「これは、不味いな」
城塞都市エリンド。その一角、いつもの執務室でジエッタは苦み走った表情を浮かべていた。手にしているのは、最前線からの報告書。偵察によって得た王国軍の動静、その情報が記されている。
「黒鎧魔導重騎兵の半数以上が前線に、か。ふむ・・・・・・」
黒鎧魔導重騎兵。王国軍の最精鋭である彼らは、本来王国の各地に散らばって配置されている。国柄、反乱が多い為である。尋常ではない戦闘力は、例え少数であろうと奴隷や農民の反乱を粉砕することが出来る。それが、共和国との国境に総勢の半数が配置されているとは。非情に危険だ。
さらに、ジエッタにはもう一つの懸念があった。これは裏の取れていない情報ではあるが、王国軍は前線の総指揮官にとある魔術師を起用したらしい。軍人でありながら魔術師の二つ名を持つ男。『孤城』の魔術師。十年以上前に退役し、魔術の研鑽と後継者の育成に励んでいるとの話だったが・・・・・・どうやら、王国は想像以上に現状を重く見ているようだ。
「・・・・・・足りんな」
対する共和国側は、兵力こそ前線に集中させているものの、統制が取れているとは言い難い。元々、複数の氏族、その兵士達を無理やりにまとめ上げたのが共和国軍だ。氏族毎の部隊で動くのは得意なものの、大規模な決戦となると王国軍に比べて分が悪い。さらには、氏族同士で牽制し合って足を引っ張ることも度々あるのだ。
総じて、王国軍は精強なものの小回りが利かず、共和国軍は小規模な戦ならば優秀なものの大兵力を動員するには向いていない。そして、今の状況は王国軍に有利である。頭を抱えたくなるような状況だ。
今まで王国と共和国の戦争が小康状態だったのは、発生するであろう損害に比べて利益が少なかったからである。大陸を二分する国同士の争いだ、どちらかが絶滅するまで戦っては勝者も立ち上がれない程の傷を負う。だからこそ、決戦では有利なはずの王国軍も、時折り思い出したかのように散発的な攻勢をかけてくるだけだった。あるいは別の思惑があるのかもしれないが、ジエッタには与り知らぬことだ。
「こちらも魔術師を招集するか?いや・・・・・・」
現在、王国は冒険者や傭兵を積極的に雇い、前線の戦力差を埋めようとしている。とはいえ、指揮官が心許ない。エリンドを統括するジエッタの権限では、後方を固めることくらいしか出来なかった。現在最前線の指揮を執っている将軍は優秀だと聞いているものの、実際の実力をこの目で見たわけではない。あるいは、先日の王国軍とのぶつかり合いのように大敗する可能性も高いのだ。そうなれば、まさしく国家存亡の危機である。
一つの方法として、各地にいる魔術師達を雇うという手がある。確かに、共和国内に数十人は存在している魔術師達を味方につけられれば心強いだろう。しかし、そもそも魔術師というものは国に忠誠を誓ってはいない。力を借りる為には法外な金銭か、到底実現不可能な条件を達成することが必要だ。そして、議会はそれを承認しないだろう。
「むぅ・・・・・・」
唸り声を一つ上げて、ジエッタは背もたれに体を預けた。昇魂薬の件が小康状態を見せているとはいえ、自身にもニェークにも余裕は無いのだ。国家の支援も無しに、これ以上の魔術師を味方に引き入れるのは現実的ではない。であれば、この窮地にどう動くべきか。
「・・・・・・」
報告書を睨みつつも、沈黙するジエッタ。そう都合のいい解決策など、どこにも見当たりはしない。戦闘や指揮はともかく、ジエッタに術策を組み立てる才は無いのだから。脳と臓腑を捻りに捻り、のたうち回る程の思考の中から策を絞り出す。そういうやり方しか、彼は知らなかった。
今宵より、一層眠れぬ日々が続くだろう。覚悟を固め、ジエッタは途方も無い道に一歩踏み出した。その先に妙案は浮かぶのか。それはまだ、誰にも分からない。
「・・・・・・」
隠れ里の鍛冶場。中央部に胡坐をかき、腕を組んで座り込んでいる異形は、炉の熱気が高まっていくのを感じながら思案に耽っていた。
