小屋に帰還すると、そこには意外な先客がいた。ミュリアちゃんである。
「あ、帰ってきた!二人とも、こんな夜遅くにどこに行ってたんですか!?」
「あーっと・・・・・・」
隠れ里に王国軍が近付いていたので、皆殺しにしました。馬鹿正直に伝えるには、ミュリアちゃんにとって刺激が強すぎる。それに、これは俺の私情だが、ミュリアちゃんには笑顔でいてほしいんだよな。うぅむ、どうするか・・・・・・。
「狩りだ。大きい、獣」
「あぁ、そうそう。名無し殿・・・・・・守り神様の実力が気になってね。ほら、俺は傭兵だったもんだから、無理を言って連れてってもらったのさ」
名無し殿が上手くアシストしてくれたので、それに便乗してつらつらと適当に言葉を紡ぐ。騙すのは気が引けるが仕方ない。
「むー・・・・・・だったらそう言っておいてくれればいいのに。心配したんですよ?」
「うっ」
拗ねたように見下ろしてくるミュリアちゃんの悲しげな表情に、擦り切れているはずの良心が痛む。素直な子供は、無垢だからこそ俺にとっては御し辛い。いや、今は俺の方が幼いんだが。
「とにかく!葉っぱや土で大変な見た目になってる!水浴びに行きましょう!ほら、守り神様も!」
俺の小さな手と、名無し殿の節くれだった巨大な手を取って歩き出そうとするミュリアちゃん。嘘をついた負い目もあって、俺たちはずるずると引きずられるように従うしかなかったのだった。
「タオルと着替え、ここ置いときますね」
「ありがとう、ミュリアちゃん。でも、わざわざ全部脱ぐ必要は」
「あります。ちゃんと土埃を落とさないと。後で髪の毛の手入れもしますからね!」
きっぱりと言うミュリアちゃんに、俺はたじたじになりながら服を脱ぐ。羊毛で編まれたそれは非常に着心地がよく、なおかつ頑丈だ。そんな服を脱ぎ捨てて、ミュリアちゃんが持ってきてくれたかごに放り込む。淡い月明かりの下、俺の裸体が露わになった。
幼い。全身が薄い脂肪で覆われて、丸みを帯びているように見える。胸は平坦で、膨らみを感じさせない。股間はのっぺりとしていて、あるべきものが無い喪失感を感じてしまう。まごうこと無き幼子の体だ。ここ数週間で多少は慣れたが、やはり違和感が拭えないんだよな。
「ふぅ」
軽く息を吐き、小川の水で体を洗い流していく。ひんやりと冷たくて、気持ちいい。と、ミュリアちゃんも小川の中へと入ってきた。手には、羊人用の大きなブラシを持っている。
「髪、手入れしますね」
「あぁ、どうもすまんね。手間かけさせて」
「いいんですよ、一応私達は夫婦ですし。今度、ちゃんとしたやり方教えますから。そうしたら、私の髪を手入れしてください」
俺の髪の毛に絡まった葉っぱや小枝を丁寧に取り除きながら、ミュリアちゃんは穏やかに言う。
「ははは、ミュリアちゃんには敵わないな。分かった、その時は君の髪を傷付けないよう頑張るよ」
月明かりが俺たちを照らし、どことなく幻想的な雰囲気を醸し出していた。水の冷たさに、ミュリアちゃんの手入れの感触。体の汚れを落としつつ、俺はしみじみと穏やかな時間を味わった。と、
「・・・・・・グロムさん。無理は、しないでくださいね」
ぽつり。せせらぎの音に混じって、ミュリアちゃんが呟いた。・・・・・・参ったな。何かあったことを、察しているらしい。相変わらず聡い子だ。これは、嘘で有耶無耶には出来んなぁ。
「約束は、出来ない。だがまぁ、最善は尽くすよ。俺は今の生活を気に入ってるから」
「私に何か出来ることがあったら教えてください。グロムさんは優しい人ですけど、抱え込み過ぎると大変ですよ?」
振り向かなくても分かる。きっと、彼女は泣きそうな顔をしているのだろう。やれやれ、身勝手な夫を持って大変だな。自虐的に口元を歪めながら、俺は言う。
「うん。その時は頼らせてもらうよ。ちょいと、面倒事になるかもしれないから」
「はい。いっぱい頼ってくださいね!」
