「結論から言おう。ミー・・・・・・彼女は、昇魂薬によって「昇った」魔物だ」
俺達が湖でひとしきり遊び呆けた後、考えが纏まったらしい『鏡像』殿が切り出した。体を拭いて服を着直した俺は、ミュリアちゃんに髪の毛を拭かれつつ訊ねる。
「ふーむ。となると、他の服用者もこういう姿になる可能性があるってことかい?」
「いや。専門的な知識は省いて説明するが、ミーの場合は特殊な条件が重なった結果だね。本人の魔力量と、おそらくは元々の強靭な精神力。後は・・・・・・」
僅かな逡巡。誰かがそれを指摘する前に、『鏡像』殿は覚悟を秘めた声で言い切った。
「彼女は、死んでいた。死亡直後の肉体に昇魂薬を服用させた可能性が非常に高い」
「え・・・・・・?」
「・・・・・・」
戸惑いを漏らすミュリアちゃんに、しかめっ面の旦那。当のミーは特に驚いてもいないのか、透き通った瞳で『鏡像』殿を眺めている。それにしても、かなり面倒な話じゃないか、こいつは。
「『鏡像』殿。一つ、確認させてくれ。そいつはつまり、昇魂薬によって蘇生したってことか?」
「そうだ。細かい説明をすると日が暮れるからね、そこは許してほしい。だけど、解析の結果から答えを求めると、そうとしか思えないんだ」
死者の蘇生。それは、誰でも一度は考える奇跡である。こんな時代だ、死に別れた者ともう一度会いたいという想いは多くの人間が持っていた。しかし、古今の権力者や魔術師でさえ成し遂げられずにいるものでもある。秘薬や魔術によって生き永らえることは出来ても、死んだ者は蘇らない。それが、この世の理だ。
「ありえるのか、そんなことが。昇魂薬は本来、副作用が酷いドーピング薬だという話だったはずだ。それが、「昇って」魔物化することが主体となり、今度は死者の蘇生だと?むぅ・・・・・・」
異形の旦那が目を見開き、顎に手を当て考え込む。彼の言う通り、昇魂薬の効能からは外れているように思えるが。俺達の疑問に答えるように、『鏡像』殿が平静を保ちつつ語り始めた。
「本来は、その通りだよ。ただ、ここに来て妙なことになっている。私達は、元凶と思われる『暗礁』の魔術師が昇魂薬を改良し、「昇った」際に人型の魔物に変じさせて共和国内の治安を乱すことが目的だと思っていた。しかし、違ったのかもしれない。治安を乱しつつも、膨大な量の治験データを収集することこそが真の目的だったのかも。あぁ、全く!もしそうなら、厄介この上無い。『暗礁』が求めていた真の昇魂薬が、完成間近ということなんだから」
首を振り、彼女の長髪が乱れる。荒くなりそうな息を抑えているのか、『鏡像』殿は口に手を当てながら続けた。
「ミーが人と会話出来る感性を持ちつつ魔物化したのは、死から蘇ったからに他ならないんだよ。そうとしか分析出来ない。そして、発展の方向性も読めた。死者を蘇らせた上で、記憶や意識を生前の頃と同じままにする。魔物化はあくまで副作用でしかないんだ。あいつらの目的は、死者の魂を完璧な状態で呼び戻すこと。それで何を起こそうというのかは、まだ分からないけど」
自分に言い聞かせるように、『鏡像』殿はブツブツと呟いている。平静を保とうとしても、保ち切れないようだ。確かに、ある意味馬鹿げたようなおとぎ話だからな。それが真実だと認めざるを得ない状況は、彼女の精神を追い詰めるに足るものなのかもしれない。
「落ち着いてくれ、『鏡像』殿。一つ一つ確認していこう。ひとまず、ミーには危険が無いという認識でいいな?」
「あぁ。その点は大丈夫。彼女の精神性は人間寄りだ。多少変質しているだろうが、通常の魔物のような狂暴性は得ていないよ」
その返事にとりあえず安堵しつつ、俺はミーの方に目を向けた。全ての会話は聞こえているはずだが、彼女は平然としているように見える。一体、何を考えているのだろうか。
「ミー。今までの話を聞いて、何か思うこととかはあったかな?」
「ウーン。ヨク、分カラナイ。私ガ元ハ人間デ、死ンデカラ蘇ッタッテ言ワレテモ実感ガ無イシ。ナンダカ、ポッカリ穴ガ空イテイルミタイナ感ジ。ダカラ、分カラナイ」
「そうか。うーん・・・・・・」
