TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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羊達は死地で鳴く

「・・・・・・!」

 

もうもうと立ち込める土煙を睨みながら、チャロは巨大な飛び筒への装填を急いでいた。前もって準備していた一撃は放つことが出来たが、これで仕留められたかは分からない。いや、仕留められていないと見るべきだろう。それでも、甚大なダメージは与えられたはずだ。次を急がなければ。ここで確実に倒す為に。

 

「なっ!?」

 

しかし、その目論見は叶わない。土煙の奥から、全身が総毛立つ程の殺気が溢れチャロに突き刺さる。何度も修羅場を潜り抜けてきた精神が恐怖に硬直し、身が竦んだ。人間一人が出す殺気を、遥かに超えている。

 

「邪魔だ」

 

一言、煮えた鉄のような声が聞こえた。この距離だ、声が届くはずは無い。それでもチャロは見張り台を飛び立ち、空中へと逃れる。瞬間、見張り台がバラバラに崩れ去った。

 

「あぁ、もういい。目的は羊人達だ。近付けば殺す。そのまま、そこで震えながら飛んでいろ」

 

今までの印象とはまるで違う、どろりとした感情が溢れ出しているような雰囲気。満身創痍の体を引きずるように、ハヤトは再び跳躍した。東の方に複数の気配がする。そこに、羊人が隠れ潜んでいるのだろう。

 

「待てっ!行かせるかっ、ぐぅっ!?」

 

追い縋ろうとしたチャロは、しかし意に反してゆっくりと降下する。翼が酷く痛み、灼けるような熱さが伝わってきた。見れば、槍の穂先のような刃が突き刺さっている。何故、一体どうやって。まさか、対面していたチャロも気付かぬ内にハヤトが投擲したのか。これでは満足に飛行することは出来ない。応急処置もしないままに、チャロは走り出す。

 

「クソッ!リーダー、イニマ、みんな・・・・・・!!」

 

徒歩では、どうやっても時間がかかる。どうか無事でいてくれ。一心に願いながら、チャロは懸命に駆けていった。

 

 

 

 

「今の爆発音は・・・・・・!?」

 

羊人達が騒めく中、俺は身を乗り出して隠れ里の方向を確認する。狼煙よりも太い煙が上がっているのを見て、チャロが飛び筒を放ったのだと確信した。

 

「グロムさん、こいつは」

 

「チャロが敵を迎撃してるってこった。オーギス、今以上に警戒してくれ。こちらに抜けてくる奴がいるかもしれん」

 

言いながら、俺も飛び筒を懐から取り出して装填を始める。異形の旦那が用意してくれた秘密兵器もある。最悪、俺も戦って里の皆を守り切らなきゃいけない。ちらりと羊人達を確認すると、不安そうな表情で俺を見つめているミュリアちゃんと目が合った。安心させるように微笑みながら頷いて、前を向き直す。絶対に、守り切る。と、

 

ドォン!

 

音が聞こえた。これは知っている。ハヤトの跳躍する音だ。飛び筒を構え、息を整える。次の瞬間、洞窟から15歩辺りの場所にハヤトが落下してきた。全身が焼け爛れ、脇腹や肩、太もも等に砲弾の破片が刺さっている。相当に消耗した様子で、しかし強い感情を秘めた瞳がこちらを向いた。こちらを圧倒し吞み込まんとする、殺意の奔流。

 

「そこか」

 

呟いて、目で追えない速度で突っ込んでくるハヤト。咄嗟にオーギスが俺を守るように前に出たが、剣と鎧ごと斬られ吹き飛ぶ。気付けば、引き金を引く間も無く俺の首筋に長剣が当てられていた。

 

「動くなよ。お前達は人質だ。大人しく、震えていろ」

 

「・・・・・・成程。どうやら異形の旦那と『鏡像』殿は上手くやったようだ。窮したあんたは、こうして人質を取りに来たと。そういうことだろ?」

 

「黙れ」

 

目に見えぬ速度で長剣が振るわれ、俺の髪の毛が斬り落とされる。どうやら、かなり精神的に追い詰められているらしい。

 

「その首を落としてもいいんだぞ。お前は、あれだ。見せしめにしてもいい。死ぬのが嫌なら、口を開くな」

 

その言葉に、俺は押し黙ってしまう。対話を拒否する相手に、今の俺では無力に等しい。構えた飛び筒自体はハヤトに向けられているが、妙な動きをすれば躊躇わず俺の首を刎ね飛ばすだろう。不味いな。

 

「ぐ、ぅ・・・・・・」

 

吹き飛ばされたオーギスが呻いている。鎧を貫通した刃は彼の肉体を切り裂き、血溜りがじわりと広がっていた。致命傷では無いものの、処置をしなければ命が危うい。だが、首筋に刃を当てられている俺ではどうしようもない。何か、突破口は無いか。考えろ、考えろ・・・・・・!

