「あぁ、案外そういう魔物もいるぞ。俺も昔、知り合ったことがある」
日が落ち、月明かりが照らす里の外れ。俺とミュリアちゃんは異形の旦那からの相談を受け、旦那の小屋近くに集まっていた。で、詳細を聞いたんだが・・・・・・俺の言葉に、異形の旦那とオーギス達三人は驚愕の表情を浮かべている。まぁ、驚くよな。
「どういうことだ。百年近く生きてきたが、そのような魔物に遭ったことなど無いぞ」
「んー、俺も詳しいわけじゃないが、カロロととある仕事で動いていた時に一度な。あいつが特別だったのかもしれんが、口振りから察するに似たような性格の奴もいるっぽかったんだよ」
「あ。その話、カロロさんから聞いたことがあります。変身能力を持つ魔物を、グロムさんが匿ってたって」
「それだ、それ。あの時は珍しい奴もいるもんだくらいにしか思ってなかったが・・・・・・ふぅむ。聞く限り、多分昇魂薬で「昇って」しまった魔物の可能性が高いな。俺が経験したものとは種類が違いそうだ」
確か、ニェーク伯爵からの報告では意思疎通が出来る「昇った」魔物は、ジエッタ将軍を襲撃してきた個体しか見つかっていないらしい。となると、何かしら特別なのか、偶然の産物なのか。会ってみなきゃ分からんな。
「ならば、どうする」
「実際に会ってみないことにはなんともな。旦那のことは信頼してるが、俺が気付けることもあるかもしれん。明日、行ってみるか」
「あ、それなら私もついていきたいです。お話が出来るなら、分かり合えるかもしれないから」
ミュリアちゃんの言葉に俺も頷く。会話が通じるなら、落としどころを見つけられるかもしれないからな。異形の旦那の判断は正しかったということだ。
「・・・・・・分かった。ならば、護衛として俺がついていこう」
「私もー!」
「お前は見張り台の方の仕事があるだろうが。駄目だ、駄目。また今度行けばいいだろ」
「えー・・・・・・はーい、了解です」
露骨に落ち込むイニマに苦笑しつつ、俺は気を引き締めた。俺にその魔物を見極められるかは分からないが、やれるだけやるしか無いな。
翌日、湖までの道中。ミュリアちゃんがいることもあって見栄を張り旦那に担がれず徒歩で進んでいた俺だが、やはり体力的にはキツい。子供の体力は無限にあるという話を聞いたことはあるけども、この体たらくでは嘘だろうと思いたくなる。ひいひい言いながらようやく湖近辺に辿り着き、一息ついた。
「ふぅぅ・・・・・・さて、出てきてくれるかな」
「先に俺が行って話をしてこよう。合図をするまで、待っていてくれ」
そう言うと、異形の旦那はのしのしと湖へと歩いていった。俺はその場にへたり込み、水筒の水を呷る。うーむ、走り込みとかした方がいいのかね。もう少し体力を付けないと、いざという時大変な気もする。と、ミュリアちゃんが羊毛のタオルで俺の顔を拭いてくれた。
「大丈夫ですか、グロムさん?」
「あぁ、まぁ。これくらいじゃあへばってられんからね。しかし、この湖に魔物が棲みつくとは。どことなく因果を感じるよ」
元々、『水禍』の大魔術によって発生したクレーターに、大量の水が溜まったことによって出来た湖だ。あいつが里へ侵攻してこなかったら、この湖は存在していない。面倒事が起きたら、『水禍』に文句の一つでも言ってやらんとな。
「おぅ、近付いて構わんぞ」
さほどの時間もかからず、湖の畔で何かと話していたらしい旦那が大声を上げた。億劫な体を無理に動かし立ち上がる。
「よし。それじゃあ行こうか、ミュリアちゃん。念の為、俺の後ろにいてくれると助かる」
「はい、でも気を付けてくださいね。守り神様もいるから、心配無いとは思ってますけど」
分かっていると頷いて、俺達は湖へと歩いていく。近付くにつれ、水面に妙なものが浮いているのが見えた。話に聞いた通り、青く染まった肌に赤い長髪の人型。豊満だがメリハリのある体形は、恐らく女性なのだろうか。どこか愛嬌を感じさせる顔立ちをしている。こちらに目を向けると、じぃっと視線を逸らさず観察してきているようだ。
「初めまして。俺はグロム。この近くの里に住んでる者だ」
「私はミュリアと言います。えっと・・・・・・グロムさんと同じです」
俺達の挨拶に、彼女は小首を傾げて返事をしてくる。旦那の声に似た、しかし高めの音。
