のどかな昼下がり。お昼寝から目を覚ましたミーは、遠くから聞こえる騒々しい音に顔を向けた。触手で顔を拭い目を凝らしてみると、大勢の羊人達が何かの作業をしているのが見える。
「ナンダロ」
呟くが、小川から離れた場所の為把握し切れない。と、丁度近くを通りがかった羊人がいたので訊ねてみる。
「ネェ、アレナニシテルノ?」
「あら。ミーって名前でしたっけ?あれはねぇ、柵を作ろうとしてるのよ」
「柵?」
「えぇ。なんでも、いざという時の為に持ち運びが出来る柵を作っておこうって、守り神様とグロムさんが。それで、里の男衆を集めて作り方を教えているみたい」
里を守るためだろうと、ミーは話を聞いて思った。しかし、目の前の羊人の女性はいたって呑気そうだ。どうしてだろう。
「怖クナイノ?柵ガ必要ナ時ッテ、危ナイ時ダト思ウンダケド」
「そうねぇ。先日も色々あったし、怖くないと言ったら嘘になるわ。でも、今怖がっていてもなんにもならないでしょう?やれることをやろうって、里の皆で決めたのよ」
のんびりとした口調は、しかしはっきりとした意志が感じ取れる。ミーは不思議そうに羊人を眺め、小首を傾げた。そういえば、目の前の彼女は自分にも怯えていないように見える。
「私、コンナ姿ダケド。コレモ怖クナイノ?」
「確かに不思議な姿よねぇ。でも、貴女は怖くないわ。守り神様のお友達なんでしょう?それにほら、私達にだって角は生えているし。似たようなものよ」
「・・・・・・ソウカナァ」
角が生えているのと下半身が沢山の触手になっているのでは。流石に程度が違い過ぎる。ミーはそう思ったが口には出さなかった。代わりに、もう一つ質問する。
「私ガココニイルコト、ドウ思ウ?貴女ガ言ッタ先日色々アッタコトハ、半分以上私ノセイナンダケド」
「どう、って・・・・・・。えぇと、どういうことかしら?」
「イヤ、ダカラ・・・・・・私ガイルト、マタ危険ナコトにナルカモシレナイ。ソレデモイイノ?」
僅かに苛立ちながら聞き返すと、女性は合点がいったというように頷いた。にっこりと笑いながら、ミーを真っすぐ見つめてくる。
「あぁ、そういうこと!別に、大丈夫よ。それも、里の皆で話し合ったから。ミーさんを里の一員として迎え入れようって。ごめんなさいね、勝手に決めてしまって」
「エェ・・・・・・。イヤ、別ニ嫌ジャナイケド。里ノ人達、少シ変ナンジャナイ?」
「そうなのかしら?私達は里の外を知らないから、よく分からないけど・・・・・・困った時はお互い様でしょう?」
穏やかに言われ、ミーは口ごもってしまう。ある程度分かってはいたが、羊人達は底抜けのお人好しのようだ。ミュリア達と同じく、ミーという魔物の存在を自然に受けれている。自分が異常だという自覚がある彼女は、どうにもこそばゆい気持ちになってしまった。
「・・・・・・ウン。アリガトウ、モウイイヨ。ア、コレハオ礼」
触手で捕らえた魚を女性に放ると、案外機敏にキャッチしてくれる。返事も聞かずすぐにそっぽを向いて、ミーは小川の深い部分に逃げるように潜った。これ以上彼女と話していると、いやなことを言いたくなりそうだったからだ。
「・・・・・・ウゥン」
水中で、ミーは思い悩む。この場所にいては里の者達に迷惑がかかると思っていたのだが。どうやら里の羊人達は、ミーの存在を受け入れているらしい。普通ならばありえないことだ。人と魔物は分かり合えない。亜人であっても、それは同じことのはず。だというのに、里の住人は恐れるどころか親しい隣人のように接してくる。そんな羊人達の態度は、ミーの理解を超えているのだ。
「変ナ人バッカリ」
泡と共に呟き、ミーは川底に降りて水面を見上げる。彼女の複雑な胸中とは裏腹に、日の光がきらきらと瞬きとても綺麗だ。やがて、ミーは考えるのを止めて二度寝を決め込んだ。どうあれ受け入れられているのだ。思い悩むことは無いのに。分かっていても拭えない不安から遠ざかるように、川の流れを感じながら眠りの世界へと旅立つのだった。
「こりゃ、見事なもんだ。初めてとは思えん程にしっかりしてるよ」
