TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

84 / 112
傭兵の流儀

「そうら、左翼の部隊を強襲するぞ!弓兵隊の後に歩兵前進!騎馬隊は側面に回って牽制しろ!」

 

酒焼けしただみ声を張り上げながら、キローヌは傭兵団の指揮を執っていた。農民の反乱という話だったが、想像以上に統制が取れているようだ。その上、小高い丘に布陣していた。兵法を知っているということだ。だからこそ、やりようはある。キローヌは笑みを浮かべつつ、愛用の斧を掲げた。背には扉程の大きさがある鉄の大盾を背負っており、重厚感に満ち溢れている。

 

「いいか!正面の友軍は及び腰だが数だけはいる!お相手もあっちに意識を割かにゃあならん!その隙を俺らが食い破るぞ!稼ぎ時だ、しっかり働けよ!」

 

領主が派遣してきた軍は500を優に超えている。しかし、端から見ても士気も練度も低いことが分かった。おおよそ、囮以外では役に立たないだろう。つまり、傭兵団の飯の種ということだ。キローヌの一喝と共に、傭兵団は動き出す。野営の時に見せていた規律の無さはどこへやら、統率の取れた動きは正規軍の精鋭にも劣らない。獰猛な獣のように敵陣へと襲い掛かった。

 

それに驚いたのは反乱軍だ。反乱軍の総数は1000近く、ここ十年は無かった大規模な反乱である。傭兵団が相対している部隊だけでも300人はいる。傭兵団は100に満たない数で、おおよそ兵力差は三倍。戦場の常識から考えれば、正面から攻めかかるのは愚の骨頂だ。

 

その為、反乱軍側の対応は鈍かった。矢を防ぐ盾を構えるも、側面に回り込む騎兵への対処が遅れる。何よりも、傭兵団は通常の軍隊からは考えられない要素があった。装備が統一されておらず、傭兵一人一人が思い思いの武装をしているのである。

 

例えば、矢を射かける弓兵隊は短弓から長弓、大型小型のクロスボウまで様々だ。だというのに、効果的な連携により矢が次々と放たれる。防ぐ為に小型の矢盾を構えたところに、威力の高いクロスボウの矢が貫通に兵士を射倒した。逆に、堅牢な矢盾を構えた兵士は火矢によって矢盾を燃やされてしまう。

 

多様性に溢れる傭兵達。本来であれば、連携が取れず大した力は出せないはずだ。それを統率し、一個の軍隊として運用するのはただ事ではない。キローヌは持ち前のカリスマと殺し合いへの嗅覚を以て、個性豊かな傭兵達を御している。反乱軍はなまじ兵法に則った対応をしたせいで、異端とも言える傭兵団の強襲に隙を突かれてしまった。

 

僅か十数騎の騎兵が、矢への防御を固めている左翼に突っ込む。降り注ぐ矢に気を取られていた反乱軍は、槍による迎撃態勢を取ることが出来ない。最前列の歩兵を蹴散らしながら騎兵が敵陣を切り裂き、反乱軍が混乱した所で傭兵団が殺到した。元より傭兵は乱戦に向いている。騎兵によって楔を打ち込まれ、陣形が乱れ動揺が広がっている反乱軍にはひとたまりも無い。殆ど抵抗も出来ずに潰走していってしまう。

 

左翼が崩壊したことにより、中央の反乱軍の士気も急激に低下。領主軍もここにきてようやく前進し始め、側面の傭兵団と共に半包囲の状況を作り出した。こうなれば、反乱軍は後退するしかない。このまま丘に陣取っていても、二方向からの攻撃に耐えきれず潰走するだけだ。水際立った撤退は当然追撃の的となり、丘やその先の平原が血に塗れ死体が次々に転がっていく。戦場に置いて、勝利も敗北も血生臭いことに変わりは無かった。

 

「はっ、楽な仕事だ。追撃は騎馬隊のみ、深追いはするんじゃねえぞ!残りは死体から武器を剥いでおけ!息のある奴がいたらまだ殺すな、聞くことがあるからな!損害はどうなってる?」

 

「負傷者は十名ほど、いずれも歩兵ですな。で、死傷者も出ました。三人です」

 

横に馬を走らせてきた古参の傭兵が答えると、キローヌは軽く舌打ちをした。どれだけ上手く戦ったとしても、ここは戦場だ。人は容易く死んでしまう。どれだけ歴戦の猛者であろうと、拍子抜けするほど呆気無く。分かってはいても、受け入れる気分にはなれない。何より、傭兵団の戦力低下に繋がるからだ。

 

