炉から放たれる熱波に身を焼かれながら、異形は新たな飛び筒の作成に励んでいた。
「ふむ」
声を漏らし、額の汗を拭う。目の前には見張り台用の飛び筒、その部品が並んでいた。ここから、更に加工しなければならない。重労働だが、里を守る為と思えば決して苦では無かった。
数日前、ニェーク伯爵からの支援物資が里に届いた。しかし、想定より量が少ない。鉱物に限って言えば、巨大な飛び筒が一本作れるかどうかだ。どうやら、共和国は隠れ里を庇護しないことに決めたらしい。それは、現状において絶望的な連絡だった。ニェーク個人からの支援は受けられるとはいえ、隠れ里単独で脅威から身を守らなくてはならなくなったのである。
異形も、そのような現状は理解している。だが、心に悲壮は浮かんでいない。確かにより困難になったとは思うが、決して不可能ではないと信じているからだ。彼は元々、数十年以上一人で里を守り続けてきた。しかし、今は頼れる仲間が何人もいる。彼らを共に戦うならば、どんな困難も乗り越えられる。異形は、自然体でそう考えていた。
「おぅい、守り神様!そろそろ休憩せんか?弟子が川に冷やしてあったコブシウリを持ってきたんだ、一緒に頂かねえかい?」
普段から鍛冶場を仕切っているマノルギが顔を出し、快活な調子で言ってくる。確かに、一息つくには丁度いいタイミングだ。異形は立ち上がり、節々をほぐしながら返事をした。
「あぁ、助かる。頂くとしよう」
鍛冶場の外に出ると、涼しげな風が吹き火照った体を冷やしていく。心地いいそれに目を細め、異形は近くの長椅子に腰を下ろした。目の前のテーブルには、マルノギがさっき言っていたコブシウリが六つ程転がっている。拳瓜。王国共和国問わず、大陸全土で採れるポピュラーな野菜であり、文字通りこぶし大の大きさをしている野菜だ。水分を多量に含んでおり、旅人や冒険者が水筒代わりに持ち歩くことでも有名である。
異形は一つを手に取り、口に放り込んだ。シャクシャクとした食感に、溢れ出すような瑞々しさ。汗をかき続けていた身に、水分が染み渡っていく。少々の青臭さも、川で冷やしておいたおかげか全く気にならない。里に住みつく前から慣れ親しんだ野菜ではあるが、やはり喉が渇いている時に食べるコブシウリは格別だ。異形の口元に、微かながら笑みが浮かぶ。
「うむ、相変わらず美味い。礼を言う」
「構わん構わん。ラマーさんとこが差し入れてくれたもんだからな、わしはなんもしとらんさ。それよりも、首尾はどうだい?」
「難しいな。巨大な飛び筒を造るには、質は良くとも量が微妙だ。まぁ、なんとかしてみよう」
「ふむぅ・・・・・・使わない農具やらがあったら融通出来るんだが、生憎なさそうでなぁ。悪いが、そっちを手伝うのは難しそうだわ」
厳めしい顔の眉尻を下げながら言うマノルギに、異形は手で遮り声を上げた。
「いや、マノルギが謝ることではない。お前たちの生活を害してまで、飛び筒を造る気なぞ微塵も無いからな。案ずるな、我らならば乗り越えられるさ」
「・・・・・・なんていうかよ、頭が上がらねえな畜生め。最近しっかり喋り始めたと思っとったら、出てくるのはそんな言葉ばかりだ。流石は守り神様だよ」
呟くように言葉を漏らすマノルギに、異形は首を傾げた。何が流石なのか、いまいち分からない。さりとて聞き出すような雰囲気でも無いので、異形は黙って二つ目のコブシウリを手に取った。再び風が吹き抜け、彼は涼を愉しみながらコブシウリを口に放り込んだ。
ジョキジョキという小気味良い音と共に、俺の髪の毛が切り取られていく。この体になってから、数十回は経験してきた感覚。オーギス達に無理に取らされた休息日に、俺はミュリアちゃんから髪の毛の手入れを受けていた。
「なんだか、最初の時よりも伸び方が速くなってる気がしますね。成長期だからかな?」
