講じないと」
ぶつぶつと呟きながら、ニェークは立ち上がり扉へと向かう。他の書類は後回しだ、今はこの事態について手を打たなければならない。彼にしては珍しく余裕が無い様子で、早足で部屋を出ていくのだった。
テロックは、親の農地を継いで日々を懸命に過ごす農民だった。流行り病で両親を亡くしてからは、嫁を娶る余裕も無くひたすらに畑を耕す。勤勉な彼は、隣人に助けられながらも変わり映えの無い日常を送っていた。
ある日、テロックの住む寒村に旅人が訪れる。翌日、薬師を名乗ったその女性は、去り際に一宿一飯の礼をしたいといくつかの薬を取り出した。これは傷を癒すもの、これは腹痛を癒すもの、これは関節の痛みを和らげるもの・・・・・・村人たちはその怪しげな薬を受け取るも、服用することは無く倉庫の片隅に放置していた。
40日程が経過しただろうか。テロックは、農作業中の不慮の事故で片足を骨折してしまった。彼に家族はおらず、村の隣人達が助けるにも限度がある。このままでは、農作物の世話が出来ない。途方に暮れたテロックは、ふと薬師の言葉を思い出した。彼女曰く、骨折に効く薬もあると。
心配した村人達に止められながらも、テロックは杖をつきながら倉庫へと向かった。このままでは農作物が採れず、税も納められずに飢え死にしてしまう。早く、この怪我を治さなければならない。倉庫に辿り着き、中に入る。隅の棚に、押し込められるように何本かの瓶があった。ラベルには薬の名前が書いてあるが、テロックは文字が読めない。どれが骨折に効く薬なんだろう。
追いついてきた隣人に訊ねても、村でまともに文字が読めるのは村長くらいだ。手当たり次第に瓶を抱え、村長の家へと向かうテロック。隣人達にも手伝ってもらい、村長に全ての薬瓶を見せた。どれが骨折に効く薬なのかを訊ねると、村長はしばらくじっと見つめた後、一つの瓶を指差した。深い紫色をした、粘ついた液体が入っている。
隣人達は顔をしかめ、毒ではないかと訝しんだ。しかし、テロックは躊躇せず蓋を開け、一息に薬を飲み下そうとする。甘苦い味に多少むせるが、飲み込めない程ではない。心配そうに自身を見つめる隣人達の視線を感じながら、彼はすぐに体の変化に気付いた。添え木を当てている片足が、妙に熱い。同時に、むず痒いような感覚が背筋に這い上ってくる。
腰を折って呻き始めたテロックを心配して、隣人が背中をさすり声をかけた。しかし、彼は答えない。やがて、近くの隣人を突き飛ばし、杖も放り投げて走り出す。足が痛くない。それどころか、気力が漲っている。これなら農作業と言わず、なんでも出来そうだ。テロックは村を超え、街道を超え、山を越え、どこまでも走り続けた。全身が膨れ上がるような感覚に、思考が捻じ曲がる。全能感と狂暴性に塗り潰されて、やがて彼は本来の心を喪った。
その後、テロックが村に帰ってくることは無かった。残された薬は、村人からの報告を受けた共和国の調査隊が回収。検査の結果、昇魂薬ということが発覚する。調査隊が村人に対し、これをおいていった旅人はどのような容姿だったか質問するが、不思議なことに正確に答えられる村人は一人もいなかった。頭に靄がかかったように、姿かたちを思い出せないようだ。
エリンド以外で起きた昇魂薬絡みの事件は、これで五件目である。元凶を止めない限り、際限無く増えていくだろう。共和国の日常に、暗雲が立ち込め始めた。
作者はカロロを重要人物として書いていたんですが、読者の皆様に気に入って頂けていたら幸いです。