予定していた数の見張り台が完成した夜。私とグロムさんは、いつものように守り神様の小屋で三人で眠ろうとしていた。
ミーさんという、不思議な形のした人型の魔物・・・・・・私には魔物に見えなかったけど、彼女が湖で見つかってからグロムさん達はとても忙しそうだった。なんでも、『鏡像』さんとミーさんを会わせる為に色々と頑張っているらしい。私がなんとか出来ることじゃないから、グロムさんの身の回りの世話や守り神様の所にご飯を持っていったりと、代わりに出来そうなお手伝いをしていたけど・・・・・・。あまり役に立てていないみたい。
あ、でも。私も、新しいことをやり始めたのだ。イニマさんの時間が取れるようになったので、護身術というものを習っている。私も自分の身を守れるくらいになって、せめて足手まといにならないようにしないと。その一心で頑張っているんだけど、実は護身術の練習で体を動かすのは結構楽しい。なんというか、いつも暮らしてるだけだとしないような動きをするのが面白いんだ。
ちなみに、一番最初に教わったのは股間を蹴り上げることだった。「男相手ならこれが一番!急所だからね!」ってイニマさんが言ってたんだけど、男女で急所って違うのかな?グロムさんに聞いてみたら、なんか凄い微妙な表情をしていたけど。「まぁ、うん。イニマに教わってれば安心だから、ミュリアちゃんはそのままでいてくれ」って言ってたのはなんでだろう?
「ん、んぅ・・・・・・」
私の横で寝ているグロムさんが、微かに吐息を漏らした。いつもは私の方が速く寝付いちゃうんだけど、やっぱり疲れが溜まっているんだろうか。無垢な寝顔は、いつも頑張っているグロムさんとは全然違う。私よりも年下のような印象の、純粋な表情。
「可愛いな」
静かに呟いて、グロムさんの頬を撫でる。私は、傭兵の頃のグロムさんを知らない。私のワガママで、死にそうなグロムさんに同族化の秘術をかけて、可愛らしい女の子になったグロムさんしか知らないのだ。今までに何度も謝ったけど、グロムさんはその度に気にしなくていいと笑ってくれる。非力な体になったことを、決して責めなかった。
私がやったことは、間違っていたのだろうか。私を助けようとした人を助けたい一心で、同族化の秘術をグロムさんに施した。それを、この人は重荷に感じていないだろうか?分からない。私が聞いたとしても、グロムさんは優しい言葉しか返してこないから。と、
「ミュリア。悩むより、先に眠れ。疑問は、本人に聞くしかない」
私の悩みを見透かすかのように、守り神様が言う。グロムさんがあまりに早く眠ってしまったから、守り神様もまだ起きていたんだろう。いつもは私も守り神様もすぐに寝ちゃうのに、珍しい。
「そう、ですよね。うん、また今度聞いてみようと思います。今は寝ちゃいますね。改めて、お休みなさい守り神様」
「うむ」
私達の下にいる守り神様は、微かに頷いた後に目を閉じる。私もグロムさんの寝顔を少しだけ眺めた後、同じように目を閉じた。いつもより少しだけ寝付きが悪かったのは。きっと気のせいだろう。
「さて、この辺りかな。久しぶりって程でも無いが」
僅かな兵士を連れ、『鏡像』の魔術師は森の中を歩いていた。事の発端は、隠れ里からの連絡。カロロがいる時に比べて数日遅れで届いたそれには、非常に興味深いことが書かれていた。
曰く、人語を解し対話が可能で、さらには比較的友好的な人型の魔物が発見された、と。ニェーク伯爵伝いに話を聞いた『鏡像』は、まず疑問が頭に浮かんだ。「昇る」ことにより人から変じた魔物は、僅かながら言葉を話せる者も多い。しかしそれは、対話出来るということを意味しない。単語や同じ言葉を繰り返し、こちらの言葉には反応を示さないのが殆どだった。唯一、ジエッタ将軍を襲った魔物は違ったが・・・・・・果たして、どの程度の対話が可能なのか。
グロムからの連絡を疑うわけではない。しかし、『鏡像』は期待もしていなかった。わざわざ何日もかけて隠れ里近くまで向かっているが、昇魂薬の件に進展が見込めるかというと望み薄だろう。それでもニェークに従ってここまで来たのは、藁にも縋る思いだということは否定出来ない。
カロロが魔物によって重傷を負い、肉塊のような魔物に自身も苦戦した。さらには、ハヤトを名乗る男に『水禍』の腕が斬り飛ばされてもいる。解決の糸口は見えず、犠牲と消耗は増すばかりだ。だからこそ、ここで有益な情報を得たい。望み薄だと分かっていながら、『鏡像』は祈るような気持ちになっていた。そして、そんな自分を恥じてもいる。と、