「いや、ミュリアちゃん。成長期ってのはちと変じゃないかい?あぁいや、体だけの話ならそうかもしれんが」
「ふふ、グロムさんの心が立派な大人だっていうのは分かってますよ。でも、体は確かに幼いですから。どんどん成長する真っ盛りなんだと思います」
俺と言葉を交わしながらも、ミュリアちゃんは手慣れたハサミ捌きで羊毛を綺麗に整えていく。初めて見た時は驚いたもんだ。貴族に仕える理髪師もかくやという手際だからな。その時聞いた所によると、里の羊人達は大体がこれくらいの手際らしい。いや、凄いな本当に。
「俺としちゃあ、何十年も前に通り過ぎたもんだからなぁ、成長期。実感が湧かん・・・・・・」
「別に変なことはありませんから、大丈夫ですよ。ただちょっと羊毛の伸びが凄いことになって、数日放っておくと毛玉のお化けみたいになっちゃうだけです」
「いや、そりゃかなり大したことじゃないか?」
そうだったのか。体こそ羊人になったが、俺は羊人のことを全然知らないんだな。というか、毛玉のお化けになるのは困るな。いざという時にまともに動けんぞ、多分。
「ちゃんと私が手入れしますから。グロムさんの髪の毛の手入れ、よく分からないけど好きなんですよ。こうやってお喋りしながら手入れをしていると、ほっとするんです」
しみじみと呟くミュリアちゃん。しかし、手つきは緻密かつ迅速だ。俺の羊毛は切られ、整えられ、いつも通りの髪型になった。普段と寸分の違いも無いように見えるのは、ミュリアちゃんの圧倒的技量が為せる業だろう。
「はい、おしまいです。でも、本当にこのままでいいんですか?色々とアレンジとかも出来ますけど」
「いや、流石にお洒落に気を遣うような性格でも無いからね。許してくれ、ミュリアちゃん」
流石に、髪型を可愛くしたり着飾ったりにはまだ抵抗がある。必要とあれば呑み込めるだろうが、ただの趣味でそう振る舞うのは勘弁だ。俺の髪の毛を弄りたくて仕方なさそうなミュリアちゃんには申し訳ないけどな。
「いえ、全然大丈夫です!ツインテールとか絶対似合うだろうなぁとか思ったりしてませんから!」
本音がダダ洩れているぞ、ミュリアちゃん。・・・・・・うーむ。思えば、ただでさえ髪の手入れをしてもらっているのに、こんなささやかな願いにも応えないとは酷い奴だ。しかし、ツインテールか。髪の毛を二つに纏める奴だよな?それくらいなら、まぁ、問題無いか?
「・・・・・・よし、分かった。ミュリアちゃん、好きにやってくんな。俺も男だ、嫁の願いは叶えてやらないと」
「ほ、本当ですか!?やったー!じゃあちょっとだけ待っててくださいね、里長の所から衣装を借りてきますから!」
「ん?いや、ちょっと」
俺の言葉が届く前に、ミュリアちゃんは凄い勢いで家を飛び出していってしまった。・・・・・・もしかして、やらかしたか?俺。
結論から言って。俺は、ミュリアちゃんを甘く見ていた。
「「きゃあああ可愛いぃぃぃ!!!」」
今、俺は家の中で着せ替え人形にされている。里長の家に行く途中で会ったらしいイニマと一緒に、ミュリアちゃんは目を輝かせて歓喜の声を上げていた。
「すごいすごいすごーい!道行く人全てを魅了するお姫様じゃん!」
「うふふふふ、これは先々代の里長直々に裁縫された服なんです!孫娘の為に仕立てたものらしいんですが、グロムさんのサイズとピッタリで助かりました!」
「お、落ち着きなよ二人とも。というか、フリフリした装飾が多過ぎて動き辛いんだが。ぬ、脱いでも」
「「駄目です!!」」
「ひぃぃ・・・・・・」
一応、俺は色んな経験を積み上げてきたつもりだ。戦場で何度も生き残り、相応の自負もある。しかし、その俺が、ミュリアちゃんとイニマの二人に気圧されてしまっていた。敵意とも殺気とも違う、桃色の覇気。されるがままに髪を結われ、服を着替えさせられ、挙句イニマが持っていた化粧道具で化粧まで施されてしまう。抗いようが無い。
