「と、いうわけで、だ。恐らく『暗礁』が作っている昇魂薬には最低二つの種類がある。求めるものの方向性の違いが、目に見えて明確になったよ」
数日後。正気と元気を取り戻した『鏡像』殿は、瞬く間に昇魂薬の解析を進めた。その内容を主だったメンバーで聞いているというわけだ。ちなみに、ミーは小川から離れられないので、俺達は小川近くに集まっている。
「方向性か。ハヤトが魔人と呼んでいた、人の形を保ったままの魔物。そして、それ以外の変異したような姿の魔物。明らかに系統が違うとは思っていたが・・・・・・」
「それだ。飛び筒使いの言う通り、今までに昇魂薬で「昇った」魔物は大別して二つに分けられる。通常の魔物と類似していたり、あるいは生物とも思えぬような見た目のもの。そして、人に近い姿のもの。この二つは、どうやら別々の昇魂薬によって、変異に仕方が分けられるようなのさ」
「昇魂薬が二種類あった、ってことか。それで、求めてるものの方向性ってのは?」
俺が訊ねると、『鏡像』殿は我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。数日前からは想像もつかない溌剌っぷりだ。
「実はね。二種類の昇魂薬はずっと改良を重ねられているが、到達点は全くの別なんだ。一つは、死者を蘇らせる為のもの。以前ミーを検査して分かったものだ。そしてもう一つは、ノーリスクの魔物化・・・・・・いや、魔人化か。とにかく、記憶や理性を完全に保ったまま魔人となり、強大な力を手に入れる。この二つが、『暗礁』が想定している到達点だよ」
「ってこたぁ、前回守り神さんが戦ったのは・・・・・・」
「前者と後者の合わせ技だね。おそらく、王国で散々殺し回ってたのはかく乱だけが目的じゃ無く、昇魂薬に適合する死体を集めるという理由もあったんだろう。飛び筒使い、奴らは理性的かつ戦意旺盛、戦術も練り上げられていたという話だったが」
オーギスの質問にも明朗に答え、彼女の視線が旦那の方へ向く。旦那は眉間にしわを寄せ、複雑そうな表情を浮かべていた。が、すぐに口を開く。
「あぁ。正規軍と見紛うばかりの動きだった。昇魂薬には洗脳効果もあるのか?」
「そこは多分、別の薬品との併用だろう。あるいは魔術かな。とにかく、ミーにしていた実験ってのは、二つの昇魂薬を同時に使用する為のものだったと推測出来る。配合がかなり奇妙だから、両方の効果を成立させるのは至難だったということか。どんな理由であれ、ミーにやったことは許せないがね」
「・・・・・・フゥン」
『鏡像』殿の言葉を理解しているのかいないのか、ミーはつまらなさそうに唇を尖らせていた。小川の浅い所で触手をくねらせながら、ちゃぷちゃぷと水を弄んでいる。
「まぁ、私としては考察が正しいのか本人に答え合わせを頼みたい所だ。今話したものは、あくまで知っている限りの情報で推測したに過ぎない。なぁ、飛び筒使い。『暗礁』やハヤトには連絡つかないのかい?」
「すまん、連絡する方法は無い。あいつがこちらに接触してくるとしても、待つ以外に選択肢が無いのが現状だ。本当に、すまん」
「いや、別に責めてるわけじゃあないけど・・・・・・とにかくだ。ここ何日かで解明した情報は以上だよ。本来ならこれを皮切りに『暗礁』達を追い詰めたい所だったけど、まぁ状況が状況だ。一応の対策だけは、こちらで立てておく。後は、飛び筒使いの提案にあちらが乗るか次第だね」
そう纏めて、『鏡像』殿は近くの岩に腰を落とした。彼女が話した事情から考えるに、俺達がするべきことは・・・・・・。
「ふぅむ。そういうことなら、俺達に備えられることは少ないな。そもそも、昇魂薬うんぬんは里にいるだけだとどうしようもない。ニェーク伯爵や『鏡像』殿に丸投げだったからな。手間だろうが、そちらに任せてもいいのかい?」
「あぁ、そこはこっちの領分だ。と言っても、襲撃を撃退してからは昇魂薬絡みの事件はめっきり無くなったんだ。口約束を守っている可能性が高い。となると、この里でのんびりしつつ、相手が再び訪れるのを待つしかないかな。一応、拠点の捜索自体はニェーク主導で続けているけど、望み薄だよ」
「そりゃそうか。悩みどころだな、こいつは」
