TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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襲撃

「うぅむ。気が進まないなぁ」

 

獣道を進みながら、長剣を腰に差した着流しの男・・・・・・ハヤトがぼやいた。

 

「まぁ、仕方ないか。他ならぬリグの頼みだし、アレを逃したままってのもよくない。うん、ユウも許してくれるだろう。何も、虐殺しようってわけじゃあないしな」

 

呟きながら、彼はのんびりと獣道を歩いていく。時折欠伸を噛み殺すその様は、まるで散歩のような気軽さだ。しかし、その体に染みついた死臭はあまりにも濃い。最近は共和国側の対応もあり、それ程の人数を斬り捨てていないというのにこの有様である。しかし、本人は血と死の混ざり合った雰囲気を気にも留めず、再度欠伸を漏らし言葉を続けた。

 

「ふぁ・・・・・・さて、そろそろ行くか。リグの方とタイミングを揃えないといけないからな、気を付けないと」

 

乗り気では無さそうな表情で、しかしハヤトは屈伸をしながら準備を整える。目標地点は羊人達の隠れ里。しゃがむような体勢になった瞬間、彼の姿はかき消えるのだった。

 

 

 

 

どことなく湿っぽい感じのする風が吹き、厚い雲が日を遮りがちな日。マノルギは、痛んだ農具の修復をしていた。熱した上で、ハンマーやノミで叩き形を整える。物心ついてから幾度と無く繰り返してきた動きだ。

 

マノルギは、今年で64歳になる。隠れ里の住人は他の共和国民と比べれば長寿であるものの、64歳はかなりの高齢である。彼よりも年上の羊人は、里長を含めて数えるほどしかいない。しかし、彼は健康そのものだった。複数の弟子を抱え、隠れ里の鍛冶を一手に担っている。今日も今日とて、マノルギは使い込まれたハンマーを振るっていた。

 

「・・・・・・ん?」

 

農具の修理が一段落つき、羊毛のタオルで汗を拭っていると、不意にマノルギは鍛冶場の入り口に振り向いた。何か、気配のようなものを感じる。嗅いだことの無い、異臭のような妙な気配。しかし、入り口に人影は見えない。気のせいか。そう思い作業に戻ろうとすると、凄まじい音が聞こえてきた。

 

ドンッ!!!

 

何かの落下音と共に、地面が揺れたような感じさえする。何が起こったのか困惑しながら鍛冶場の外に出ると、そこには土埃を立てながら立ち上がる男がいた。里の住人では無い。

 

「ふっはぁー・・・・・・。結界範囲をひとっ飛びは、流石にこたえるな。おっと」

 

男と視線が合う。どこか茫洋とした、温和さを感じる表情。だというのに、マノルギの全身に怖気が走った。鳥肌が立ち、身が竦む。目の前の男は、尋常な存在では無いということがありありと伝わってきた。

 

そういえば。先日、グロム達から連絡されたことがある。ハヤトという男が里を襲撃し、守り神は全身を斬られイニマが意識を失ったと。目の前の男の特徴は、伝えられたものと酷似している。まさか。マノルギは息を呑み、数歩後ずさった。男はのんびりとした様子で欠伸を一つして、マノルギへと歩み寄る。

 

「そこの爺様、すまないがユウ・・・・・・っと、背中に六本の腕を生やした奴を呼んでくれないか?ハヤトが来たと言えば分かるはずだ」

 

穏やかな声で話しかけられたマノルギは、勇気を振り絞り口を開いた。

 

「な、何者だ!?さ、里に攻めてきた奴だったらただじゃ置かねえぞ!前に守り神様を斬ったハヤトって奴か!?」

 

小ぶりのハンマーを構え、震える足を無理やり押さえつけて吼える。その様子に、男・・・・・・ハヤトは頭を掻いて困ったような表情を浮かべた。

 

「うーん・・・・・・俺は、あんたを斬りたくないんだよ。ここはユウの居場所だしなぁ。頼む、大人しくユウを呼んではくれないか?別に殺そうってんじゃない。ただ、話がしたいだけなんだ」

 

「信じられるか!去れ、馬鹿者が!わしは決して退がらんぞ!」

 

虚勢だが、芯の入ったマノルギの言葉にハヤトは首を横に振る。彼にとっては想定していなかったことなのだろう。こめかみを叩きながら、マノルギに言葉をかける。

 

「じい様、そこで虚勢を張って何になるんだ。殺されて終わりだぞ。頼むからユウを呼んできてくれよ。いっそ、嘘でも構わんからさ。他の奴を呼んできたって構わない。俺としては、そうしてくれなきゃ刀を抜くしかないんだよ」

 

