TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

56 / 112
狩人の流儀

「・・・・・・」

 

闇に包まれた部屋。『水禍』は燭台に火もつけず、ベッドに腰を下ろし考え込んでいた。

 

彼が今いる場所は、前線から離れたとある農村。最近、エリンド以外でも昇魂薬の被害が報告されている。その為、『鏡像』とは別行動で各地の調査をしていた。そして、同行している調査員達がテントで夜を過ごしている中、『水禍』は村人達の好意で空き家を使わせてもらうことになったのだ。しかし、彼は眠ることが出来ない。窓から僅かに差す星の光が部屋を照らす中、『水禍』は思考を回していく。

 

彼が今までに訪れた被害場所は三つ。そのどれもが、領主が警戒し辛い寂れた農村だ。そして、昇魂薬を服用させる手段も消極的である。流れの薬師、あるいは商人を装って村に滞在し、一泊の礼として薬を渡す。無論、中身は昇魂薬だ。後は、村人が自主的に服用するのに任せるというやり方。エリンドで行われている方法に比べて明らかに非効率で、かつ遠回りに思える。

 

エリンドでは、盗賊や山賊などのならず者を利用し、組織的に昇魂薬をばら撒いている。それに比べて農村へのやり方は、言ってしまえば稚拙に過ぎた。別々の誰かが作戦を立てているような違和感。もしかすると、元凶の組織も一枚岩ではないのかもしれない。

 

しかし。『水禍』は渋面を崩さず、最近処理出来ていない無精髭を撫でた。この被害は、氷山の一角ではないだろうか。他の農村や街にも、既に昇魂薬はばら撒かれているのでは?表面化していないだけで、その可能性は十分にある。

 

先日、魔物によるジエッタ将軍の暗殺未遂事件が起こり、更にはカロロも魔物に襲われた。共和国も本腰を入れて、昇魂薬の件の解決に乗り出しているようだ。いずれ、このような地道な調査はそちらに回されるだろう。その時の為に、一応提言を纏めておくか。『水禍』は一人頷いて、他の農村や街に昇魂薬が紛れ込んでいないか、その調査を求める文をしたためた。今の雇い主であるニェークは気付いているとは思うが、念の為だ。定期報告の際に渡せばいい。急いでどうこうなるものでも無いのだから。

 

ふと、里を襲撃してきた男のことが頭をよぎる。あの男・・・・・・ハヤトという名前らしい剣士は、間違い無く昇魂薬の件に関わっている。状況的にも、『水禍』自身の直感的にも、疑いの余地は無い。もしもあの時、取り逃がさず身柄を確保していれば。悔やんでも悔やみきれない失敗だ。そして、後悔と同時に郷愁の念が浮かんでくる。隠れ里が、平穏な日常が恋しい。

 

「やれやれ。こう考えるだけで里に帰りたいという想いが湧くとは。つくづく、弱くなったな」

 

皮肉たっぷりに呟いて、彼はベッドに横になった。まだ、帰るわけにはいかない。昇魂薬の件にも、己の気持ちにもケリをつけなくては。固く目をつぶり、無理やり眠りにつく。『水禍』の寝息が聞こえ始めるのは、随分時間が経ってからだった。

 

 

 

 

 

日が昇り始める頃。隠れ里の上空を飛び回りながら、チャロは周囲の地形を確認していた。手にしているのは、異形が作ったらしい手書きの地図。

 

「・・・・・・正確だな」

 

チャロが呟いた通り、地図の内容と実際の隠れ里周辺の地形は寸分違わないものだった。流石というべきか、あるいは異常なのか。彼にとってはどっちでもいい。大事なのは、地図の正確性を改めて確認出来たことだ。

 

一通り見渡した後で、チャロはゆっくり地上へと降りていく。いらない気を回してグロムから地図を借り、自身の目で確認してみたが。どうやら本当にいらない心配だったらしい。

 

「ま、いいか」

 

確認は大事だ。大した手間でも無かったし、これで安心して今日の仕事に取り掛かれる。と言っても、チャロは見張り台の建設にはそこまで役に立たない。いくら空を飛べるとはいえ、筋力が足りず木材を運ぶ等の作業には向かないのである。ラオ要塞からの撤退時、『水禍』と『鏡像』の二人を引き上げて脱出したことがあったが、あれは二人の魔術師が魔力でサポートしてくれたから出来たことだ。チャロ一人では、成人した人間二人を抱えて飛ぶことなんて不可能に近い。だからこそ、彼はカロロを深く尊敬していた。グロムにミュリア、さらに様々なものを乗せたカゴを吊るして飛ぶなど、他の鳥人には無理に決まっている。

