「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・!」
「ミュリアちゃんとうちゃーく!はい、これどうぞ!」
私がようやく追いつくと、イニマさんは土嚢を下ろして私にタオルと水の入ったコップを差し出してきた。汗はかいているけど、息が全然乱れてない。
「あり、ありがとうございます・・・・・・ふぅぅ・・・・・・」
「うーん、汗をかいた顔もキュートで可愛い。ミュリアちゃんは四六時中可愛いよ、うん」
変なことを言いながら何度も頷いているイニマさん。対する私は、結構落ち込んでいた。自慢じゃないけどかけっこは得意な方だったのだ。それが、この結果。イニマさんがすごい人だってことは分かってたつもりだけど、こんなに差があるなんて。しょんぼりしていると、イニマさんが優しく語り掛けてくる。
「ねぇ、ミュリアちゃん。私さ、冒険者になって5年以上経つんだ。リーダーやチャロに会うまでは、一人でずっと依頼をこなしてた。その間、何度も何度も死にそうな目に遭ってきたの」
私の頬に手を伸ばして、柔らかな手つきで撫でてくる。力仕事でがさついている手のひらは、とても暖かかった。
「ずっと生傷が絶えなくてね。それなのに、日々をなんとか生き延びるくらいのお金しか稼げなかった。可愛いものにときめく余裕も無くなって、依頼先の洞窟で野垂れ死にしそうな時にリーダー達に出会ったんだ」
「そう、だったんですか」
それ以外、私は何を言えばいいのか分からなかった。こんなに明るいイニマさんに、そんな過去があったなんて信じられない。でも、嘘や冗談にはとても聞こえなかった。
「うん。リーダー達に助けられて近くの街に戻ったんだけど、そこでとんでもないことが分かって。私、普通の半分以下の報酬で働かされてたの。ほら、私って頭悪いからさ。契約書とか、そういうのよく分からなかったから、体よく利用されてたみたいで」
「ひ、酷い。そんなことをする人がいるなんて」
「あはは、本当だよね。でも、そのことにリーダーとチャロが気付いてくれたんだ。すごい剣幕でリーダーが依頼人に怒鳴り込んで、それまでの分も含めた報酬を分捕ってくれた。もう、感謝してもし切れないから、貰った報酬全部あげますって言ったんだ。でも、リーダーは笑いながら辞退して、代わりに自分たちのパーティーを組まないか、って。私を助けてくれた上に、居場所までくれた」
しみじみと懐かしそうに、イニマさんが目を細めて言う。
「でも、ね。リーダーは優しいし、作戦を立てるのも上手いけど、純粋な戦闘力ってなると私の方が上なんだ。だから、私は頑張って戦うの。リーダーにしか出来ないこともあれば、私にしか出来ないこともあるだろうから」
「それ、って・・・・・・」
「うふふ。ミュリアちゃんが悩んでるみたいだったからさ。ちょっとアドバイス。無理に、自分に合わないことはしなくてもいいんだよ。だって、ミュリアちゃんの周りには沢山の仲間がいるんだから。助け合って、補い合って生きていけばいいと、私は思う」
どこまでも温かい、イニマさんの言葉。その思いが伝わってきて、なんだか涙が零れそうになってしまう。駄目だ、最近の私は涙脆すぎる。
「グロムさんにも、言われました。自分に出来ることをしろって。グロムさんや、里の皆と助け合っていけばいいって。駄目ですね、私。何度も、その言葉に勇気づけられていたはずなのに。またこんな風に落ち込んじゃって」
「駄目じゃないよ、だってこんなに可愛いから!えへへ、うりうりー!」
「わわっ!?」
イニマさんが私を抱き締めて、髪の毛をわしゃわしゃしてきた。私を励ましてくれているんだろう。
「あー、汗もいい匂いとかミュリアちゃんさいこー・・・・・・!あ、私があげた髪飾り、付けてくれてるんだ!可愛すぎるよぉ・・・・・・!」