 

「ご、ごめんなさい!オーギスさんを、そこの倒れてる人を治療してもいいですか!?」

 

状況を打破しようと思考を回していると、ミュリアちゃんが声を上げた。彼女にとって耐え難い状況だったんだろう。しかし、今は良くない。濁った瞳を向け、ハヤトが口を開く。

 

「駄目だ。動けば、この羊人の首が飛ぶことになるぜ。それでもいいのか?」

 

「っ・・・・・・!だ、だけど、このままじゃオーギスさんが死んじゃいます!人質なんですよね?死んじゃったら、駄目なんじゃないんですか!?」

 

「今更一人二人死んだ所で意味は無い。ここには、他にも数十人以上いるじゃないか。分かるか?俺にとっては、そこの男が死のうと関係無いんだよ」

 

言い捨てるたハヤトは、先日里を襲撃しに来た時と随分印象が違う。それだけ追い詰められているのか、あるいは別の理由か。首筋に当たっている刃の冷たさを感じながら、俺は思考をフル回転させていた。

 

「で、でも・・・・・・!わ、私は誰も死なせたくないんです!お願いします、お願いします!応急処置だけでいいから、オーギスさんを助けさせて下さい!」

 

どこまでも真摯で、誠実なミュリアちゃんの言葉。ハヤトの表情に僅かに逡巡が滲む。

 

「状況を分かってるのか?俺がその気になれば、ここの奴らを全員殺せるんだぞ。それなのに、わざわざ一人を助ける為にリスクを冒すのか。馬鹿だぜ、そいつは」

 

「だ、だけど助けたいんです!私は殺されてもいいから、どうかお願いします!」

 

「俺からも頼む。ここで一人でも死ねば、こっちは捨て鉢になるかもしれんぜ。それは、あんたにとっても本意じゃないだろう?」

 

ミュリアちゃんを後押しするように口を挟むと、ハヤトは濁った瞳でこちらを見据えてきた。どろどろとした、粘ついた感情が見て取れる。長剣が微かに動いて、俺の首筋からたらりと血が垂れた。皮膚を、ほんの少しだけ斬られたようだ。

 

「お、俺達からも頼む!オーギスさんには散々良くしてもらってるんだ!」

 

「お願いです、私達はどうなってもいいから、彼を助けてあげてください!」

 

「そうだ、頼むよ!わしらのせいで死んじまうなんて、オーギスさんがあんまりじゃないか!」

 

羊人達も口々に請い願う。予想外だったのか、ハヤトは細く長い溜め息を吐き、長剣を俺の首元から離した。

 

「好きにしろ。だが、妙な動きはするなよ。大事なお仲間が、もっと傷付くことになる」

 

「は、はい!」

 

返事をするや否や、ミュリアちゃんは包帯やポーションを持ってオーギスの元へ駆け出す。他にも心得のある羊人が数人向かい、オーギスを治療していった。元々手先が器用な人ばかりだ、恐らく一命は取り留めることは出来るはず。しかし、根本的な危機が去った訳では無い。見上げるようにハヤトの表情を伺うと、露骨に苛立っているのが伝わってきた。舌で唇を湿らせ、意を決して口を開く。

 

「なぁ、ハヤトさんよ。人質も、これだけ数がいたらいざという時身軽に動けん。どうだい、ここは俺の命一つで勘弁しちゃもらえねえか」

 

「邪魔ならその時に殺す。俺には、それが出来るからな。他の奴らを逃れさせようとしても無駄だぜ。それとも、今すぐに死にたいか?」

 

取りつく島も無い返答に、しかし違和感を覚えた。彼が放つどろりとした殺気とは裏腹に、行動自体は穏当だ。見せしめとして一人や二人を殺すわけでも無く、オーギスの治療を懇願されれば受け入れる。どこかちぐはぐな印象である。

 

何故だろう。やりようは幾らでもあるはずなのに、あえて不便な手を取り続けているかのようだ。思えば、初めて里に襲撃をかけてきた時からちぐはぐだった。纏う死臭、朴訥な様子、冴えわたる剣技。あえて、そう振る舞っているのかもしれない。・・・・・・このままでは埒が明かない。危険だが、試してみるか。

 

「俺は、死にたくはないな。折角の余生だ、のんびりと過ごしたい。隠れ里は、楽園のような場所だからさ」

 

「無駄口を叩くなよ。死にたくないんだろ?」

 

「まぁ、そう言うなって。どうせ、異形の旦那や『鏡像』殿がここに来るまでは暇なんだ。考えりゃあ、俺はあんたのことをよく知らないし、これを機に教えてくれよ。旦那とあんたは、どういう関係だったんだい?」

 

ぞわり。溶かした鉄を、口の中に流し込まれるような感覚。俺が訊ねた瞬間に、ハヤトは巨大な敵意をぶつけてきた。胡乱な瞳で睨み付けられ、指一本動かすことが出来なくなる。

 

「それを。お前に言う必要があるのかよ。なぁ、おい。知ったところでどうするんだ?茶飲み話でもしてるつもりなのかよ、なぁ」

 

