TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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果ての夢

「ふぁ・・・・・・。やれやれ、あいつもやんちゃだな」

 

欠伸を噛み殺し、男・・・・・・ハヤトは首を回しながら呟く。手元には、『暗礁』の魔術師であるリグから送られてきた書簡がある。と言っても、普通のものではない。広げた瞬間に真っ黒な瘴気が漏れ、それが文字を象り空中に浮かぶというものだ。その内容は、エリンドと隠れ里を連絡役として飛び回っていた鳥の亜人を、新作の昇魂薬で「昇らせた」魔物で襲撃した、とのこと。

 

「まぁ、里は狙うなとは言ったが、そこから出てくる奴を狙うなとは言ってなかったからな。俺のミスだなぁ、これは」

 

間延びした声で呟いて、ハヤトは立ち上がる。まぁ、悪い策ではない。元々、不確定要素である里は滅ぼすつもりだったのだ。そこに旧友がいたから控えたが、本来なら皆殺しにしていただろう。エリンドとの連絡をある程度抑制すれば、里の者達も下手な行動は出来ないはずだ。ただし、帰ったらリグを叱らなくては。ハヤトは一人頷いて、未だ瘴気を放っている書簡を折りたたんだ。ふぅっと息を吹きかけると、小さな鳥に変身して空に舞い上がる。いつ見ても奇妙な魔術だと、彼はぼんやりとした目つきでそれを見つめた。

 

「さて、そろそろ行くか。徹底的にやったから追撃はこないと思うけど、まさか王国軍がここまで気合入ってるとはね」

 

鳥が見えなくなってから、ハヤトは歩き始める。周囲に散らばる、自身を探していたであろう王国軍捜索部隊、その夥しい数の死体を踏み締めながら。

 

彼が壊滅させた捜索部隊は、既に三つ目だ。流石に皆殺しには出来なかったが、半分以上の兵士は斬り殺している。兵站への襲撃でも夥しい数の兵士を殺害しており、いかに王国軍と言えど兵数には限界がある、これから、王国軍の動きは鈍化していくだろう。ある程度は、ハヤトの目論見通りである。後の問題は、共和国側の動き。思っている以上に自制が利いていた。リグの魔術によって洗脳した者を議会に潜り込ませているが、それでも前線の混乱は小さかった。特に、城塞都市であるエリンドは未だに統制が取れている。わざわざ昇魂薬をばら撒いているというのに、余程治安維持に力を注いでいるようだ。

 

「さて、と。トップの暗殺も失敗した以上、別の手を打たにゃならないけど・・・・・・うーむ、俺が直接乗り込むか?でもなぁ」

 

ハヤトはブツブツと呟きながら、死体を踏み締め歩いていく。常人ならば吐く程の濃い血の匂いも、彼は全く気にしていない。呑気にすら思える態度で、眠たそうに欠伸をした。

 

「ふあぁ・・・・・・ま、いいか。バレる危険は避けよう。とりあえずは、別の場所から乱していこうかな」

 

そう言ったハヤトは、屈伸するように身を屈め、次の瞬間弾け飛ぶように跳躍する。一瞬で姿が見えなくなり、後には無惨な死体の山が残された。

 

 

 

 

 

「おー、思っていたより高いなこりゃ。遠くまではっきりと見える」

 

「そうですね。カロロさんやチャロさんはいつもこんな景色を見れるなんて、羨ましいなぁ」

 

やや曇り空の昼下がり。俺とミュリアちゃんは、見張り台のてっぺんで周囲を見渡していた。我ながら、いい場所を選んだもんだ。

 

見張り台の一つが完成したのは昨日。その後、異形の旦那とオーギス達で耐久試験をした後、問題無いとして俺達に登らせてくれた。梯子を使わなきゃいけなかったので、今の俺では上に着くだけで結構疲れてしまう。まぁ、他の羊人やチャロ達なら問題無いだろう、きっと。

 

「さて、それじゃあ降りるか。この後は旦那達が飛び筒を設置するからな。邪魔にならないようにしないと」

 

「あ、だからこんなにスペースがあるんですね。見張り台っていうから、もっと狭いものだと思ってたんですよ」

 