「・・・・・・来た、かな」
複数の誰かがこちらに向かってくることに気付いた。重々しい足取りから察するに、恐らくは守り神と呼ばれている異形だろう。飛び筒という奇異な魔道具を扱う、背中から六本の腕を生やしたまさしく異形の存在。以前の祝勝会で酒を酌み交わしたこともあり、見た目に似合わぬ実直な人柄であるということは知っていた。しばらくすると、想像通りの姿が茂みをかき分け現れた。一つ、想像と違っていたのは、
「やぁ、『鏡像』殿。わざわざご足労おかけしてすまんね」
「お、お久しぶりです、『鏡像』さん」
異形の肩に、二人の少女が乗っかってることだった。より幼い方がグロムで、純真そうな表情を浮かべているのがミュリア。羊人特有のもこもこの長髪に、巻き角を生やしている。
「あぁ、久しぶり。飛び筒使いも、久しぶりだね」
「うむ。息災で何よりだ。こっちだ、ついてこい」
簡単な挨拶を済ませ、異形は早速背を向けて歩き出した。湖へと案内するつもりだろう。『鏡像』も湖の場所は把握していたが、大人しくついていくことにした。常識的な諦観と、僅かな期待を胸に秘めながら。
「初メマシテ。ミーッテ名前ダヨ」
「・・・・・・あぁ、初めましてだね。私は『鏡像』の魔術師。少し、君のことを調べたくてやってきたんだ」
湖の畔。異形の旦那が大声でミーを呼び、実際に彼女と言葉を交わしている『鏡像』殿は面食らった表情をしていた。歴戦の猛者である彼女も、流石に驚くような状況らしい。しかし、すぐに感情を立て直し、優しげな声でミーに語り掛け始めた。
「調ベル?私ノ、何ヲ?」
「そうさね、色々だ。うん、ちょっと魔術をかけても構わないかな?むずむずするかもしれないが、痛くはしないつもりだ。無論、ミーが嫌なら無理強いはしないが」
「魔術・・・・・・ウーン。ドンナ魔術?」
「解析する為の魔術だ。君がどんな体の造りをしているのか、調べたいんだよ」
『鏡像』殿の表情は真剣だ。鬼気迫る、と言ってもいい。酒が入っている時を除いて、普段は冷静な彼女には珍しいな。
「ヘー。解析カァ。デモ、私ハ魔力ガ強イハズダカラ、難シイカモ」
「・・・・・・おや。魔術の仕組みを理解しているのかな」
「ウン。多分、前ハ使エタンダト思ウ」
おっと。これは俺達にとっても初耳の情報だ。「昇る」前は魔術師だったのか?いや、流石にそれは・・・・・・。考え込む俺と『鏡像』殿を横目に、異形が口を開いた。
「ほぅ。お前のことを、結界魔術で探知することは出来なかったが。あるいは、それが原因か?」
「ソウカモ。ココニ着クマデハ、見ツカリタクナイッテ思ッテタカラ。苦シクテ、辛クテ、ヨク覚エテナイケド」
「あの、ミーさん。今は苦しかったり、辛かったりはしないですか?」
案ずるように訊ねるミュリアちゃんに、ミーは首を横に振って無邪気に微笑む。
「ウウン、大丈夫。ココノ水ガ、合ッタンジャナイカナ。全然苦シクナイシ、渇キも無インダ。アンナニ辛カッタノニ、嘘ミタイ」
「ふむ、成程ね。とりあえず、解析魔術はかけさせてもらおう。いいかな?」
「イーヨー」
努めて平静を装っているような『鏡像』殿の声とは対照的な、ミーの呑気な返事。それに頷いて、『鏡像』殿が何かを呟き杖を振るった。光の粒子がミーに降り注ぎ、水面が僅かに震えている。魔力の流れなのか、震える水面は徐々に渦を巻いているようだ。
「ンッ・・・・・・」
『鏡像』殿が言っていた通りむず痒いのか、体と触手をくねらせて小さく声を漏らすミー。俺はそっと目を逸らしながら、先ほどの発言を再び考えた。
二つ名を持つ魔術師の数は、大陸全体でおおよそ100前後。表舞台に出てこない隠者のような魔術師もいるらしいが、それを足しても150はいかないと言われている。それ以外の、二つ名を持たない者はそもそも魔術師を名乗れない。二つ名は師から弟子に継承されるか、あるいは突出した才覚と実力を持つ者が自分で名乗り、その魔術の冴えを以て周囲に認めさせるしか方法が無いのだ。
つまり。ミーが魔術を使える、あるいは使えたとして、それは魔術師である証明にはならない。師に認められず放逐され、拙い魔術で糊口を凌ぐ者もいれば、王国軍の最精鋭である黒鎧魔導重騎兵のように、魔術と他の要素を組み合わせ大成する者もいる。
