「で、結局考えは纏まったのか?俺をこのまま帰すのか否か。さっさと決めないんなら、勝手に帰っちまうぞ」
包帯だらけの状態で、ハヤトは呆れたように声を上げる。結局、体の隅々まで応急処置を施されてしまった。それでも、はっきりさせないといけないことがある。意識して周囲を睨むと、同じく包帯を巻かれた異形が口を開いた。
「俺の意見は変わらん。このまま見送ることに賛成だ」
「うーん・・・・・・私は、反対したいけど・・・・・・だって、また攻めてくるかもしれないし」
「僕も反対・・・・・・だけど、無理に逃げようとするお前を止めるだけの余力も無い。だから、消極的な賛成で」
「おいおい、今更多数決かよ。共和国の流儀ってことか、ユウ?」
「別に、多数決というシステムを選んでいるわけではないが・・・・・・グロムは、どう思う?」
異形に話を振られたグロムは、残った包帯やポーションを片付けながらも顔を上げ、異形とハヤトの二人を見やる。その視線は、質問された内容に似合わず穏やかなものだった。
「んー、俺としちゃあここまで弱った相手を逃がしたくないって気持ちもあるが・・・・・・わざわざミュリアちゃん達里の羊人達が、あんたを治療しようって言ったんだ。だったら、逃がすのもやむなしってところだな」
「・・・・・・馬鹿ばっかりってか。いや、100年前でもお前達みたいのはいなかったぞ。よく今まで生きてこられたよな」
「俺もこの里の一員になったのはつい最近なんだがね・・・・・・ま、郷に入っては郷に従え、だ。それに、旦那はあんたを信じてる。だから俺も信じるよ、ただ、もう一つ約束してほしい。昇魂薬をばら撒くことも一旦止めてくれ。少なくとも、異形の旦那の提案に乗るか否かを決めるまでは」
「それはまぁ、構わないけど・・・・・・」
楽観的な調子の言葉に、ハヤトが自身のこめかみを叩きながら溜め息を吐く。敵意を持って向かってくる相手は幾らでもなます斬りに出来るが、こういう手合いはどうしようもない。結局、それが今回の敗因なのだろう。
「敵わないな、全く天晴れだ」
呟き、未だ目を覚まさないリグを背負った。彼女の魔力は枯渇し、先ほどのようなことは起こらないはずだ。とはいえ、目を覚ました時の対応が面倒でもある。ここは、言われた通り帰ることにしようとハヤトは頷いた。
「それじゃあな。また、来るよ。今度は穏当な理由でさ」
「ハヤト・・・・・・待っているぞ」
異形の言葉には苦笑を返し、ハヤトは跳躍する。文字通りひとっ跳びで里を離脱しながら、彼は先のことを考えていた。
「うぅ~・・・・・・グロムちゃんの髪の毛がぁ・・・・・・」
「十日もすれば元通りになるから心配無いよ。それより、傷の具合はどうだい?」
ハヤトと『暗礁』の襲撃、その翌日の昼下がり。俺はオーギス達の家を訪ね、イニマとオーギスの様子を確認に来ていた。
「私は全然平気!薄皮一枚のかすり傷だから、心配しないで」
「見栄張るなって、イニマ。下手すりゃ私より重傷じゃないか。にしても・・・・・・くそぅ、全然役に立てんですまん、グロムさん」
「いや、誰か一人でも欠けちゃあ乗り越えられなかったよ。いいから二人とも養生してくれ。そら、ミュリアちゃんからの差し入れもあるぞ」
バスケットを開くと、甘酸っぱい香りと香ばしさが部屋に広がる。布に包まれたそれを取り出し、近くのテーブルに置いた。ミュリアちゃん特製のフルーツミックスパイだ。
「食べ過ぎには注意してくれな。日持ちするから、何回かに分けて食べてくれ」
「助かる。少し切り分けてくるよ」
チャロがパイを持って台所に向かった。ひとまず、三人は普段通りに見える。流石は歴戦の冒険者達だ。これなら、足を運ぶ必要も無かったかもしれない。
「それじゃ、またな。上手いもん食って寝て、傷を癒すのが今の仕事だからな」
「はーい!あ、でも今度ミュリアちゃんも連れてきてね!二人をもふもふしたらこんな怪我一瞬で治っちゃうと思うから」
「ははは、まぁその内ね」
イニマを適当にいなしつつ、俺は家を後にした。さて、次は・・・・・・。
異形の旦那の小屋近く。流れる小川には、ミーがぷかぷかと漂っている。その様子を見ながら、旦那はミュリアちゃんに包帯を取り換えてもらっていた。
