「ふぅー・・・・・・旦那、ここまで来れば流石に大丈夫だろう?」
「そうだな。周囲に人の反応も無い。十分だ」
「・・・・・・こんなに里から離れる必要があったのか?」
俺と旦那、そしてチャロは森の中を進んでいた。既に、かなり里から距離がある位置だ。巨大な飛び筒を背負っている旦那は、チャロの質問に汗だくの顔を頷かせる。
「あぁ。一度撃つだけで、凄まじい音が出るからな。里中に響き渡ってしまうだろう。それに、最悪余波が里に及ぶ可能性もある。離れるに越したことは無い」
「ふぅん、そういうものか」
言葉を交わす二人を見ながら、俺は紐を通して首にかけてある水筒に口を付けた。ミュリアちゃんお手製の木製水筒から水分を補給すると、火照った体が僅かでも治まる気がする。ここまで歩いてくるのは、流石に今の俺じゃあ重労働だ。と、
「お、ここは」
木々が押し流され、開けた場所。その中心には、かなり大きな池が見える。というよりも湖だな。『水禍』が放った大魔術により出来たクレーター、そこに大量の水が溜まったままになっている。
今日のやることは主に二つ。一つは、巨大な飛び筒の試射。もう一つは、この湖の水質調査だ。前者はいわずもがなだが、後者にも理由はある。この湖に水生生物が棲み着けば、里の新たな資源になる。上手くやれば、生け簀のように使えないかと思っていた。の、だが。
「思ってたより、かなり大きいなこりゃ。『水禍』の腕前が伺えるが、生け簀に使うにゃデカすぎる」
「言っただろう、それは難しいと。だが、この水量なら魚や虫が潜みやすいはずだ。問題は、どこから連れてくるかだな」
「里の小川にいる魚だって、そんなに多くないでしょ?ここに運んでもあまり意味は無いんじゃ」
会話をしつつ、湖に近付く俺達。泥濘はとっくに渇いているが、転がっている石に躓かないよう気を付けないといけない。慎重に進んでクレーターの縁の部分に着き、水面を覗き込んでみた。
「・・・・・・おや、こいつは」
予想外なことに、そこには虫のような生き物が多数生息していた。どこから来たのかは分からないが、この様子だと湖全体にいそうだな。それに、水草も浮いている。流石に魚影は見えないが、もしかしたら湖のどこかで泳いでいるかもしれない。
「ふむ。毒は無さそうだな。よし、少し潜ってこよう。その間、二人は飛び筒の設置を頼む。やり方は、出発前に説明したとおりだ」
言うや否や、旦那は服を脱ぎ捨て全裸になり、湖へと勢いよく飛び込んだ。水飛沫を上げつつ、八本の腕と両足を使って器用に泳いでいく。多芸だねえ。
「よし、魚がいるかどうかは旦那に任せて、俺らはちゃっちゃと飛び筒を設置してみようか。って、おっも・・・・・・!」
飛び筒を固定する為に地面に刺す棒があるのだが、それ一本だけで通常の飛び筒以上の重量があるようだ。見た目よりは力がある今の俺でも、中々に厳しい。
「いいから。下がって休んでなよ。ここまで歩いてくるだけで結構疲れてるだろうし。中身はともかく、グロムは肉体的には女の子なんだからさ」
そう告げて、チャロはテキパキと組み立てていく。うーむ・・・・・・女の子扱いされるのは癪だが、事実だから仕方が無い。すまんと一礼して、近くの大き目の石を椅子代わりに腰を下ろした。どっと疲労が湧き出て、ぼんやりとチャロの動きを眺めることしか出来なくなってしまう。こんなことなら、意地を張らずに旦那に背負ってもらえば良かったかもしれんな。いかんいかん、未だに傭兵だった頃の感覚が抜けてないのかも知れない。己を戒めながら、俺は罪悪感の湧く心を抑えて休息に努めるのだった。
しばらくして。チャロが巨大な飛び筒を設置し終わるとほぼ同時に、異形の旦那がざぶりと湖から上がってきた。たっぷりの水を滴らせながら口を開く。
「魚はおらんな。だが、ミズゴムガエルとアケズガエルのオタマジャクシはいた。あれは食料になるぞ」
「お疲れ様。そいつはありがたいね、いざという時の為、食料はあるに越したことは無い。カエルは案外美味いしな」
「ミズゴムガエルって、人の頭くらいの大きさまで膨らむ奴?あれ、食べれたんだ・・・・・・」