 

それでも、チャロがやるべきことはある。里周辺に増え始めた、野生動物の駆除だ。結界魔術の反応的に、恐らく『水禍』の大魔術で森の一部が流され、環境が変化したことが原因だと思われる。農作物に被害が出ている為、数を減らなくてはならない。要は狩りだ。畑や貯蔵庫の方は異形が罠を仕掛けるらしく、チャロに任されたのは森の奥地にいるであろう大型の動物を狩ること。一頭の強すぎる動物が森の食料を独占すると、必然的に他の動物が餌を求め里に下りてくることになるからである。

 

思えば、一人で狩りをするのも久しぶりだ。森の中に入っていきながら、チャロはそんなことを思う。元々、彼は狩人だった。野生動物や魔物を狩り、肉や毛皮を売って日銭を稼ぐ。今でこそオーギス達と冒険者をやっているが、だからといって狩りの腕が衰えているわけでは無い。草木をかき分け、どんどん森の奥へと進んでいった。

 

里の周辺には様々な動物が棲んでいるが、その中でも問題を起こしやすいのは猪や鹿だ。畑を荒らし、時には羊人達に突っかかってくることもある。次点でイタチやタヌキ、キツネ。これらも畑や貯蔵庫に忍び込み、なんでも食べてしまう。彼らも生きる為に必死なのだろうが、食物を食い荒らすなら駆除するしかない。当然、肉や毛皮は余すところ無く有効に活用する。それが自然への礼儀だとチャロは思っていた。

 

幸い、熊や虎といった危険性の高い動物はここ十数年確認されていないらしい。それならば自分一人で事足りる。問題は魔物だが、結界魔術で確認する限りは瘴気は感じ取れなかった、とのこと。警戒するに越したことはないが、気を張りすぎるのも良くない。チャロは程よい緊張感を保ったまま、前方を注視しながら進んでいく。と、

 

「・・・・・・ん?」

 

草が踏み締められた跡。随分と新しい足跡だ。サイズや形からいって、かなり大型の猪と思われる。慎重に追跡していくと、近くの木に何かが擦れたような跡も発見した。これは、猪の牙によるものだ。縄張りを主張しているのか、牙を研いでいるつもりか。あるいはただの気紛れか。いずれにせよ、この個体が里に下りてくる動物が増えた原因の一端だろう。その証拠に、他の動物の痕跡が妙に少ない。猪が、自身の縄張りに入った動物たちを追い払っているということだ。

 

ひとまずの標的を決めたチャロは、足跡を追跡しつつ手ごろな場所を探していた。狩りの基本は、相手の行動を把握すること。同じ種類の動物だとしても、必ず固体特有の癖がある。性格と言ってもいいだろう。それを見極め、行動を把握し追い詰める。一人での狩りは、野生動物との心理戦にも似ている。

 

足跡や他の痕跡を見る限り、この猪は傲岸不遜のようだ。天敵となる肉食動物がいないからか、気ままに森を闊歩しているといった印象。チャロとしては、その方がやりやすい。慎重さを失った相手は、動物人間問わず容易く隙を突けるからだ。彼は適当な場所で木に登り、幹の間でフードを目深に被る。自然の新緑と一体になりながら、猪が縄張りを巡回してくるのをひたすら待ち続けた。

 

 

 

 

時は既に夕刻。僅かな水分を取った以外は一切動くこと無く、チャロは未だに待ち続けていた。久しぶりの、一人での狩り。それはある種心地良く、ある種寂寥感に囚われるような感覚だ。チャロは、自身に湧き上がってきた感情を区別しなかった。そのどれも、自分の本心だろうから。

 

そして、ついにその時が訪れる。遠くから、草木をかき分け何かが近付いてきた。チャロの数倍の重さがあるだろう、丸々と肥え太った大型の猪。我が物顔で獣道を通り、チャロが潜んでいる場所まで近付いてくる。

 

やはり警戒心に欠けている。足音と雰囲気だけで、チャロはそう判断した。餌が潤沢な環境で、自身に比肩する存在がいなかったことが猪に野生を忘れさせてしまったのだろう。チャロは音も無く弓に矢をつがえ、引き絞る。猪の姿が見え、その脇腹に狙いを定めた。肋骨を掠め、心臓を射貫く為に。頭蓋を貫ける程の威力はこの矢には無く、他の部位では致命傷を与えられない。つまり、一射で命を奪うには心臓しかない。