「おーう、怪我の調子はどうだい」
「グロムか。問題無い。数日もすれば、戦闘にも支障が出ない程度になるだろう」
「だ、駄目ですよ守り神様!骨まで達してる切り傷がこんなにあるんですから!いくら貴方が頑丈で、私達の為に無茶をしているとしても、これ以上無茶したら駄目です!」
鷹揚に頷く旦那に、てきぱきと包帯を巻きながら叱るミュリアちゃん。心なしか、旦那が身を縮こまらせたように見える。
「う、うむ。まぁ、戦うような事態が起きないに越したことは無い。それで、オーギス達の様子はどうだった?」
「元気そうだったよ。負傷の方も、応急処置が早かったお陰で治りは良好そうだ。ただ、傷跡は残っちまうだろうな」
オーギスはともかく、イニマにとっては辛いことかもしれない。傷跡を消すポーションもあるが、希少な素材を用いる為かなりの高額だ。機会があればニェーク伯爵に融通してもらおうか。と、
「ネェ」
ぷかぷか浮きながら俺達を見つめていたミーが、不意に口を開いた。
「どうした、ミー。小川の水は肌に合わないかい?」
「ソレハ、マァ大丈夫。デモ、ウゥン・・・・・・」
思わず声を上げたが何を言うかまとまっていなかったようで、、彼女は触手をうねうねとくねらせながら頭を抱え思案している。小川の水深は湖よりも随分と浅いから、どうにも窮屈そうだ。
「エット・・・・・・皆ノ怪我トカ、大丈夫ナンダヨネ?」
「あぁ、言った通りさ。時間が経てば、後遺症も無く治るだろう」
「ソッカ。ウン。ヨカッタ」
小声で呟いて、ミーはほっとしたようにはにかむ。見た目に似合わない、幼げな表情。
「ミーさんも、大丈夫ですか?『鏡像』さんに聞いた限りだと、凄く無茶をしたみたいですけど。痛い所とか、苦しいとか、違和感とかがあったら言ってくださいね」
「心配シナイデ、私ハ健康ダカラ。キョウゾウガ守ッテクレタシ、全然平気ダヨ」
「なら、いいんですけど」
旦那の傷口に数種類の薬草とポーションを混ぜ込んだ軟膏をすり込みつつ、心配そうにしているミュリアちゃん。それの匂いが苦手なのか、少し距離を取ったミーは空を見上げた。
「アリガトウネ。ミンナ、私ヲ守ッテクレテ。ナンノ恩返シモ出来ナイケド」
「気にするな。やるべきことを、やっただけだ」
「うん。俺らは俺らの信じる行動をしただけだよ。でも、感謝の気持ちはありがたく受け取ろうかね」
実際その通りだからな。ハヤト達にミーを渡すわけにもいかず、何より目の前のミーを見捨てるような選択をしたくなかった。結果何人も重傷を負ってしまったが、反省はしても後悔はしてない。俺が俺のエゴを押し通した結果だ。責任を負えずとも、後ろ向きになるのはそれこそ不誠実だからな。
「でも、本当に良かったです。ミーさんが無事で。これからは、この小川で暮らすんですか?」
「アー、ウーン・・・・・・ドウシヨウ。多分、コッチニイタ方ガイイヨネ?」
「確かに、里の近くにいてくれた方が色々と都合がいいが。湖に戻りたい理由があるなら、教えてくれるかい?」
「・・・・・・エート、ソノ」
ミーは目を泳がせて、随分と歯切れ悪そうにしている。隠そうとしているというよりは、言いにくいことっぽいな。無理に聞き出すのも良くないか。
「言いたくないなら無理には聞かんさ。ただ、もうしばらくはこの小川で我慢しちゃくれないか」
「ワ、分カッタ。別ニ、ココガ嫌ッテワケジャナイカラ大丈夫」
「じゃあ、この機会に色々差し入れ持ってきますね。確か、ミーさんは魚のパイ包みが好きでしたっけ」
「アァ、アレハ凄イ美味シカッタ!デモ、ミュリアの他ノ料理モ食ベテミタイナ」
「それなら、色々作ってみましょうか。明日の朝、楽しみにしててください!」
「ワーイ!」
さっきまでの歯切れ悪さはどこへやら、屈託無く笑うミーと同じく微笑むミュリアちゃん。守り切れて良かったな。つくづく、そう思った。
「・・・・・・」
里にある数少ない空き家の一室で、『鏡像』の魔術師は天井を睨みながらベッドに横になっていた。
魔術師に限らず、魔力が枯渇した生き物は一気に衰弱する。体力を使い果たし倒れたような状態だ。とはいえ、普通に生きている分には魔力が枯渇することはありえない。そもそも、魔術を行使する者以外には無用の長物だからだ。