そういった、二つ名に至れなかった者達は、俗に魔術使いと言われていた。まぁ、一口に魔術使いと言ってもピンからキリまであるんだが。結局の所、魔術の世界は努力や運以上に才能が全てだ。俺が知っているのはこれくらいか。
「ふむ・・・・・・」
眉根にしわを寄せている『鏡像』殿は、酷く丁寧な動作で杖を動かしている。先端に付けられた手鏡がミーの頭上で複雑な紋様を描き、生成された魔法陣が彼女の体を通り抜けていった。一拍置いて、ミーはくすぐったそうな笑い声を上げる。再び目を逸らしたのは、まぁ、道徳的な理由だ。
「アハッ、ンゥッ。コ、コチョバイ」
「すまないね。もう少しだけ、辛抱してくれ」
その様子を固唾を呑んで見守るミュリアちゃん。ふと、俺と同じで視線を逸らしていたのか異形の旦那と目が合った。まぁ、うん。男として、あまりガン見するもんでもないよな。目と目でなんとなく通じ合った俺達は、そのまま成り行きを見届けた。・・・・・・見届けてはいないな、うん。
「ふぅむ・・・・・・」
あれから暫くして。解析を終えたらしい『鏡像』殿は「悪いが、纏める時間を貰えるかい」と呟いて、湖からやや離れた場所で思索に耽り始めた。ミーは所在無さげに浮かんでいる。残された俺達と護衛の兵士達がどうしたものかと考えていると、うずうずした様子のミュリアちゃんが俺を見て口を開いた。なんとなく、彼女の考えていることが分かる。ミーと遊びたいんだな。
「あ、あの・・・・・・グロムさん、お願いがあるんですけど」
「あー、うん。ミュリアちゃんの言いたいことは分かった。うーん・・・・・・」
「構わんぞ。俺も、一緒に泳ごう」
「ア、泳グ?泳グノ?大丈夫、溺レテモ私ガ助ケルカラ」
・・・・・・旦那が一緒なら安全、か?あまりミーを疑いたくはないし、ここは踏ん切りをつけるべきだな。俺は頷いて、ミュリアちゃんに言った。
「よし、それじゃあ泳ぐとするか。兵士さん達は『鏡像』殿を頼みまさぁ」
直立不動の彼らに伝えると、驚きながらも敬礼を返してくれた。規律が行き届いているな。泳ぐのに邪魔な衣服を脱ぎ捨て、俺とミュリアちゃん、そして旦那はゆっくりと湖の中へと入っていく。ひんやりとした水の感触。そういえば、この体で泳いだことは無いな。里の小川では試したことも無かったし。
「っとと」
水深が浅い所で泳げるか試してみるが、今の短い手足では上手く浮力を稼げなさそうだ。ミュリアちゃんはすいすい泳ぎながらミーの触手と戯れていて、旦那も言わずもがな泳げている。溺れたら大変だ、見た目に似合うように浅瀬で水遊びでもしてた方がいいかもな。と、
「ホラ、グロムモオイデ」
「うぉっ!?」
ミーの触手が胴体に絡まり、苦しくない程度に引き寄せられる。あっという間に足の届かない所まで引っ張られるが、溺れることは無かった。胴体に巻き付いている触手のおかげで、何もしなくても浮かんでいられる。いや、でもこれ泳いでるとは言えんぞ。ミーの力で引っ張り回されているだけだ。
「す、すごいですねミーさん。わわっ!」
すぐ横で、ミュリアちゃんも俺と同じように水面を引っ張り回されている。中々に妙な状況で、しかしミュリアちゃんもミーも笑っていた。つられて、口元に苦笑が浮かぶ。二人が楽しそうなら、いいか。そう納得している所に、異形の旦那が話しかけてくる。
「大丈夫か」
「ん、あぁ。特に問題は無いよ。案外悪くないな、こういうのも」
「そうか。ならば、いいが」
そこそこの速度で引っ張られてる俺に容易く追いついてくる旦那は、背中の腕も巧みに使って泳いでいた。随分と手慣れた様子だ。
「オジチャン、泳ギ上手ダヨネ。ヨーシ、ソレジャア競争シヨウ。私ト、ミュリアト、グロムハちーむデ」
「お、おじちゃん・・・・・・まぁ、構わんが」
「ジャアアッチノ畔マデネ!スタート!」
言うが早いか、ミーは俺とミュリアちゃんを触手に巻き付けたままグンッと加速する。水飛沫が顔にかかり、前が見えなくなった。は、速い・・・・・・!
「アハハハハッ!」
「み、ミーさん速過ぎですっ!うわあぁっ!?」
ミーの笑い声と、ミュリアちゃんの慌てた声。そして猛追してくる旦那の水かき音を聞きながら、俺は水をしこたま飲む羽目になったのだった。
俺も触手娘と水辺で戯れてえな・・・・・・。