洞窟の内部。羊人達が押し込められたそこには、不安と怯えが渦巻いていた。
「・・・・・・うぅむ」
微かに唸って、俺は軽く懐の飛び筒をさする。実際、羊人達はよく耐えてくれている。こんな状況だというのに、パニック一つ起こしていないのだ。それだけ、俺達を信じてくれているんだろう。
「守り神様達、大丈夫かな」
俺の横で呟くミュリアちゃんの顔にも、不安が張り付いている。ぐっと拳を握り、己の内から湧き上がる感情を堪えているようだ。
「きっと大丈夫さ。手練手管、準備していたからな。信じて待とう、ミュリアちゃん」
「はい・・・・・・」
正直、忸怩たる思いだ。この体になってから散々味わってきたが、戦うべき時に戦えないのは辛くて仕方が無い。だからといって、今の俺が前線に向かっても戦えるどころか足手まといだ。いくら飛び筒に習熟していたとしても、体力も無ければ腕力も無い。一度接近されればそれで終わり、そんな奴が戦場に立っても邪魔になるだけだ。
だから。俺は、ここで旦那達の生還を願うしかない。下手に動くのが悪手な以上、それ以外に出来ることが無いのだ。無力感を噛み締めながら、ちらりと洞窟の入り口に目を向ける。やや離れているそこには、剣を引き抜いたオーギスが警戒にあたっていた。内心では思うこともあるだろうに、羊人達を不安がらせないよう表情に出していないのは、流石に経験豊富な冒険者だ。
そして、ミュリアちゃんの横ではイニマが眠っている。傷口はそこまで深くないものの、精神的な消耗が大きかったと見える。あの化け物みたいな奴と相対していたんだ、当然か。・・・・・・つくづく、辛いな。
「ちょっと、オーギスと話をしてくる。里の皆も辛いだろうし、そっちは任せたぜミュリアちゃん」
「わ、分かりました。それじゃあ、えっと。我慢出来なさそうな人がいたら、安心出来るようにお話をしてみますね」
「うん、頼んだ」
ミュリアちゃんの肩をぽんぽんと叩き、俺は立ち上がった。今の彼女には、じっとしているよりも何かしていた方が楽だろう。そう思った俺は、彼女に羊人達を任せてオーギスの所へと向かう。
「よう、オーギス。調子はどうだい」
「いまんとこは、何も。時折り、遠くから微かに音が聞こえる程度です」
遠くの方に視線を向けるオーギスにつられて、俺も同じ方向を見る。異形の旦那に『鏡像』殿は、今も激戦の最中にいるはずだ。ミーを、守る為に。
「歯痒いねぇ。他人任せはするもんじゃないな、やっぱり」
「グロムさんは十分に働いてるでしょうが。気に病む必要は無いですって」
「はは、適材適所ってのは分かっちゃいるがね。かつては戦場に身を置いていた者として、自分では無く他人に血を流してもらうのは収まりが悪いんだよ。これなら、敵と切り結んで痛い目に遭う方がマシだってな」
・・・・・・いかん、いかんな。こりゃあ弱音だ、愚痴だ。存外、俺も参っているらしい。ミュリアちゃんから離れたと思ったらすぐこれだ。女々しいねぇ、どうにも。
「・・・・・・気持ちは分かりますよ、私もまぁ、イニマやチャロに比べたら一段落ちる実力なんでね。偉そうに命令して、仲間が傷付くのは最悪の気分になる。てめぇが弱いせいで無駄に血を流させちまったって、何度悩んだことか。というか、今も悩んでますよ」
「そりゃ、また。似た者同士って訳だ。まぁ、俺とオーギスとじゃ事情は大分違うが」
「ですなぁ。正直、私が羊人の女の子になっちまったら戦う気なんて起きないですよ。負けて、殺されるでしょうから。それなのに、グロムさんは闘志を失ってない。それで、今の所は十分じゃないですかい?」
その言葉に、俺は頭の巻き角を掻く。気遣ってくれてるんだろうな。
「誉め言葉として受け取っとくよ。さて、一応俺も飛び筒を撃つことは出来る。どれだけかかるか分からんからな、見張りは交代でやろうや」