・・・・・・励ましてくれているんだろう、きっと。
「おい、イニマ何やってるんだ!って、ミュリアのお嬢ちゃん。どうしてここに?」
私がイニマさんにもみくちゃにされていると、上半身裸で木材を運んでいるオーギスさんが声をかけてきた。
「私が連れてきたんです!なんか気分が落ち込んでいるみたいだったから、ここまで走ればすっきりするんじゃないかなって!」
「お前はまた・・・・・・すまんな、お嬢ちゃん。疲れただろう?」
「い、いえいえ!イニマさんのおかげで悩みも吹き飛んじゃいました」
「ならまぁ、いいんだが。そら、イニマこっち来い。少し木材の寸法が合わなくてな。私の腕じゃあ細かく斬り落とせない。頼めるか?」
「りょーかいですリーダー!あ、そうだミュリアちゃん」
元気よく返事をして、イニマさんは私を解放して走り去っていく。と、思ったら振り向いてにっこり微笑んだ。
「自衛の為の護身術なら、今度教えてあげようか?簡単なものでいいなら、だけど」
「本当ですか?お、お願いします!」
「任せとけー!んじゃあね!」
私の返事を聞いて、彼女は胸をどんと叩いた後今度こそ走り去っていった。なんだか、沢山の元気を貰っちゃったな。
「はぁ・・・・・・」
ラオ要塞の司令官室。執務をこなしながらも、元副官である女性は溜め息を吐いた。
シリュート司令官が暗殺され、王都より司令官代行の任を与えられた彼女は様々な執務に忙殺される日々を過ごしている。これをかつての自分の補佐ありとはいえ、一人で捌いていたシリュートは偉大だったと司令官代行は思い知った。願うなら、墓から出てきてほしいとさえ思ってしまう。
今、彼女がここまで追い詰められているのには事情がある。近隣の都市からラオ要請への補給が、何者かの襲撃により滞っているからだ。恐らくは領内に共和国軍が侵入し、兵站に襲撃を繰り返している。それはどうやらラオ要塞だけでは無く、各地の最前線への兵站線を縦横に狙い続けているらしい。本当ならば、領内に忍び込んだ部隊は複数いるのだろう。そうでなければ説明がつかない。初期は誰もがそう思っていた。
これは共和国が攻勢をかけてくる予兆である。そう判断した国王は補給部隊の護衛を増員、及び前線の兵力を増強することを決定。選択としては間違いでは無いのだが、そのでいで前線の軍には多大な負担がかかっていた。いくら補給部隊の護衛を増やすとはいえ、その分の糧秣も必要だ。その上、前線の兵力を増強するとどうなるか。兵士達が餓えかねない。
さらに、王国にとっても司令官代行にとっても最悪なことに、兵站線への襲撃はさらに増すばかり。ここに至り、襲撃者は単独かつ独特な長剣と人ならざる剣術を用いる者だと発覚(人数が増えたことで、皆殺しにされることが減った為)。軍では無く、個の武勇に面目を潰された王国軍は血眼になって領内を捜索している。勿論、捜索部隊の補給もしなければならない。完全に悪循環だ。
現在、ラオ要塞に送られてくる書簡の三割程は、捜索部隊に物資を融通するように命じるものだった。そんな余裕はあるわけが無い。ただでさえ少ない備蓄分をやりくりしながら、兵や将校を餓えさせないのに精一杯なのだ。既に、援軍として送られてきた部隊の練兵にも支障が出ている。これ以上物資を削られれば、軍隊としての体裁も保てなくなるだろう。
「せめて、まともに兵站が機能すれば・・・・・・」
一応補給物資は送られてくるが、酷く小規模だ。襲撃によって被る損害を恐れ、後方の都市の責任者が出し惜しんでいるらしい。仕方の無いことではあるが、さらにその小規模な補給隊すら、捜索部隊に半強制的に物資を摘発されているというのだ。よって、ラオ要塞に届く物資は雀の涙。他の前線でも同じことが起こっているのかと思うと、司令官代行は背筋に冷たいものが走るのを抑えられなかった。