懇願に近い言い方に、しかしマノルギは気圧された。目の前の男は、容易く自身を斬り捨ててしまえるのだろう。それは、60年以上この里で暮らしている彼にとって予想だにしない感覚だった。共に助け合い、共に生きていく隠れ里ではありえない思想。他者を傷付けることを厭わないハヤトの雰囲気に、それでもマノルギは一歩前に出て気迫を込めて叫んだ。

 

「ほざけ!この歳だ、死ぬことなど怖くないわい!命惜しさで他の者を巻き込めるか!」

 

ここで意地を張っても意味は無い。それでも、この男が現れたことに守り神やグロム達はいずれ気が付くはずだ。それまでの時間稼ぎをしなければ。長い時間を生きてきた中で初めて感じる殺気を浴びても、マノルギは決して退くことは無かった。足が震えつつ、一歩一歩と前に出る。

 

「・・・・・・はぁ。そこまでの覚悟を見せられちゃ、俺も抜くしかないな。いくぞ、爺様」

 

ハヤトは溜め息を一つ吐き、すぅっと目の色が変わった。同時に、夥しい死臭が辺りに噴き出す。それだけでマノルギは意識が飛びそうな程の衝撃を受け、逃げ出してしまいたい気持ちに駆られた。完全に、呑まれている。指一本動かすことが出来なくなり、息が上がって目が眩む。それでも、倒れるわけにはいかない。己の全てを振り絞り、マノルギは視線を逸らさず立ち続けた。引き抜かれた長剣が煌めいて、彼の首を刎ね飛ばし───

 

「はぁぁぁぁっっ!!!」

 

───その直前で、イニマの振るう細剣が長剣を弾き軌道を変える。突然の介入者に、ハヤトは数歩後ずさって距離を取った。素直な驚きの表情を浮かべ、イニマを見やる。彼を以てしても、介入される直前まで気配を感じ取れなかった。

 

「凄いな。音もそうだけど、どうやって気配を消したんだ?前の時はそこまでじゃあ無かっただろう」

 

「話す義理はっ、無いよっ!」

 

長剣を弾いたイニマはそのままマノルギを庇うように前に立ち、細剣を構え直す。首元には、普段つけていないネックレスが光っていた。先日グロムが預けてきた、『鏡像』からの魔道具。その効果は、気配遮断と消音。

 

「あぁ、成程。腕のいい魔術師がいるもんだな。魔力の質から察するに・・・・・・リグと会った奴か。世界は狭いなぁ」

 

呑気に話すハヤトに対して、イニマは額から大粒の汗を滴らせていた。落下音と死臭にいち早く気付き、ここまで一気に駆けてきたことだけが理由ではない。目の前の男から放たれる、この世のものとは思えぬ程の負の空気だけでもない。隙が、一切見えないのだ。

 

元より、実力差は承知していた。初見の時は、殆ど何も出来ず一蹴されたのだから。そこからひたすら頭の中で戦いを繰り返し、見張り台を建てる土木工事で足腰を鍛えた。僅かなら時間稼ぎも出来るだろうと、そう思っていたのに。

 

「マノルギさん、里の皆に逃げるよう伝えてください。ここは私が食い止めるから」

 

「し、しかしイニマの嬢ちゃん一人じゃ」

 

「いいから早くっ!」

 

鬼気迫る声で怒鳴り、イニマはマノルギを急かす。彼が走っていく音を背で聞きつつ、目の前のハヤトに問いかけた。

 

「目的は何?」

 

「あー、うん。さっきの爺様にも言ったが、ユウを呼んできてくれないか?ここでは守り神様と呼ばれてるみたいだが」

 

「守り神さんを呼んで、どうするつもりなの?」

 

「ふぁ・・・・・・どうするって、俺とあいつの仲だ。百年以上経ってるし、積もる話もある。まぁ、しかし」

 

欠伸をしつつ話していたハヤトは、不意にイニマに斬りかかった。すんでの所でかわした彼女に、変わらぬ調子で声をかける。

 

「あんた、俺の言うことを聞くつもりは無いだろ?だから、少しの間気絶させてもらうぞ」

 

何故避けられたのか分からない。それ程の、神がかりな斬撃。剣士として、あまりにも差があり過ぎる。声すら出せぬ極度の緊張と、死線に直面している恐怖。その二つを飲み込んで、イニマは吼えた。

 

「どこからでもかかってきなさい!!!」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

斬撃。見えない。だが、推測は出来る。上段の頭蓋を狙った一撃。次は左腋下。喉を狙った突き。目にも見えぬ速度で、続けざまの三連撃がイニマを襲う。

 

「うううぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」

 

絶叫と共に上段の一撃を右に避け、長剣が掠めた左腋下から血が滲む。喉への一撃は細剣で迎撃し、辛うじて軌道をずらした。首筋の皮膚が切れ、血が垂れる。しかし、彼女は依然、ハヤトと相対していた。

