里長への報告は、思っていたよりもスムーズに進んだ。
「なんと・・・・・・今まで守り神様に頼り続けでしたが、まさかそのようなことが」
「いえ、元々は敗北した共和国軍の兵士が、少数とはいえ森の奥まで来てしまったことが原因でしょう。まぁ、俺もその一人なわけですが」
「いやいや、グロム殿に責はありませんぞ。捕まれば殺されるらしいではないですか。なんとも恐ろしい話ですが、それは追ってきた者が悪いですじゃ」
悩ましげに顔のしわを深めながら、里長は言う。
「・・・・・・ありがとうございます。さて、隠れ里の場所が露見してしまえば面倒なことになります。王国は亜人を魔物だと認識していますから。ついては、共和国に使いの者を送り、庇護下に置いてもらうのが得策かと」
「むむむ・・・・・・。しかし・・・・・・」
随分と悩んでいるようだ。確かに、彼らは外の世界の事情を知らない。俺が言っていることも、まるで夢物語のような話に聞こえているのだろう。本当は彼らにはそのままでいてほしい。だが、状況がそれを許さないのだ。全く、己の無力が嫌になる。
「ま、難しく考える必要はありませんや。友好的な隣人が増える、とでも思ってもらえれば」
詭弁を弄し、里長の不安を少しでも和らげようとする。心労で倒れられたら大変だし、俺に騙されていたという形の方が後々彼の命を救うかもしれない。それに、責任の所在はこっち持ちの方が俺も気が楽だ。
すぐに決断するのは難しいだろう。俺は考えが纏まったら呼んでくださいと言い残し、一礼して立ち去った。
「ふぅ・・・・・・」
扉を閉じ、溜め息を一つ吐く。傭兵の処世術程度で現状を切り抜けるのは不可能だ。仮に里から使いを出せるとしても、共和国に見捨てられる可能性だってある。だからといって、俺にはこれ以上の案は思いつかなかった。と、里長の家の外で待っていたミュリアちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫ですか、グロムさん?今、とても疲れた顔をしていました」
「あぁ、まぁちょいと疲れたかもな。さ、帰って寝ようや」
軽く背中を叩き、ミュリアちゃんを促す。すると、彼女は何を勘違いしたのか膝を折り、背中を見せてきた。んんん?これは・・・・・・。
「えーっと、ミュリアちゃん?」
「お疲れみたいですし、おんぶしていきますよ。さぁ、どうぞ!」
・・・・・・どうにも、ミュリアちゃんは俺を見た目相応に扱う癖があるようだ。断ろうとしたが、キラキラと輝く瞳を見たら何も言えない。大人しく、彼女の背中へと体を預ける。
「重くないかい?」
「平気です!私、こう見えて力持ちなんですよ。グロムさんはとっても軽いので、全然大丈夫!」
それはそれで複雑な気持ちになるな。結構な歳まで生きて身体能力は下がっていくばかりだったが、筋力だけは可能な限り落とさなかったのが密かな誇りだったのだ。いや、よそう。ミュリアちゃんが嬉しそうだしそれでいいや、もう。
男としての尊厳をどこかに放り投げ、俺はミュリアちゃんにおぶられて夜の里を進んでいく。さっきの水浴びの時も感じたが、酷く心地いい。もこもこの髪の毛が毛布のように俺を包み、暖かな感触が俺の心労を解きほぐしていく。
・・・・・・いかん。眠い。こりゃ駄目だ、家に着く前に眠ってしまう。俺はミュリアちゃんに降ろすよう声をかけようとするが、どうにも億劫だ。見た目に引っ張られて心まで幼子になったつもりは、無いんだが・・・・・・。
すぅすぅという穏やかな寝息が、背中から聞こえてくる。よっぽど疲れていたんだろう、グロムさんは寝ちゃったみたいだ。
「ふふ」
グロムさんが大人の人間さんだというのは分かっているけど、こうしてると妹が出来たみたいだ。とっても可愛くて、気配り上手な優しい妹。同族化の時、どうして年齢や性別が変わったのかは今も分からない。里長や両親も首を捻っていたんだから、私に分かるわけも無い。
でも、結局は私のわがままだ。助けようとしてくれた人が、目の前で死ぬのが嫌だった私のわがまま。意識を失っているグロムさんに、無理やり同族化の秘術をかけたのだ。里長や両親、里の皆を騙してまで。
グロムさんは、私を恨んだりしてないだろうか?私を襲った兵士?の人間さんは言っていた。私達亜人は魔物で、人として扱われていないんだって。じゃあ、亜人になってしまったグロムさんは、今の状況が嫌じゃないんだろうか。私は頭が良くないから、グロムさんの気持ちが全然分からない。せめて、少しでも頼ってくれればいいんだけど。
「んぅ・・・・・・」
もぞもぞと、グロムさんが微かに動く。守ってあげたい、そんな思いが私の胸にずっとある。グロムさんにとっては迷惑かもしれない。でも、私はグロムさんのことが好きになっていた。愛とか恋とかはまだ知らないけど、好きって思いは知っている。ずっと一緒にいたいし、幸せになってほしい。不幸な目に、遭ってほしくない。出会って数週間しか経っていないけど、私は強く強くそう思っていた。
「グロムさん。私、頑張るから。だから、一人で抱え込まないで」
月と星々が煌めく夜空に、私は自分勝手な祈りを捧げる。どうか、グロムさんが幸福でありますように。