「ほら、見てください!」
ミュリアちゃんがどこかから姿見を持ってきて、俺の前に置いた。そこには、
「うぉ・・・・・・!」
絶世の美少女が立っていた。フリル塗れの服を恥ずかしそうに着て、髪の毛は左右の角の後ろの方で二つに纏めてある。化粧の効果か、頬には僅かに朱が差して俯きがちなその様子は、深窓の令嬢と言った風情だ。いや、待て。正気に戻れ。俺だぞ?いくら見た目がこんなになってるとはいえ、中身はスレた爺だ。落ち着け、俺。
姿見から目を逸らすと、キラッキラと光り輝く視線を向けてくる二人と目が合った。いやいやいや、どういう状況だこれは。なんか、分からないがなんかがヤバい。
「よし、二人とも満足したろ?それじゃあ俺は、着替えて見張り台の様子を見にでも・・・・・・」
「待ってくださいグロムさん!里長から借りてきた服はまだ何着もあるんです!・・・・・・えっと、駄目、ですか?」
突然しおらしくなって、おずおずと訊ねてくるミュリアちゃん。「女は魔性だ、気を付けろ。あいつらは天性の狡さを持っている。お前みたいなお人好し、引っかかったらおしめえだぞ」。過去に戦場を共にした同業者が言っていた言葉が脳裏をよぎった。いや、全くその通りなのかも知れん。俺は、ここから逃げられないようだ。
「・・・・・・ぐ、う。分かった、腹ぁ括ろう。何着でも掛かってきな!」
覚悟を決め、ミュリアちゃんに言い放つ。今まで生きてきた中でも、質の違う困難だ。だが、俺は負けはしない。さぁ、来い!
「本当ですか!?良かった、それじゃあ今度はこれとかどうですか?小柄なグロムさんにはとても似合うと思うんですけど・・・・・・」
「うわぁ、この服も素敵だねぇ!ちょっと待って、これ着たグロムちゃんだったら髪型はこういう感じにした方がいいんじゃない?」
「あっ、いいですねそれ!だったら以前イニマさんから貰った髪飾りと合わせて、青のリボンで飾り立てたりとか!」
「最っ高!ミュリアちゃん可愛い上にファッションセンスも高いとか天才だよ天才!」
・・・・・・既に挫けそうだ。
その後の惨状は、話すに忍びない。一つ言うとすれば、深夜近くまで続いた自分のファッションショーで、俺の男の尊厳は粉々に砕け散ったということだ。
「むにゃ・・・・・・うへへへ、グロムちゃあん・・・・・・」
「すぅ、すぅ・・・・・・」
その犯人であるミュリアちゃんとイニマは、気分を高揚させ過ぎて疲れたのだろう。ベッドでぐっすりと眠っている。ただし、二人で俺を挟んだ状態で。身動きが取れない。多少身じろぎしても、二人が目を覚ます様子は無かった。眠りの聖女としての力が、今だけは恨めしい。
「ふぅ」
寝間着としても作られているらしい、白と青を基調としたドレスを着たままの俺はそっと息を吐いた。まぁ、うん。二人が満足したならそれでいいか。二度はごめんだが。というか、もう耐えられる気がしない。一度イニマの様子を見に来たらしいオーギスと目が合った時は、爆発するんじゃないかと思うくらい恥ずかしかったのだ。実際悲鳴を上げてミュリアちゃんの後ろに隠れてしまったし。
・・・・・・ふと思った。これ、下手したら体に精神が引っ張られているんじゃないか?そうだとしたら非常に不味いな。男としての尊厳がどうとかいう話では無く、純粋に今の状況で傭兵としての心構えを捨てるわけにはいかない。まだ、里の危機は去っていないのだ。
とは言っても、精神が引っ張られているうんぬんはただの仮説だ。こうしてまともに考えられている以上、特に問題は無いだろう。無いはずだ。さぁ、変なことに気を回すのは止めてもう寝よう。明日から、再び見張り台建設の再開だ。気合を入れ直して頑張っていこうじゃないか。
いいですか、可愛らしい服を着させられて恥じらっているTS娘はいずれガンにも効くようになる。俺はそう信じているんだ。