TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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魔人進軍

ずんずんと、鬱蒼と茂った森の中を魔人達が進んでいく。邪魔な蔦や枝葉を大振りのナイフで切り払い、あるいは素手でへし折って。いつの間にか隊列は分裂し、複数の部隊に分かれていた。そのどれもが、一糸乱れぬ動きで行軍している。

 

既に、相手の結界内に入っている。とっくに補足されているだろう。だというのに迎撃されないのは、相手に戦力が足りないからか。もしくは、なんらかの策を講じているのか。『暗礁』は無邪気な笑みのまま、彼らを指揮し口ずさむ。

 

「灰色の鳥は 山を目指し飛ぶ 冷たい風をその身に受けて てっぺん目指して飛んでいく」

 

それは、王国に伝わる歌の一つだ。一羽の鳥が、大陸で一番高い山の頂上を目指す内容の、古くから歌われている民謡。

 

「やれや飛べ それや飛べ 虹の頂きに辿り着くまで」

 

まるで友達と合唱しているかのように、『暗礁』は楽しそうに歌っている。澄んだ、美しい声が森の中に響き渡り、どこまでも広がっていった。

 

「赤色の鹿が 鳥に問いかける 大きな角を左右に振って 灰色の鳥に問いかける」

 

やがて、魔人の兵士達が何かを察知し立ち止まる。空から、光の槍が『暗礁』目掛けて降り注いだ。しかし、『暗礁』が杖を一振りすると闇が周囲を包み、光の槍を飲み込んでいく。捕食のような異様な光景の中、調子の変わらぬ声で歌が続く。

 

「やれや言え それや言え 虹の景色がこの目で見たいと」

 

闇が晴れた後、そこには傷一つ無い『暗礁』が嬉しそうに嘲笑っていた。無邪気なまま、邪悪な気配が噴き出している。再び杖を振るうと、今度は数百本の闇の槍が形成され、意趣返しとばかりに次々と射出されていった。

 

「青色の蛇が 鳥に問いかける 長い体をぐるりと巻いて 灰色の鳥に問いかける」

 

さらに、複数に分かれた魔人の部隊が一気に距離を詰めていく。数十分もあれば湖のある場所まで辿り着けるだろう。ここまでは、全くもって順調だ。

 

「やれや言え それや言え 友との約束を果たしたいと」

 

頬が紅潮し、興奮している様子の『暗礁』はさらに続きを歌い上げようとした。が、途中で口をつぐむ。遠くから向かってくる、風切り音に気付いたからだ。

 

ドォン!

 

凄まじい落下音。近くに着弾したのは、彼女がにーちゃんと慕うハヤトだ。頭を掻きながら、『暗礁』の元に姿を現す。

 

「いや、すまんリグ。ユウを上手く引き離すことは出来なかった。こりゃ、強襲になるな」

 

「あ、にーちゃんだ!そんなのいいって!ボク、にーちゃんと一緒に戦うのは初めてだからさ!昔は全然、戦えなかったから」

 

「おー。そう言えばそうだな。で、どうする?今回の指揮官はお前だ。俺は、リグに従うぜ」

 

「え、いいの?だったら、うーん・・・・・・」

 

顎に手を当てて考え込む『暗礁』。数十秒して、何かを思いついたのか満面の笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「よーし、だったらにーちゃんは一旦待機!まずはボクの魔術と兵士達の飽和攻撃で、相手の戦力を無効化しよう!」

 

「ん・・・・・・了解。だけど、いいのか?お前が本気でやったら、俺の出番は無くなるぞ」

 

「大丈夫!ちゃんと消耗させた後ににーちゃんに突っ込んでもらうから!被検体以外は皆殺しにしていいからね」

 

「はいよ。じゃあ、それまではリグの護衛と洒落込もうか。まぁ、反撃する余裕は無さそうだが」

 

「ふっふっふー、にーちゃんは心配性だなぁ。余裕だって!じゃあ、がんがんいっくぞぉ!」

 

