TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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ある魔術使いの顛末

「あぁ、畜生が!一体何が起きているんだ!どいつもこいつも、俺に迷惑をかけやがって!」

 

ボロボロの廃屋、その比較的綺麗な一室で杖を持った男が悪態をついた。周囲には粗雑な魔道具が散らばっており、彼の心の荒れっぷりを表しているようだ。男の名前はカックジグ。二つ名を得ることが叶わなかった魔術使いであり、粗暴な態度と自惚れがちな性格をしたならず者である。

 

本来、彼はとある魔術師に見出され、魔術師となるべく修行を受けていた。しかし、人里離れた場所での過酷な修行に耐えかねて師匠の元から逃げ出し、エリンドに逃げ込んだのである。そこで彼は拙い魔術の知識を用いて違法な薬物を作成、それを売り捌き生活費を稼いでいた。更には、何かあった時の為に裏ルートから特殊な魔道具を購入、シャドウガストと呼ばれる魔物を使役すらしていた。これなら、仮に師匠が来たとしても問題無い。カックジグは安堵しつつ、今の生活に満足していた。

 

だが、そんな生活も長くは続かない。何故かは分からないが、エリンドの警備が強化されてしまったのである。カックジグが生成し売っている薬物はどれも危険なもので、それ故共和国が取り締まっている物も少なくない。このままでは日々の酒代すら稼げず、飢え死にしてしまうだろう。そう思った彼は賭けに打って出ることにした。客の一人が持ってきた特殊な素材を使い、昇魂薬と呼ばれる劇薬を作ることにしたのだ。

 

昇魂薬さえ作れれば、かなりの高値で売れるはずだ。そうすれば、エリンドを出て別の場所で暮らすことも出来る。カックジグは持ち前の自惚れを発揮して、自分を鼓舞し昇魂薬を完成させた。それは詳しい者が見れば失笑を浮かべるような代物であったが、彼は己の腕に過剰な自身を持っていた。そしてカックジグは出来損ないの昇魂薬を売り払い、念の為売った相手をシャドウガストで監視しつつエリンドを出る準備を進めていたのだが・・・・・・。

 

「な、なんで『鏡像』の魔術師がこんな所にいるんだよ!」

 

シャドウガストと視界を共有していたカックジグは、思わず声を荒げてしまった。二つ名持ちの、本物の魔術師。何故こんな所に?まさか、全てバレていたのか?慌てて逃げ出そうとした彼は、しかし宿屋の二階にいる者に目を留めてしまった。幼く可愛らしい、羊の亜人。裏の奴隷商に売れば、暫くは遊んで暮らせる程の金になるだろう。危険が迫っているというのに、カックジグは欲望を抑え切れなかった。使役しているシャドウガストを羊の幼女の元へ向かわせ、そして───

 

「なんで、俺ばっかりこんな目に遭うんだ!クソ、クソッ!」

 

幼女を攫うことは何故か失敗。それどころか、シャドウガストは消滅してしまった。何が起こったのか分からないまま慌てて逃げ出したカックジグは、逃走の際に荷物を紛失。こうして、今は寂れた廃墟に潜んでいるのである。

 

更に。彼にとっては悪いことに、他に昇魂薬をばら撒いている存在がいるらしい。そのせいで警備は強化され続け、獣を狩ったり食べられる植物を採集したり、まるで文明的とは言えない暮らしを強いられていた。我が儘な性格のカックジグにとって、それは到底耐えられない屈辱だ。いずれ『鏡像』や共和国に復讐してやる。そう思いながらも今の惨めな暮らしをし続け、その間にも様々な事件が起こり復讐の機会は訪れない。彼の精神は、既に限界だった。

 

最近は、森の中の廃墟近くにも兵士がうろついている。この場所がバレるのも時間の問題だろう。その前に、どこか安全な場所へ逃げなくては。分かってはいるが、どこに逃げればいいのか分からない。追い詰められたカックジグは、自暴自棄になり残り少ない酒を呷っていた。と、

 

「それはかわいそうに。きっと、ワタシやボクのせいだろうね」

 

「っ!?」

 

自分以外誰もいないはずの部屋に、妖艶な女性の声が響く。驚愕の表情で立ち上がったカックジグは、杖を構えて怒鳴り散らした。

 

「だ、誰だ!エリンドからの追っ手か!?クソ、ぶっ殺してやる!」

 

「違うよ。落ち着いて、ワタシは君を助けに来たんだ」

 

「あぁ!?」

 

宥めるような声に、カックジグは威嚇するように吠えた。そんな様子の彼にも気にせず、妖艶な声は言葉を続ける。

 