里の皆が作った柵を確認し、俺は感嘆の声を漏らした。よく出来ている。というか、異形の旦那が見本に作ったものと殆ど遜色が無い。羊人は手先が器用だとは知っていたが、それにしても見事だ。
「うむ。これならば強度も十分だろう。一定の数が揃ったら、それぞれの見張り台へと運ぶか。頼んだぞ、皆」
「任せてくだせぇ守り神様!むしろ、力になれて嬉しいってもんでさぁ!」
「そうそう、昔っから今までずっと頼りっ放しだったからなぁ。これからはじゃんじゃん手伝いますぜ!」
旦那の言葉に羊人達が口々に返事をする。気のいい人達・・・・・・というか、やっぱり気が良すぎるんだよな。俺達が悪人だったら、体よく利用されてしまうだろうという危うさを感じてしまう。まぁ、幸いそういう奴はこの里にはいない。いらぬ心配なのを喜ぶべきだな。
「助かる。グロム、木材の方はどうだ?足りんのなら、何本か木を伐採する必要があるが」
「あぁ、それは心配無いよ。見張り台を建設した時の分が十分残ってる。端材も柵になら流用できるからな。当座の分は確保出来ているはずだ」
「ならばいい。俺は鍛冶場に戻る、ここは任せたぞ」
その言葉に頷いて、歩き去る旦那を見送った。ここ最近、旦那はいつにも増して忙しそうにしている。『鏡像』殿と協力して結界の更なる改良を行い、鍛冶場で新たな武器を作り、今日のように羊人達へ知識を伝え・・・・・・おそらく、文字通り寝る間も惜しんでいるだろう。最近は俺とミュリアちゃんとの添い寝もしていない。
「うーむ」
旦那にかかっている不眠の呪いは、決して解呪されたわけではない。多分、俺に宿る『眠りの聖女』とやらの力で一時的に呪いを無効化しているだけなのだ。不眠には慣れているから、しばらく眠らずとも問題無いと本人は言っていたが・・・・・・個人的には、そこまで無理をしてほしくはない。俺は不眠の呪いにかかったことは無いけども、どうあっても眠れないのは辛く過酷で、どうしようもなくしんどいということは分かる。
しかし、彼が無理をしているのは里の為なのだ。それを咎める資格が俺には無い。なにせ戦場では殆ど役に立たない体だ。俺が旦那の為に出来ることと言えば、やはり添い寝しか無いか。やるべきことがあると拒否される可能性もあるし、旦那が小屋にいる夜に押しかけることにしよう。流石に無下には出来まい。
そうと決まれば、ミュリアちゃんと相談して今夜にでも奇襲をかけよう。俺は羊人達に指示を出しながら、作戦の計画を練り始めた。
日が落ち、夕食も済ませた家々が明かりを消す頃。異形は自身の小屋、その地下で巻物を漁っていた。鍛冶場で造っている新しい飛び筒はある程度形になったが、何かが足りない気がする。もしかしたら記憶に抜けがあるかもしれないと、ここで調べているのである。
「・・・・・・」
無言で巻物を広げ、目当てのものでなければすぐに丸め別の巻物を手に取る。膨大な量の巻物、その中から探すのは一苦労だ。そもそも彼は整理整頓が得意ではない。ここにある巻物も、分類すらせず乱雑に積み上げられているだけだ。
後で困ると分かっているのに、喫緊の問題ではないからどうしても後回しにしてしまう。異形は大きな問題に直面してから対処するのは得意でも、こういう細かな問題に対してはむしろずぼらだった。己の悪癖を自覚しつつも、やはり後回しにして巻物漁りを続行する異形。と、地下室の上、小屋の扉が叩かれる音が聞こえた。
「おーい、旦那。いるかい?」
地下室越しだからか、ややくぐもったグロムの声が響く。異形は腰を上げ、梯子を登り小屋に戻った。扉を開けると、グロムだけではなくミュリアも立っている。バッグに荷物が入っているようだが、中身までは分からない。
「どうした、何か用か」
「まぁ、そうさな。とりあえず中に入ってもいいかい?」
「それは構わんが・・・・・・」
何か、重要な話だろうか。それにしては気楽な様子に、異形はやや訝しげな表情を浮かべた。確か今日は添い寝をするという話も無かったはず。一体どうしたのだろう。
