「そうさなぁ。まずは、俺が傭兵になった経緯から話そうか」
夕焼けが照らす家の中。キッチンでかぼちゃをすり下ろしながら、俺は口を開いた。思えば、今まで過去を語ることは殆ど無かった。別にわざわざ話したいことでも無いし、何より俺の人生は血に塗れている。それを、この里に持ち込みたくなかった。
だが、今の隠れ里に暮らしていて気が変わった。きっと、ミュリアちゃんも他の羊人達も、どす黒い現実に負けないだけの心の強さがある。俺の判断は過保護というか、ある種彼女たちを舐めていたんだ。申し訳無いな、全く。
「そういえば、グロムさんがずっと戦ってきたっていうのは知ってますけど、若い頃の話は全然聞いたことが無かったです。今みたいな姿・・・・・・では、ないんですよね?」
「ははは、当たり前だよ。生まれた時から正真正銘の男だったからな。見栄えも良いわけじゃ無かった。何せ、食い詰めた農村の次男坊だったんでね」
小振りな包丁でかぼちゃの皮を落としつつ、俺は語り始める。色褪せ、血と汗に塗れた遠い過去を。
全てが燃えていた。いつも疲れ切った顔の両親も、乱暴者の兄も、密かに思いを向けていた隣家のお姉さんも、他の村人達も。全て全て、赤い嵐に飲み込まれている。村の至る所から悲鳴が聞こえ、そして消えていく。言葉では言い表せない程の惨状に、少年であったグロムはただ立ち尽くすことしか出来なかった。
共和国南部、街と街を繋ぐ街道から外れた農村。名も無き寂れた村は、魔物に襲われていた。火を吹き、一帯を焦土と化す火炎の獣。たてがみが常に燃え盛り、焦げ落ちた村人の死体を貪っている。
非力だったグロムは農作業の役にも立たず、村周辺に食べられるものを探しに出ていた。日が落ちる寸前まで探し回るも殆ど見つけられず、肩を落として帰ろうとした時。村の方向が徐々に赤く光るような光景が見えた。何が起きているのか分からず、急いで走り始めるグロム。近付くにつれ、焦げ臭い匂いと熱気、そして悲鳴が聞こえてくる。
グロムは、持っているカゴを取り落とし呆然と立ち尽くすしかなかった。彼の日常は一瞬にして燃え落ち、業炎が村から徐々に広がっていく。このままではいずれグロムも炎に飲まれてしまうしまうだろう。それなのに、逃げられない。足は震えるばかりで一歩も動かせず、視線は燃え盛る村に釘付けになっていた。
「あ、う・・・・・・」
目の前に近付いてくる死の気配。轟々と燃え盛る火の中から、満足気な様子の獣が姿を現す。たてがみの炎は一層燃え盛り、離れているというのにグロムの肌が灼けるかのようだ。もう、悲鳴は聞こえない。村人全員が、息絶えてしまったのだろう。あるいは、目の前の獣に貪り食われてしまったのかもしれない。そんなことをぼぅっと考えながら、こちらの姿に気付きのっそりと近付いてくる獣を眺めていた。現実感が希薄で、どこか浮遊感を感じる。死が、すぐそこまで迫っているというのに。と、
「呆けてんじゃねえぞ坊主!」
背後から、だみ声の一喝が飛んできた。その声に正気を取り戻したグロムは、目の前の獣から離れようと後ずさる。しかし、精神だけが正気に戻っても肉体はそうはいかない。恐怖と困惑で固まり切った四肢は自由に動かせず、その場に尻もちをついてしまった。火炎のたてがみを纏った獣はまるで笑うように大口を開け、倒れたグロムに跳びかかる。その刹那。
「馬鹿野郎が!!!」
黒い何かが、獣の跳躍を遮った。熱された獣の爪に牙が黒い何かに襲い掛かるが、それは全てを受け止め逆に押し返す。そこに至り、ようやくグロムは気付いた。黒い何かは鎧を着て、分厚く巨大な盾を構えた人間だということに。
「とっとと逃げろ馬鹿!長くは持たんぞ!」
罵倒され、どうにか立ち上がったグロムは村とは逆の方向に走り出す。後方から戦闘音が聞こえても、振り返ることは出来なかった。
料理を進めながら、ミュリアちゃんは沈痛な表情を浮かべている。
「そんな・・・・・・グロムさんの故郷が」
「まぁ、この大陸じゃよくあることさ。俺の村は獣・・・・・・魔物に襲われたんだが、他にも山賊やただの野生動物、果ては食い詰めた別の村の農民に襲われることも日常茶飯事なんだ。勿論共和国も兵士を巡察させたりもしているが、いかんせん手数が足りない。僻地の農村や開拓村は、大体がこんなもんだよ」
そう。この大陸は、王国時代から治安が良くなかった。魔物と呼ばれる瘴気に呑まれた狂暴な存在が原因の一端でもあるが、それだけじゃない。人間ってのは追い詰められればなんでもするし、楽に生きる為にもなんでもする。王国が、未だ亜人を奴隷として扱っているように。