「もうすぐ、『鏡像』の魔術師を含めた共和国の部隊がこの廃墟にやってくる。彼女はとても優秀だ、既に包囲を組み始めているだろう。今から逃げ出しても、とても間に合わないね」

 

「なっ・・・・・・!どういうことだよ、なにもんなんだてめぇは!」

 

「言ったでしょ?助けに来たのさ。さぁ、これを」

 

コトリ。後ろからの音にカックジグが振り返ると、酒瓶の横に別の瓶が出現していることに気付いた。乳白色の液体が詰まっているそれは、彼でも分かるほどに禍々しい瘴気を放っている。

 

「な、なんだよこいつは」

 

「昇魂薬だよ。それも、改良に改良を重ねたとっておき。安心して、服用しても死んだり、魔力が枯渇して廃人同然になったりはしないから」

 

「何が言いたいんだよ!?」

 

「これを飲んで、戦うんだ。大丈夫、君は強い。昇魂薬を飲んで戦えば、『鏡像』の魔術師相手でも楽勝に決まってる。復讐、したいんだろう?」

 

その言葉に、カックジグは唾を飲み込んだ。確かにそうだ。この声の言う通り、『鏡像』が近付いてきているとしたら逃げられない。生き残るには彼女を殺すしかない。だが。

 

「て、てめぇの言葉なんざ信用出来るか!姿も現さずベラベラと好き勝手に喚きやがって!」

 

そう、信用出来ない。しかし、妖艶な声は続けて言う。

 

「まぁ、飲まないなら飲まないで別にいいよ。『鏡像』に捕まって、あること無いこと拷問で聞き出されるだけだから。・・・・・・ほら、やってきたやってきた。どうするの?」

 

言葉の通り、廃墟に近付いてくる者達がいる。ぐるりと取り囲むように、カックジグが仕掛けた拙い結界を容易く打ち破って見る見る内に接近してきた。

 

「っち、畜生が!」

 

悪態をぶちまけ、カックジグは昇魂薬を手に取った。彼は、「昇る」ことに対する知識は無い。昇魂薬のことは、精々リスクとリターンが高いドーピング薬程度にしか思っていなかった。だから、躊躇無く瓶の蓋を開けて飲み下す。その直後、廃墟の入り口が破られる音がした。

 

 

 

 

「邪魔するよ!」

 

杖を振るい扉を吹き飛ばした『鏡像』は、臆せず中へと入っていく。他に兵士が十数人程いるが、彼らには中の誰かが逃げられないように廃墟を包囲してもらっていた。

 

この場所の情報が入ってきたのは今から三日前。エリンドからさほど離れていない場所の廃墟に、魔術師らしき男が棲み着いているらしいという近隣の農民からの証言があったからだ。本来ならば『水禍』に任せるべきなのだが、彼は今エリンドから遠く離れた農村や街を回っている。それならばと『鏡像』が現場に向かったのである。外れの可能性も高いと思っていたが、実際には廃墟の周りには粗雑とはいえ結界魔術が張られていた。何者かが潜んでいるのは確定だろう。問題は、それが誰なのかだ。

 

この廃墟はエリンドに近い上に、近隣に農村が存在している。確かに昇魂薬を流通させるには都合のいい場所だが、あまりにも露骨過ぎる気がした。更に、手駒である山賊や盗賊達が周囲で発見されたという報告も聞かない。ならば、何者か。

「ここにいるのは分かっている、命が惜しくなければさっさと出てくることをお勧めするよ!」

 

はったりを吹かしながらずかずかと進む『鏡像』。ここまで無警戒に突っ込んでいるのは、当然理由がある。今の彼女は新しく編み出した魔術を纏っていた。意識を幻影に飛ばし操作するものとは違う、より実践的なもの。それは、位置を数歩程ずらすように錯覚させる魔術だ。このように接近戦をせざるを得ないような突入時には非常に有効である。その上、奇襲をしてくるのならばそれで相手の実力と位置も割り出せる。だからこそ、『鏡像』は囮のように無警戒に進んでいた。と、

 

「が、ぐぅぅぉぉぉおぉおおお!!?!?」

 

呻くような叫び声が、廃墟の二階から聞こえた。『鏡像』の上にある天井がみしみしと音を立てて軋む。杖を構え距離を取ると、天井をぶち破り何かが落下してきた。所々から複数の突起が伸びた、醜悪な肉塊。見るも悍ましいその中心部には、苦悶の表情を浮かべた人の顔が埋まっていた。

 

「こいつは、っくぅ!?」

 