嬉しそうに『暗礁』が杖を振り、再び闇の槍が数百本現れる。それを湖に向けて飛ばしながら、彼女は端正な顔立ちを無邪気に歪めた。

 

「外で遊ぶのも久しぶりだし、にーちゃんも一緒にいる!楽しいなぁ、被検体が逃げ出してくれてよかったよ!」

 

 

 

 

 

 

「ん、ぐぅ・・・・・・!」

 

複数の炸裂音が鳴り響いている中、異形は飛び起きた。すぐさま周囲を確認すると、『鏡像』がここ数日で設置した防御用の障壁が、降り注ぐ魔力の槍によって削り取られているのが見える。湖全体を覆うドーム状の障壁は、実に二十重。しかし、既に二枚は砕け散り残り18枚となっているようだ。

 

「戻ってきたかい、飛び筒使い!悪いが既に鉄火場だ、さっさと準備を整えてくれ!魔道具は背嚢に詰めてある!」

 

「分かっている!」

 

『鏡像』は巨大な魔法陣の中心で、杖を構え魔力を流し続けていた。次々に魔石が砕け散り、彼女の額に汗が滲み頬を伝って零れていく。先制攻撃は失敗し、反撃は数倍以上の規模だ。さらには、魔物と思われる複数の部隊が迅速に湖へと迫ってきている。いくら前もって備えていたとはいえ、一人ではどうしようもない。

 

「迎撃に出る!ミーを頼むぞ、『鏡像』!」

 

「あぁ、任せな!地上の部隊はそっちに丸投げだ、一匹たりとも逃さないでくれ!」

 

大きく頷き、異形は四本の飛び筒と背嚢を背負い駆けだした。視界の隅に、湖の中からこちらを見つめるミーが映る。彼女は不安そうな表情で、しかし諦観が滲んでいるのが見て取れた。

 

「ミー!『鏡像』は迎撃で手一杯だ、何かあったら彼女を守ってやってくれ!」

 

「エ、ア、エェト・・・・・・ウン、分カッタ」

 

ミーは自分を守らなくていいと言った。それは、異形や『鏡像』に危害が及ばない為だろう。だからこそ、『鏡像』を守るように激励した。何よりもまず、ミー自身が立ち向かう意志を見せなければ守り切るのは難しい。彼女の想いを利用してでも、異形はこの窮地を乗り越えようとしていた。

 

「頼んだぞ、ミー!しばらくしたら戻る!」

 

そう言い残し、異形は森の中へと入っていく。血液が全身に駆け巡り、五感が研ぎ澄まされる。この先は、死地だ。異形の直感が、そう告げていた。

 

 

 

 

「お願いします、行かせてください!」

 

「馬鹿言え、傷が塞がってもいないんだぞ!今度こそ死んでもいいのか!?」

 

隠れ里の外れ。既に羊人達が避難し閑散としている場所で、イニマはオーギスに怒鳴りつけられていた。

 

「でも、守り神さん達を助けに行かないと!相手は一度退いたんです、もう一度里を襲う可能性は少ないでしょ!?」

 

「知った口を聞くな!そうやって油断させて、もう一度こっちに来るかもしれない!そもそもお前は絶対安静だイニマ!動くのは私が許さん!」

 

衣服を脱ぎ捨てたイニマに、オーギスが包帯をキツく巻いている。外傷用のポーションを振りかけた為命に別状は無いが、傷口は未だ塞がっていない。血も、じわじわとだが滲んでいる。さらには、ハヤトに抱き締められた際に肋骨にヒビが入った可能性も高い。この状態で戦わせることは、オーギスは絶対に認められなかった。

 

「いいか、これはリーダー命令だ!安静にしていろ!絶対に戦おうとするんじゃない!」

 

いつになく声を荒げるオーギスに、イニマはそれ以上言い返せない。彼の言葉はあまりにも正論で、今の自分では足手まといにしかならないと悟ってしまったからだ。

 

「・・・・・・う、うーっ・・・・・・!ごめんなさい、リーダー・・・・・・私、私が弱いせいで」

 