「私ハ、ミー。名前、ソレダケシカ思イ出セナイ」
「成程。それじゃあ、ミー。俺達は君と話をしに来たんだ。構わないかな?」
「話?イイケド・・・・・・ドンナ話?」
「そうさなぁ。まずは、ここでどんな暮らしをいているか教えてほしい。代わりに、俺達が里でどんな暮らしをしているか教えよう」
そう言うと、横に立っている旦那が気遣わしげな目つきで俺を見ているのに気付いた。心配いらないと俺は頷いて、ミーの方に視線を戻す。
「ウン、イイヨ。デモ、面白クモナントモナイト思ウケドナァ」
「気にすることはないよ。思ったことをそのまま話してくれりゃいい」
促されたミーは、特に躊躇うことも無く話し始めた。
「私ノ暮ラシッテ言ッテモ、湖ヲ泳イデ、オ腹ガ空イタラカメトカカエルトカヲ食ベテ。ア、タマニ降リテクル鳥トカモ食ベルヨ。ソレデ、オ腹イッパイニナッタラ眠ルノ」
「ふむふむ。ちなみに、寝床はどこなんだい?」
「湖ノ水底。丁度イイ大キサノ穴ガアルカラ、ソコデ寝テル」
「そいつは凄いな。水の中で呼吸が出来てるのか」
「ウーン・・・・・・水デモ、空気デモ出来ル。多分?」
疑問符がついたような返事に、俺は苦笑する。魔物は、本来本能で生きる存在だ。しかし、目の前の彼女には間違い無く知性があり、己の能力を把握していない節がある。彼女は、「昇って」魔物になってしまった元人間ではないか。その推測が、より強くなった。
「昔から、そういう生活をしていたって感覚はあるかい?なんとなくでいい、今の暮らし方をずっと続けてきた実感というか、そういうものがあったら教えてほしいんだ」
「エー、ダカラ憶エテナイッテ。デモ、ソウダナァ・・・・・・水ノ中ヲ泳グノハ、新鮮デ気持チイイ。ダカラ、前トハ違ウ気ガスル。ナントナク、ダケド」
「それは、羨ましいですね。私達は小川で水浴びするくらいなので、こんな広い場所で泳いだことがないんですよ」
「ソウナノ?ジャア、泳グ?」
ミュリアちゃんが思わず呟くと、ミーはおいでおいでをするように触手を水面から覗かせる。一本一本が大蛇のようだ。そして、表面には円形の何かが付いている。吸盤、だろうか。過去に、こんな感じのものを見たような気が・・・・・・。
「え、いいんですか?えっと・・・・・・」
ミュリアちゃんがうずうずとした感情を込めた目を向けてくるが、流石に許可は出せない。俺が申し訳なさそうに首を横に振ると、彼女はそうですよねと納得しながらも肩を落としていた。すまん、もうちょい安全を確認させてもらわんと。
「泳ガナイノ?フワフワノ髪ノ毛ガ水中ニ舞ウトコロ、見テミタイノニ」
「いや、すまんね。もう少しだけ確認させてもらえるか?その、君の下半身の触手のことなんだが」
「コレガドウカシタ?確カニ、全部チャント動カスノハ大変ダケド」
「うむ・・・・・・どこかで、見たことある気がするんだよな・・・・・・」
俺はうねる触手をしげしげと眺める。すると、ミーはこちらに向けて触手を伸ばしてきた。危険は無いことを示しているのか、非常にゆっくりと。吸盤は等間隔に並んでいて、長さは上半身の数倍にもなりそうだ。手の届く範囲まで伸びてきた触手は、水だけではない粘液のようなものでぬめついている。
「触っても?」
「イイヨ。デモ、痛クハシナイデネ」
許可を得て、そっと手を伸ばした。見た目通りのぬめついた感覚で、少しひんやりとしている。吸盤は吸い付いてくるが、すぐに離れた。やはり、気を遣ってくれているのだろう。
「・・・・・・あ」
ここで思い出した。この触手と似通ったものを、俺は過去に見たことがある。色こそ違うものの、こいつは確か・・・・・・。
「タコ、か?」
若い頃、一度だけ見たことがある。大陸を囲む大量の水、塩が混じったそれを海と言うらしく、その海に生息している生き物の中にこういう触手を持った奴がいたはずだ。タコ、と言うらしい。壺から触手が生えたような凄まじい見た目だったが、魔物では無く現地では食用とされているようだった。
「タコ?ナニ、ソレ?」
「あー、似たような触手を生やした生き物を知っててな。八本の触手が、壺から生えているような奴。それがタコって名前なんだが」
「ヘー。変ナ生キ物ガイルンダネ」