やはり、ミーから何かを聞き出すのは難しいか。彼女本人が理解出来ていないし、何より記憶の欠落はどうしようもない。と、何かに気付いたのかミュリアちゃんが挙手をした。
「あの、ごめんなさい皆さん。少しいいですか?えっと、ミーさんが改良された昇魂薬で蘇ったのはなんとか分かったんですけど、それならなんでここにいるんでしょう?その、『暗礁』っていう人の所から逃げてきたんでしょうか?」
その言葉に、思考が一瞬固まる。そうだ、まず真っ先にそれを考えるべきだった。死者蘇生とかいう馬鹿げた事実のせいで、頭から吹き飛んでしまっていたらしい。同じく思い至ったらしい『鏡像』殿が、天を仰ぎながら声を上げる。
「あぁ、もう!どうにも最近抜けてるなぁ私は!そうとも、ミーは重要なサンプルのはず。本来なら絶対に手元に置いておくべきだ。なぁ、ミー。君はどこかから逃げてきたんじゃないのかな?」
「分カラナイ、ケド。何カ、怖イ所カラ逃ゲ出シタ、カモシレナイ。暗クテ、湿ッタ場所・・・・・・ウッ、ク」
頭が痛むのか、ミーは頭を抑えつつ言う。十分だ。
「『鏡像』殿、エリンドに伝令は送れますかい?こりゃあ、早晩ミーを取り返しにお相手がやってくるかもしれない」
「分かっている」
頷いた『鏡像』殿は、お付きの兵士に何かを言い含めている。その後、兵士全員がエリンドの方向へと駆け出した。
「さて、伝令は送ったが。しかし間に合うか、そもそも辿り着けるかも分からない。こちらの動きを予測して、道中に魔物を潜ませている可能性もあるからね。いずれにせよ、ここで迎撃態勢を取るしかない、かな。可能なら、ミーの身柄をエリンドに護送したい所ではあるけど・・・・・・」
「俺達は一旦戻って、オーギス達に伝えてきますわ。何かがここに近付いてくるなら、旦那の結界で気付けるはずだ」
「いや、過信はするな。現に、ミーは俺に気付かれること無く湖まで辿り着いている。警戒するに越したことは無い」
慌ただしく動き出そうとする俺達に、不安そうな表情を浮かべるミュリアちゃん。ミーは頭痛が治まったのか、不思議なものを見るように俺たちを眺めていた。ふと、視線が合う。
「ネェ。一ツ、聞カセテ」
「おっと、なんだい。出来りゃあ、手短に頼む」
「ウン。ナンデ、グロム達ハソンナニ慌テテイルノ?」
純粋な疑問を顔と声に浮かべ、ミーは訊ねてくる。真っすぐな瞳は、どこかミュリアちゃんに似ている気もした。
「あぁ、簡単に言えば悪い奴がミーを取り返そうとやってくるかもしれないんだ。だから、それを撃退する為に」
「守ラナクテモイイヨ」
俺の言葉を遮るように、ミーが言う。
「守ラナクテモイイ。キット、怖イ目ニ遭ウカラ」
諦観。無邪気な様子には似合わないそれが、内側から滲み出しているように見えた。
「そ、そんなこと言わないでください!だって、酷い目に遭うかもしれないんですよ!?」
「分カッテルヨ。デモ、自分ナラ耐エラレル。友達ガ酷イ目ニ遭ウノハ、耐エラレナイ。ソレニ、私ハココカラ離レナイ。離レタラ、死ンジャウ気ガスルンダ。ダカラ、守ラナクテイイ」
ミュリアちゃんへの返事に、旦那や『鏡像』殿も動きを止めてミーを見た。彼女は、ふわりと優しく微笑む。
「一緒ニ遊ンデクレタシ、色々調ベテクレタ。ダカラ、モウ友達。私ハ、ソウ思ッテル。友達ガ、私ノセイデ苦シムノハ嫌ダカラ」
「・・・・・・そうもいかない。私は、君と友達になったつもりは無いからね。君があちらに取り返されたら、もっと酷いことが起きるかもしれないのさ。だから、私は君を守る。情じゃあないんだよ」
無理して厳しい言葉を吐いているような『鏡像』殿は、踵を返し杖を振り、魔術を行使し始めた。地面に浮かぶ魔法陣が徐々に大きくなっていく。
「何も分からないのなら、相応に振る舞ってもらおうか、ミー。君はただ、変なことは考えずに守られていればいいんだ」
・・・・・・つくづく、苦労性な人だな。やはり、俺は周囲の人間に恵まれている。
「まぁ、『鏡像』殿の弁とは別に、だ。ミーが友達である俺達を酷い目に遭わせたくないように、俺だってミーに酷い目に遭ってほしくはないんだよ。数度しか会っていないとはいえ、良き隣人が理不尽に虐げられるのを見て見ぬフリは出来ない」
