TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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異形の戦い

時は少し遡る。『鏡像』がハヤト相手に決死の時間稼ぎをしている頃、異形は傷だらけになりながらも5つ目の部隊を撃退していた。

 

「ぐ、ふぅ・・・・・・!」

 

魔人の部隊はなんらかの方法で情報を共有し、こちらの戦い方を学習している。故に、異形が襲撃する度に戦術を更新し、手強くなっていった。それでも異形は魔道具と飛び筒、異形の肉体を駆使して襲撃を繰り返す。そしてようやく、全ての部隊を撤退に追い込むことに成功した。手傷は数えきれないほど負ってしまったが、致命傷では無い。

 

「まだだ、急がねば」

 

熱い息と共に呟き、休む間も無く駆け出す。撤退させたと言っても、半数以上の兵士は生き残っている。後方で再編され、再び進軍されては手間だ。何より、指揮を執っているであろう魔術師を倒さねば湖への攻撃は止まらない。全身が灼けるような焦燥感に突き動かされ、異形は森の中を進んでいく。最低限音を立てぬよう、しかし迅速に。

 

張り巡らせた結界によって、相手の位置は分かっている。しかし、妙だ。撤退し、そこに集合していたはずの兵士が消えている。まるで、最初からそこにいなかったかのように。別動隊として、結界の外を迂回させているのだろうか。いや、それはありえない。

 

結界を迂回したとしても、ハヤトのような化け物でもない限り時間がかかり過ぎる。ならば、一旦兵士のことは捨て置くべきだ。今狙うべきは、魔術師ただ一人。異形はそう心に定め、結界が伝えてくる場所へと一目散に向かった。

 

魔術師の位置は動いていない。より森の中でもより鬱蒼とした場所に留まったままだ。移動していないのはありがたいが、これでは射線が通らない。飛び筒での長距離狙撃は難しいだろう。あるいは、それを見越して誘っているのか。例え罠であったとしても、今の異形には突っ込む以外の選択肢は無かった。数十歩の距離まで迫ったところで、無邪気な声が脳裏に響く。

 

『あー、来た来た!ユウ、久しぶり!』

 

「っ!?」

 

唐突な声に異形は即座に戦闘態勢を取った。しかし、魔術師の位置は変わっていない。脳裏に響く声は、楽しそうに続ける。

 

『そんなにビビらないでよ、ユウ。ボクだよ、リグだよ!それとも、ボクのこと忘れちゃった?』

 

その名は知っている。リグ・フォーセル。『暗礁』の魔術師がそう名乗っていたと聞いていた。だが、脳裏の声のせいか、異形の心に何かが湧き上がってくる。霞み、薄れた記憶の中で、その名を聞いたことがあるような・・・・・・。

 

「リグ・・・・・・リグだと?待て、まさか」

 

思い出した。かつて異形が仲間と共に逗留していた、寂れた街。そこで暮らしていた少年が、リグという名前だった。仲間達の中でも特にハヤトに懐き、剣を教えてくれとせがむ姿が頭に浮かぶ。何故、今まで思い出せなかったのか。

 

「思い出してくれた?」

 

「っぐぉ!?」

 

耳元で、甘い声が囁いた。咄嗟に振り向きながら振った拳を軽やかにかわし、絶世の美女がそこに立っている。

 

「相変わらず怖がりなんだな。見た目はアレでも中身は変わってないみたいで、なんか嬉しいよ」

 

蠱惑的な声で無邪気に言うリグは、悪戯っぽい笑みを浮かべ異形を見つめていた。状況が掴めず、混乱している異形を見て楽しそうに言葉を続ける。

 

「あぁ、こんな見た目だけど中身はボクだよ。にーちゃんに貰ったんだ、この体。本当はもっとカッコいいのがよかったんだけど・・・・・・強いから、まぁいいかなって」

 

「体を、貰っただと?」

 

「うん。ユウも覚えてるでしょ?ほら、ボクの体は街を襲ってきた魔物に食べられちゃったから。だから、魂だけを呼び戻してこの体に定着させたんだって言ってた」

 

リグの言っていることが、異形には理解出来ない。リグが魔物に食べられた、というのは本当だ。悔やんでも悔やみ切れない、苦い記憶が蘇ってくる。しかし、魂を呼び戻して別人の肉体に定着させるなど、例え魔術だったとしても聞いたことが無い。

 

「・・・・・・その体の持ち主は、どうなったんだ」

 

「さぁ?その辺のこと、にーちゃんは話してくれないし。でもさ、別にどうでもいいじゃん。こうやってボクがここにいるんだから!」

 

決定的な違和感に、異形は首を横に振った。確かに雰囲気や喋り方はリグに似ている。しかし、ここまで自分勝手なことを言う者では無かったはずだ。偽物か、蘇る際に歪んでしまったのか。いずれにせよ、今の異形にとっては敵である。