 

「・・・・・・こいつは。見事なもんだ、この時代にここまでの剣才と巡り合えるとは。弟子にしたいくらいだが、生憎そんな余裕は今無くてね。いや、勿体ないな」

 

のんびりとした口調でハヤトが呟く間、イニマは凄まじい消耗を感じていた。僅か数瞬だけで、数時間走り続けたかのように心臓が脈打っている。一手間違えれば、いや最善の手を打ち続けたとしても殺されるかもしれない絶望的な戦い。イニマは剣士だが、戦好きでは決して無い。戦いを愉しむ素養は、一切持ち合わせていなかった。高揚感も無いまま、死と向き合う心中はいかばかりか。

 

「そのままお話だけしててよ。私も、暇じゃないんだから」

 

「そうだなぁ、俺だってそうしたいよ。大人しくユウを連れてきてくれりゃあ、あんたを斬る必要も無い。だけど、その目だからな。流石の俺でも見抜けるさ。本当、ユウはいい隣人を持ったな」

 

しみじみとした口調の直後、ハヤトが踏み込んできた。いや、踏み込んできたのだろう。この男の動きは、イニマでは捉え切れない。脳内で培ってきた経験とも呼べぬ経験と、生まれ持った剣才、そして何よりも覚悟を頼りに細剣を振るった。

 

ギィンッ!

 

鈍い音。袈裟斬りを受け流そうとした瞬間、細剣がへし折れる。受け流し切れなかった斬撃を受けて、イニマの肩口から脇腹まで血が噴き出した。傷は浅い。まだ戦える。即座に腰のベルトから短剣を引き抜き、前に出た。虚を突かれた様子のハヤトが胸元への突きを繰り出してきたが、体を捻ってかわし浅く肉を裂かれるに留まる。不自然な体勢のまま、思い切りぶつかった。ハヤトの胸元へと、短剣を力づくで突き立てようとする。だが。

 

「度胸も、判断力も優れている。惜しいな、本当に」

 

まるで幼子を抱き留めるかのように、ハヤトはイニマ渾身の突撃を受け止めた。彼女の短剣を素手で握り、そのまま折り砕く。

 

「純粋な肉体の能力が足りていない。もう少し歳を重ねれば、あるいは・・・・・・いや、意味が無いな」

 

「このっ、離せ変態!!!」

 

「すまんすまん。まぁ、このまま眠ってもらおうか」

 

長剣を地面に落とし、ハヤトはイニマを抱き締める。ぎちぎちと彼女の体が悲鳴を上げ、圧迫された分の空気が口から無理やり押し出された。骨が軋み、ミシミシと音を立てる。声にならぬ声を漏らし暴れるも、イニマの力ではびくともしない。そのままイニマの意識は遠のいていき、

 

「イニマァっ!」

 

意識を失う直前に、聞き慣れた声が耳に届いた。オーギスの声。何かをハヤトに向けて投擲する。同時に、空中から急降下してきたチャロがハヤトへと矢を放った。矢尻の代わりに何かの袋が付いているそれは、ハヤトの足元に辺り粉塵をまき散らす。オーギスの投げたものも同様に、少し離れた場所に落ちて煙のようなものを散布した。眉を顰めたハヤトが、イニマを解放し飛び退く。

 

「・・・・・・いや。こりゃあ、一本取られたな」

 

咄嗟に自身の判断ミスを悟ったハヤト。もうもうと立ち込める粉塵は、ただの小麦粉だ。はったりに騙された己に苦笑を浮かべ、空を飛んでいるチャロとこちらに走ってきているオーギスを見やった。

 

「いいねぇ。楽しいよ。通り一遍の戦い方じゃないのが気に入った。それじゃあ、少し本気を出すかな。どうか死なないでくれよ、ユウに怒られる」

 

深い笑みを浮かべたハヤトの肌が、徐々に黒ずんでいく。額からは皮膚を突き破り、一本の角が生えてきた。雰囲気だけで周囲を圧倒する、隔絶した存在に成り果てる。チャロが矢を放つが、容易く迎撃されてしまった。矢は粉微塵にされ、跡形も無くなる。

 

「よし、それじゃあ・・・・・・」

 

ハヤトが踏み込む直前。割れ鐘のような声が、彼の耳に聞こえてきた。自身を呼ぶ、その声の主は。

 

「ハヤト。お前の望み通り、来てやったぞ」

 

背中から六本腕を生やした異形の男。ハヤトがユウと呼ぶ隠れ里の守り神が、そこに立っていた。




再びの襲撃と邂逅。今回は果たしてどうなるのでしょうか。
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