里長に提案をしてから、三日目の朝。俺がミュリアちゃんと朝食を食べていると、何やら外が騒がしい。何かあったのだろうか。
「んぐっ・・・・・・ちょいと様子を見てくるよ」
ミルクを浸した黒パンを飲み込み、俺は騒がしい外へと出ようとする。懐にしまってある飛び筒がずしりと存在を主張してくるが、重さに慣れる為だし仕方ない。
「あっ、ちゃんとサラダも食べないと駄目ですよ」
「戻ってきたら食べるからさ。この体になってから、野菜が美味しくて仕方ないしね」
ミュリアちゃんに言い残し外に出ると、少し離れた里の中心、広場になっているような場所からがやがやと喧騒が聞こえてきた。とてとてと短い歩幅で近付いていくと、どうやら誰かが騒いでいるらしい。・・・・・・んん?なんか、聞き覚えがあるような・・・・・・。
「そしてワタクシは吸血コウモリを振り切り、闇夜を切り裂きここまでたどり着いたのです!それもひとえに友の為!生死すら定かでは無い朋友を見つける為、この地へと降り立ったのです!そうです、その通り!チッチチチ!」
間違いない。甲高い声で囀り、英雄譚のように物事を語るこの声は、俺の知ってる奴だ。人混みをかき分け駆け寄ると、思った通りの姿が俺の目に映った。小柄な体に似合わぬ立派な翼を持ち、愛嬌のある若々しい顔立ちに満面の笑みを浮かべている。防寒具で丸々としたシルエットは、まさに雀のようだ。
「我が名は青空の騎士して疾風の冒険者!カロロ=ティターヌ=エンデーリン!以後、お見知りおきを!それで、我が友はいずこに?」
「いや、だからその友達の名前を教えてくれないと・・・・・・」
戸惑った様子の羊人───確か鶏小屋を管理してるボードゥって言ったか───が話しかけると、翼を広げて自慢げに胸を反らし、甲高い声を上げた。
「そう!我が友の名!かつて王国軍の山上要塞を攻略せんが為、共和国の最精鋭を投入したあの戦い!ワタクシと彼が会ったのは、まさしくあの戦の直前でした!というのも」
結局名前を言わず、関係無いことをペラペラを喋くるこの男。彼は俺の古馴染みで、名をカロロと言う。雀の亜人である彼は冒険者であり、傭兵である俺と違って野生動物や魔物を退治するのがメインだ。軍が動くほどではないトラブルを解決するのが冒険者の役割であり、時には戦場に駆り出されることもある。まぁ、目の前のこいつは少々特殊な事情があるんだが。
「いやね、あんたが凄いことは十分分かったから。だから、友達の名前を・・・・・・」
ボードゥが辛抱強く言い聞かせようとするが、カロロは止まらない。朗々と語る口は閉じることが無く、友の名前とやらは一向に出てこない。こいつは昔から、人の話は聞かないし目立ちたがりでお喋りだ。まぁ、嘘つきではないことが救いか。
「あんたの友達なら知ってるよ。案内してあげようか」
「チチッ?」
このままだと朝から晩まで語りかねない。俺が口を挟むと、カロロは首を傾げてこちらを見つめてきた。酷く小柄な背丈は、しかし今の俺よりは僅かに高い。というか、真正面から目を合わせるのは久しぶりだな。前の体だとかなりの身長差があったから。
「チチチチッ!お嬢さん、我が友とお知り合いで?」
「あぁ、まぁね。とりあえず、ついてきてくれ」
周囲の羊人達は「なんだ、グロムの知り合いか」のような態度で俺たちを見ている。まぁ実際そうなんだが、里の人は本当に警戒心が無いな。好ましいことではあるけど。
半ば引っ張るようにカロロを連れ、俺は家へと戻っていった。ミュリアちゃんに迷惑はかけたくないが、外だとこいつの声は遠くまで響くからな。
「ただいま、ミュリアちゃん」
「おかえりなさい、グロムさん。えぇと、そちらの人は・・・・・・?」
「チッチチチ!そちらの羊のお嬢さん!今グロムと言いましたか!?なるほど、やはりここにグロムがいるのか!ワタクシは生きていると信じていましたとも!」
非常にうるさいが、それなりの付き合いである俺は慣れっこだ。ひとまず放置しつつミュリアちゃんに耳打ちをする。
「こいつはまぁ、俺の古馴染みでね。なんでここに来たかは分からんし、事情を聞きたいんだ。うるさくてすまん」
「グロムさんのお知り合いなんですか?えっと、分かりました」
「おやおや、姉妹のひそひそ話ですかな?それはよくない、言葉は明朗にはっきりと伝えなくては!ワタクシのように!」
延々と囀るカロロに向かい、ミュリアちゃんは行儀よく頭を下げる。そして、
「は、初めまして!グロムの妻、ミュリアと申します!」
言い放った。ピシッと、空気が固まったような雰囲気が流れる。いやそうか、確かに挨拶は大事だけどこれはちょっと勘違いされちまうんじゃ・・・・・・!