「んー、まぁそうだな。後は、いざという時に壊れないようにしっかりと作ったから、土台からして大きくなっちまったって理由もある」

 

ミュリアちゃんと話しながら、俺は梯子に足をかけた。一歩間違えば真っ逆さまだ、気を付けて降りるとしよう。ただでさえ、この体は小さくて非力だからな。

 

「グロムか。どうだった、見張り台は?」

 

時間をかけて地上まで降りると、そこには巨大な飛び筒を背負った異形の旦那がいた。

 

「あぁ、我ながら見事なもんだったよ。一番見事なのは、ここまでしっかり建ててくれた皆だけども」

 

「ふむ。昨日確かめたが、想像以上に頑強な作りだ。素材と、建てた者達の腕がいいのだろう。これならば、仮に侵攻したとしても有効に機能するはずだ」

 

「そうなら嬉しいね。まぁ、後の見張り台、三つが建つまでには暫くかかるだろうけど」

 

そう。あくまで、一つ目の見張り台が完成したに過ぎない。残りの三つも並行して建て始めているものの、まだまだ完成は先だ。相手の行動が読めないので、間に合うかどうかは全く分からない。こういう時、肉体労働出来ないこの身が歯痒くなる。嘆いていてもどうにもならないし、皆を信じて任せよう。と、降りてきたミュリアちゃんが俺達に駆け寄ってくる。

 

「あ、守り神様!今夜、久しぶりにどうですか?」

 

「あぁ、そうだな。頼めるか、ミュリア、グロム」

 

「構わんよ。夜はなんの用も無いからな」

 

・・・・・・ふと。この会話、事情を知らない奴が聞いたら変な勘違いをするんじゃないかと思ってしまった。いやまぁ、無粋というかゲスの勘繰りだが。幸い、この里に勘違いをする人はいないからな。特に問題は無いだろう。・・・・・・無いよな?

 

 

 

 

その晩。会話通りに旦那の小屋、大きいが手狭なベットで三人で添い寝をしていると、奇妙な夢を見た。

 

場所は、恐らく隠れ里のどこかだ。ただ、違和感がある。なんというか、微妙に景色が違うような。有り体に言えば、荒廃しているような。嫌な感じがする。

 

そこには、一人の少女が立っていた。顔立ちこそミュリアちゃんにそっくりだが、纏う雰囲気は全然違う。剣呑な、ピリつくような雰囲気。ふわふわな髪の毛はばっさりと切り落とされ、ショートヘアーになっていた。右側の巻き角は根本近くから折れているようで、雰囲気も相まって酷く痛々しい。ミュリアちゃん似の少女は、たった一人でその場に立ち尽くしていた。

 

・・・・・・あぁ、分かった。ここは、里の共同墓地だ。と言っても、大したものでは無い。名前を刻んだ石が墓標替わりに、ちょこんと盛り上がった土の上に置かれている。その程度の、慎ましい墓地。

 

しかし、現実と明確に違うのは。あまりにも、数が多過ぎる。少女は一つ一つの墓に花を供え、跪いて祈っていた。真摯で、悲痛な表情。俺はこれに似た光景を知っている。何度も何度も目にしてきたものだ。

 

戦友が、隣人が、仲間が、家族が。近しい者が死んだとき、残された者が行う弔い。死者の為では無く、生き延びてしまった者が己の心に整理をつけるための祈りだ。ミュリアちゃん似の少女は、粛々とそれをやっている。

 

この光景は、なんなんだ。考えるも、上手く頭が回らない。その内、少女は全ての墓に祈り終えたのか墓地を立ち去る。落下するように、場面が転換した。直後聞こえてきたのは、これも聞き馴染みのある音。蛮声に剣戟。悲鳴に絶叫。人同士が殺し合う、戦場音楽だ。

 

どうやら、王国軍の兵士と羊人達が戦っているようだ。羊人達は飛び筒を手に、仮組みの柵を盾に決死の抵抗をしている。その中には、声を張り上げ羊人達を統率するミュリアちゃん似の少女もいた。少女の指揮が優れているのか、王国軍の突撃をギリギリの所で跳ね返し続ける。しかし。