「そ、そうですよ!私達はもう友達なんですよね?なら、お願いですからミーさんを守らせてください!私は何も出来ないけど、それでもミーさんが酷い目に遭うのは嫌です!貴女が嫌でも、守りたいんですよ!」
俺とミュリアちゃんの言葉に、ミーはキョトンとした表情を浮かべていた。虚を突かれたというよりは、こちらの言い分が理解出来ていないような感情が見て取れる。そこに、異形の旦那が口を開いた。
「複雑に考えるな。そうしたいからそうする、理由はそれだけだ。それに、俺は競争で負けてしまったからな。次に勝つ為には、お前にいてもらわねば困る」
「・・・・・・変ナノ。苦シイノハ、ミンナ嫌ナハズナノニ」
そう呟いて、湖の中心へと泳いで行ってしまうミー。俺は悪い大人だからな、了承したと受け取らせてもらおう。さて、やるべきことをするとしようか。俺とミュリアちゃんは旦那の背に乗って、里へと戻り始めた。
オーギス達がグロムから現状を聞いたのは、穏やかな昼下がりの時間帯だった。見張り台も建て終わり、今は柵用の木材を加工している。羊人達と一緒に作業していた折、グロムに呼び出されたのだ。
「え!?ミーちゃんが襲われるかもしれないんですか!?」
「あくまで可能性だがね。しかし、備えた方がいいのは確かだ。『鏡像』殿も助力してくれるが、いつ襲撃されるかも分からない。だから、オーギス達には里の護衛を頼みたいんだ。異形の旦那はしばらく湖周辺で警戒してもらうからね」
「それは、構いませんが。襲撃が来る可能性が高いのに、戦力を分散させて大丈夫なんですかい?」
オーギスのもっともな質問に、俺はかぶりを振って答えた。
「それもそうなんだが、里の防衛を疎かにすることも出来んからな。一応、相手が結界魔術を無効化するような奴じゃなきゃあ早めに捕捉出来るはずだ。その時は、『鏡像』が持ってきた魔道具で合図することになっている。危急の時には、チャロに飛んでもらうことになるかもしれん」
「相手の行動次第、ってことか。僕はそれでいいけど」
「うーん・・・・・・私も、分かりました。でも、襲撃かぁ・・・・・・あの、守り神さんの知り合いだったハヤトって人も来る可能性があるんですか?」
悩んでいる様子のイニマは、頷いた後に気になることを訊ねてきた。俺自身も、かなり気にしていることだ。もし、またあいつが来たとしたら、今の里の戦力では抗えない。
「ある。まぁ、それは今までも同じだったからな。気にし過ぎても始まらん。もし奴が来たら、予定通りに里の皆を退避させることを優先する。・・・・・・その場合、オーギス達に足止めを任せることになる。すまんな」
「いや、分かってます。私らが今も里に残ってるのは、そういうことを覚悟しとるってことですから」
・・・・・・正直、悔しい思いがあった。俺とミュリアちゃんは里の皆を退避させ、命懸けの足止めをオーギス達に任せる。俺が戦えれば、せめて加勢出来るというのに。いや、今考えても仕方の無いことだ。
「助かる。後、柵を立てるのは一旦中断だ。作業中を狙われる可能性もあるし、完成するまで攻めてこないって保証はどこにも無いからな。里の皆に、伝えておいてくれ」
「それは勿論だけど・・・・・・グロムちゃん、大丈夫?」
心配そうな表情で俺を見つめるイニマ。いかん、面に出ていたか。どうやら、今回の件で俺も動揺しているらしい。周囲にいらん心配をかけるわけにゃあいかないな。
「大丈夫だよ、それ程柔じゃない。まぁ、基本的に俺は里にいるからな。他に何か気になることがあったら聞きに来てくれ。あぁ、それと『鏡像』殿から魔道具を預かってたんだ。いざという時の為に使ってくれってね。説明書付きだから、ここに置いとくよ。それじゃ」
そう伝えつつ魔道具を置いて、俺は一旦家へと帰ることにした。所詮、俺に出来ることは殆ど無い。相手が仕掛けてくるとしたら、緻密な作戦など立てようもないからだ。後は、異形の旦那と『鏡像』殿に任せるしかない。最前線に俺がいたらかえって迷惑だからな。
無力感を噛み締めながら、俺はオーギス達の元を後にする。他にやれることは無いか。思考は回せども、名案が浮かんでくることは無い。歯痒い思いを抱きながら、俺は自然と歩く速度を速めた。
守ろうとする行為は基本的にリスクを負う選択です。