俺や異形の旦那が里を離れない以上、対応はどうしても受け身になってしまう。それは仕方が無いと割り切るとして、他に何かやれることはないのかと思考を回す。だが、今回ばかりは何も思いつけない。精々が、各々鍛錬を重ねるくらいか。大元の原因に話が通っている以上、下手に動くのは逆効果の可能性もある。悩ましい状況だ。
「・・・・・・実際、どう思う?あの人斬りが大人しく里に住みつくとは、僕には思えないんだけど」
ぼそりと呟くように、チャロが言葉を旦那に投げかける。旦那は顎を撫でながら、喉の奥から唸るような声を漏らした。
「むぅ。あいつは昔から負けず嫌いだったからな。だが、道理の分からぬ奴でもない。この数十年で随分と変わってしまったとはいえ、根本の部分は昔のままだと信じたい。無論、再度里を襲おうとするのならば俺が殺す。我が儘に付き合わせて、重ね重ねすまん」
深々と頭を下げる旦那。背中の六本腕、その付け根が見える程に体を折り曲げている。
「謝らないでください、守り神様。少なくとも、里の皆は守り神様の判断を信じています。元々、貴方がいなければ里は滅びていたんですから。こんなの、我が儘の内に入りませんよ」
ミュリアちゃんの言葉は、異形の旦那以上に周囲に響いた。俺も里の一員だが、ここで生まれたわけじゃない。今、里で生活しているものは生まれてからずっと、旦那に守られてきたのだ。そんな彼らが旦那を信じるというのなら、俺が口を挟む余地は無い。そもそも、俺は旦那の提案に賛成だからな。正気の沙汰じゃないのは承知だが。と、
「はい、それじゃあ難しい話は終わり!結論も出たんだし、ご飯にしましょうよ!祝勝会ってわけじゃないけど、私も含めて皆の快気祝いってことで!実は裏でミュリアちゃんと用意してたんです!」
勢いよく手を挙げたイニマが満面の笑みで言い放つ。さっきまでの空気をぶった切る奔放さだ。というか、俺も知らなかったぞ。ミュリアちゃんに目を向けると、照れたように微笑んで自身の巻き角を撫でている。
「え、えへへ・・・・・・実は、皆さんを驚かせたくてこっそり準備してたんです。ラソンさんが持ってきてくれたものの中に面白いものがあって。鉄の網にお肉や野菜を乗せて、焼いて食べるっていう」
「・・・・・・バーベキューか?いや、ふぅむ。炭火の用意は出来ているのか?」
申し訳ない雰囲気を纏っていた旦那が、それを脱ぎ捨ててミュリアちゃんに訊ねた。バーベキュー・・・・・・聞いたことの無い言葉だな。
「ミーさんもいるので、調理道具をこっちに持ってきます。イニマさん、行きましょう!」
「はーい!あ、ついでにリーダーとチャロも来て!結構食材とかも多いからさ!」
「何かコソコソしてると思ったらそんなことを・・・・・・ええい、分かった分かった!」
「・・・・・・全く。いつも通りだ」
ワイワイガヤガヤとしつつ、ミュリアちゃん達が一旦離れていく。残された俺達は顔を見合わせ、誰からともなく笑い出した。くつくつと笑い声を噛み殺している『鏡像』殿が、俺と旦那を見て言う。
「っくくく・・・・・・。能天気だね、つくづく。悪くはないけどさ」
「誉め言葉として受け取っておくよ。まぁ、俺もミュリアちゃんが色々用意してたのには気がつかなかった。どうにも勘が鈍ったかね?」
「気にすることでもないだろう。常に気を張っていては生き辛い。俺も、お前も、ようやく肩の力の抜き方を覚えたということだ」
「ははっ、そいつは重畳。とはいえ、抜き過ぎもよくはない。何事も程々が一番だ。ま、今日の所はのんびりするか。せっかく色々用意してくれているみたいだからな」
「・・・・・・ナンダカ、平和ダネェ」
呆れたようなミーの言葉に、俺は声を上げて笑った。うん、平和だ。それが何よりってもんだな。
・・・・・・とはいえ。俺達には一つ誤算があった。それは、『鏡像』殿の酒癖が滅法悪いことである。
「はーっはっはっは!いい気分だねぇ、まったく!そら、飛び筒使い!杯が乾いちまうよ、もっと飲みな!」
「・・・・・・『鏡像』よ、落ち着け。既に果実酒の瓶を三本も空けているぞ」
「なぁに、この程度飲んだ内にも入らないさ!はむっ、んぐ・・・・・・うぅん!この串焼きは美味いねぇ!肉は猪か、それとも鹿かい?」
「えっと、それは鹿肉ですね。守り神様が張ってくれた罠にかかっていたんです」
「なぁるほど、新鮮で美味なわけだ!ごきゅっごきゅっごきゅっぷはぁ!」