「ちっ・・・・・・農民上がりの弱兵相手のこの有様かよ。ろくでもねえぜ」

 

「そう言いなさんな、団長。分かってんでしょう?奴ら、そこそこ練度が高かった。それにこの装備。こりゃ、背後に何かいますぜ」

 

「んなもん、相対した時点で気付いてらぁ。そこらへんは俺らの領分じゃない。陰険な領主共に任せときゃいいさ。傭兵ってのは戦働きして金を貰う。それだけで十分よ」

 

「相変わらず割り切ってることで。で、どうします?このまま一気に本拠を攻め落としますかい?」

 

肩を竦めた古参の傭兵に、キローヌは苛立たしげな視線を向ける。だが、勝手知ったる仲だ。乱暴に顎髭を撫でながら言う。

 

「いいや。何かしら罠でも張ってるだろうよ、一丁前にな。まぁ、領主の軍に踏み抜いてもらえばいい。一応は生き残りの農民を尋問するがな」

 

さっきとは主張の違う物言いに、古参の傭兵は苦笑を浮かべ頷いた。キローヌが意見を捻じ曲げるのはよくあることだ。明確な欠点だが、対応自体は的確な為指摘はしない。彼はまず直感が先に来て、それに理由付けをするタイプだからだ。

 

「へいへい、それじゃあそっちは俺に任せてください。すぐに聞き出しまさぁ」

 

「おう」

 

馬を駆って離れていく古参の傭兵を見送り、キローヌは視線を前方に移す。丘を放棄した反乱軍は、広大な田畑へと逃げ込んでいるようだ。共和国の中でも有数の穀倉地帯。領主軍、反乱軍双方が戦場にするのを避けていた場所である。

 

「さて、こっから長くなるぞぉ。へっへっへ・・・・・・」

 

下卑た笑みを浮かべ、キローヌは呟いた。先の戦い、多少無理をすれば後方に回り込み、反乱軍の退路を断つことも出来た。それをしなかった理由は二つ。退路を断ち、完全に包囲してしまえば反乱軍が死に物狂いになる可能性があったこと。今回は勝利出来たとはいえ、兵数では反乱軍の方が上だ。下手に包囲しては、こちらの被害も大きくなるだろう。ならば、潰走させて追撃で戦力を削ったほうがいい。練度の低い領主軍でも追撃ならばどうにかこなせるはずだ。

 

そして、理由の二つ目。今回キローヌ傭兵団が領主に雇われた時の契約は、敵兵を殺すか捕まえた数の歩合制。それに、日数に応じた基本の報酬を払うというものだった。つまり、リスクを取らず時間をかければかける程、キローヌ達の懐は潤う。彼が反乱軍を殲滅しなかったのにはこのような理由があったのである。

 

ほくそ笑みながらも、彼は次の方策を考え始めた。長期戦になったとして、重要なのはやはり田畑の扱いだ。いっそ焼き払えれば楽なのだが、領主からそれは禁じられている。反乱軍もそれに気付いているようで、真っ先に田畑の方へ逃げていった。砦や要塞ではないが、こちらから攻めるのには一苦労である。

 

「・・・・・・とりあえずは、捕虜の口が割れるのを待つか。それからでも遅くはねぇ」

 

したりと頷き、愛用の斧を撫でる。ひとまず、初戦は大勝だ。今宵の酒はさぞ美味いことだろう。

 

 

 

 

 

傭兵団が反乱軍を打ち破ってから7日が経過した。田畑を盾に展開する反乱軍に、領主軍は攻めあぐねているようだ。総じて戦況は膠着しており、グロムがいる後方にはのどかとも言える空気が漂っていた。

 

「クソ・・・・・・」

 

悪態を零しつつ、武具を積んだ馬車の傍らで刃零れした剣を研ぐ。本来、キローヌ傭兵団の者達は自分で使う武器は自分で手入れをしている。当然のことだ。しかし、この剣の持ち主は重傷を負い、しばらくは戦線に復帰出来ないと聞いている。そういう場合、普段から雑用を押し付けられているグロムにお鉢が回ってくるというわけだ。

 

自分も戦いたい。戦わなければ、この剣の持ち主のように怪我することも出来ない。雑用では、傭兵団の役に立っている気がしなかった。恩を返したいのに、何も返せていない。グロムは無性に焦っていた。

 

だからといって、無理に戦場についていくことはしない。キローヌの許しが出ないということは、仮に戦場に出ても足手まといになるということだ。キローヌの判断は、きっと正しい。その強さも、力量を見抜く目も、グロムからは想像もつかないほどの経験から来るものだ。だから、彼は雑用に従事している。焦燥感に身を焼かれながら。と、

