「ほぅ、隠れ里が再び襲撃されたのですか!その場にいれなかったことは悔やまれますが、無事撃退出来たようで何よりですとも!」
「うん、死者も出ていないようで本当に良かった。相手を捕えることが出来なかったのは残念だけどね」
清潔感漂う病室。満足気に頷くカロロの前には、城塞都市エリンドを統括しているはずのニェーク伯爵が佇んでいた。
「それにしても、わざわざそれを伝えにワタクシの元に?確か、ニェーク殿は随分と忙しかったのでは」
「うーん、それもそうなんだけど。あまり、他に知られるべきではない話だからね。私以外に里の状況を知っている者は数少ない。まぁ、機密保持の為だよ」
「成程、納得がいきました。しかしなんとも、いい加減ワタクシも里に戻りたいものですなぁ。チチチチッ」
そう言って笑うカロロは、以前に比べて随分と痩せているように見える。内臓を抉り出された一撃は、それだけ彼の肉体に負担を与えていた。元より鳥の亜人は頑健さにおいて他の亜人に一歩劣る。本来ならば死を免れなかった負傷となれば、未だに完治しないのも当然だった。
「悪いけど、それを判断するのは君や私じゃない。『苦薬』の言うことを聞くしか無いさ」
「あぁ、全く。二つ名の通りの方ですからねぇ。さしものワタクシも、あれほど苦い良薬を頂いたのは初めてでしたとも!おかげでこうやって命を長らえているので、感謝しなくてはなりませんな。」
『苦薬』の魔術師。瀕死の重傷を負ったカロロの為に、ニェークが尽力して呼び寄せた治療特化の魔術師だ。正確には、薬師としての調合に長けている。魔力を用いて生成される薬の数々は、市販のポーションなどとは比べ物にならない効能を誇る。その腕前から、一時期昇魂薬の製作者ではないかと疑われていた程だ。
疑いが晴れた後も、ニェークは昇魂薬の分析の為にと何度か招聘しようとしていたのだが・・・・・・どれだけ好条件を示しても拒否されてしまった。魔術師とは元来偏屈なもの、諦めかけたその時にカロロが重傷を受け生死の境を彷徨っているという報告が入る。駄目元で『苦薬』にカロロの治療を懇願する手紙を送ると、前回までの無関心振りはどこへやら、すぐさま駆けつけてきてくれたのである。
「本当にね。ありがたい限りだよ。まぁ、治療以外の件には一切目を向けないけど。職人気質なんだなぁ」
「それだけ医術に対して誠実なんでしょうなぁ。っと、そういえばニェーク殿、『水禍』殿は今どちらに?そろそろ、命を救ってもらった感謝を伝えたいのですが」
「あー・・・・・・彼は、極秘任務中でね。詳細を教えることは出来ないんだ。一応、里が襲撃される可能性があると連絡が来た時にはそちらに向かわせていたんだけど、到着する前に撃退出来たようだ。だから、今は本来の極秘任務に戻ってもらってる」
「・・・・・・ふむ。ならば、あえて聞きますまい。誰も彼も、苦労しているのですな」
ニェークの言葉に何かを悟ったのか、カロロは肩を竦めてベッドに横になった。やはり、聡い。第一印象からは想像も出来ない聡明さに、ニェークは内心舌を巻いていた。と、
「食事と薬の時間です、カロロ」
片手にトレイを乗せた壮年の男が、ノックもせずに部屋へと入ってくる。面長の顔立ちに、神経質そうな目つき。ひょろりとした体形は、まるで針金細工のようだ。彼はニェークを押しやるようにベッドの横まで進み、そっとトレイを台に置く。
「要望通り、肉の量を多めにしておきました。消化に差し支え無い範囲ですが。こちらの錠剤とポーションは、食事後30分以内に必ず飲むこと。一時間後、トレイを回収に来ます。では」
男・・・・・・『苦薬』は事務的にすらすらと言葉を並べた後、それ以上の用は無いと言わんばかりに立ち去っていった。動きに全く無駄が無い。そして、その場にいるニェークには目もくれなかった。そもそも、患者以外に興味が無いのだろう。
「・・・・・・うん。それじゃあ、そろそろお暇するよ。伝えるべきことは伝えたからね。どうやら私は、ここではお邪魔なようだ」