というわけで、『鏡像』はひたすら休みながら魔力の回復に努めている。本来ならばやらねばならないことが山ほどあるのだが、ここで無理をして本当に倒れてしまっては目も当てられない。幸い、食事の世話は羊人達がしてくれている。ついさっきも、ミュリアが消化にいい煮込み料理の入った鍋を持ってきてくれた所だ。だが、『鏡像』は鍋に中々手を付けられないでいた。
「・・・・・・ふぅ」
溜め息を一つ。彼女の脳裏によぎるのは、『暗礁』の魔術師とハヤト。あの二人を捕える絶好の機会を、みすみす逃してしまったことだ。グロム達の選択を責めるわけではない。しかし、仮にその場に自身がいたとしたら、また違った展開になっただろう。
『暗礁』の魔術師。彼女には、数十年前に一度だけ会ったことがある。幼いながら先代の『鏡像』に師事し、ひたすら魔術の腕を磨いていた頃。彼女たちの拠点にふらりと現れて、なんでもない世間話をして去っていった。輝かんばかりの美貌に似合わぬ気だるげな雰囲気が印象的で、『鏡像』はその時のことを鮮明に覚えている。
数年後。いつもは厳格な師が、人目をはばからず涙を流していた。友人である『暗礁』の訃報が届いたのだ。魔術や薬ではどうにもならない、流行り病だったらしい。師は溢れる涙を拭うことも無く、一日中嗚咽を漏らし続けていた。その光景は、決して忘れることは出来ない。
師から『暗礁』について、詳しく聞いたことは無かった。だが、涙の理由は分かる。大切な人を喪った悲しみ。それが、あの時の師を苛んでいた。
だから、『鏡像』は今の『暗礁』を許すことが出来ない。あのように肉体を弄び、あまつさえ彼女の二つ名を名乗るなど、本来の『暗礁』を冒涜している。今は亡き師に代わってその仇を討つ。そう、思っていた。
「嫌になるな」
天上の木目を見つめながら呟く。距離はあるとはいえ交戦した感じ、『暗礁』は自身の数段上だと感じてしまった。守る側の『鏡像』は、丹念に準備を施し待ち構えていたが、それをあのような雑な力押しをされるとは。異形が無力化してくれたから良かったものの、仮にハヤトの襲撃が無かったとしてもその内押し切られてしまっていただろう。情けない。
『鏡像』は悔しそうに顔を歪め、ゆっくりと体を起こした。腹に何か入れなければ、回復するものも回復しない。簡素な台に置かれた鍋に手を伸ばし、フタを開ける。ふわりと美味しそうな匂いが広がり、思わず唾が溢れ出した。どうやら、様々な野菜をどろどろになるまで煮込んだもののようだ。
「何を悩もうと腹は減る、か。ありがたくいただくとしよう」
木製のスプーンを手に取り、同じく木製のお椀に鍋の中身を分ける。そっと口をつけると、ほのかな塩味と野菜の風味が口いっぱいに広がった。まだ温かいそれは、疲弊した心身にすぅっと染み渡っていく。
「うん・・・・・・美味い」
食欲は無かったはずなのに、結局はがっつくように食べてしまう『鏡像』。生き物の本能には抗えないな、と皮肉そうに笑いながら、スプーンを忙しなく動かしていた。
それにしても。体も温まり脳が活性化したような感覚を覚えながら、『鏡像』は今後のことを考える。どうやら異形は、『暗礁』とハヤトをこの里に迎えることも辞さない考えらしい。彼女からすれば納得出来ない話だが、様子を見るべきだろう。交換条件として昇魂薬をばら撒かないということらしいが、本当にその約束を守るのかを見極める時間が必要だ。
「あむ・・・・・・」
『鏡像』は根菜を咀嚼しつつ、案外異形の考えも悪くないと思い直す。無論、『暗礁』達が約束を守るのなら、だが。いずれこの里に来るというのならば、こちらとしても都合がいい。その時が来たら、洗いざらい説明してもらおうじゃないか。鍋の中身を綺麗に食べきった『鏡像』は、気分が上向きになっているのを感じながら再びベッドに潜り込むのだった。
防衛戦、これにて落着。
ところで、一身上の都合で投稿ペースを二日に一回から四日に一回に落とさせていただきます。これからも継続的には投稿していきたい所存ですので、温かい目で見ていただけると幸いです。