「よう、ユウ。先日振りだな」
「ハヤトよ。あの時の言葉、嘘だったのか?」
里の外れ、鍛冶場の近辺で二人が相対している。片方は長剣を拾い直し、額に生えた角を掻く男。ハヤトと言う名の、異形の旧い友人。もう片方は、ハヤトからユウと呼ばれている異形の怪物だ。
「いや、すまんな。こっちにも事情があるんだ。まぁ、誰も殺してないし許してくれよ」
「・・・・・・かつてのお前は、むやみに刀を振るうことは無かったはずだ。何が、お前をそこまで変えた」
「そりゃこっちの台詞だ。その姿に、声。絡まり合った馬鹿みたいな量の呪い。俺が死んだ後、何があったんだ」
長剣を鞘に収め、ハヤトは無防備に異形へと近付く。先ほどまでとは違い、隙だらけだ。異形が攻撃しないとたかを括っているのだろうか。
「言えぬ。他の者には話せぬ呪いだ」
「ってことは、呪った相手がいるんだよな?はぁ・・・・・・やっぱり、この世界はろくでもない」
溜め息を吐きながら、ハヤトは異形の目の前まで辿り着いた。顔を突き合わせ、二人は言葉を交わす。
「世界がどうこうは関係無い。俺が知りたいのは、お前がここまで堕ちた理由だ。何故、こんなことをしているんだ?どうやって、死から蘇った」
「そいつは、まぁあれだ。俺達がこの世界で生きる為の場所が欲しいんだよ。ユウは、上手いこと手に入れたみたいだが。こっちはそうもいかないからなぁ。覚えてないんだろ、最後の戦いのこと」
ハヤトの言葉に、異形はむっつりとした顔で頷いた。事実だ。彼は、最後の戦いの記憶を持っていない。呪いの影響か、あるいは別の理由か。どうやら、失った記憶の中にハヤトがこうなった原因があるらしい。
「いや、責めてはいないぞ。まぁ、そうだな・・・・・・俺が蘇ったのは、お前と同じで呪いをかけられたから、とでも言っておくか。あぁ、勘違いするなよ。俺は現状に納得している。操られたりしてるわけじゃないんだ」
「む・・・・・・ならば、何故殺戮をしている。お前の動きはこちらでも把握しているのだ。先日、『水禍』の腕を斬り落としたこともな」
「んんん?あー、あの魔術師のことか。彼も中々にやり手だった。是非、リベンジに来てほしいね」
飄々と言うハヤトは、遠巻きにこちらを見る三人の冒険者に目をやった。矢をつがえている鳥の亜人に、必死に思考を回している表情の男。先ほどまで戦っていた女は、朦朧とする意識の中それでもこちらを睨んできている。
「うん。ユウは隣人に恵まれているよな。そういう所は、昔から変わってないらしい」
「誤魔化すな。理由を話せ」
「理由、ねぇ。あの魔術師の片腕を斬ったことも知っているんだ、大方そっちの方も連絡を受けてるだろう?俺は、俺達の居場所を作りたい。それだけが、俺の望みだ」
「居場所、だと?」
居場所。確か、報告でも似たような内容があった。『水禍』との交戦の際、そのようなことを口にしていた、と。だが、異形には分からない。百年以上前、ハヤトには帰る場所があったはずだ。居場所が、あったはずだ。
「お前には、居場所があったはずだ。そのことは、忘れてはいないぞ」
「あぁ、あの村な。とっくに無くなってるよ、ちっぽけな内乱に巻き込まれて。50年くらい前だったか。知らなかったのか、ユウ?」
「・・・・・・80年近く前から、俺はこの里に住んでいる。外のことは、何も分からん」
「だったら仕方ないか。・・・・・・なぁ、ユウ。俺の話を聞いてくれるか」
いつになく真剣な表情を浮かべ、ハヤトは真正面から異形を見据える。その、射貫くような視線だけは、あの頃とちっとも変わっていなかった。
「う、む。話してみろ」
