「おうし、休憩終了だ!っと」
天幕から勢いよく出てきたキローヌは、既に立ち上がり剣を構えているグロムを見て目を細めた。さっきとは気迫の種類が異なっている。むやみに叩きつけてくるようなものでは無く、狙い澄ましているような気迫。何かを企んでいるようだ。
「いーい面構えじゃねえかグロム。いいぜ、さっさとかかってきな。何をしでかそうとしてるのか、試してやるよ!」
「言われなくてもっ!」
キローヌの挑発にあえて乗り、グロムは剣を横に構えて突進した。間合いに踏み込むと同時に、腰の捻りを利用して横薙ぎを放つ。分かりやすく素直な攻撃だ。当然キローヌは軽々とかわし、剣を振り切って隙だらけになったグロムへ斬撃を見舞う。辛うじてかわした所に追撃が放たれるが、
「っああぁっ!」
振り抜いたはずの剣を無理やりにもう一度振るグロム。崩れた体勢の為、キローヌの体には決して届かない距離。しかし、彼の狙いはキローヌでは無い。キローヌが放った斬撃、すなわち細剣そのものだ。
「おぉっ!?」
細剣がグロムの体をしたたかに打つ直前、強引な一振りが細剣の腹に直撃した。質量で言えば数倍の差がある激突に、細剣がへし折れる。やった。狙い通りの結果に僅かに気が緩んだグロムは、崩れた体勢を立て直し更なる斬撃をキローヌに放とうとする。しかし、体勢が整い切る前に剣を握っている腕が掴まれた。
「悪くねえ、全くもって悪くねえな!だが、目論見通りになったからって気を抜くのはまだまだガキンチョだ!」
「クッソ、離せっ!」
掴まれた腕を引き剥がそうとするが、力が違い過ぎる。そのまま握り締められると、骨が軋むような感覚が走った。手から力が抜け、剣を取り落としてしまう。
「武器を砕いた程度で相手の戦意が無くなると思うなよ!より一層、死に物狂いで向かってくることも多いのさ!そら、仕置きだ!」
剛力で振り回され、グロムの体が宙を舞う。背中から地面にしたたかに打ち付けられ、衝撃と共に呼吸が止まった。息が出来ない。視界がチカチカと明滅し、四肢に痺れが走り動けなくなる。
「戦場じゃ一瞬の気の緩みで呆気無く死んじまう!どんな英雄でも、お前でも、俺でもな!そうなりたくなけりゃあ、死んでも気を緩めるな!目の前だけじゃねえ、周囲に意識を張り続けろ!分かったな!」
「ぐ、ぅ」
返事をしようにも、口はぱくぱくと酸素を求めて喘ぐばかりだ。せめてもとキローヌを睨むように視線を送るが、彼は僅かに口角を上げただけで背を向けてしまう。また、敵わなかった。無力感と共に意識が遠のき、グロムは気絶した。
倒れているグロムを彼の天幕に運ぶよう近場の傭兵に命じた後、キローヌは面白げな表情で酒瓶を呷った。手に僅かに残る痺れは、グロムが細剣を叩き砕いた時のものだ。雑な一撃とはいえ、こちらの斬撃に合わせて放たれたそれはキローヌの想像以上の威力があったのである。
「へっへ、面白い育ち方をしてやがる。もうちょい体が成長すりゃあ、使い物になるかもな」
数年前、燃え盛る村の唯一の生き残りを拾ったのは単なる気紛れだった。そもそも、村に駆け付けた経緯もただの打算である。強大な魔物の素材は高く売れる。それに、生き残りを近くの都市に引き渡せば国から金が貰えるかもしれない。全くもって打算的な思惑で、キローヌはグロムの前へと現れ、彼の命を救ったのだ。
しかし、ことは上手く運ばなかった。火炎の魔物には逃げられ、村の生き残りはグロム一人。これでは金にもなりはしない。グロムは見た所痩せ細った小柄な少年で、仮に奴隷商に売り捌くとしても大した値段はつかないだろう。仕方無いので傭兵団の雑用としてこき使うことにしたのだが、グロムはキローヌの想像を上回りよく働いた。手先が器用で細々とした気遣いも利き、決して根を上げなかったのだ。
最初こそ侮っていた傭兵団の者達も、グロムの誠実な働きぶりに色々と気にかけるようになっていった。キローヌとはまた別種の、周囲の人間を惹き付けるような何か。村で暮らしていた頃は眠っていた才能が、傭兵団の中で生き抜く内に目覚めたのだろうか。
それに面白さを感じたキローヌは、本人が強く望んでいることもありグロムに稽古をつけることにした。と言っても、そもそもの基礎体力が足りていない。まずは延々と走り込みをさせ、動けなくなって意識すら失った所を頬を引っぱたいて起こす。己の体の限界と、その超え方を「傭兵の流儀」で学ばせた。通常なら過酷過ぎて諦めたくなるような稽古にも、グロムは懸命にこなす。健気さすら感じる程に。