「あぁ。名前通り、噛み応えがあって美味い。俺は、水炊きが好きだ」
「たっぷりの油がありゃあ、素揚げもオススメだよ。まぁ、どっちにしろ内臓と皮を処理する手間はあるが。十数日間餓えを凌げるくらいには、栄養もしっかりある」
懐かしいな。傭兵時代、湿地帯で本隊に取り残された時によく捕まえたもんだ。ミズゴムガエルがいなければ、飢え死にしていただろう。そういう意味では命の恩人でもある。あの頃は、まさかこんな姿になるなんて想像もしていなかった。おっと、感傷に浸っている場合じゃないな。
「さて、飛び筒の設置はチャロが全部やってくれたよ。それで、どこに向かって撃つんだい?」
「そうさな。まぁ、湖の中心を狙えばいいだろう。下手に森に撃てば、火事になる可能性も0ではない。弾に込めている魔石粉の量は減らしているが、相応の爆発は発生する。はずだ」
「はずって・・・・・・本当に大丈夫?」
「うむ。計算は、合っている」
やや不安そうなチャロに、旦那は濡れた髪をかき上げながら答える。まぁ、旦那に限ってミスは無いだろう。仮にミスがあったとしても大丈夫なように、わざわざここまで来たんだ。
「それじゃあ、やってみるかい?いや、俺が出来ることは無いんだが」
「分かってる。守り神、何か間違っていたら止めてくれ」
「あぁ」
チャロは背嚢から魔石粉が入った袋とかぼちゃ程の大きさがある弾、それと焼きごてのようなものを取り出す。大量の魔石粉を袋ごと固定した飛び筒の穴の中に入れて、焼きごてで押し込み突き固めていった。入れる魔石粉の量によって射程を調整出来るらしい。そこにかぼちゃ大の弾を入れて、再び押し込んだら準備は完了。後は、狙いを定めて発射するだけだ。
「ふぅ・・・・・・」
チャロは鳥人故、他の亜人よりは非力だ。まぁ、今の俺の数倍の力はあるだろうけど。その為、一連の動きで相当汗をかいている。端から見ているだけでも重労働だ。汗を拭い、飛び筒の後ろに回る。固定されていない部分を小刻みにずらし、狙いを定めているようだ。
「最初は適当で構わん。弓とは、勝手が違うからな。回数をこなし、慣れるしか無い」
旦那の言葉に無言で耳を傾けながら、チャロは慎重に飛び筒の底部分に手を当てる。この底部分は特殊な素材になっているようで、魔石を密着させて砕くことで魔力を伝達し、飛び筒内部の魔石粉が炸裂、弾が射出される仕組みらしい。こんなの、よく考えつくもんだ。
「いくぞ」
「うむ。グロム、耳を塞いでおけ」
微かに震える声で、耳当てを装着したチャロが告げる。旦那の言う通り俺が耳を塞いだ直後、底に触れているチャロの手のひらで魔石が砕けた。
ドゴォォォォォン!!!!
音というよりは、衝撃。目の前に落雷が落ちたら、こんな気分なのだろう。あまりのことに俺は尻もちをついてしまった。もうもうと煙が立ち込めるその先、俺達から離れた湖の一か所から、さらなる爆音と共に特大の水柱が上がる。とんでもない威力だ。
「ゴホッ、ゴホッ!!」
煙に咳き込み、目にも染みて涙が零れる。火災と見まがう程だよ、こりゃ。
「よし。思っていたよりも、素直に飛ぶな。もう少し、下に逸れると思っていたが」
「飛ばしてる弾の自重が重いから、矢とは飛び方が全然違う。難しいぞ、これ・・・・・・」
ゲホゲホ咳いてボロボロ泣いている俺をよそに、二人は真剣に話し合っていた。一応確認しておいた方がいいと思ってついて来たけど、これ俺いらなかったんじゃないか?そんなことを考えている間にも、チャロは先端に巨大な毛虫のようなものが付いた棒を飛び筒に突っ込み、魔石粉の残り滓をかき出している。筒の内部にこびりついたものも綺麗に剥ぎ取って、彼は翼を軽く開いて一息ついた。
「ふうぅぅ・・・・・・。これが、1セットってことでいいのか?」
「そうだな。とはいえ、一射毎に膨大な魔石粉と専用の弾を消費する。今の感覚を、よく覚えておいてくれ。習熟用に割ける物資は、そう多くない」