「ありがとう。俺はさ、居場所が欲しいんだよ。この世界で、俺を肯定して受け入れてくれる場所が欲しいんだ。だけど、そう上手い話は転がってない。だったら自分で作るしかないだろ?王国でも共和国でもない、自分たちの国を」
「国だと?ハヤト、お前まさか」
「あぁ。俺は、国を作る。今やっていることは、全てがその為だよ。王国と共和国の戦力を削りながら、俺の国の民を作る。イカした考えだろ?」
「待て、だとしたら昇魂薬というのは・・・・・・!」
血相を変え、鼻が触れ合わんばかりに顔を近付ける異形。ハヤトの表情は一切変わらず、晴れやかに言葉を続ける。
「国民を作る為だ。だって、ただの人間の国じゃ駄目だからな。リグのお陰で、ようやく形になった。人間よりも強靭で、知性を失わない人型の魔物。すなわち魔人。うん、俺の居場所には丁度いい」
狂っている。異形は、表面上は平静そのものなハヤトを睨みつつもそう思った。彼が話していることは、到底まともではない。
「何故だ。何故昇魂薬を使う必要がある。何故、魔人を生み出す必要があるのだ」
「だって、この世界の人間どもは俺達を受け入れないだろ?そのことはユウだってよく知ってるはずだ。まぁ、ここは例外かもしれないけどさ。隠れ里・・・・・・うん、いい居場所を見つけたよ、お前は」
「何を、言っている。忘れたのか、俺達はあの時確かに・・・・・・!」
「お前こそ忘れたのか、ユウ。俺達を裏切ったのは、他ならぬ国王だぞ。農民やらが俺達を助けようとした所で、権力には敵わない。だから俺は、国を作って王になることにした。何も変な話じゃない。昇魂薬で人間を魔人にするのはな、今度は絶対に裏切らせない為だ」
二人にしか通じない、過去を交えた会話。ただ、一つだけ分かっていることがある。ハヤトは、どうしようもなく狂っていた。
「安心しろよ、別にこの世界を支配しようってんじゃない。ただ、領土と兵力を両国から削り取るだけだ。本当なら、王国と共和国には派手にぶつかってほしいんだけどな。そっちは中々上手くいってない」
「おい、ハヤト、正気に戻れ!そのようなことをすれば、夥しい数の命が失われる!ただでさえ、お前がやっていることで」
「相変わらず優しいな、ユウは」
異形の言葉を遮るように、冷たさを感じる声色でハヤトが告げる。
「俺達の命を都合よく使ったのは誰だ?この世界の人間達だろう?なら、俺はされたことを返すだけだ。都合よく、使い潰してやる」
抜き身の憎しみが異形の心を貫いた。昔からは考えられない、ハヤトの言葉。それは、どうしようもなく悲しく、しかし納得出来るものだった。
「・・・・・・そうか。ハヤト、お前は奴らを恨んでいるんだな」
「当たり前だ。だから、分かってくれユウ。国を作り、魔人を民とする。圧倒的な力を以て、建国を強制的に認めさせる。そこまでいけばもう安心だ。王国にも、共和国にも、決して手は出させない。俺の国の力が突出していれば、両国も争いようが無い。永い平和が手に入るんだ」
噛み締めるような言葉。だが、異形は首を横に振る。思うがままに、口を開いた。
「絵空事だ。聡明なハヤトなら、本当は分かっているだろうに。そのようなこと、出来るわけがないと」
「ははは。やってみなくちゃ分からない。元々一度死んだ身だ。二度目の人生くらい、好き勝手生きたいんだよ。いや、正確には三度目になるのか?まぁ、どっちでもいいか」
「・・・・・・ハヤトよ。一つ、聞かせろ。お前は居場所を作る為、国を作る為に動いていると言っているが。別の目的があるんじゃないのか?」
くつくつと笑うハヤトに、異形は視線を逸らさずに問いかける。脳裏によぎったのは、先日『鏡像』がミーを解析した時の言葉。