「『苦薬』殿は誰に対してもあんな感じですから、どうか気に病まず。ではまたいずれ、ニェーク殿!今度は病室ではない場所で会いたいものですとも!」
「あぁ、また会おう。改めて、お礼もしたいからね」
元気そうなカロロの声を背に病室を後にして、ニェークは急ぐような足取りで外に泊めてある馬車へと向かった。元々、公務の合間を縫ってカロロを訪ねたのである。以前と比べれば決裁すべきことは減少傾向にあるものの、平時と比べたら十分に多い。それでも、気晴らしも兼ねてカロロの元に寄った判断は間違っていないはずだ。ジエッタ将軍が聞いたら怒りそうだと思いつつ、ニェークは馬車へと乗り込んだ。
深夜。満点の星空と月が水面に映る中、ミーは眠ることが出来ずぷかぷかと小川に浮かんでいた。
「フィー・・・・・・」
意味の無い溜め息を漏らし、水の感触に身をゆだねる。と言っても、湖と違ってここには流れがある為、流されないように触手である程度固定しているのだが。
ミーはぼんやりと考える。自分は、ここにいていいのだろうか。『鏡像』やイニマ、オーギスに異形。彼らが傷付いたのは、自分があの湖にいたせいだ。もしも自分が別の場所にいれば、彼らは戦うことも、ましてや傷付くことも無かっただろう。そんな考えが心の中に浮かび、べったりと張り付いて離れない。
「ナンデ、ナノカナ」
彼らは、自分を助けてくれた。命の恩人だ。自分も、彼らのことは友達だと思っている。たった数度遊んだり話しただけで友達なんて、おこがましいかもしれないけど。だからこそ、彼らにこれ以上迷惑をかけるのは嫌だった。例え彼らがそれを許容するとしても、自分は許容出来ない。
痛めつけられ、数えきれない程投薬され。あの部屋は、この世の苦痛を全て詰め込んだような場所だった。それでも、里の者達に迷惑をかけるくらいならあの部屋に戻ったほうがマシだ。体以上に、心が痛くなる。
「ウーン・・・・・・」
でも、彼らはミーがここを離れることを肯定しないだろう。強引に引き留めたり拘束したりはしてこないと思うが、きっと悲しい顔をする。それも、ミーには耐えられない。いっそ、泡のように消えてしまえればいいのに、そうすれば、痛む心も消え去ってしまうだろうから。いや、駄目だ。どっちにしろ彼らは悲しんでしまう。
「ドウシヨウ」
ちゃぷちゃぷと手で水面を揺らして、ミーは思い悩む。水面に波が立つ度に、そこに映っている星空が踊った。幻想的で、美しい光景。しばし思考を止めて、それを眺める。綺麗だ。自分には、勿体なく感じてしまう。
水面から目を離して、本物の星空を見上げた。手を伸ばしても決して届かない、無数の輝きたち。でも、ミーは水面に映った星空の方が好きだと思った。何故かは、分からない。
「・・・・・・フフ」
両手で水を掬うと、まるで手中に星空を得たかのようだ。ふぅっと息を吹きかけて、踊る星たちを楽しむ。そうしていると、やがて睡魔が頭をもたげてくる。ミーは逆らわず、流れの緩い場所に移動して目を閉じた。悩むのは明日でもいいだろう。彼女は水のゆりかごに揺られ、ゆっくりと眠りについた。
「・・・・・・ふむ。これは、参ったな」
交戦した跡が未だに残る森の中。体に巻かれた包帯の量が随分と減った異形は、目を凝らしてとある痕跡を確認していた。その痕跡とは、殺したはずの魔人達、その死体。未だ魔力が回復し切らない『鏡像』に頼まれ、研究用のサンプルを探しに来たのだ。
しかし。かなりの人数を殺したはずの魔人の死体が、影も形も見当たらない。ハヤトが帰る際に回収したのだろうか。あるいは、獣に食われたか。いや、それはありえない。あれだけの惨状を綺麗さっぱり消すことなど、例え魔術でも不可能だ。だとすれば、一体何故。
「・・・・・・む」
何かに気付いたのか、異形はしゃがみ込み地面を近付ける。土が通常よりも黒ずんでいるように思えた。表面を削り、まじまじと確認する。僅かな瘴気が鼻をつき、感触も粘ついているようだ。消えた死体に、地面の状態。決して無関係ではないだろう。