「そいつは・・・・・・いや、了解。とりあえず、今は大丈夫です。明日の朝辺りから任せても?」
「分かった。それじゃあ、俺はこの辺りで休ませてもらおう」
持っていた羊毛のシーツを、ごつごつとしている地面に敷く。そこに座り込みながら、俺は懐の飛び筒を取り出した。いざという時の為に整備をしつつ、どうしようもない無力感を誤魔化すのだった。
「はーっははははは!キリが無いなぁもう!」
湖付近、やけっぱちに聞こえる笑い声を上げながら、『鏡像』の魔術師は魔法陣の中心に立っていた。周囲には砕け散った魔石が散乱し、彼女自身の顔には濃い疲労が浮かんでいる。降り注ぐ闇の槍は間断無く飛来し続け、『鏡像』に反撃の隙を与えない。防御用に張り巡らせた魔術障壁は、修復する端から削り取られもう5枚しか残っていなかった。
「ダ、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ心配無い。こういう修羅場は何度も潜り抜けてきてるからね。細工は流々、安心して待っているといいさ!」
水面から顔を出しているミーの案ずる様子に、『鏡像』は己を鼓舞するように返事をする。ミーから見ても、明らかに無理をしているように感じる。それでも、『鏡像』が『暗礁』の猛攻を防ぎ続けているのは確かだ。今の所、ミーには傷一つ付いてはいない。
「さぁて、頼むぞ飛び筒使い!お前が相手を仕留め切るまで、どこまでも粘ってやる!『鏡像』の二つ名、伊達ではないと知るがいいさ!」
咆哮する『鏡像』。その声に魔石の砕ける音が続く。危うい均衡の中、彼女はこの場所を守り切っていた。と、
「そりゃあいい。じゃあ、試させてもらおうか」
降り注ぐ闇の槍に紛れ、人型の何かが飛んでくる。その身に纏う色濃い死臭と共に、五重の障壁を一瞬で斬り破った。即座に修復するも、その人型・・・・・・ハヤトの侵入を許してしまう。彼は抜き払った長剣を肩に担ぎ、湖の畔、『鏡像』から30歩程の場所に着地した。朗らかな笑みを浮かべ、『鏡像』とミーを見やる。
「さぁ、懐に入られたぞ魔術師。ここからどうする?見せてくれよ、何を隠しているのか」
「・・・・・・初めましてだね、人斬り。ハヤト、という名前だったか」
「あー、知ってたのか。それで構わないけど、俺はあんたの名を知らないんだよな。魔術師なんだ、二つ名を持っているんだろ?」
泰然とした様子のハヤト。『鏡像』は皮肉げに口角を歪め、障壁を修復する為の魔力を流しながらも杖を構え直した。
「『鏡像』。・・・・・・本来なら、あんたみたいな奴と正面切ってやり合うのはごめんなんだけど・・・・・・仕方ない。かかってきな、人斬り。相手になってやるよ」
既に対処能力は限界を迎えている。だが、撤退は許されない。そうなれば、全てを賭して戦うだけだ。怪物染みた雰囲気を纏う男を見据え、『鏡像』は笑みを浮かべる。その様子にハヤトも心底楽しそうな笑い声を上げ、そろりと腰を落とした。
「ふはははっ!やっぱりいいなぁ、どいつもこいつも骨がある!そこの被検体を渡せば、間違い無く助かるのにな!王国軍の兵士共も中々だったが、絶望の中で笑える奴は特級だ!だからせめて、出来るだけ長く持ってくれよ!」
瞬間、ハヤトの体がかき消えた。瞬間移動と見紛う程の加速で『鏡像』の目の前に現れる。一閃。『鏡像』の体が、縦に真っ二つにされた。
「キャアァァッ!」
叫ぶミーを横目に、ハヤトは長剣を構え直す。今斬った感触は人のものでは無い。パリンパリンとガラスが割れるような音を鳴らし、真っ二つになった『鏡像』の体が砕けて光の粒子になっていく。幻影。それも、非情に高度なものだ。異形にかけてあった魔術とは根本的な精度が違う。と、砕け散っていく『鏡像』の幻影、その魔力が急激に増した。ハヤトが飛び退くと同時に爆発し、閃光が放たれる。