今の隠れ里に問題は山積みだ。ハヤトの件は一旦置いておくにしても、里の場所が王国に露見する可能性は未だ高い。現状、王国軍と共和国軍は国境線のあちこちで睨み合いをしている。里の場所は国境線に近く、周囲は整備も進んでいない森林が広がっていた。両軍共に、少数の兵力で後方に浸透しようとする可能性は十分にある。
「むぅ・・・・・・」
唸り声を上げ、組んでいる腕に力が入った。降りかかる火の粉は払わなければならない。しかし、里の戦力は限られている。戦力を増強するのに手っ取り早いのは、やはり里の羊人達に訓練を施すことだろうか。あの、戦いに向かぬ温和で純朴な者達に。
それは出来ない。今までに何度も考え、その度に否定してきた方法だ。だが、果たして本当にそうなのだろうか?里の者達は、危険と分かっていながらも治療の為に勇気を示した。彼らの勇気、覚悟に報いる為にはこちらも相応の覚悟が必要なのではないのか。
飛び筒。僅かな訓練時間さえあれば、誰でも扱えるようになる兵器。異形は、必要以上に飛び筒を造ることを決してしてこなかった。下手をすれば、戦いの形式そのものを変えてしまいかねないものだと知っていたから。
「・・・・・・どうする?」
呟き、自問する。あるいは飛び筒を大量に造り、羊人達を武装させれば外敵が攻めてきたとしても対抗出来るかもしれない。しかし、その先に待つのは果て無き闘争だ。終わりの見えない、戦いの連鎖。武器を持ち、里ぐるみで戦うとはそういうことだと、異形は思っていた。
今日、彼が迷っているのは、以前と状況が変わっているからだ。里の者達の意識にも変化が見られ、かつ里の外には危険がひしめいている。まるで、世の流れが飛び筒で武装しろと後押ししてくるかのようだ。
考えても考えても、納得のいく答えは出ない。それでも行動はしなければ。異形は重い腰を上げ、飛び筒の制作に取り掛かる。通常のものとは違う、特殊な用途のもの。これならば、例えどちらに転んだとしても造る意味がある。時間を無駄には出来ないのだ。
「よし」
思考を切り替え、異形は補給物資として送られてきた鉄鉱を加工し始める。全ては、里を守る為に。と、
「おぅ、守り神様。鉄材ここに置いとくぞ」
聞き慣れた声。マノルギが資材を運んできてくれたらしい。
「助かる。夜半までかかりそうだ、後始末はしておくからマノルギは先に休んでいてくれ」
「いや、後学の為に見学させてもらえんか。なぁに、体力はまだまだ若いもんには負けん。出来りゃあ弟子達にも見せてやりたいが・・・・・・それは嫌だろう?」
その提案に、異形は僅かに動きを鈍らせた。今まで、飛び筒の製法は誰にも伝えず、作業を見せることも殆ど無かった。鍛冶場を貸してくれているマノルギにも、である。不誠実だと分かっていても、そこは徹底していた。だが、マノルギならば製法を言いふらすことも無いだろう。もし自分が斃れた時、飛び筒を新たに造れねば里に危機が及ぶかもしれない。製法が漏洩する危険と天秤にかけて、異形は暫し苦悩した。
「・・・・・・分かった。見学は構わん。マノルギが必要だと思ったら、後で弟子達に伝えればいい」
結果。異形は、マノルギを信じることに決める。彼を、里の皆を信じ、頼る。グロムが訪れる前からは想像も出来ない考え方だ。仮に里の外の誰かが飛び筒の技術を悪用しようとしても、今はそれを防ごうとする仲間がいる。だからこそ、異形は決断した。
「器具の使い方も教えよう。今夜は長くなるぞ」
「へっ、望むところだ。守り神様の業、存分に盗ませてもらわぁ」
日が落ち始めた中、彼らはニヤリと笑い合う。やがて、鉄が打たれる音が響き始めた。
「よいしょ、っと」
頭よりも大きいかぼちゃを抱えて、私は自分たちの家に向かって歩いていた。里長の家に寄った時、おすそ分けしてもらったのだ。