 

後方で喚声が上がった。回り込んできたであろう王国軍が、里に侵入し蹂躙を始める。そちらに対応しようとした隙を突いて、正面の王国軍が大規模な突撃を仕掛けてきた。これはもう、どうしようもない。柵を突破され、羊人達が無惨に殺されていく。少女は決死の表情で飛び筒を構え、侵入してきた兵士を狙い撃つも圧倒的な数には殆ど効果が無い。やがて少女自身も包囲され、槍衾に突き殺される。・・・・・・・・・・・・酷い、悪夢だ。

 

心が締め付けられるように痛む。少女がミュリアちゃんに似ていたからか。あるいは、一歩間違えば現実でもこうなっていたかもしれないという恐ろしさからか。一つだけ分かるのは、あまりにもリアルな光景だということだ。本当に、現実と見まがう程。

 

そして、全てが終わった。何から何まで略奪され、生き残った羊人達は奴隷として連れていかれ。勝ち鬨を上げる兵士達が、我が物顔で里を練り歩く。分かっちゃいるさ。負けるってのは、こういうことだ。だけど、この光景はあんまりだ。何故、こんな悪夢を見なくちゃいかん。

 

「それは、義務だから」

 

声が聞こえた。明らかに、俺自身に向けた声。辺りを見回そうにも、今の俺に体は無い。ただ、見ることと聞くこと、考えることしか出来ない。

 

「貴方は、こっちの分まで頑張って。お願い、します」

 

待て、おい、何を言ってる?どういう意味だ?

 

「私は、信じているから。貴方達は、もう乗り越えた。だから、この先もきっと大丈夫」

 

訳の分からぬことを言う声は、澄んだ音色で語り掛けてくる。聞くだけで、慈しむような感情が伝わってきた。

 

「どうか、健やかに。どうか、平穏に。───どうか、幸せに」

 

声が遠のいていく。言いたいことだけ言って、過ぎ去っていく。引き留めようにも、今の俺は声を持たない。説明の一つも無く、ただ切なさだけを残していく。そして、俺は。

 

目を、覚ました。

 

「っ!」

 

がばりと体を起こし、周囲を確認する。そこは、寝る前と同じ旦那の小屋。横にはスヤスヤと寝ているミュリアちゃんに、下には同じく眠っている異形の旦那。さっきの声も、惨い情景も、影も形も無い。当然だ、夢だったのだから。

 

「・・・・・・ん、む」

 

しかし、俺の心には生々しく残り続けている。夢だというのにおぼろげにもならず、今でもはっきりと思い出せてしまう。なんだったんだ、一体。考えたところで何も分からず、俺は俯いた。と、ミュリアちゃんの寝顔が目に映る。夢の中に出てきた少女と重なって、思わず俺は手を伸ばした。

 

「ふにゃ、んへへへ・・・・・・」

 

頬を撫でると、ミュリアちゃんはくすぐったそうに身を捩った。もこもこふわふわの髪の毛は切られていないし、片方の巻き角も折れてはいない。この子と夢の中の少女は別人だ。そんな当然な事実を、俺は噛み締めるように味わった。もし、ミュリアちゃんがあのような境遇に陥っていたらと思うと、全身が恐怖で震えてしまう。

 

昔、誰かに聞いたことがある。夢はその人の心を映す鏡のようなものだと。ならば、あの夢はどう判断するべきなのだろうか。今の日々を失う恐怖の具現化なのか、それとは別の何かなのか。こういう哲学的な話は詳しくないし、夢の内容をあれこれ考えても仕方が無い。そう割り切って、再び横になる。

 

幸せそうに眠っているミュリアちゃんに、いびきをかき始めた旦那。今後どうなるかは分からないが、今の所は平穏そのものだ。外もまだ暗い、二度寝させてもらうとしよう。そう決めた俺に、案外すぐに眠気が襲ってくる。今度は、ミュリアちゃんに起こされるまで夢は見なかった。




最近見たはずの夢を思い出せないんですよね。歳でしょうか。
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