 

近付いてくる猪は、酷くゆったりとした動きだ。焦れる気持ちを抑え、チャロは弓を構えたまま微動だにしない。やがて、距離が15歩程に迫った時。矢が、放たれた。

 

風切り音を鳴らしながら、その矢は猪の脇腹に突き刺さる。分厚い脂肪を切り裂き、肋骨をすり抜け心臓に到達した。だが、浅い。規格外の巨体が、矢の威力を減衰させたのだろう。口から血を零しながらも、憤怒の形相で走り出す。知ってか知らずか、チャロの登っている木に思い切り激突した。

 

「っくぅ!」

 

あまりの揺れに、二射目の狙いが狂う。矢が猪を逸れて地面に突き立ち、怒れる瞳がチャロを認識した。全てをなぎ倒さんばかりの勢いでぶつかり続け、木が徐々に傾いていく。チャロはたまらず翼を広げ空中へと逃れた。

 

「クソッ!」

 

悪態をつき、再び弓を構える。こちらを見上げながら鼻を鳴らし、唸り声を上げている猪は少しずつ衰弱しているようだ。これ以上矢を放たずとも失血死するだろう。しかし、それは気に入らないとチャロは思う。里の迷惑になっているにせよ、こちらの都合で命を奪うのだ。せめて、長く苦しませることは避けなければ。矢をつがえ、狙うは頸椎。頭蓋には弾かれるだろうが、こちらなら致命傷になる可能性は高く、脂肪も薄い。

 

「ふごっ、ふごぉ!」

 

苦悶と怒りに満ちた鳴き声。それを一身に受けながら、チャロは三本目の矢を放った。猪の背にするりと入り込むように矢が突き立ち、矢じりが頸椎を砕く。びくりと一度痙攣した後、猪はどうと音を立てて倒れ込んだ。

 

「・・・・・・ふぅ」

 

完全に動きが止まったのを確認し、チャロは構えを解き弓を背負い直す。個人的には、失敗だ。三本も矢を使ってしまった。自身の技量を責める気持ちと、必要以上に獲物を苦しませてしまった後悔が押し寄せるが、そんなものに浸っている暇は無い。肉が傷む前に、チャロは手早く猪の内臓をかき出し始めた。

 

 

 

 

 

「成程。いや、見事なもんだねぇ」

 

「全然だ。僕ももっと、精進しないと」

 

「でも、こんなに大きな猪を狩れるなんてすごいですよ!お肉もとっても美味しいですし、流石です!」

 

「うむ。その弓で、これだけの獲物を仕留めるとはな。誇るに足る」

 

夜、オーギス達の家の前。俺とミュリアちゃん、異形の旦那は猪肉料理に舌鼓を打ちながら、チャロの猪狩りの話を聞いていた。先日の約束を果たした形だ。

 

チャロは一度里に戻ってきた後、異形の旦那を連れて再び森へと向かったらしい。そして、旦那がとてつもない大きさの猪を背負って帰ってきたのだ。あのサイズを個人で仕留められるとは、凄まじい腕前だ。昔の俺でも難しいぞ。

 

というわけで、解体された猪の肉は里の皆に分配され、俺達もご馳走になっているというわけだ。しかし、本当に美味いな。脂っぽいのにくどくない。それでいて、噛めば噛むほど旨味が沁み出てくる。獣臭さこそ感じるが、殆ど気にならないのは新鮮だからか?

 

「そうそう!チャロは凄いんですよ!本人は全然認めないけど!」

 

俺とミュリアちゃんに後ろから抱き着きながら、自慢げにイニマが言う。なんか定位置になってきたな、このポジシション。

 

「その通りだ。私達はいつも助けてもらってるからなぁ。もっと褒めてやってくれ」

 

「やめろよ、二人とも。僕はそういうの求めてないから」

 

僅かに頬に朱が差したチャロがそっぽを向いてしまった。褒められ慣れていないのか、かなり照れている。なんというか、若いっていいねぇ。俺は後ろのイニマに焼いた猪肉を食べさせながら、のんびりとそんなことを思う。こういう日常は、何物にも代えがたいよな。願わくば、これ以上被害者が出ずにこの平穏が続きますように。そう、祈らずにはいられなかった。




子供の頃食べた猪鍋が未だに忘れられない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。