突起からガスが噴き出して、それが燃焼する。爆炎が廃墟で炸裂し、『鏡像』は吹き飛ばされた。受け身を取りつつ、体勢を立て直す『鏡像』。その衝撃で、折角の新魔術は解けてしまっている。

 

「あ、お、うお?いあああああああああああ」

 

肉塊は奇怪な声を上げながら、全身の突起からガスを噴き出し続けている。先ほどの燃焼性のものとは違うように見えるが、詳細は分からない。今までの傾向では「昇った」者達は人型の魔物になっていた。ならば、こいつはなんだ。『鏡像』は思考を回しつつ、杖を振るい魔術を行使する。

 

「はあぁっ!!」

 

裂帛の気合と共に放たれた光弾が直撃し、肉塊を抉り取る。しかし、僅か数瞬で肉が盛り上がり傷口を塞いでしまった。凄まじい再生力だ。

 

「えええええおおおおおおお」

 

肉塊から、腕のような触肢が伸びてくる。十本以上ある指を開いたり閉じたりしながら、『鏡像』を握り潰さんと襲い掛かった。距離を取ろうとする『鏡像』だが、触肢は際限無く伸び続け彼女を追尾する。そして、追いつかれた。触肢が『鏡像』を包み込む直前、閃光が立て続けに辺りを照らす。

 

「くれてやるよ!」

 

光の柱が地面から幾本も伸び、肉塊と触肢を貫いていた。爆炎で吹き飛ばされる最中に、魔術の触媒となる宝石を罠として落としていたのだ。光の柱によって触肢は切り落とされ、肉塊も串刺しとなっている。しかし、『鏡像』は更なる魔術を行使しようと杖を振った。彼女の目には、肉塊から放たれるガスが廃屋の残骸をグズグズに溶かし、腐らせる様が映っている。長引かせれば、ここ一帯が汚染されかねない。

 

「悪いが蒸発してもらおうか!」

 

肉塊を取り囲むように複数の魔法陣が空中に浮かぶ。無数の光線が照射され、肉塊を焼き焦がしていった。光線は取り囲んでいる魔法陣の中で幾度も反射され、肉塊が見えなくなる程の眩い光を放つ。ようやく光が収まった後、そこには炭化した塊が存在していた。一呼吸置いて、ざぁと崩れ去る。残るは消し炭の山だけだ。

 

「っふぅぅぅぅ・・・・・・!」

 

膨大な汗を滴らせながら、『鏡像』は深く息を吐く。完全に焦がし尽くすまでごっそりと魔力を消費してしまった。少しでも手を抜けば、その圧倒的な再生力で持ちこたえられてしまっただろう。移動速度を重視し、魔石を少数しか持っていなかったことも消耗に拍車をかけていた。

 

一体しかいなかったから良かったものの、複数と戦うことになれば『鏡像』と言えど倒し切れるかは分からない。この魔物は、果たして昇魂薬の効果で「昇った」ものなのか。もしそうだった場合、厄介なことになりそうだ。意識が先行きの不安に向いた直後、

 

「えおあああああああああ」

 

消し炭の山から何かが飛び出し、『鏡像』に襲い掛かった。人の頭に見えるそれは彼女の首筋に噛みつかんとし、しかしその牙は届かない。咄嗟に杖を振るった『鏡像』に叩き落とされ、今度こそ粉々に砕け散る。

 

「全く、しぶといにも程があるよ・・・・・・!」

 

今のは完全な奇襲だった。もっと危険な攻撃であれば、もしかしたら死んでいたかもしれない。今度こそ油断をせず、消し炭の山へと近付いていく。が、これ以上の反撃は無かった。あの頭を除き、肉塊は全て消し炭になっていたようだ。

兵士達に合図を出し、消し炭を可能な限り回収させる。細かく調査すれば、あの再生力の仕組みが分かるかもしれない。

 

「まぁ、望み薄だろうけどね」

 

消耗した肉体を休める為、どっかりと座り込みながら『鏡像』は呟いた。前途は多難だ。だが、諦めるつもりは毛頭無い。『暗礁』の魔術師を名乗るリグ・フォーセルに裁きを与えなくては。彼女がこの件に精力的に関わる理由は、あくまでそれだった。復讐は、必ず果たさなくてはならない。

 

兵士達がせっせと動く中、『鏡像』は杖の先端に付いている手鏡を布で磨く。そこには自分の顔しか映っていない。苦笑しながら視線を逸らし、立ち上がる。残っているかも知れぬ手がかりを探そうと、彼女は廃墟の残骸を調べ始めた。




魔術師のなりそこないは結構いたりします。大体が裏稼業に手を染めているので、中々表には出てこれないのです。
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