「・・・・・・知りませんでした。私は、ずっとこの里で暮らしてきたから」
「うん。俺が、この里を楽園だと言ってるのはそこだ。残酷で過酷で、救いの無い現実はここには無い。当たり前のことを当たり前にやるだけで、満ち足りた平穏な日常が過ごせる。こいつは、万金を積み上げても手に入れられない幸福なんだよ」
「恵まれているんですね、私達は。もの知らずで、恥ずかしいです」
「いや、卑下することじゃあない。大体、理不尽が渦巻く世界の方がおかしいんだ。俺はそう思うね」
焚き火を調節して、中火ですりおろしたかぼちゃを煮込む。ある程度火加減が安定した後、俺は立ち上がってミュリアちゃんの肩をぽんと叩いた。
「そう気負う必要も無いさ。ミュリアちゃんはミュリアちゃんでいてくれればそれでいい」
「そう、なんでしょうか。・・・・・・えっと、そういえば、グロムさんを助けてくれた人は誰だったんですか?」
「っとと、そうだそうだ。話が逸れちまった。あの人はとある傭兵団の団長様でね。たまたま移動中に村が燃えてるのを知って、部下も置いて一人で駆けつけてきてくれたらしい。まぁ、実際は火事の原因であろう山賊や魔物をとっちめて金をふんだくるつもりだったらしいが」
俺の言葉に、ミュリアちゃんは微妙な表情になってしまった。まぁ、うん。別にあの人は清廉潔白でも何でもない。むしろ、俗物と言っていいだろう。でも。
「結局、俺は行く当ても無くなって傭兵団長・・・・・・キローヌに拾われたんだ。傭兵団の雑用でもすれば、飯くらいは食わせてやるってな」
「助けてくれたんですか?」
「そうだね、そうだと思う。彼は粗暴で金目のモノに目が無く、浅慮だったけども。目の前の役に立ちそうもないガキ一人に手を差し伸べてくれるような、親分気質な魅力があった。だから、傭兵団のメンバーも彼についていってたんだろう」
キローヌの豪放磊落な笑顔を思い出し、俺は苦笑を浮かべた。欠点も美点も豪快だった、恩人にして傭兵としての俺の師匠。決して忘れることは出来ないな。
「まぁ、そこからは傭兵団にくっついて色んな場所を回った。と言っても、殆どが戦場やら反乱の最前線だったけどな。あの頃の俺は今の俺並みに弱っちくてな、傭兵稼業なんざやったら一日と持たず潰れてたはずだ。キローヌ師匠も、それを見抜いて雑用ばかり振ってくれてたんだろうな」
「でも、今の姿になる前は凄腕の傭兵だったんですよね?カロロさんも絶賛するくらいの。武芸策謀人徳全てに秀でた稀代の傭兵?みたいなことを言ってました」
「相変わらず買い被ってんなぁ、あいつは。まぁ、カロロが言う程じゃないがそれなりに自分の実力には自負があったよ。そうさな、それじゃあ俺がひよっこもひよっこだった頃の話をしようか」
鍋の中のかぼちゃポタージュをぐるぐるとかき混ぜながら、続きを語り出す。っと、少し火加減が強いな。抑えんと焦げてしまう。
「師匠!どうして駄目なんだよ!俺だって前に比べたら背も伸びたし、筋肉もついた!少しくらい試してくれたっていいじゃんか!」
「あー、うるせえなぁ。いいかグロム、傭兵ってのは遊びじゃないんだ。お前みたいなガキンチョにゃあ武具やら馬やらの手入れしてるのが似合いだよ」
街道沿いの野営地。キローヌ傭兵団は、西部で起きている農民の反乱を嗅ぎつけ現場に向かっていた。100人を超える傭兵が所属している為、野営地はまるで正規軍のように大所帯だ。ただし、規律はそこまで感じられない。酒を飲んで歌を歌う様子も散見される。
そんな野営地の中心、一際大きな天幕の中で二人は言い争っていた。一人は傭兵団の雑用係であるグロム。拾われた当初と比べれば随分とたくましくなったが、それでも華奢な印象を受ける。そして、もう一人は。
「そら、分かったらとっとと寝ろ。明日も早くに起きて飯を作るのがお前の仕事だ。眠れる時に眠れねえ奴は体もデカくならねえぞ」
がっしりとした体格に、餓えた熊のような風貌。ざんばら髪もそのままに子樽の酒を呷るのは、傭兵団を率いるキローヌだ。彼は赤ら顔でげっぷをしながら、胡乱な目つきでしっしっと手を振る。鬱陶しそうな様子を隠そうともしていない。
「なんだよ、師匠も俺を子供扱いするのかよ!他の奴らも俺を見下してるし、あぁもう!」