 

「リグよ。ミーから手を引け。俺は、お前と戦いたくない」

 

「なんで?元々アレはボク達のものなのに。沢山の時間に、たっぷりの改良型昇魂薬。わざわざ付きっきりで実験したこともあるんだし、逃がすなんてありえないよ」

 

「そう、か。ならば、俺はお前の敵だ」

 

きょとんとした様子で、当然のことのように言うリグに異形は飛び筒を向けた。感傷や混乱をしている場合ではない。目の前の魔術師を打ち倒す為に、思考を切り替える。

 

「えー。まぁいいけどさ、ボクにはにーちゃんがいるし。じゃあ、遊ぼっか。うん、そうしよう!」

 

リグが鎌のような杖を構え、魔術を行使しようとする。その機先を制して、背中の三本の飛び筒が火を吹いた。魔石の爆発による推進力で、鉛玉がリグめがけて飛んでくる。常人では知覚出来ない速度のそれを、しかしリグは認識していた。

 

「わぁ、凄いな。昔よりも飛び筒使うの上手くなってるじゃん」

 

命中。だが、リグにダメージは無い。彼女の服の上を這う黒いナメクジのようなものが、鉛玉を全て受け止めていた。鉄の鎧さえ撃ち抜く威力を無力化した暗黒が、そのままリグの体から染み出し続け刃を形作る。

 

「その力は・・・・・・」

 

「ふっふっふー、これが『暗礁』の魔術。もうボクは、にーちゃんやユウに守られるだけの存在じゃないんだ。じゃあ、いっくぞー!」

 

暗黒の刃が蛇のようにのたうち、異形へと襲い掛かった。距離を取ろうとしてもその速度はかなり速い。避け切れず、刃が肉体の肉を斬り抉る。

 

「ぐぅぅっ!」

 

呻き声を漏らし、血を流しつつも可能な限り距離を取る異形。飛び筒の装填の時間を稼がなければならない。しかし、暗黒の刃は生きているかのように追い縋り、四肢を切断しようと蠢いている。それが十数本。捌き切るのは不可能だ。

 

「ほらほらぁ!ユウはにーちゃんに比べてのろいなぁ!そんなんじゃすぐ死んじゃうよ?」

 

リグ自身はその場から動いていない。暗黒の刃は彼女の手足のように、自在に動いている。ならば。足を止めた異形は、さっき放っていなかった唯一の飛び筒を構えた。迫りくる刃を無視し、数瞬である一点に狙いを定める。全身に刃が絡みつき肉に食い込む痛みを感じながら、引き金を引いた。

 

「えっ?」

 

素っ頓狂なリグの声。放たれた鉛玉はリグでは無く、その頭上にある木の枝に直撃した。落下する枝をリグが煩わしそうに杖で払うと同時に、暗黒の刃に絡みつかれていた異形が突進する。全身が削げて血が噴き出すが、突進の勢いが弱まることは無かった。意識が枝に向いていたリグは、魔術を行使するのが僅かに遅れる。ぶつかった。

 

「わぁっ!?」

 

情けない悲鳴を上げて、リグは異形に組み伏せられる。杖を弾き飛ばされ、押さえ込まれる形でもがいていた。異形と彼を分けたのは、命を賭けた戦いをこなしてきた経験の差。ほんの一瞬とはいえ、殺し合いの場では格下相手でも意識を逸らしてはいけない。死地を潜ってきた者であれば当然のように理解しているそれを、リグは知らなかった。

 

「ちょっと!離せ、離してよユウ!」

 

いかに強大な魔術師と言えど、杖や他の触媒無くしては魔術を行使することは出来ない。己の力を過信していたリグは、枝を撃ち抜き落下させるという単純な陽動に引っかかり容易く制圧されてしまった。100年以上、大小問わず戦い続けてきた異形の経験が勝ったのである。無論、それはリグが油断と慢心をしていたが故だが、勝利した事実に変わりは無い。

 

「リグ、悪いが意識を奪うぞ。安全な場所に運んだ後、話を聞かせてもらう」

 

背中の腕がリグの喉元に迫り、頸動脈を締め上げる。格闘戦の経験が殆ど無い『暗礁』の魔術師は、赤子の手を捻るように意識を失った。縄を取り出して豊満な肢体を手早く縛り上げ、担ごうとしたところで落下音と地を鳴らす衝撃。鬼気迫る様子のハヤトが、異形の前に降り立った。

 

「ふぅぅぅぅ・・・・・・!クソ、流石だなユウ。まさか、そんなあっさりとリグを無力化するなんてよ。だけど、渡さないぜ。俺達にはまだやることが残ってるんだ」

 

長剣を構えるハヤトは、しかし全身が焼け焦げていた。黒々とした肌が爛れ、異臭を放っている。普通ならば命に関わる重傷だ。

 

