「これ、丸ごと馬車に積んできたのかい!?自分で頼んでおいてなんだけど、よくもまぁそんな無茶を・・・・・・」
「大変でしたよ。まぁ、里から頂いていた羊毛を緩衝材にしていたので、破損はしていないと思います。実際に『鏡像』様が使用してみなければ、細かい所は分かりませんが」
村の外れ、南の見張り台近く。そこには、奇妙なものが設置されていた。
大きさは複数人用のテント程。様々な器具を組み合わせたかのような形状は、どうにも説明しがたい威容を誇っている。総じて、何に使うか分からない奇怪な装置だ。
「うん、助かるよ。丁度昨日、飛び筒使いから妙な土を受け取っていてね。私の解析魔術だけじゃあ限界があったんだ。これなら、新たなことが分かるかもしれない」
「それは何よりです。ですが、無理はしないでくださいよ。昨日まで寝たきりだったんでしょう?決して貴女を突っ走らせぬように、と主様からも釘を刺されているんです」
「それはどうも。相変わらず几帳面だねぇ、あなた達主従は。まぁ、無理はしないよ。大事を取って明日からにしようじゃないか。そも、ようやく動けるようになったから散歩に出ていただけだからね、私は」
苦笑しながら、『鏡像』は言い訳のように言葉を紡ぐ。ラソンはやれやれと肩を竦めるが、不意に真面目な顔になって彼女を見つめた。
「もう一つ。『暗礁』についてですが・・・・・・」
「あぁ、分かってる。これでも分別のつく大人だ、すぐに殺しにかかったりはしないよ。仮に、この里にあいつらが住むことになったとしても」
「なら、いいのですが。こちらとしても、これ以上の被害が出ないに越したことはありません。飼い殺すなら、この隠れ里は適任でしょう」
「飼い殺す、ねぇ。私としては毒抜きに近いよ、この里は。誰彼構わず、トゲを取っ払い腑抜けにしてしまう。穏やかな人生においてそれはいいことなんだろうけれど。私のような人間には、少し恐ろしいかな」
言葉とは裏腹に、『鏡像』の顔には微笑みが浮かんでいる。隠れ里。グロムが楽園と称したこの場所には、妙な力がある。少なくとも、彼女はそう感じていた。
「・・・・・・私には、よく分かりませんが。とにかく、今日の所はお帰りください。こちらで出来ることはしておきます」
「頼んだよ、ラソン。さて、それじゃあ戻って惰眠を貪ろうか。食っちゃ寝のせいで腹回りが緩んできて嫌になっちゃうよ、もう」
先ほどのしみじみとした雰囲気をがらりと変えて、『鏡像』はラソンと妙な装置の元から去っていく。その背中を、ラソンは鋭く見つめていた。彼女が『暗礁』へ向ける殺意は、計り知れないものがある。「抜け駆け」を許さないように見張るのが、ニェークから与えられた密命の一つでもあった。
どうか、荒事になりませんように。心の中で呟きつつ、ラソンは仕事へと戻る。やるべきことは無限にある、身を粉にしてでも果たさなければならない。鋼のような忠誠を以て、ラソンはきびきびと動き始めた。
俺は窮地に立たされていた。まさか、平穏の中にこれ程の苦境があろうとは。進むわけにもいかず、さりとて退くわけにもいかず。どうすればいい?考えた所で妙案は浮かばない。このままでは・・・・・・!
時は少し遡る。ラソンが里を訪れた翌日、俺はミュリアちゃんと一緒に傷跡を癒し消すことの出来るポーションを持ってオーギス達の家に向かっていた。これがあれば、イニマの体に残るであろう傷跡も無くすことが出来るはずだ。冒険者と言っても年頃の娘だからな、傷を勲章のように誇るのは男だけだろう。
「おーい」
扉をノックしながら声をかけると、しばらくして足音と共に扉が開いた。まだ包帯が取れていないオーギスが顔を出し、相好を崩す。
「おっ、グロムさんにミュリアのお嬢ちゃん。どうしたんです、二人して。まぁとりあえず上がって」
「お邪魔しますオーギスさん。今日はその、届けたいものがあって」
「お邪魔しますっと。うん、昨日ラソン殿が馬車を引き連れて到着してね。物資の中に面白いもんがあったから持ってきたんだが・・・・・・傷の調子はどうだい?」
「おかげ様でばっちりですよ。少し皮膚がひきつる程度で、他は問題ありません。イニマも似たような感じですが、ちと治りが遅いようで。私よりも喰らった斬撃が多いからか」
「えっわあぁぁグロムちゃんにミュリアちゃんだぁ~~~!!!」
オーギスの声を遮って、飛び筒の鉛玉のようにイニマが飛び込んできた。傷が癒えきっていないはずなのに、凄い速度だ。勢いのままに俺達に抱き着くと、愛おしげに頬ずりをかましてくる。多少薬草臭い。
「あっグロムちゃんの髪の毛もう大分伸びてる!良かったぁ!ミュリアちゃんも相変わらずもっふもふで可愛いねぇ!」
「うんうん、ちょっと落ち着こうかイニマ。今回は、ちと君に渡したいものがあって来たんだが・・・・・・」
「は、はい。だからその、一旦離してもらえると」
「えっ二人のプレゼント!嬉しい!なになに!?」
いつも通りのハイテンションなイニマがようやく俺達を離すと、ミュリアちゃんがポーチから小瓶を取り出した。中身は通常のポーションと違い、透き通った黄金色をしている。また、粘性も高いようだ。
「えっと、これなんですけど。体に残っちゃいそうな傷跡を治せるらしくて。どうでしょうか?」