ぎゅうっと後ろから抱き着かれた。ふわふわな髪の毛越しに、ミュリアちゃんの体温と鼓動が伝わってくる。なんか、落ち着くな。
俺は抱き着かれたまま思う。願わくば、ミュリアちゃんや里の皆がいつまでも平穏な日々を過ごせることを。空に浮かぶ月を見ながら、俺は静かに祈りを捧げた。
少し離れた場所で、異形は小川の中に座り込み全身を洗っていた。二人に背を向けているのは、気遣っているからだろうか。
背中の腕に水をかけながら、異形は思う。これからどうなるのか。80年前、とある呪いを解く為にこの地を訪れた。しかし、解呪の手がかりはどこにも無く、それまで流離い続けていた異形の心はぽきりと折れた。あるいは、異形の見た目にも怯えず接してくれる羊人達に、ほだされてしまったのかもしれない。それ以来、異形はずっと隠れ里を守っている。密猟者や、大型の動物、魔物達から。
ちらりと、背中越しに二人に目を向けた。月明かりに照らされているグロムとミュリアは、まるで仲のいい姉妹のようだ。
「・・・・・・」
今から数週間前、敗残兵や追撃してくる兵士を殺して回った。誰も彼も殺気や悲嘆に塗れていて、羊人達に害を為すのが分かり切っていたからだ。その中で、あの老傭兵だけは違う雰囲気を纏っていた。諦念のような、しかし力強い何か。それだけなら、異形は躊躇せず彼を撃ち殺しただろう。
だが、その老傭兵はミュリアを助けようとしたらしい。狙撃位置についた時には、二人の男にミュリアが襲われているように見えた。若い男を飛び筒で殺し、次は老いた男。引き金を絞りかけた瞬間、ミュリアが叫ぶ。
「だ、駄目ぇっ!」
咄嗟に飛び筒の方向を変えようとしたが、遅かった。魔力の爆発により弾は放たれ、老傭兵の頭を掠める。衝撃で倒れ込んだ老傭兵に、ミュリアが駆け寄った。異形は、その時の呆然とした自分を強く覚えている。
それから、老傭兵は同族化の秘術によって羊の亜人になった。何故か幼い娘へと変化してしまったようだが、理由は分からない。
異形は、驚いていた。隠れ里が外部の者を受け入れるのは、初めてだったからだ。ひとえに異形が守り続けていたからだが、それにしてもこうまで容易く馴染むとは。羊人達の底抜けの善性に呆れ、幼子となったグロムの内心を疑った。人間など、本来ろくでもない者ばかりだ。
王国軍の斥候が近付いていると気付いた時に呼び出したのも、グロムを疑っていたからである。逃げ出すか、怯えるか。いずれにせよ、地金を晒すことになるだろう。そう、思っていたのだが。
「そいつは簡単な話さ。50も半ばまで生きていても、ここ程のどかかつ平和な場所で暮らしたことは無かった。偶然と勘違いとはいえ、そんな楽園に受け入れられたんだ。せめて恩を返したい。あわよくば、手放したくないと思うのは当然だろう?」
逃げる気も、怯える様子も無い。解決策を思索する姿に質問をぶつけてみるも、気負うことなく答えてきた。挙句、異形の身の上に同情し、近付いてきた斥候隊の迎撃に出ると伝えたら同行を願い出てきたのだ。わけが分からない。130年生きてきたこの世界で、初めて会うタイプの人間だった。
「ちょ、流石に体洗うのは自分で出来るからさ。そこまでやられるのは、尊厳が・・・・・・」
「駄目です!グロムさん、見た目に頓着しないんですから。こんなに可愛いんですから、ちゃんと綺麗でいないと」
どうやら、ミュリアはグロムの体も自分で洗うことにしたようだ。恥ずかしげな、むず痒いような表情を浮かべているグロムは、こうして見ると年相応の幼子にしか見えない。
「・・・・・・ふん」
これから先、どうなるかは分からない。恐らく、隠れ里も何かしら変化せざるを得ないだろう。それがいいことか悪いことか、異形には判断がつかなかった。ただ一つ分かることは、変化の鍵は、グロムが握っているのだろうということ。期待や警戒などが入り混じった感情を抑えながら、異形はじゃれ合う二人から目を離した。
グロムはロリコンではないので自分やミュリアの体に欲情しません。もったいないですね。