 

「おう、グロム。その剣研ぎ終わったら、自分の剣持って天幕の方に来い。戦線が動きそうに無いからな、久しぶりに稽古をつけてやる」

 

「・・・・・・師匠」

 

真昼間だというのに赤ら顔のキローヌが顔を出した。彼と顔を合わせるのは、大体8日振りだ。

 

「なんだぁ、辛気臭い顔しやがって。嫌だってんなら俺ぁ帰るぞ」

 

「そ、そういうわけじゃない。すぐ行くから待っててくれ」

 

既に背を向けたキローヌに慌てて言うと、返事に軽く片手を上げてそのまま去っていく。もしや、わざわざグロムに稽古をつける為に後方までやってきたのだろうか。・・・・・・いや、違う。あの赤ら顔と酒臭い息から察するに、動かない戦線に鬱屈して羽を伸ばしに来たんだろう。自分のことは、そのついでのはずだ。

 

「よし」

 

それでも、否応無く気合が入る。グロムは手早く、しかし丁寧に剣を研ぎ終わると、今度は自分の剣を持って駆け出した。

 

 

 

 

「はっはっは、ちっとは攻撃に反応出来るようになってるじゃねえか!だがまぁ、まだまだ非力だなぁ!」

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・!」

 

天幕が立ち並ぶ中の開けた場所。やや小振りの剣を構えたグロムは、荒い息を吐いていた。視線の先のキローヌの手には、彼の体格に似合わぬ刃引きした細剣が握られている。

 

「そぉら、上半身にかまけすぎだ!足元がお留守だぞぉっ!」

 

「うわっ!?」

 

太ももの辺りを薙ぎ払われ、激痛と共につんのめるグロム。なんとか態勢を立て直そうとしたところで、首筋にぴたりと細剣が当てられた。

 

「目の前の相手に集中すりゃいいってもんじゃねえんだ、次に相手がどう動くかを予測しろ。てめえはただでさえ力や速さでは劣ってるんだから、後は考えることしか残ってねえだろ」

 

「ぐ、ぅ・・・・・・!もう一回!」

 

「息も整わねえ内によく言うぜ。確かに疲れ果てた状態で戦う経験も大事だがなぁグロム。今のてめえはそれ以前の問題だ!10分休憩!」

 

有無を言わせぬ態度で怒鳴り、キローヌは細剣を首筋から離し天幕の中に戻ってしまう。悔しげな目つきでそれを見送ったグロムは、大の字になって荒い息を整えようとした。空は青く、雲が殆ど見られない。涼しげな風が吹いて、火照ったグロムの体を冷やしていく。

 

「くっそぅ・・・・・・攻撃が、全然見えない・・・・・・!」

 

おそらく、キローヌは相当手加減しているのだろう。なのに全然歯が立たない。己の弱さを悔やみながらも、先ほど言われたことを思い返した。予測しろ。考えること。確かに、キローヌの言葉は正鵠を射ている。身体能力で敵わないなら、他の部分で勝負するしかない。

 

「ふぅー・・・・・・」

 

熱っぽい息を吐きながら、言われた通りに思考を回す。今日のキローヌは、普段と違って鮮やかな剣技で攻め立ててる。その剣筋は恐ろしく素早く、そして正確だ。こちらよりも数段早い斬撃に、的確な見極め。普通なら到底勝てる相手じゃない。どこかに隙は無いのか。グロムの脳は活路を求め、神経が活性化していった。

 

正面からは敵わない。純粋な力の差があり過ぎる。かといって、横や後ろに回り込むことも難しい。グロムの3倍はありそうな体格でも、キローヌの反応は機敏だ。何か、こちらに有利な条件は無いのか。せめて、一矢を報いれるような取っ掛かりは。

 

「・・・・・・あ」

 

ふと、何かを思いつく。今のグロムが、明確に上回っている部分に気付いたのだ。もしかしたら、やりようがあるかもしれない。ただ、それを活かすにはキローヌの斬撃をある程度見切る必要がある。グロムは先ほどの稽古で、キローヌが放った斬撃の軌道を思い返した。決して単発では無く、二撃三撃と流れるように襲い掛かる細剣の動き。一つの技として、パターン化されているのかもしれない。

 

「それなら、二撃目に割り込むように・・・・・・」

 

ブツブツと呟き、大の字のまま方策を考えるグロム。その表情は真剣で、生き生きとしているように見えた。




キローヌ傭兵団のモラルは傭兵団の平均よりもかなり高い方です。食い詰めてないので心に余裕があるんですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。