「んなこたぁ無い。あの化け物野郎に立派に立ち向かったじゃないか。だから、今は休め。後は私とチャロに任せろ」

 

イニマはぽろぽろと涙を零し、包帯に染みが出来る。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、オーギスは安心させようと笑みを浮かべた。強張ってしまっているそれは、しかし彼の気遣いを表すものだった。

 

「ぐすっ・・・・・・はい、分かりました。後は、お願いします」

 

「よぅし、任せときな。とりあえず一旦家の中に、っと」

 

応急処置を終え、イニマを担いで運ぼうとした所で、オーギスは空を見上げる。聞き慣れた、鳥が羽ばたくような音。そこにはチャロと、彼に抱えられる形で二人の少女が降りてきていた。グロムとミュリアだ。

 

「イニマさん、大丈夫ですか!?」

 

地面に降り立った途端、ミュリアはイニマに駆け寄った。今にも泣き出しそうな顔付きで、イニマの手を取る。

 

「うん、へーきへーき。ちょっとしたかすり傷だからさ。うへへ、ミュリアちゃんの手だぁ」

 

さっきまでの涙を引っ込めて、イニマがだらしない表情でミュリアの手をにぎにぎする。本心であるが、同時にミュリアに対する気遣いでもあった。オーギスが彼女にしたように、イニマもミュリアに心配をかけまいとしている。その様子を横目で見つつ、グロムはオーギスに訊ねた。

 

「羊人達は、予定通り洞窟に隠れてもらってる。とりあえず、村で防衛する者と洞窟の羊人を守る者に分けようや。最悪村は放棄することになるかもしれんが・・・・・・」

 

「いや、僕は村に残るよ。迎撃用の飛び筒もあるし、先んじて痛撃を与えれば羊人達が助かる可能性も高くなる。最悪、僕は飛んで逃げられるから。だから、村の防衛は僕一人がいいと思う」

 

「いや、そいつは危険過ぎるぞチャロ。せめてもう一人は」

 

「その一人を守りながら撤退する自信が、僕には無い。だから、僕一人でやる」

 

オーギスの言葉を遮り、チャロは言い切る。目には、強い意志の光が宿っていた。

 

「無理はしない。カロロ様がいない現状、空を飛んで移動出来るのは僕だけだ。だから、死ぬ気は無いよ」

 

「・・・・・・分かった。なら、チャロに任せよう。俺達は洞窟に退避して、向かってくる相手がいたら迎撃。オーギス、頼むぜ」

 

「む、ぐぅ・・・・・・チャロ、無事で戻って来いよ!」

 

「うん。そっちこそ、無理しないでよリーダー」

 

そう言い残し、翼を広げたチャロが飛び立つ。見張り台に向かったのだろう。残された者達は、言葉通り洞窟へと退避し始めた。

 

 

 

 

 

魔人の兵士達は、素早い動きで森の中を進んでいた。相互に連携し、周囲への警戒を怠らない。枝葉を斬り払いつつ、どんどん湖へと近付いていく。

 

「待て。誰かが向かってきているぞ」

 

隊長格である魔人が、周囲の魔人たちに告げた。200歩以上先、確かにこちらに近付いてくる気配がある。音を立てなよう慎重に進んでいるようだが、五感が鋭敏な魔人には筒抜けだった。

 

「迎撃準備。敵の一部は飛び筒という魔道具を使うらしい。遠距離攻撃に注意せよ」

 

隊長が命令し、部下の兵士は迅速に動く。背中の大盾を構えて陣形を整え、壁のようになって進んでいった。木々が邪魔になるはずが、巧みに隊列を変え陣形を崩さずに前進していく。並の練度ではない。と、

 

ドォン!