「ハヤト、か。その様子だと、『鏡像』に手酷くやられたようだな」

 

「あぁ、その通りだよ。まともにやれば、もっと楽だったのに・・・・・・遊び過ぎた。まぁいい、早くリグをこっちに渡せ。被検体を狙うのは諦めるからさ」

 

「悪いが、信用出来ん。お前は一度、里を襲わないという約束を破っている。その言葉を信じる理由が無いのだ」

 

すげなく答え、異形はリグを背負ったまま戦闘態勢を整えた。話している内に、飛び筒の装填は済んでいる。本来ならばハヤトが見逃すはずも無いが、重度の火傷によって判断力が鈍っているのだろうか。

 

「そう、か。そりゃそうだよな。うん。なら、力づくだ。結局、これが一番ってことか」

 

神速の踏み込みに、異形はタイミングを合わせ飛び筒の引き金を引いた。四つの鉛玉がハヤトの突撃を妨げるように発射され、彼は軌道を変えざるを得ない。身を屈め一発の鉛玉を斬り払いながら、それでも異形へと肉薄する。地面を擦るように、凄まじい速度で長剣を振り上げようとして、

 

ガギッ!

 

奇妙な音と共に、長剣が防がれた。異形の履いている鉄製のブーツが、刃と鍔の繋がっている部分を踏み締めている。ハヤトの剣技、その起こりを捉えた完璧な迎撃。ありえない。異形には、目で追うことすら出来なかったはずだ。防ぎようの無い動揺し、飛び退いて距離を取るハヤト。そこに異形の言葉が投げかけられる。

 

「やはりか。ハヤトよ、お前の剣技ならば俺はずっと見てきた。お前の隣で、飽きる程な。今のも、あの頃によく使っていた技だ。身を屈め這うように接近し、斬り上げる。型の名は覚えていないが、斬撃の軌跡は忘れようも無い」

 

「・・・・・・それが、なんだ?」

 

「変わっていない。お前の剣技は、100年以上前に比べて何も成長していないんだな。だから、いくら速度が速くても防ぎ得る。魔人だかなんだか知らないが、肉体の力頼りの未熟な剣だ」

 

きっぱりと言い切る異形に、ハヤトの顔から表情が抜け落ちた。いつもの朗らかさも、能天気さも感じられない能面のような顔。恐ろしげなそれを気にも留めず、異形は悲しそうに見つめる。

 

「むしろ、剣技自体はあの頃よりも鈍くなっている。圧倒的な身体能力で誤魔化しているだけだ。何故、そうなった?昔のお前は、剣に対してどこまでも真摯だったはずだ。俺達がある種恐ろしさを感じる程に、純粋な想いで剣の道を極めようとしていたはずだ。───お前は、どこで、何を間違ったというんだ、ハヤト」

 

長い静寂。それを破ったのは、風に吹かれた木々のざわめきだった。ハヤトは能面のような顔で俯いたまま、そろりと口を開く。

 

「・・・・・・知ったことか。あの時の、最後の戦いを覚えていないユウに何が分かる。俺が、どんな気持ちでここまで来たか。知らないお前に、何が分かるっていうんだよ、ユウ」

 

「知らぬ。だから、聞いているんだ。話してくれ。一体何があったのか」

 

「いや、だね。呪いのせいで自分のことは喋れないと言ってるお前に、話すことなんかない。あぁ、もういい。手段を選んでいた俺が馬鹿だった。これから隠れ里に行く。羊人どもは人質だ。ユウと被検体を渡さないなら、一人ずつ惨く死んでもらおう。せめて里に着くまで、どうするのが正しいか考えておくんだな」

 

「おい、待てハヤト!」

 

異形の制止を振り切って、ハヤトは高く高く跳躍した。向かうは羊人達の隠れ里。恐らく、一度襲撃したことでどこかに避難でもしているだろう。見せしめに、死なない程度に痛めつけてやろうか。ハヤトは跳躍を繰り返し、あっという間に隠れ里の近辺まで辿り着く。気配を探ると、一人の鳥人が見張り台にいることに気付いた。まずは一人、両翼をもぎ取って二度と飛べぬようにしてやる。内から溢れてくる残虐な気分のままに、見張り台へと跳躍しようとして、

 

「あ?」

 

巨大な砲弾が、見張り台から撃ち出された。異形が放ってきた鉛玉とは比べ物にならない。しかし、ハヤトの目には止まっているように見える速度だ。余裕を持って回避しようとして、違和感が走る。このままでは、不味い。ハヤトが跳躍しようとしたのと、砲弾が彼からやや離れた場所に着弾したのは殆ど同時だった。

 

ドゴオォォォォン!!

 

鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、砲弾が爆発する。辺り一帯は土煙に覆われ、全てが見えなくなった。




戦いはまだまだ続きます。
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