「うるせえって。もう夜だぞ、騒ぐんじゃねえ。大体、見下すのも当然だろうが。グロム、てめえは弱い。この俺が稽古つけてやってるってのに、一人じゃ狼一匹倒すことも出来ねえ。才能が無いんだよ」
「っぐ、そんなこと・・・・・・!」
「それにな。傭兵ってのは所詮人殺しだ。はした金で敵をぶっ殺す覚悟がてめえにあるのか?動物や魔物とはわけが違うんだぞ、おい」
ドスの利いた声に、グロムは黙り込んでしまった。人を殺す。キローヌに拾われて数年、彼は未だにその経験が無い。当然だ、戦場にも立ったことが無いのだから。キローヌが他の傭兵を引き連れて暴れ回る中、グロムは遥か後方で女子供と一緒に待っているだけ。それは、男として屈辱だった。
「・・・・・・か、覚悟ぐらいしてるよ。俺だってもう子供じゃない」
「へぇ。家畜の屠殺も満足に出来ないのにか?首切って血抜きする時、目を逸らす癖は治ったのかよ」
「あ、あれくらいもう平気だ!だから、人間だって」
ムキになって言い返そうとした瞬間、グロムの視界が急に閉ざされた。同時に顔面に激痛。呻き声を漏らしながら、キローヌの手に頭を掴まれていることに気付く。
「馬鹿が。この程度にも反応出来ない奴が、戦場で生き残れるわけねえだろう。それとも、未熟な自分を俺らが守ってくれるとでも思ってんのか?えぇ?」
「いっ、がっ・・・・・・!!?」
みしみしと、頭蓋骨が軋む音がする。凄まじい膂力だ。握り潰されるかもしれないという感覚に、体が痺れて動かない。死ぬ。恐怖が全身に回りかけた時、不意に力が緩められた。
「この程度でビビってちゃあ、まだまだだな。そら、出てけ」
おざなりに突き飛ばされ、グロムは天幕を追い出されてしまった。痛む頭をさすりながら、悔しげに顔を歪める。
「クソッ」
悪態をついて、自分の天幕に戻る。中に入ると、十人程度の傭兵達が円座になって木板の札で賭け事に興じていた。団長であるキローヌ以外、天幕を一人で使うことは許されていない。
「おぅ、帰ってきたかグロム。その面ぁ、こっぴどく躾けられたな?へっへ、だから言っただろう。お前にゃまだ早いって」
その内の一人がグロムの顔を見てニヤつき、酒臭い息と共に言葉を投げかけてくる。彼は傭兵団の中でも古参の一人で、ことある毎にグロムをからかっていた。なんでも、年相応の生意気さが酒のつまみに丁度いいらしい。
「・・・・・・うるさい。俺には構わないでよ。そっちで札遊びでもしてりゃいいじゃん」
「そう邪険にするなっての。いいか、こりゃ親切心で言ってるんだぜ?お前はキローヌ傭兵団の栄えある雑用係だ、そんなすぐ死なれちゃ困るのさ」
「ふん!そんなこと言って、皆俺が弱くて戦えないと思ってるんだろ。俺だって、もう大人なのに」
「ひゃっひゃっひゃ!下の毛も生え揃ってないガキが一丁前に、まだ15にもなってないだろうが!安心しろよ、団長だって馬鹿じゃねえ。いや、馬鹿だけどな。後数年もすりゃあ、お前が嫌でも戦場に引っ張っていくだろうよ」
その声色に、からかい以外の何かを感じたグロムは古参傭兵の瞳を覗き込んだ。酒気で濁っている中に、慈しむような気配を感じる。
「拾ったガキに無駄死にされちゃ目覚めが悪い。それに、今まで食わせてきた元手を稼いでもらわないといけないからな。戦場で死ぬのはその後だ、分かったかグロム?」
「・・・・・・」
無言でいると、古参の傭兵は乱暴に頭を撫でてきた。傷だらけで、ぼこぼこの手のひらの感触。
「まぁ、もう暫くは我慢しな。お前が戦場に立った日にゃあ、今まで以上に散々こき使ってやるからよ」
酒臭い息を吐きながら笑う古参の傭兵は、そのまま元の場所へ戻っていく。気付けば、賭け事に熱中しているはずの傭兵達も、何人かこちらの様子を伺っていたようだ。
グロムは知っていた。傭兵団の者達は殆どが粗野で下品だったが、それでもグロムを気にかけていることを。だからこそ、役に立ちたい。雑用では無く、共に戦場で戦い認められたい。年相応の自尊心を以て、傭兵団からの庇護に反抗しているのだ。
「・・・・・・ふん」
自覚していたとしても、素直にはなれない。グロムは天幕の隅に行き、薄っぺらい毛布を被り目を閉じた。雑用と言っても肉体労働だ、充分疲弊している。傭兵達の騒がしい声があっても、すぐに眠気がやってきた。夢の世界へと旅立つ直前、キローヌの赤ら顔が何故か思い浮かぶ。彼は、自分のことをどう思っているのだろうか。グロムにはまだ分からなかった。
過去回想はフラグらしいけどそんなの関係ねぇです。