結果、最低限身を守れる程度の身体能力は身に付いたようだ。それどころか、酩酊し手を抜いているとはいえ、キローヌに一矢報いるまでに成長している。傭兵団の練兵こそすれど、弟子などがいたことも無かったキローヌにとっては望外の楽しみだった。未熟な若者を育てる、指導者としての素養。乱暴なやり方ではあったが、彼にもその才能があったようだ。
「ま、後二年程か。それまでに仕込めるだけ仕込んでやろうじゃねえか。死なない程度にな。んぐっ・・・・・・」
酒瓶を飲み干し、楽しそうに笑うキローヌ。戦場の姿からは想像もつかない程、その表情は穏やかだった。
「で、まぁ。死ぬんじゃないかってくらい鍛えられていたのさ。キローヌは一等優秀で、それは傭兵としてだけじゃなく指導者としてもだったが・・・・・・ただの農民の子だった俺にゃあキツくてねぇ。何度折れそうになったことか」
かぼちゃのポタージュにミュリアちゃんが味付けするのを横で見つつ、俺は懐かしむように呟いた。いや、本当に懐かしい。未熟で馬鹿だったあの頃の記憶を話すのは、多少恥ずかしさを覚えてしまう。
「そんな凄い鍛錬を・・・・・・。でも、折れなかったんですよね?」
「まぁ、な。恩を返す為に、役に立てるようになりたかった。一人前になって、キローヌの横に立ち共に戦いたかった。青臭かったよ、あの頃は」
「ふふ、なんだか、私もキローヌさんに感謝したいです。きっとその人がいなかったら、隠れ里にグロムさんが来ることも無かっただろうから」
微笑むミュリアちゃんに、俺も笑みを返す。確かに、師匠のおかげで俺は今まで生きてこられた。感謝に堪えないのは、ずぅっと思っている。だが。
「・・・・・・ただな、ミュリアちゃん。このお話は、寝物語みたいに幸せな結末で終わるわけじゃない。聞いてて辛いかもしれないが、続きを話そうか」
そう。現実は過酷で、残酷だ。それでも、俺はミュリアちゃんに話すと決めていた。
「はい。分かっています。お願いします、グロムさん」
ミュリアちゃんに促され、俺は唇を舌で湿らせて話し始める。忘れもしない、あの夜のことを。
農民の反乱は、結局農民側が降伏することで収まった。50日以上に及ぶ対陣で疲れ果ててしまったようだ。そして、その間の報酬が傭兵団に払われる。領主は渋っていたが、契約は契約だ。キローヌが凄むと領主はあっさりと折れ、規定通りの大金を傭兵団の皆が手にすることが出来た。
「はぁーはっは!今夜は無礼講だ!てめえら、好きなだけ飲んで食いな!」
「「「おーう!」」」
反乱が起きた穀倉地帯から程近い都市の酒場。傭兵団の面々は、ジョッキを持ってどんちゃん騒ぎに興じていた。当然、一つの酒場では100人を超える傭兵達の飲食は賄えない。酒場の外にもテーブルと椅子が並び、ある種お祭りに近い雰囲気が都市を包んでいた。これは、領主の策略でもある。
傭兵団が優れた働きを見せたことは事実だ。ならばいっそ、気持ちよく飲み食いさせてやって想定以上に払ってしまった金銭を回収したい。そういう思惑もあり、傭兵団は破格な待遇を受けていた。飲食だけでは無い、望むならば高級娼婦すらもあてがってくれているのである。実際、宴の中心にいるキローヌは何人もの美女を侍らせていた。
「おうグロム!てめえは細っこいからな、たっぷり食えよ!もうちょいガタイが良くならなきゃあ、戦場には連れていけねえぞ!」
「だ、だからってこの量は、んぐっ!?」
キローヌによって無理やり肉塊を口に突っ込まれ、グロムは必死で咀嚼した。反乱軍降伏までの50日、殆ど毎日稽古をつけてもらっていた彼は一回り程たくましくなっている。腰に差してある剣も、他の傭兵が振るっているものと同じ大きさだ。しかし、女性の色香には慣れていないらしい。顔を真っ赤にして、挙動不審になっている。
「初心だねぇ、全く!いいかグロム、この世にゃあ女を利用して篭絡してこようとする奴もいる。暗殺、裏切り、情報収集・・・・・・。それは傭兵でも例外じゃねえ。まぁ、今の内に慣れときな!」
「むぐぅ、ごくん・・・・・・な、慣れるって言ったって・・・・・・」
なんとか肉塊を飲み込んだグロムは、周囲にいる美女たちに目を向けた。肉感的で、露出が多く、甘ったるい匂いがするような彼女たち。蠱惑的な笑みを向けてきている。
「う、うぅ・・・・・・!」