感心したように頷くミーに、俺は口をつぐむ。何か言うと藪蛇になりそうだ。と、ミュリアちゃんがおずおずと口を開く。
「あ、あの。私も触っていいですか・・・・・・?」
「イイヨー。ハイ、ドウゾ」
気軽な感じで返事をして、彼女の方にも触手を伸ばすミー。おっかなびっくりといった様子のミュリアちゃんは、震える手で伸びてきた触手を撫でた。
「ひゃっ。なんだか、不思議な手触りですね。ぬるぬるしてて、柔らかいのにしっかりしてて。初めてです、こんなの」
「ソウナンダ。アー、デモ私モ初メテダッタカモ。前ハ、ヤッパリ違ッタノカナァ」
呑気な言い方に、俺は少し引っかかるものを感じた。過去を思い出せないという状況にしては、あまり悲壮感が感じられない。魔物になることで価値観が変わったのか、それとも思い出したくもない過去なのか。ミーに聞いても、多分意味は無いだろう。むしろ、自覚させると何が起きるか分からない。いや、それなら先に確認しておくべきか?俺が表情に出さないよう考えていると、ミーは透明感のある瞳でじっと見つめてくる。
「考エテルノハ、ワタシノコトダヨネ」
「ん、まぁな。やっぱり、意志疎通が出来る魔物ってのは珍しい。色々と警戒しちまうもんなんだよ」
「ヘー。私ッテ、ソンナニ危ナイノ?」
「実際に危ないかどうかは関係無いよ。要は、周りがどう思うかって話でね。誰も彼もが、こうやって君と話してくれるとは限らない。多分、見かけた途端に逃げるか攻撃するかだろうな」
「フゥン」
興味無さげに呟いて、ミーは三本程触手を伸ばしてくる。するすると手や胴体にぬめついた感触が伝わり、触手が絡んでいく。彼女が本気なら、俺は容易く湖に引きずり込まれてしまうだろう。異形の旦那が間に入ろうとするが、俺は視線でそれを止めた。
「ぐろむ、ダッケ。ジャア、ナンデアナタハ私ト話ヲシテイルノ?」
「そうさなぁ。ちょいと話は変わるけどさ、俺はこんなナリこそしているが、実は中身は爺さんの傭兵なんだよ。信じられるか?」
「何ソレ。私ヨリモ、オカシイネ」
「だろ?俺がこんなもんだからね、見た目だけで判断するのは良くないと思ってるんだ。見た目通り、幼子として扱われるのは好みじゃない。だからまぁ、君ともこうやって話してるわけだ。言葉を交わさなきゃ、人柄も見えてこないからな」
そう言って、俺は微笑んだ。昔からも思っていたが、最近特に思っていること。人を見た目で判断してはいけない。俺もそうだし、異形の旦那もそうだ。言葉なりなんなりで意思疎通して見なきゃ、見えるものも見えてこない。
「・・・・・・ソッカ。ダカラ、ソッチノ人モ私ト話ソウト思ッタンダ」
ミーの視線が旦那に向く。旦那は少しだけ唸った後、口を開いた。
「そうかも、しれんな。あの時、先制攻撃を仕掛けお前を倒すことは出来たはずだ。だが、対話を試みた。理解しようと、したのかもしれない」
「アハハ。優シインダネ、二人トモ。ア、貴女モカ」
にっこりと笑みを浮かべたミーは、追加で一本触手をミュリアちゃんに伸ばした。それにそっと手のひらを当てて、ミュリアちゃんも微笑む。
「そうなんです。二人とも、とっても優しいんですよ」
・・・・・・うーむ。かなり気恥ずかしいが、否定はしなかった。普通に考えれば、甘ちゃんにも程があるからな。それを優しいとするならば、その通りなんだろう。
「とにかくだ。もしも湖の周りを人がうろついてたとしても、襲うことは止めてほしい。まぁ、ミーにそんな気が無いってのは分かったが」
「ウン。人間ハ襲ワナイシ、ココカラ離レルツモリモ無イヨ。デモ、一ツオ願イシテモイイ?」
「なんだい?俺達に出来ることなら、なんでもするぜ」
「暇ナ時デイイカラ、会イニ来テホシイ。オ話スルノ、楽シイカラ」
予想外のお願い。俺は頷いて、触手を撫でながら答える。
「あぁ。最近は色々と忙しいが、暇を見つけて会いに来るさ。今度は他の人も連れてくるよ」
口当たりのいい返事の裏で、俺はやや後ろ暗いことを考えていた。一度、『鏡像』殿を読んでミーの体を調べてもらった方がいいかもしれない。無論、殺させたりするつもりは無いが。微妙な問題だからな、慎重に判断しなければ。腕の見せ所だぞ、グロム。
声の感じを文章で描写するの難しいですよね。なのでカタカナに頼ります。性癖小説なんてそれでいいんだよ。