「大丈夫。僕だって、弓矢の腕はそれなりだ。何度も何度も頭の中で繰り返せば、少しは上達するよ。ただ、日を替えて後二回は試したい。最低限、感覚を馴染ませるのに必要だと思う」
「そうだな。ならば、今日はこれくらいにしておくか」
二人の会話を聞きながら、ようやく落ち着いた俺は立ち上がり尻の土を払う。・・・・・・まぁ、設置式の飛び筒の威力を実際に確認出来たから良しとしよう。少しだけ無力感というか疎外感を味わいながら、俺はそう自分を納得させた。
「グロムさん達、大丈夫かな・・・・・・」
今朝、隣人であるグジンさんから貰った岩塩で漬物を漬けながら、私は窓の外に目をやった。確か、新しい飛び筒を試したり新しく出来た湖?を調査するって言ってたけど・・・・・・。カロロさんのこともあって、どうしても心配になってしまう。魔物に狙われたりしないだろうか。守り神様やチャロさんも一緒だから、多分危険は無い。そのはずだと、分かってはいる。
「はぁ・・・・・・」
グロムさんはとても心の強い人だ。頭もいいし、機転も利く。でも、その体は私よりも弱い。一人で魔物に襲われたら、ひとたまりも無いだろう。心配だ。心配で仕方が無い。こうやってぐだぐだと思い悩んでいても、私の腕はちゃんと動いていた。漬物を漬け終わり、桶の水で手をそそぐ。そうすると、ひとまずやることは無くなってしまった。何かをしていないと、不安で押し潰されてしまいそうだ。あぁもう、情けないなぁ。外で日の光でも浴びて気分を変えよう。うん、そうしよう。
というわけで外に出て、空を見上げながら深呼吸をした。あのカロロさんが魔物に襲われて重傷を負ってしまったという事実が、必要以上に私の心を追い詰めているみたいだ。グロムさんが戻ってくるまでには、平静を取り戻さないと。これ以上、心配はさせたくない。何より、私は彼を信じていたい。私は世間知らずの心配性だけど、信じることは出来るはずだ。
ゆっくりと息を吸って、吐く。うん、少しずつ落ち着いてきた。こんな状況だからこそ、慌てずに平静を保っていないと。それがきっと、グロムさんの助けにもなるはずだ。と、不意に日が陰った。雲か何かに遮られてしまったようだ。見上げると、私達の髪の毛のような雲が空を覆っている。雨は降らなそうだけど、ちょっとタイミングが悪い。
気を取り直して、当ても無く歩き始めた。いつも通りの里の風景を見ていると安心するな。里の皆も少し心配そうな表情だけど、精力的に色々と動いているみたいだ。やっぱり、私の心配は杞憂なんだろう。うん、きっと大丈夫だ。
「あ、ミュリアちゃん!どうしたの?空を見上げて」
「イニマさん。いえ、ただちょっと日が遮られたのが気になって」
土嚢を担いで、通りの向こう側から走ってきたイニマさんが私を見つけ駆け寄ってきた。すごい、大人の羊人でも運べないくらいの量だ。
「イニマさんこそ、どうしたんですか?その、土嚢をいっぱい担いでますけど」
「あぁ、これ?特訓ついでに見張り台の所まで運んでるんだ。私ももっと強くならなきゃいけないし、やっぱり下半身のパワーは大事だよ」
「そう、なんですか。・・・・・・あの、イニマさん」
ふと思いついて、彼女に聞いてみる。
「ん、何々ミュリアちゃん?」
「その・・・・・・私も、特訓とかした方がいいでしょうか?私じゃ戦うことは出来なくても、せめて自衛くらいは出来るようになりたくて」
その言葉に、イニマさんは小首を傾げた後、奇妙な表情になった。なんだろう、歯噛みしているような、切なそうな、迷っているような表情。
「んー・・・・・・と。とりあえず、先に土嚢置いてくるね。ちょっと待ってて!」
「あ、それなら私も一緒に行きます。見張り台がどういう風になっているのか、見てみたかったので」
「おっけー、それじゃあ競争しよっか!」
そう言った瞬間、イニマさんが凄い勢いで走っていった。お、追いかけないと!でも、どれだけ急いでも追いつくどころか、どんどん引き離されてしまう。あんなに重い土嚢を何個も担いでいるのに、信じられない速度だ。私は必死に息を切らしながら、遠のくイニマさんの背に手を伸ばすのだった。
火力、火力、火力!