「正確には、皮膚そのものを元のように再生させるらしい。ま、命を賭けてくれた礼ってわけじゃあ無いが、受け取ってくれ」
「へー、そんなものもあるんだー!そんなに私は気にしてなかったけど、折角二人がくれたものだから使ってみようかな。丁度包帯を交換する所だったし。あ、そうだ!」
小瓶を受け取ったイニマは、何かを思いついたようで楽しそうに口角を上げる。・・・・・・何か、嫌な予感が。
「ねぇ、グロムちゃんにミュリアちゃん!私の体に、これ、塗ってくれる?」
「・・・・・・ん、んん?いや、そいつは」
「はい、構いませんよ。ついでに包帯も私達が交換しますね」
「えっ」
あっさりと返答するミュリアちゃんを見つめると、彼女は小首を傾げてどうかしたんですか?と言ったような表情を浮かべていた。いや、うむ。緊急事態でもない限り、イニマの裸体を見るのは申し訳無いというか・・・・・・散々ミュリアちゃんの裸体は見てきているというのに、今更ではあるんだが。なんというか、その、違うのだ。自分でも説明が出来ないし、かなり焦っている。助けを求めるようにオーギスに視線を送っても、彼は困ったように笑うだけ。いや、助けてくれ。
「やったー!じゃあこっち来て!」
「いやいや、ちょいと待って、ああぁぁぁぁぁ・・・・・・」
制止も空しく、俺はイニマに抱きかかえられ彼女の部屋へと引きずりこまれた。そして、冒頭に至る。
「はい!お願いね、グロムちゃんにミュリアちゃん!」
部屋の扉を閉めたイニマは、あっという間に服を脱ぎ捨て包帯も外してしまった。傷口に付いているガーゼを剥がすと、生々しい患部が露わになる。そして、すっぽんぽんの状態のイニマがベッドに寝転がった。目を伏せていた俺は、どうしたものかと考える。いや、混乱している。見た目通りの歳じゃあるまいに、なぜここまで動揺してるんだ俺は!元は枯れたジジイだぞ!?
「はーい。ねぇグロムさん、これってどうやって・・・・・・グロムさん?」
「あ、あぁ。どうした?」
「なんだか様子が変ですけど・・・・・・大丈夫ですか?」
提案してきたイニマもイニマだが、この状況に違和感を覚えないのかミュリアちゃんは。いや、そもそも俺を男として見ていないし普通なのか?だが一応夫婦で・・・・・・駄目だ、頭が煮えて上手く考えられない。これは異常だ。長い人生、娼館で女を抱いたことだって普通にある。それなのに、これは一体なんなんだ・・・・・・!?
「・・・・・・やっぱり、嫌?ごめんね、強制したいわけじゃなかったんだけど」
悲しみを隠すようなイニマの声。そりゃそうだ、ここまで嫌がってたら気分を害すのも当然だろ。覚悟を決めろ、グロム!戦場に比べりゃあ大したことない!いや、この考え方も失礼か?あぁもう、とにかくやるぞ!
「いや、大丈夫だ。ミュリアちゃん、まずは自分の手に塗ってから傷跡に広げる感じで塗ってけばいい。俺はお腹の辺りから塗ってくから、君は上のほうを頼む」
そう言って、俺は傷跡消し用のポーションを手のひらに垂らす。残った小瓶をミュリアちゃんに渡して、両手を合わせて粘性の液体を馴染ませた。ぬるぬるする。意を決して、てらてらと光る手をイニマの脇腹へと這わせた。
「んふふっ、くすぐったいよ~」
声には出来るだけ反応せず、生々しい傷跡にすり込むことだけを意識する。思えば、彼女を傷付けたのは俺のようなものだ。もっと安全で、確実な策があったかもしれない。それなのに心を乱すとは、不誠実にも程がある。引き締まった中にも女性特有の柔らかさがある感触を手のひらに感じつつも、俺は心を落ち着けようと深呼吸をしていた。
「じゃあ、こっちは私が」
ミュリアちゃんもポーションを手に馴染ませ、乳房の間を通るように出来た傷跡に指を這わせているようだ。いや、意識して目を逸らしているから確実なことは言えないが。イニマはくすぐったそうな声を漏らしていたものの、しばらくするとそれが寝息に変わっていった。リラックスした結果、眠りに落ちてしまったらしい。
「ふふ。気持ちよかったんでしょうか。あ、でも包帯・・・・・・」
「あぁいや、ポーションが乾くまではこのままでいいらしい。ただ、風邪を引くといけないからな。軽く毛布をかけておこう」
なんとか乗り切った。そもそもそんなに重大なことでもないのに、酷く疲れた気がする。なんというか、自分の心の中で色々なものがせめぎ合っているというか。良くも悪くも、元の体の時に比べて不安定になっているような感覚。今の体に慣れたからこそ、心のどこかのバランスが崩れているかもしれない。いかんな。今の俺の状況に前例が無い以上、対策も分からない。イニマに毛布をかけながら、俺は火照った頬のままに思考を回していた。と、
「グロムさん。やっぱり、何かありました?なんだか、いつもと違う感じがするんですけど」
小声で囁くように、ミュリアちゃんが訊ねてくる。聡いなぁ。あるいは、今の俺が分かりやすいだけか。
「んー・・・・・・イニマを起こしちゃ悪い。まずは部屋を出ようや」
俺は立ち上がり、ミュリアちゃんの手を引いて部屋を出る。さて、どう答えるべきだろうな・・・・・・。
TSした人の性欲がどうなるのか、学会でも度々話題になるテーマです。