パァン!
魔石粉の炸裂音が響き、木に彫られた×印の中心部が抉れ飛んだ。よしよし、狙い通りに当たってくれた。
夕暮れの時間帯、異形の旦那の小屋が近くにある辺りで俺は飛び筒を撃ち続けていた。最初こそ自衛が出来ればいいと思っていたが、『水禍』の時も、シリュートの時も決め手はこいつだった。そういうわけで、こうやって時間のある時に改めて鍛えているのだ。手早く棒で魔石粉の残り滓をかき出して、魔石粉と鉛玉を入れ直し突き固める。道具をポーチにしまうと同時に両手で飛び筒を構え、瞬間的に狙いを定め引き金を引いた。
パァン!
再びの炸裂音。今度はやや右にズレてしまった。やはり、じっくりと狙わないと精度が落ちるな。俺の腕じゃあこれくらいが限界か。出来れば、もうちょい極めていきたいんだが・・・・・・他にもやることがあるし、こればかりは仕方が無い。と、
「精が出るな。どうだ、調子は?」
割れ鐘のような声に振り向いて、飛び筒の炸裂音対策に付けていた耳栓を外す。異形の旦那が、夕焼けを背に立っていた。
「おぅ、旦那。中々上手くいかんな、これが。狙いをしっかり定めても、見当違いの方向に飛んでくこともある。飛び筒にはよくあることなんだろうが」
「そうだな。そもそも、本来精密な射撃には向かん。出来る限り精度を高めようとは思うが、技術的に限界があるんだ」
「ふむ。例えばの話だが、エリンドの鍛冶場で飛び筒を造れば精度が上がったりするのかい?」
俺の質問に、旦那は眉根を寄せながら答える。
「いや。難しいな、それは。現状、この精度の飛び筒で戦うしかない。すまん」
「旦那が謝ることじゃないさ。となると、もっと精進を積まなきゃなぁ。『水禍』やシリュートの時は運良く当たったが、もう一度やれと言われたら怪しい。百発百中とまでは言わないが、90発くらいは当てられるようにしないと」
そう言いつつも、俺は飛び筒を手入れし始めた。結構いい時間だし、魔石粉や鉛玉にも限りがある。丁度切り上げようと思っていた所に、旦那が現れたのだ。
「うぅむ。精度を上げるには飛び筒をより長くするという方法もあるが、そうするとグロムでは扱えんな。何か、方法があればいいのだが」
「そりゃあ、こうして鍛錬を重ねるしか無いだろうな。ま、出来りゃあ俺は戦わない方が良いとは分かってるんだけどなぁ。どうにも、後方でふんぞり返ってるのは性に合わん。傭兵時代の癖が抜けきってないんだろうな」
「・・・・・・その身になったことを、後悔しているのか?」
「まさか。命を救ってもらった上、ここまで若返ったんだ。感謝こそすれ、後悔する筋合いは無いさ」
気遣わしげな旦那の質問に、俺は朗らかな声で答えた。無論、本心だ。
「確かに、元の男の体が恋しいと思うことはあるよ。出来るだけ鍛え上げていたし、何より生まれてからずっと付き合ってきたもんだからな。ただ、どんな姿形だろうと俺は俺だ。そいつは変わらない」
「言い切るか。強いな、お前は」
「はは、旦那に言われちゃあ謙遜するしか無いな。あんたの方がよっぽど強いよ。俺だったら、数十年も呪われたままじゃあ狂っちまう。今、ここにいる時点で旦那が強いっていう証明さね」
その言葉に、異形の旦那は頬をポリポリと掻いてそっぽを向いた。照れているのか?内心までは分からないが、やや沈黙が続く。その間に片付けを済ませた俺は、飛び筒を懐にしまって首と肩を回した。別に今の体は首や肩のコリとは無縁なんだが、昔からの癖って奴だ。
「よし、それじゃあ家に帰るとするか。そうだ、今夜辺り添い寝でもするかい?」
「・・・・・・いや。少し、やることが出来た。すまないが、また今度にしてもらおう」
「はいよ」
何か思いついたような旦那の様子は気になるが、助けが必要なら言ってくるだろう。俺は軽く頷いて、手をひらひらとさせながら家へと帰っていく。夕飯はなんだろうな、楽しみだ。
「・・・・・・」
小屋に戻ってきた異形は、床の一部をずらし、そこにある梯子を降りていった。小屋よりも広い、様々なものが保管されている地下室。その一角、巻物が乱雑に積み上げられている場所まで向かう。
「あるか?いや、うむ・・・・・・」
独り言を呟きながら、異形は巻物を手に取り内容を確認していく。そこには、王国や共和国で使われている言語とはまるで違う言葉で何かが書き込まれていた。素早く目を通し、目当ての内容を見つけるまで次々に巻物を広げていく。と、
「・・・・・・あった」
十数本目の巻物に、望みの情報はあった。おおよそ、異形が想像していた通りの内容が書いてある。その内容とは、飛び筒の弾に関する記述だった。
本来、飛び筒の弾は鉛玉である。作成段階で真球に近付けることで精度を上げ、出来の良いものだけを弾として放つ。しかし、巻物に図解として描かれているものは球状のものでは無かった。先がやや尖った、どんぐりのような形の弾。
「いや。やはり、こちらは無理か」
読み込んだ後、現状では再現出来ないと異形は判断する。何より、この弾の場合は飛び筒自体にも細工をしなければならない。そのような技術力は、この里には無かった。再び巻物を漁り始め、周囲には広がった巻物が折り重なっていく。そして。
「・・・・・・これか。ふむ」
もう一つの探していた内容を探し出した。そこにも図解が描かれているが、先ほどのようなどんぐり型ではない。複数の小さな鉛玉に、それを包むような絵。