これが共和国軍の策略だとしたら。完璧な程に大成功と言えるだろう。事実、前線の王国軍は増強されたものの、結果的に弱体化している。このような現状で、司令官代行が指揮を執り防衛戦をしなければならない。考えるだけで、全身が総毛立つ感覚に襲われてしまう。
王国軍の中枢に、少しでもまともな軍略に通じているものがいればこのような状況にはならなかったはずだ。しかし、現状はこの有様。結局の所、権謀術数に長けていたとしても戦争は勝てないのだ。だからこそ、王国と共和国の国境線は殆ど動かないのだが。司令官代行は、もはやシリュート前司令官が恋しくてたまらなくなっていた。彼も権謀術数を駆使する傾向はあったが、軍事面で見ればしっかりとした、実際的な司令官だった。シリュートならば、今のラオ要塞の窮状にも有効な一手を打てるだろう。
「あぁもう、どうして私がこんな目に」
元はと言えば、取り引きの時に罠だと気付けなかった自分が悪い。分かってはいても、納得は出来なかった。いっそ、戦犯として留置場に送られた方がマシだったかもしれない。そこまで考えて、彼女は首を横に振る。いや、そんなことがあるはずが無い。
「・・・・・・大丈夫。故郷の仕送りは、まだ出来ているから」
そう。一番の懸念は、家族が餓えてしまうこと。ここ最近の王国は、食料の値段が酷く高騰している。だからこそ、彼女が稼いで仕送りを続けなければならない。故に、司令官代行としてきっちりと勤めねば。例えどんなことが起ころうとも、現実から逃げ出すわけにはいかないのだ。
彼女の家族は三人いる。両親に、病弱な弟。姉弟の為に、両親は朝から晩まで身を粉にして働いた。結果体を壊し、治療費の為に農地や農具まで売り払う羽目になってしまう。残されたのは、床に臥せる三人の家族と、それを支えなければならない彼女一人。普通ならば、なんの役にも立たない家族を見捨てるべきだ。そうしなければ、自分の命さえ危ないのだから。
しかし。彼女はそうしなかった。祖父の形見のクロスボウと二本のナイフを持って、猟師として生計を立てようとしたのである。悪戦苦闘しながらも、辛うじて食べていけるだけ稼いだ彼女は、しかし日に日にやつれていった。心配した家族がどれだけ止めても、碌な食事も取らずに狩りへと向かう毎日。そんなある日、転機が訪れる。家族が暮らす農村に、山賊が攻め寄せたのである。
村の蓄えを根こそぎ奪った山賊。その首領は、彼女の弟に目を付けた。少女と見まがう線の細さの弟に、男色である首領が食指を働かせたのだ。命が惜しければ、弟を差し出すしか無い。彼女には、それが許せなかった。
弟が押し倒され、首領がのしかかる。その隙を突いて、彼女はナイフを投擲した。脇腹に突き刺さり、痛みに叫ぶ首領。周囲が騒然としている間に駆け寄って、首領の喉をもう一本のナイフで抉る。血で赤くなった泡を吹き、首領は絶命した。しかし、周囲の手下が許すはずも無い。嬲り殺されそうになった彼女の元に、救いの手が差し伸べられる。
王国軍の正規兵が駆け付け、山賊達を捕らえていった。指揮官である男は間に合わなかったことに対する謝罪を述べ、さらに家族の為に戦った彼女を讃えとある提案をする。その決断力と冷静さ、勇気を王国の為に使ってみないか?と。
その後、彼女は士官教育を受け指揮官・・・・・・昇進し、ラオ要塞の司令官となったシリュートの元へと配属された。だから、彼女はシリュートに大きな恩がある。それは、彼が死んだとて変わらない。せめて、シリュートが守り続けてきたラオ要塞を保たなくては。そして、未だ生きている家族も守らなくては。
こめかみの辺りを強く押さえて、意識をはっきりさせる。軋みそうな心に気合を入れ直した彼女は、膨大な量の書簡を処理する為に羽根ペンを手に戦い始めた。
滅茶苦茶雑に言うと王国は中央集権、共和国は地方分権です。