「小細工も上々、しかし本体はどこだ?っと、へぇ・・・・・・」
閃光が収まり、ハヤトは感嘆の息を漏らした。周囲にずらりと『鏡像』が立っている。数十人はいるだろう。この内に本物がいるのか、それとも隠れているのか。ハヤトは上唇に舌を這わせ、魔力の流れを見極めようとした。が、
「「「さぁ、いくらでも斬ってみるがいい!」」」
「っくく!!よぉしいいだろう、乗ってやる!」
圧倒的に不利な相手からの挑発に、好奇心が頭をもたげる。果たして、『鏡像』の術中は如何なものなのか。強者故の傲慢で、ハヤトは幻影の群れへと突っ込んだ。この間も、闇の槍は降り注ぎ障壁を削り続けている。『鏡像』の魔力は、果たして持つのだろうか。
「囲め囲め!光る魔道具は視界を奪う、警戒しろ!」
指揮を執る者の声が響き、部下たちが対象を包囲するように前進していく。異形は飛び筒を放ちつつ後退しながら、ある違和感を感じていた。
まず、相手が取っている戦術はかつて『水禍』が侵攻してきた時と似たものだ。兵力を複数に分け、各方向から進撃する。『水禍』の場合は霧に紛れさせていたが、今回の敵は練度と身体能力に任せて強引に攻めてきている。こちらは対応に回らざるを得ず、指揮官であろう魔術師の元まで辿り着けない。
さらに、先ほどの命令した声から情報共有が出来ているらしいことも分かった。恐らくは魔術によるものだろう。つまり、魔道具頼りの単調な戦法では容易く対処されてしまうということだ。
ここに来て、違和感の正体に思い至る。そこまでの能力があるのならば、もっと他に有効な手段が取れたはずだ。まるで戯れているかのような戦術行動。本気さというか、必死さが感じられない。慣れ親しんだ森の中を疾駆しつつ、異形は飛び筒を装填し思考を回す。
本来ならば、こちらが抗いようも無い戦力差だ。だというのに、自分たちは押し潰されていない。ということは、相手が手を抜いているか、指揮官として稚拙かのどちらかだろう。あるいは両方かもしれない。いずれにせよ、これはチャンスだ。『鏡像』が持久している間に兵士の数を削り、指揮を執っている魔術師を討つ。その為には、もっと迅速に魔人の部隊を粉砕しなければならない。
魔道具による搦め手は相手に想定されている。ならば。異形は足を止め、装填済みの飛び筒を放った。複数の兵士が倒れるが、突撃してくる勢いは止まらない。手に持っていた飛び筒を一旦腰に差し、近場の木に手をかける異形。思い切り力を込め、そのまま引き抜いた。
「おおおぉぉぉぉぉっ!」
奇怪な声を張り上げ、引き抜いた木を横薙ぎに振り回す。単純な質量の暴力で、魔人の兵士達は吹き飛ばされた。それでも、肉体が強靭な為かすぐさま立ち上がってこようとする。しかし、そこに背中の腕からの飛び筒の一撃。空気を引き裂くような音と共に、兵士の頭が弾け飛んだ。
「がぁっ!」
僅かに怯んだ隊列に木を投げつけ、自身も突進する。倒れている兵士の武器を走りざまに拾い上げ、がむしゃらに振り回した。武技も何も無い力任せのそれに、魔人の兵士達は圧倒される。彼らの表情に動揺と恐怖が浮かび、戦意が陰り始めているようだ。
「な、何者だぁ!?「昇った」俺達よりも強いじゃないか!話が違うぞ!」
人間の如き反応を見せる魔人達に、異形は構わず突っ込んでいく。武器を振り回し、投げ、背中の腕で飛び筒を放ち敵を殺していった。兵士からの反撃で肉体が傷付き、血が溢れ出しても気にも留めない。その様は、魔人よりも遥かに化け物染みている。
「ご、はぁぁ・・・・・・!」
気が付けば、敵部隊は死傷者をその場に残し撤退していた。これで二つ目。まだ、侵攻している部隊が残っている。達成感に浸る間も無く、異形は走り出した。時間が惜しい、急がなければ。
『鏡像』も異形も規格外の実力を持っています。この世界において、かなりの上澄みです。