翌日。ぐっすりと快眠した俺は、ミュリアちゃんの腕の中で目を覚ました。こうやって抱き枕にされるのが日課になりつつあり、俺も慣れてしまっている。まぁ、実際の年は親子以上に離れてるからな。変な気分になることも無い。
さて。昨日は色々あったが、それが嘘のように今日は穏やかな日だった。変化の乏しい、平穏な日常。俺は日々の仕事(薪運びや畑仕事の手伝いなど)をこなしつつ、里長に呼び出されるのを待っていた。重大な決断には時間がかかるもの、後三日くらいは何も言わずに待つつもりだ。それまでに、何かしら天啓が降ってくるかもしれないしな。
そして、二日が経過した。相も変わらず隠れ里は平和そのもので、危機が迫っていることを忘れてしまいそうになる。その間も、隠れ里を守る為の抜け道が無いかと思考を巡らせていたが、そう簡単に妙案が浮かぶはずも無く。袋小路に追い詰められているような感覚に耐えかねて、俺は名無し殿の小屋を訪ねた。
「なんの、用だ」
「いや、用って程のもんじゃないんだがね・・・・・・そうだ、名無し殿に聞きたいことがあったんだ。斥候隊の場所と人数を察知したのは、一体どういう絡繰りだい?」
弱音を吐くわけにもいかず、気になっていたことを聞いてお茶を濁す。名無し殿は魔石を粉状にすり潰す作業を中断し、こちらをじっと見つめてきた。
「・・・・・・」
「おや、どうしたんですかい名無し殿。俺の顔に何か付いてます?」
「いや。感知の、仕組みは、単純だ。隠れ里、周辺。網を、張っている」
何かを察したような様子で、しかし説明をしてくれる名無し殿。
「網を?」
「魔力の、網だ。大地に、染み込ませ、作る。魔法陣と、言った方が、いいか?」
魔法陣。うろ覚えだが、魔術行使の際に威力や効果を上乗せするために使われる、んだったか?しかし、それを感知の為に使うとは聞いたことが無い。
「成程ねぇ。生憎、浅学の身だからよく分からんが。大抵の奴らなら、里に近付いてくれば見つけられるってことでいいか?」
頷いた名無し殿は、相変わらず千切って捨てるような口調で補足した。
「地を、歩く者。それだけだ。空を、飛ぶ者。木々を、渡り歩く、者。そいつらは、感知出来ん」
ふむ。万能では無いようだが、それでも随分便利だ。何せ、こちらは斥候や歩哨に割ける戦力が無いに等しい。名無し殿に頼り切りなのはちと不安だけど、そこはしょうがない、か。
「十分なもんだ。あんたがいなきゃ、里はとっくに見つかってただろうな」
「偶然だ。実際、危機が、迫っている。策は、どうだ?」
ぎょろりとした目で睨んでくる名無し殿。
「脅かさないでくれよ。今の所、里長からの返事は無し。迷ってるんだろうなぁ。と、そうだ。名無し殿にお願いしたいことがあったんだった」
「なんだ?」
「いや、簡単なことさ。飛び筒の使い方、教えてくれないか?」
俺の言葉に、ただでさえ大きい目がさらに見開かれた。いや、だから怖いんだって。
「俺、こんな体になっちまっただろ?見た目よりは力があるが、武器を振り回せる程じゃない。いざという時に戦えるようにはなっときたくてね」
「・・・・・・それで、飛び筒を?」
「うむ。確か、魔術の才能が無い奴でも扱えるんだろう?小さい飛び筒なら今の俺でもどうにか扱えるだろうし、懐にも隠し持てる。無理にとは言えんが、どうだい?」
実際、聞く限りでは今の俺の武器としてうってつけだ。飛び筒にも色々あるみたいだが、一番小さいので大根を一回り小さくした程度。重さは釘打ち用の金づちくらいだろう。それなら、幼子同然の俺でもギリギリ扱える、はずだ。
「・・・・・・むぅ」
名無し殿は唸り声を上げながら、考え込む仕草をしていた。そりゃそうだ、飛び筒は彼の特権であり、生命線でもある。頼まれたくらいではいそうですかと言える程、簡単な話じゃ、
「いいぞ。これを、やる」
ひょいっと、想像してなかった気軽さで飛び筒を差し出される。
「おっと。いいのかい、名無し殿?自分で言うのもなんだが、厚かましい頼みなのに」
「構わん。お前が、戦えるなら、里を、守れる。可能性は、高まるだろう」
・・・・・・どうやら、随分と過大評価されているようだ。飛び筒を貰えたから好都合ではあるが、なんとも後ろめたい。
「俺はそんな大したもんじゃないさ。死に損ないの元傭兵で、今は羊人の娘っ子。すれた生き方をしてきたから、多少悪知恵が働くだけだよ」
「知らん。価値は、こちらが決める」
すげなく返され、戸惑う俺。名無し殿にそこまで評価されるようなことをした覚えは無いんだが・・・・・・まぁいい。飛び筒を受け取ると、半分ほど金属で出来ているからかずしりと重かった。いくら最も小さい飛び筒と言っても、幼い手にはちと余るようだ。
「使い方、教える。暴発の危険、高い。よく、聞け」
魔石の粉末が入った小袋と小さな鉄球を並べながら、名無し殿が説明を始める。俺は一言一句逃さず頭に叩き込み、少しずつ方法と原理を理解するのだった。
飛び筒には直接魔力を流して魔石を燃焼させるものと、フリントロック式みたいに魔石を弾いて魔力の火花を起こして燃焼させるものの二種類があります。両方とも作者の趣味です。