 

遠くから雷鳴のような音が響き、最前列の兵士の一体が呻き声を上げて倒れた。耐魔鉱で作られた盾と鎧に穴が空き、腰のあたりから血が噴き出している。兵士達の間に動揺が走るが、士気に関わる前に隊長が一喝した。

 

「怖気づくな!盾を放棄!突撃隊形に移行しろ!」

 

たった一撃。飛び筒による狙撃一回だけで、隊長は盾や鎧で相手の攻撃を防げないことに気付いた。防御を捨ててでも距離を詰めなければならないと即時に判断する。歴戦の統率者の如き鋭さで、魔人の隊長は魔人の兵士を指揮していった。十数人の兵士が盾を投げ捨て、轟音がなった方向へと突撃する。

 

「むぅっ・・・・・・!」

 

そして、200歩以上離れてながら奇跡的に狙撃を成功させた異形は、唸りながら飛び筒に次弾を装填した。同時に、背中の六本腕を操り射撃体勢を整える。背中の腕では精度が低く、長距離の狙撃は難しい。それでも、異形は三本の飛び筒を同時に放った。発射音が鳴り響き、鉛玉が魔人達へと飛んでいく。

 

「ぐわぁっ!?」

 

着弾。命中したのは一発のみ、しかも腕だったので命を奪うまでは至っていない。構わず前進してくる隊列に、異形はあえてこちらから距離を詰めることを選択した。このまま牽制射撃をしていても、相手に致命傷を与えることは出来ない。ただでさえ、他の部隊は迂回しつつ湖へと迫っているのだ。時間が無い。ミーを守る為には、賭けに出るしかないと直感していた。

 

あっという間に距離が詰まり、互いの姿を認識出来るまでになる。異形は装填が終わった飛び筒を放ち、魔人の兵士が二人倒れた。それでも突撃は止まらない。次弾を装填する間に肉薄され、囲まれてしまう。

 

「突き殺せ!気を抜くな、何をしてくるか分からんぞ!」

 

隊長の命令に、兵士達はそれぞれの武器を構えた。長柄のそれを異形に向け、蛮声と共に十数人の兵士が同時に突きかかる。異形が地面に伏せて突きをかわした瞬間、彼らを凄まじい閃光が包んだ。

 

「なぁっ!!?」

 

異形が伏せる直前に宙に放っていた、水晶玉が輝いている。周囲の兵士達は目を焼かれ、視界を奪われてしまった。それは、やや距離を取って戦況を把握していた隊長も例外ではない。水晶玉が砕け散る音を最後に閃光は止んだが、魔人達の殆どは一時的に視力を失っていた。そして、その機を異形が逃すはずも無い。

 

「慌てるな!耳を澄ませ、相手の動きを捉えっごぼっ・・・・・・!?」

 

隊長の声が濁り、水っぽい音が混じった。首の横が抉れている。如何に鎧を着込もうとも防げない、隙間を縫うような一撃。伏せた状態のまま、異形は飛び筒を発射していた。同時に、背中の飛び筒で後方へ射撃、兵士が倒れ込んだ隙間を縫って離脱する。視力が戻り始めた魔人の兵士達は、しかし指揮する者を失ったことで動きに精彩を欠いていた。

 

「人の軍隊と同じ、か」

 

呟き、異形は装填の終わった飛び筒から順に撃ち続ける。半数程を殺した辺りで、彼らは撤退していった。もはや、部隊としては機能しないだろう。当面の危険にはならない。ならば、次にかからなければ。異形は結界から伝わってくる情報を頼りに、最も湖に近付いている別部隊を捕捉する。

 

「そこか・・・・・・!」

 

その部隊を迎撃する為に疾駆しながら、ふと異形は考える。確かに魔人の兵士は精強だが、思っていたよりは厄介では無い。もっと、桁違いの再生力や魔術的な異能を有していると想定していた。だが、やってきたことはごく一般的な軍事行動だ。練度と実力は十分でも、おぞましさは感じない。何故だろうか。

 

しかし、今の異形にはそれ以上の思考をする余裕は無かった。敵部隊が近い。襲撃する手筈を整えて、異形は両手で飛び筒を構える。結界による捕捉を頼りに、再び引き金を引いた。




地獄の防衛戦の幕明けだぁ!
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