『ミーが人と会話出来る感性を持ちつつ魔物化したのは、死から蘇ったからに他ならないんだよ。そうとしか分析出来ない。そして、発展の方向性も読めた。死者を蘇らせた上で、記憶や意識を生前の頃と同じままにする。魔物化はあくまで副作用でしかないんだ。あいつらの目的は、死者の魂を完璧な状態で呼び戻すこと。それで何を起こそうというのかは、まだ分からないけど』
昇魂薬の真の効果が、『鏡像』が解析した通りだとしたら。今までのハヤトが語った目的とは、ズレが生じてしまう。そこを、確かめなければいけない。
「別の目的?あぁ、そういうことか。そっちも、確かに大事だからな」
「聞かせろ。この期に及んで、何を隠している」
「隠していないさ。俺はただ、あいつらを蘇らせたいだけだよ。本当ならユウも入ってたんだけど、まさか今も生きてるとは思わなかった。手間が省けたな」
何でもないように言うハヤトは、しかし僅かな動揺が滲み出ていた。目的に気付かれたからか、なんらかの嘘をついているからか。異形が更に訊ねようとしたところで、ハヤトは空を見上げ呟く。
「まぁ、いいさ。久しぶりに話が出来て楽しかったよ、ユウ。本当は、生身のお前をこちらに引き付けておきたかったんだけど・・・・・・仕方ないな、うん」
「勝手に話を終わらせるな。聞きたいことはまだっぐ!?」
言いかけた異形の胴体を、いつの間にか引き抜かれていた長剣が一閃した。腰の辺りから分かれ、それぞれの肉体が地面に落ちる。パリン。状況にそぐわない音が響き、異形の下半身が光の粒子となって消えていった。
「最初から分かってたぜ、魔力の匂いがぷんぷんするんだもんな。湖近くに本体がいるってことだろ、これは」
見抜かれていた。そう、今の異形は『鏡像』の魔術により、幻影に意識を飛ばした存在だ。ラオ要塞攻略時、グロムに行使されたものと同じ。いざという時の為、前もって用意していた策の一つだったが・・・・・・。
「ハヤトっ・・・・・・!!」
「戦力の一部を誘引出来なかった以上、ごり押しするしかないか。それじゃあな、ユウ。つっても、すぐ会うことになるだろうけど」
異形は手を伸ばすが、ハヤトには届かない。指先から光の粒子となって消えていってしまう。そして、ハヤトは大地を蹴る凄まじい音と共に姿を消した。恐らくは、湖の方面に向かったのだろう。
「守り神さん!」
オーギス達が駆け寄ってくる。異形は消滅しながらも、なんとか口を開いた。
「グロムに伝えろ、湖への襲撃が来ると。俺は、今から迎撃を・・・・・・」
最後まで言い切ること無く、異形の幻影は完全に消え去ってしまう。意識は元の体へと引き戻され、湖付近へと戻っていった。
「にーちゃん、上手く出来たのかな?ボクも久しぶりにユウに会いたかったんだけどなぁ。しょうがないけどさー」
森の中を、艶めかしい服装の美女が歩いている。周囲には、人型の魔物が隊列を組んでいた。金属製の鎧で全身を包み、槍や鉾、斧槍といった長く重い武器を手にしている。背には長方形の盾を背負い、人の身では耐えられない程の重武装だ。おおよそ、100人近くはいるように見える。誰もが戦意に満ち溢れ、狂猛な雰囲気を漂わせていた。
「まぁいっか。これだけいれば問題無いだろうし、何より大事なのは被検体の確保だ。ワタシとしては、もう少しだけ用意を整えたかったけど。拙速が優先されることもある、か。まぁ、きっとどうにかなるでしょ。出発進行!」
口調や雰囲気をコロコロと変えながら、彼女・・・・・・『暗礁』の魔術師は鎌にも見える杖を大きく振り上げた。それを合図に、整然と隊列が動き始める。その行軍からは、高い練度が見て取れた。正規軍の如き規律を以てして、人型の魔物・・・・・・魔人の軍勢が進んでいく。標的は、一度取り逃がした被検体。それが棲み着いているとされる、湖だ。
本格的な戦いが始まります。