刃は、とっくに首筋から離れている。だというのに、その時よりもはっきりと死が近くに感じた。本能が警鐘を鳴らし、全身から汗が噴き出す。

 

「隠れ里は、あれだ。今のユウにとって帰る場所なんだろ。居場所だよ、居場所。羨ましいな、全く。俺はここまで足掻いて、まだ手に入れられないものをあいつは持ってるんだ。ははは、考えりゃあ昔からそうだった。あいつは要領が悪いけど、本当に大事なものは必死で掴んで手放さない。そこに、憧れてもいた」

 

狂ったように言葉を紡ぐハヤトは、もう俺を見てはいなかった。自分に問いかけるように、脈絡の無い話を続けていく。

 

「あぁ、そうだよ。理不尽じゃないか。俺だってあいつの居場所は壊したくない。だけどさ、俺も居場所が欲しいんだよ。あの頃みたいに、皆で笑い合って前に進んでいけるような。今度はあんな結末にはさせない。この世界のクソ野郎共に、手出しはさせない。だから、ユウ。俺の邪魔をしないでくれよ」

 

ここにはいない旦那に懺悔をするように、ブツブツと呟き続けるハヤト。正気には到底思えない様子で、歪んだ笑みを浮かべている。豹変とも言えるその振る舞いは、本来の強さからは考えられない程隙だらけだった。

 

「変わっていない?あの頃のまま?鈍っている?当たり前だろ、俺はあの頃に帰りたいんだ。そこにはユウ、お前もいる。セリナも、ジュンも、皆いる。悪いか、悪いのか俺が。答えろよ、えぇ?」

 

チャンスだ。そう分かっていながら、俺は飛び筒をハヤトに向けることが出来なかった。悲惨で、痛切な思いを吐き出す彼は、酷く脆く弱く見える。触れれば、容易く崩れて消えてしまうのではないかと思う程に。だから、だろうか。俺は、思わず口を挟んでしまった。

 

「・・・・・・なら、その思いを旦那にぶつければいい」

 

「あ?」

 

「対話すりゃあ、良かれ悪かれ何かが変わる。互いが真剣ならね。きっと、旦那はあんたの言葉を真剣に受け止めてくれるだろうさ。零れ落ちた言葉をかき集めて、ぶつければいいんだ」

 

「知ったような、口を聞くなよ。てめぇみたいな餓鬼に何が分かるんだ」

 

あぁ、そうか。ハヤトは俺の事情を知らないようだ。だけど、今それは重要じゃない。

 

「逆に言えば、餓鬼でも分かる話さ。全てをさらけ出して話し合えば、思いは伝わる。まぁ、世の中そんな都合のいいことばかりでもないけどな。だけど、やらないよりはやった方がいい」

 

馬鹿なことをしているな。こちらの命を握っている相手が、ここまでの隙を晒しているんだ。やるべきは説得では無く奇襲だろうに。隠れ里で暮らし始めてから、俺は弱くなったな。肉体的にも、精神的にも。だけど、そんな自分が嫌いではない。

 

「やってみろよ。まぁ、俺はあくまで人質だ。上手くいかなきゃ、この首を刎ねればいい。そっちに損は無いはずだぜ?」

 

「・・・・・・妄言を、ペラペラと。乗ると思うのか?」

 

「さてな。それはあんた次第だよ。俺に出来るのは、よくある助言だけだ。あんたがどうするのかは俺には決められん」

 

不意に気配を感じ、ハヤトの後ろに視線を向けた。茂みに隠れながら矢をつがえるチャロと目が合う。彼の気配にも気付けない程、ハヤトは消耗しているようだ。首を横に振って、チャロが矢を放たないように伝える。もし殺し切れなければ、何をするか分からない。説得の可能性があるなら、俺はそちらに賭けたかった。

 

「・・・・・・」

 

黙り込んだハヤトは、俯き思索に耽っている。これ以上、俺が出来ることは無さそうだ。まぁ、精々が事態が好転するよう祈るくらいか。と、そこでミュリアちゃんがこちらに向けて声を上げる。

 

「グロムさん、オーギスさんの傷の処置は終わりました!なんとか血は止まったので、しばらくは大丈夫だと思います」

 

「うん。ありがとう、ミュリアちゃんに皆。さて、人質である俺達はどうすればいい?逃がしてくれるなら、それに越したことは無いが」

 

「・・・・・・ふぅ・・・・・・。全員、洞窟の中に入っていろ。そこの怪我人を運んでもいい。ただし、俺がいいと言うまで決して外には出るな」

 

そう言い捨てて、ハヤトは長剣を鞘に収めて座り込んだ。鞘に抱き着くようにして、顔を伏せ動かなくなる。俺達は言われた通り、オーギスを洞窟に運んだ後そこに留まった。後は、異形の旦那に任せるしかない。かつて、ハヤトと友人だったという彼に。




羊人達の優しさは明確な弱点でもあり、強大な武器にもなり得ます。どこまでも甘い選択だとしても、それを貫けるのは明確な強さです。
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