こういう大きいかぼちゃは、食べられる部分が多くてもあまり美味しくない。だから、調味料でしっかり味付けしてポタージュとかにするのが普通だ。今夜の夕食に作ろうっと。そう思いながら里の道を進んでいると、遠くから音が聞こえてきた。飛び筒が発射される音だ。夕方くらいになるといつも聞こえる、日常に馴染んだ音。きっと、今日もグロムさんが練習しているんだろう。
なんとなく気になった私は、家に大きなかぼちゃを置いた後里の外れに向かった。別に何かがあるというわけじゃない、本当になんとなくだ。すぐに辿り着くと、見慣れた後ろ姿が見える。もう練習は終わったみたいで、後片付けをしてるみたいだ。
「グロムさーん!」
「ん?あぁ、ミュリアちゃんか。どうしたんだい?」
手を振りながら駆け寄ると、グロムさんは顔を上げてニッコリと微笑む。愛らしい見た目には似合わない、お父さんのような笑みだ。でも、彼にはピッタリだと私は思った。
「ちょっと、家にかぼちゃを運んだついでに。今日はもう終わりですか?」
「丁度区切りが良かったからね。先日大量に魔石を使われて、魔石粉に余裕があるとはいえ有限だ。それに、鍛錬ってのは根を詰めてやっても中々結果は出ない。ある程度の腕は身に付いたから、後はその腕が落ちないように毎日続ければいいんだ。まぁ、あくまで俺の持論だけど」
「へぇ、そういうものなんですね。料理とか裁縫と同じなんだ」
「はっは、その通り。日々の営みに組み込めば、上達にも繋がるし腕が錆びることも無い。だからまぁ、一応のルーティンだよ、これは」
ポーチに道具をしまいながら、グロムさんは朗らかに言う。飛び筒は危ない武器だけど、彼の態度はそれを感じさせない。この里に来るまで、色んな場所で何十年も戦い続けていた経験がそうさせるんだろうか。ふと、グロムさんの過去に思いを巡らせた。一体、どんな人生を送ってきたんだろう。詳しく聞いたことは無い。
「おっと、そうだミュリアちゃん。ちと手伝ってくれないか。散弾を撃つとどうにも鉛玉が散らばっちまってね。回収して再利用したいんだが、木に当たらなかった分は中々見つけられないんだ。だから、木の後ろに羊毛の壁を作ろうと思ってるんだよ。羊毛なら貫通もしないし・・・・・・ミュリアちゃん?」
「あっ、はい!ごめんなさい、ちょっと考え事をしてて」
慌てて返事をすると、グロムさんは背伸びをして私の頭を撫でてくれた。暖かく、柔らかい手のひらの感触。
「なんかあったら言ってくれや。聞くぐらいなら出来るからさ」
「そ、そんな大したことじゃないですよ。グロムさんが、この里に来る前はどんな暮らしをしてたのかなぁ、って。ちょっとだけ気になっちゃって」
「そいつは、ふむ。確かに、詳しく話したことは無いな。カロロからも多少は聞いてたっけか?」
「そうですね。えっと、高い場所にある要塞を落とした話とか」
「んー・・・・・・間違ってはいないんだが、カロロは誇張したがりだからな。よし、じゃあ一旦家に帰ろうか。夕飯の準備でもしながら話すよ。大して面白いもんでもないけど」
「いいん、ですか?」
気楽な返事に、私は少しだけ戸惑ってしまう。なんというか、今までグロムさんはあまり過去を語りたがらなかった気がしていたからだ。私の思い違いだったのかな・・・・・・?
「いいさ、当然。別に隠すようなことじゃない。ただまぁ、ミュリアちゃんにとってはちと刺激が強いかもだ。カロロが語るとまるで英雄譚に聞こえるかもしれないが、現実はもっと血生臭くて泥臭い。それに、ミュリアちゃんが聞きたいのはそういうんじゃないんだろ?」
「はい。でも、多分平気です。それより、知りたいって気持ちの方が強くて。ワガママ、聞いてくれますか?」
「くくく、随分と可愛らしい我が儘だなぁ。勿論だ。今夜は、夜更かしすることになるかもな」
さっきとは違うニヤリといった感じの笑みを浮かべたグロムさんは、私の手を引いて歩き始めた。ちょっとドキドキしながら、私は横に並ぶ。綺麗な夕焼けが私達を照らして、赤く赤く染め上げていた。
グロムの過去が明かされる時が来たのかもしれません。