「あの、もしかしてお邪魔でしたか?最近、守り神様はとても忙しそうにしていますし・・・・・・」
「いや、大丈夫だ。入ってくれ」
心配そうなミュリアの視線。異形はそれから目を逸らすように、小屋の中へ二人を招き入れた。
「それで、どうした?」
「いやなに、大したことじゃないよ。最近、添い寝をしていなかっただろう?久しぶりにどうだいって話さ」
「はい。守り神様、顔には出していないけどお疲れですよね。せめて、夜はしっかりと休んだ方がいいですよ」
グロムとミュリアの言葉に、異形はある程度の事情を察する。つまるところ、二人は自分を心配して、無理にでも休ませようとやってきたのだ。事前にこちらに話さなかったのは、断られると思っていたからだろうか。確かに、添い寝の提案をされても異形は断るつもりでいた。しかし。
「・・・・・・グロム、やり口が小狡いぞ」
「そう言わんでくれ旦那。心配してる気持ちは本当さ。まぁ、優しさに付け込んだやり方だってのは認めるが」
里が寝静まる程の時間に、わざわざ追い返すことはしない。異形がそう判断するのをグロムは見越して、随分と遅い時間に訪問してきたのだ。顔をしかめる異形だが、悪い気はしなかった。素直に負けを認め、地下室への入り口を閉める。
「・・・・・・やれやれ、分かった。二人の好意に甘えよう。今夜は、休むよ」
「本当ですか?良かった、ありがとうございます!」
「うんうん、明日から頑張るための英気を養おうや。それじゃ、失礼してっと」
満足気なグロムは、バッグから寝間着を取り出し着替え始めた。特に何か思うことは無いものの、一応目を逸らす異形。背を向け、暖炉の火を弄り始める。同じくミュリアも着替え始めたが、異形は礼儀として目を逸らし続けた。
「なんだか、久しぶりな気がします。実際はそんなに経っていないのに。不思議ですね」
「まぁ、色々あったからなぁ。だけど、こうしてまた添い寝が出来るんだ。これからも、な」
寝そべった異形の体の上で、会話をするミュリアとグロム。慣れ親しんだ状況に、彼は僅かに口角を上げる。事情を知らぬ者が見れば異常な光景でも、異形にとっては心休まる空間だった。無意識に気を張っていた感覚が解け、溶けていくのを感じる。
「助かる、二人とも。随分と気を遣ってもらったな」
「気にしなさんな、俺達の仲じゃないか。それに、俺もこの時間は嫌いじゃない」
「そうですよ。守り神様もグロムさんも、勿論私も幸せならいいじゃないですか」
柔らかく微笑んで言うミュリアに、異形は苦笑を返した。それで済むなら争いは起こらないが、隠れ里の皆はそうやって長い間過ごしてきたのだ。その考えが叶うに越したことは無い。重さとも思えない二人の体重を体で感じながら、呟く。
「そう、だな」
ゆったりと、遠くから眠気がやってくるような穏やかさ。グロムの傍にいなければ決して味わえないそれが、徐々に異形の脳に沁み込んでいく。100年以上の間眠れず、全てが曇り霞んでいるような感覚は遥か彼方だ。『眠りの聖女』の力を持っているグロムのおかげで、彼は聡明な思考を取り戻すことが出来た。感謝してもし切れない。
「今夜はゆっくり休んでくれよ、旦那。仕事にゃあメリハリが重要だ。また明日から忙しくなるだろうが、疲れを自覚したらこうやって休めばいい。永遠に走り続けられる奴なんざいないんだからよ」
「グロムさんの言う通りです。守り神様は、この里を守る為にずぅっと頑張ってきてくれたんですから、もっと休息を取るべきですよ。私は里を守る為のことは出来ませんけど、サポートすることは出来ますから」
暖かい物言いに、異形はその風貌に似合わぬ穏やかな微笑みを浮かべた。古い過去、辛く過酷な目にあった彼は、それでもこの場所で笑うことが出来ている。この身には過ぎた幸せだと思いながら、睡魔に抗うこと無く眠りへと沈んでいく。
「ありがとう、二人とも」
意識が落ち切る寸前、寝言のように感謝を伝えた異形は、甘美な眠りの世界へと旅立つのだった。
マージで睡眠は大事なので皆さんも睡眠時間はしっかり取りましょうね。