「つ、妻?」
「はい!えぇと、数週間前に同族化の秘術を・・・・・・」
カロロも目を丸くして固まっている。寝ている時以外は喋りっ放しがデフォルトだというのに、こんな表情は初めて見た。って、
「ちょ、ミュリアちゃん!ストップ、ストップ!」
「は、はい?」
ミュリアちゃんに自覚は無いだろうが、話し様によっては俺の尊厳や風評に関わる。ただでさえカロロはお喋りなのだ。事情は伏せた方がいい。いや、ミュリアちゃんは丁寧に挨拶しただけだ、想定出来なかった俺の不手際・・・・・・!正直混乱しながらも、おそるおそるカロロの様子を見る。彼は目を丸くしたまま俺たちを見つめ、やがて深く頷いた。
「成程!ワタクシは聡明故、全て分かりましたとも!」
絶対に分かっていない。
「新婚生活に水を差してしまうとは、このカロロ一生の不覚!馬に蹴られる前に退散した方がいいのでしょうが、せめて夫となったグロムに一度会わせていただけませんか!?チチチッ!」
ほら分かってない!というか曲解が過ぎるぞ一部は真実だけどさぁ!
「あー、いや、カロロ落ち着け。あんたは、友人を探してここまでやってきたのかい?国やギルドからの依頼ではなく?」
内心で叫んでいてもなんの意味も無い。とりあえず、カロロの目的を詳しく探る為に、俺は目を爛々と輝かせている彼に訊ねてみた。
「いえ、元々はギルドからの依頼ですよ?なんでも、この方面に王国の斥候隊が目撃されるようになったと!詳しい事情を聞いてみれば、なんと敗戦を機に我が友グロムも帰還していないというではありませんか!ワタクシは即依頼を受け、グロムを救う為に文字通り飛んできたというわけです!」
「依頼、かぁ」
どうやら、共和国側も何かに気付いて行動を起こしているらしい。これは、逆に好機か?
「しかし、まさかあのグロムが結婚!元から女っ気の無い奴でしたが、このような愛らしい羊人の妻を娶っているとは!さぁさぁ、新郎は何処に!?めいっぱい祝福したいのですが!」
ハイテンションでまくし立てるカロロ。・・・・・・まぁ、もういいや。よく考えりゃあ、こんな見た目になってる時点で色々とアレだし。うん。俺はやけっぱちな気分で口を開いた。
「あー、カロロ。あんたの友人なんだがな」
「はい!幼いお嬢さん、我が友の所に案内していただけるのですか!?」
「案内っつーか・・・・・・目の前にいるぞ、うん」
俺の言葉に、カロロは愛嬌のある顔を傾げる。意味が分からない、といった表情だ。まぁ、当たり前だよな。
「俺がグロムだ。久しぶりだな、カロロ」
沈黙。こいつが黙り込むのは非常に珍しいが、それだけに不気味だ。
「そ、そうなんです!えっと、実は私が同族化の秘術をかけてしまって、何故かこんな姿に」
ミュリアちゃんが援護してくれる。そうか、カロロも亜人だから同族化のことは知っているのかもしれない。しかし、カロロは黙ったまま、俺たちを見つめている。正直、怖い。
「・・・・・・成程。つまり、そこの幼いお嬢さんがグロムだと。そう言いたいのですか」
永遠に思える沈黙の果て、カロロがようやく口を開いた。いつもとは全く違う、静かな口調。緊張しながら、次の言葉を待つ。
「素晴らしい!」
・・・・・・は?
「同族化、なるほどなるほど!二人の愛は分かちがたく、故に体が変化した!これは麗しい恋物語ですとも!」
・・・・・・忘れてた。こいつ、恋愛文学を読み耽るのが趣味だったな。どうやら、今の俺の境遇はこいつの趣味にクリティカルヒットだったらしい。どういう趣味だ。
「いやぁ、気付きませんでした!随分と可愛らしくなって!そちらのお嬢さん、ミュリア殿、でしたか?お似合い、これは見事にベストマッチ!恋愛の神は実在するのですね!」
信じてくれるのはありがたいが、そういう受け止められ方をされるとは。こりゃ、ミュリアちゃんとの間に恋愛感情は無いってのは黙ってたほうがいいかもな。
「分かりました!グロムは真実の愛を見つけ、隠棲していたということを!これは邪魔出来ませんとも!」
「・・・・・・とりあえず、ちゃんと説明するからこっちの話を聞いてくれ」
興奮するカロロに気圧されつつ、俺は説明の苦労を思って肩を落とした。こりゃ、大仕事だぞ・・・・・・。
お喋りクソバード登場。