「あら、こういうのは初めてかしら?グロムちゃん」
「あっ、いやその、そういうわけじゃ」
グロムの初々しい反応が可愛いようで、娼婦の一人が彼の頬を撫でる。慈しむような、あるいは獲物に舌を這わせるような感触。抗いようが無い。経験も何も無いグロムは、本能的にそう判断してしまう。
「ふふふ、可愛いわね。キローヌ様、この子は私が頂いちゃってもいいのかしら」
「まだ下の毛も生えそろってないようなガキだが、それでもいいなら好きにしな!ただ、手加減してやれよ。童貞にゃあ刺激が強い」
会話の意味も分からず、グロムは顔を真っ赤にしながら硬直してしまっていた。男女の営み自体は知っているが、現状と知識を繋ぎ合わせることが出来ない。傭兵達が娼館に通っているという事実は当然理解している。戦陣で溜まったものを発散させているということも、分かったつもりになっていた。しかし。
「け、けけ結構です!」
思わず立ち上がり、騒いでいる傭兵達をかき分け酒場から逃げ出すグロム。残念そうな表情を浮かべて見送る娼婦に、キローヌが面白げに話しかけた。
「な、初心だろ?機会があったら手解きしてやってくれ、金は弾むぜ」
「そうね、その時はたっぷりとサービスしてあげちゃう。ほら、あーん」
気を取り直した娼婦は、キローヌの口に切り分けられた果物を運ぶ。それを大口を開けて呑み込みながら、彼は酒場の外に出ていくグロムの背に視線を送った。
「はぁ・・・・・・」
喧騒から離れた薄暗い路地裏。顔の火照りがようやく治まったグロムは、木箱を椅子代わりにして座り込んでいた。
「なんなんだよ、まったく」
師匠として、あるいは凄腕の傭兵としてキローヌのことは尊敬している。しかし、酒癖と女癖は到底尊敬出来るものではない。いや、自分が知らないだけであれが普通なのかも。悶々としながら思考に耽るグロム。経験の無い彼からしてみれば、完全に未知の世界である。と、
「・・・・・・ん?」
微かな風の流れに乗って、声が聞こえたような気がした。それも、悲鳴に類するものだ。ここは都市の中であり、治安は保たれているはずだが・・・・・・。気のせいかもしれないと思いながらも、グロムは声が聞こえた方へと確認に行くことにした。気のせいであればそれでいい、もし誰かが襲われているのなら駆け付けなければ。青臭い正義感で、彼は早足で進んでいく。
「いやっ、やめて!!」
今度は確かに聞こえた。遠くから聞こえる宴会の喧騒にかき消されがちだが、おそらくは女性の悲鳴。グロムは一気に駆け出して、入り組んだ路地へと入っていく。大通りからどんどん離れていき、人気も殆ど無い。物乞いがうずくまり寝ている程度だ。しかし、切羽詰まった悲鳴はこの先から聞こえてくる。
「私は商売女じゃありません!離してください!」
「いいじゃあねえか、俺は英雄様だぜ?反乱軍の奴らを何十人もぶっ殺してきたんだよ。この街の平和を命懸けで守ったんだから、それなりの礼を貰わねぇとなぁ?」
路地の奥、やや開けた場所に人影が二つ見えた。壁際に追い詰められている女性と、恐らくは傭兵であろう中年の男性。無骨な手で女性の肩を掴み、逃げられないようにしている。
「領主様からお金は貰っているんでしょ!?なんで私をっ・・・・・・!」
「分かってねえな、商売女は慣れ過ぎてる。嬢ちゃんはおぼこだろ?俺の好みドンピシャだ。なぁに、悪いようにはしねえ。英雄である俺の妻として迎えてやってもいいんだぜぇ?」
その男のことをグロムは知っていた。先の反乱鎮圧には、キローヌ傭兵団以外にも参加している傭兵達がいた。その内の一人。何故そんな人物を知っているのかと言えば、あまりにも素行が悪く途中で追放されてしまったからだ。キローヌが稽古がてら、爆笑しながら話していたのを覚えている。
「がっはっは!馬鹿にも程があるぜ!所詮傭兵なんざ吹き溜まり、これ以外で生きられないろくでなしの往きつく場所だがよ。それでも、掟ってもんがある。それすら守れない奴は爪弾きにされて、世界の端も端で野垂れ死ぬだけだ。覚えとけ、グロム。あぁいう馬鹿にならないようにな」
傭兵の掟すら守れぬ爪弾き者。それが、目の前で女性を犯そうとしている男の正体だった。そんな奴だからこそ、ただの住人に過ぎないであろう女性に手を出せるんだろう。止めなければ。グロムは、咄嗟に二人へと駆け寄った。───それが、彼の人生を決定付けることになるとは知らずに。
飯!酒!女ぁ!