とりあえずこの辺りの土を採集しておこう。そう決めた異形は、節くれ立った手で土を瓶に詰めていく。ある程度掘っても黒ずみと粘度は変わらず、まるで死体が溶けて地面に染み込んだかのようだ。自然への影響が気になるが、見た限り異常は無いように思える。これからどうなるかは分からない為、定期的に様子を見に来るべきかもしれない。
「他は、特に無いか」
地面の状態以外に目ぼしいものは発見出来なかった。発見出来ない事実自体がおかしいのだが、詳しいことは異形では判断出来ない。ここは一旦里に戻り、『鏡像』の意見を仰ぐべきだろう。と、
「っ・・・・・・。これは、ラソン達か?」
結界の外縁部に反応があった。十数人の人間と、数台の馬車。恐らく、先日連絡があったエリンドからの物資輸送と思われる。ハヤト達の襲撃には間に合わなかったものの、ニェークは里を守る為に増援を送ることを決定していたようだ。増援自体は中止になったが、支援物資はそのまま送るとの連絡が里には伝わっていた。
ありがたい限りだ。そう思いつつも、異形は念の為確認に向かう。結界の情報だけで誤認し、もしも敵部隊だったとしたら目も当てられない。土の採集を終えた異形は立ち上がり、エリンドからと思われる馬車隊の方へ向かうのだった。
夕日が里を照らす中、俺は殆ど日課になっている飛び筒の修練に励んでいた。魔石粉には限りがあるとはいえ、先日の戦いで使い切った魔石が大量に発生、それを魔石粉に加工する為今の所は困らない。それに、異形の旦那が作ってくれた新しい弾・・・・・・確か散弾と言うんだったな、こいつにも慣れないといかん。まぁ、同時に複数の弾を発射して命中力を補うもんだから、そこまで腕は必要無いのかもしれないが。
「お、あれは」
というわけで今日の修練も程々に、耳栓を外し諸々を片付けた俺が家に帰ろうとした折。四台の馬車が小川に架けられた橋を渡っているのが目に入った。御者台に乗っているのはラソンのようだ。物資の支援を行うとニェーク伯爵が書簡で伝てくれていたが、迅速だな。助かるねぇ。
「おーい、ラソン!」
「おぉ、グロムさん。お久しぶりですね」
手を振って駆け寄ると、ラソンも手を振り返して笑みを浮かべる。短い橋を渡り切り、キリのいい所で馬車を停めた。
「いや、すみません。本来ならば、攻撃を受ける前にこちらにいなければならないのですが・・・・・・」
「気にしなさんな。それよりも、またしても色々持ってきてくれたんだろう?前回からそこまで日が空いてないのに、本当にありがたいよ」
「我が主のご意向ですから。まぁ、個人的にも心配していましたが。話によると、オーギス達が手酷い傷を負ったと。頼まれた通り、傷跡を癒すポーションも運んできましたよ」
「おぉ、そいつは嬉しいね。しかし、かなりの希少品だったと思うが。ニェーク伯爵に無理させてないかい?」
「「一度盟約を交わした以上、可能な限り支援するのがエリンド家の家訓だ」と、主は仰られていました。どうか、お気になさらず受け取ってください」
・・・・・・これは毎度毎度のことなんだが、本当に人に恵まれているな。里が今もここに在るのは、それが最も大きい理由だと思う。
「何度感謝してもしたりないな、そいつは。しばらくこちらにいるんだろう?今度、食事を振る舞わせてくれ」
「いえ、荷解きが終わりましたら私はすぐに戻らなくてはなりません。また今度、厄介になります」
「そりゃ残念だ。そん時は、とびきりのご馳走を用意しておくよ」
そして、ラソンと配下の者達は馬車からの荷下ろしを始めた。力仕事は今の俺じゃあ役に立てんな。そうだ、せめて飲み物か何か持ってこよう。そう思い立ち、ミュリアちゃんが待っている家へと走っていく。また、里が賑やかになりそうだ。どことなく嬉しさを感じて、走る俺の口元は緩んでしまうのだった。
戦いは終わってからの方が大変だったりします。