「これなら、いけそうだ。よし」
しっかりと読み込んだ後、異形は何度か頷き巻物をしまう。周囲に散乱し、折り重なっている巻物も片付け始めた。
「記しておいて、助かったな。これなら、比較的楽に作れる」
微かな笑みを浮かべつつ、片付けも終えた異形は梯子を上り小屋へと戻る。今からするべきことを脳裏に並べながら、彼は暖炉に火をくべた。
「あぁ・・・・・・疲れた・・・・・・」
寝間着に着替えもせず、ニェークは広いベッドにうつ伏せで倒れ込んでいた。複数の激務に追われ、まともに休む暇も無い。こうやって寝室に戻ってこれたのは何日振りだろうか。
「ぬぅぅおおぁぁ・・・・・・」
人のものとは思えぬ呻き声を漏らしながら、ごろりと仰向けになるニェーク。疲労を隠す為の化粧をさっき落としたので、酷い顔をしていた。頬こそやつれていないものの、目の下の隈が濃くしわすら増えているように見える。彼がここまで消耗しているのには、当然理由があった。
昇魂薬の件に、長剣の襲撃者。国境線の王国軍の増強。数々の問題が積み重なっているのもそうだが、一番の原因は共和国の体質だ。最高権力としての議会は存在するものの、国家の成り立ちからして共和国は地域ごとの独自色が強い。言ってしまえば、地方に権力が分散しているのだ。だからこそニェークも今まで単独で動いてこれたのだが、今はその特色が悪い方向に転がっていた。
端的に言えば。共和国側は、足並みが揃っていない。それぞれの地域の領主がそれぞれの方法で問題に当たろうとしている為、様々な場所で摩擦が発生しているのだ。なまじ議会から「それぞれの領主達が協力して対処せよ」と責任者を決めない布告をしてしまった為、我こそが主導権を握ろうと強引な手段に出ている領主達もいる。面倒事を避ける為に日和見を決める領主も多く、指揮系統がぐちゃぐちゃになってしまっていた。
そして、その折衝をしているのがニェークである。実情を最も把握している立場だからこそ、動かざるを得ない。当然他の領主達からは不満と私怨を向けられ、しかし議会はなんのフォローもしてくれない。如何にニェークが相応に優秀だとしても、あまりにも過酷な状況だ。
疲れ切っているのに眠気が中々来ない為、ニェークはぼんやりと思考する。まず、元凶であろう『暗礁』の魔術師、リグ・フォーセル。未だに正体は掴めないが、拠点の跡地はいくつか発見している。高頻度で各地を転々としているようで、痕跡を辿ろうにも追いつけないのが現状だ。彼女の生成する昇魂薬は加速度的に品質を増しており、強力な魔物に「昇る」可能性もどんどん高くなっていた。早急に対処しなくてはならないが、あくまで対症療法になってしまっている。
次に、長剣の殺戮者。隠れ里と関わりを持った初期に届いた書簡、そこに書いてあった異形の守り神の過去と、里への襲撃の報告。そこから推察するに、彼はハヤトという名の百年近く過去の人物らしい。交戦した『水禍』によると、王国と共和国に緊張感を抱かせるのが目的だと発言していた、とのこと。更には自身の居場所を作ることが最終目標だとも。虚偽の可能性ありと強調されていたので、話半分で考える方がいいだろう。自身を魔物に変ずる能力も持っているようだ。
そして、「昇った」魔物達。並の兵士では太刀打ち出来ず、余程の精鋭か実力の高い冒険者、あるいは魔術師でなければ対処が難しい。実際、他の領主達が手酷い損害を出したという情報も伝わってきていた。失態を隠そうとしているようで、詳細までは分からないが。何よりも、種類が膨大で戦闘における対応の一本化が出来ていないのがネックだ。膂力に溢れる者や速度に優れる者、瘴気をまき散らしたり体の一部を飛ばせる者まで、あまりにも多種多様に過ぎる。しかし、『鏡像』と交戦した個体を除き、一時期を境に魔物は人型しか発生していない。昇魂薬の効果が変化したのだろうか?
後は、共和国側に潜む敵側の協力者、スパイの存在。あくまでも可能性の話だが、そうでもなければ辻褄が合わないことが多過ぎた。議会の中枢にも潜り込んでいるとするならば、今起きている領主達の諍いや混乱、ニェークの過労もスパイが引き起こしているのかもしれない。可能性、仮定の話だとしても警戒するに越したことは無いだろう。
最後に、王国側の対応。どうやらあちらは一連の問題を全て共和国の手引きだと思い込んでいるようで、国境線の兵力は増し続けている。言わば、膨れ上がった泡のようだ。ほんの些細な切っ掛けで弾け飛び、攻勢を仕掛けてくる可能性が高い。あるいは、それこそが元凶の目的なのだろう。一応、今でも王国とは最低限のやり取りはしているものの、こちらの言葉は徹頭徹尾疑ってかかっている。これでは、誤解を解くのは不可能だ。
「ふふ、ははは」
見事なまでに絶望的だ。逆におかしくなってきて、ニェークはてらいのない笑い声を上げた。そして、開き直ったような雰囲気で呟く。
「あぁ、全くどうにも。人生はやりがいに溢れていて楽しいなぁ。何よりも、こんな状況でも一抜けは許されない。ニェーク・ラグロ・フィズ・エリンドの名に懸けて、ね」
笑ったことで心身の緊張が緩んだのだろう。程なくして、ニェークの寝息が部屋に響き始めた。その寝顔は、まるで赤子のように純朴なものだった。
散弾!散弾ですよ!