肉と野菜が刺さった串にかぶりつきつつ、果実酒を瓶ごとラッパ飲みする『鏡像』殿。前の祝勝会よりも随分と酒乱に磨きがかかっている気がする。旦那が助けてくれという意志を込めた視線を送ってくるが、俺には何も出来ない。手を合わせて軽く瞑目した後、そっと視線を外した。炭火の上に固定されている網を見つつ、話しを変えるように口を開く。
「成程なぁ、こういう喰い方もあるのか。この鉄の網が無駄な油を落として、食いやすくなってるんだな」
「はーいグロムちゃん!この串もう焼けてるよ!食べて食べて」
「おっ、すまんねイニマ。それじゃあ遠慮無く」
「おい、グロム、んごっごぼ!?」
口に瓶を突っ込まれている旦那の惨状から意識して目を逸らしつつ、絶妙な焼き加減の串にかぶり付く。うん、美味い。食材が新鮮なのもあるが、やはりこの焼き方が秀逸なのだろうか。あるいは、網の上を取り仕切っているミュリアちゃんの腕かもしれない。と、
「ネェ、キョウゾウ。私、ソノ黄色イ野菜ガ刺サッテル串食ベタイ。持ッテキテ」
「おっと、目の付け所がいいねぇミー!こいつは私も大好きなんだ!そぅら、二本まとめて持っていってやる!」
「ごほっ、んぐ・・・・・・ふうぅ・・・・・・」
ミーの助け舟により、旦那が解放された。恨めしげな目線をこちらに向けている気がするが気のせいだろう。うん、気のせいに違いない。
「アリガト、キョウゾウ。アムッ・・・・・・ヘェ、チョット甘イネ。美味シイ」
「そうだろうそうだそう!ところでミーは酒を嗜むかな?」
「嗜マナイヨ。モグモグ、ゴクン。ウン、私コレ好キカモ」
「はっはっはっは!肉もしっかり食べなよミー!新しい串持ってこようか?」
「モウ少シ後デイイヨ。アト、キョウゾウノ声ガ大キイ。耳ガキーンッテナル」
「それは失敬!気分がいいものでね、声も大きくなるというものさ!」
暴風の如き『鏡像』殿の錯乱っぷりを受け流しつつ、ミーは幸せそうに串を頬張る。案外ちゃっかりしているというか、図太いというか。その上旦那に助け舟を出した辺り、周りがしっかりと見えてもいるようだ。よし、『鏡像』殿は彼女に任せよう。いつの時代も、度を越した酔っ払いへの対応は大変だからな。
「守り神さん、こいつもどうぞ。酒ばっかり腹に入れてると悪酔いしますからね」
「好きで飲んでいた訳では無いが・・・・・・助かる、オーギス」
「・・・・・・それにしても。相変わらず、魔術師に抱いていたイメージが吹き飛ぶな。『鏡像』が特殊なだけなのか?」
異形の旦那に串を差し出すオーギスに、微妙そうな視線を『鏡像』殿に向けるチャロ。イニマはある程度配膳を手伝った後、俺を後ろから抱き締めている。ミュリアちゃんが忙しなく動き回っているので、そちらには迷惑をかけられないと判断したようだ。髪の毛に頬ずりされているのでややむず痒い。
「ほら、イニマも食べなって。どれもこれも絶品だぞ」
「んー、ありがとグロムちゃん!あーっむっ、んぐんぐ・・・・・・やっぱり美味しいなぁ。焼き加減もそうだけど、下味もちゃんと準備して漬けてたんだよ。ミュリアちゃんは料理の天才だね!」
「そうだなぁ。この里に住み始めてから、不味い飯を食ったことが無い。思えばミュリアちゃんのおかげだよ。全く、俺は果報者だねぇ」
串にかぶりつき味わいと食感を楽しむ。くどくない程度の味付けは、食材の風味を存分に活かしていた。やっぱりミュリアちゃんは多彩だ。なんだか、自分のことのように誇らしいな。
「ホラ、キョウゾウモ食ベテ。アーン」
「あーん!んぐっ、うまぁい!酒と飯を愉しめる、いい人生と来たもんだ!」
「完全に出来上がってるな・・・・・・近付かないでおこう。チャロ、お前も何か飲むか?」
「いや、僕はいい。果実水もあるし。あんな醜態を晒したくない」
「あっ、じゃあこれはどうですか?野菜と果物を細かくすりおろしたスムージーです。ちょっとドロッとしてますけど」
「はーい!私も飲みたーい!グロムちゃんもどう?」
「そうさな。それじゃあ頼めるかい、ミュリアちゃん」
「・・・・・・ふふ。良い夜だな。こういうのは、嫌いではない」
ワイワイガヤガヤ。宴の喧騒は鳴りやまず、宵を過ぎてもドンチャン騒ぎは続いた。まぁ、俺は途中で寝落ちしてしまい、気付いた時にはミュリアちゃんと旦那と一緒にベッドの中だったのだが。翌日、二日酔いに苦しむ『鏡像』殿がいたことだけは確かだ。
みんなでワイワイ飲み食いしてるのが好きです。