TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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炎は全てを焦がすが如く

「カツヤ、蒸気には直接突っ込むな!一呼吸でもすれば喉が焼けるぞ!」

 

「分かってる!でも、ここからどうすんの!?」

 

水蒸気に紛れつつ、『水禍』とカツヤは滞空状態にある。今の所追撃が飛んでくる様子は無いが、ならばこちらから攻めなくてはならない。地上の兵士達を逃がすにはそれしかないのだから。蒸気の向こうを睨み付け、懐から何かを落としながら『水禍』はカツヤに話し始めた。

 

「いいか、よく聞け。貴様にはこれから───」

 

 

 

 

 

「・・・・・・囮だな。しかし、あのハーピーを手懐けるとは。流石は『水禍』の魔術師と言ったところか」

 

岩山にぽっかりと空いた窪みに身を潜めつつ、狩人のような衣服を纏った男が呟いた。

 

歳の頃は30程。精悍な顔つきに、浅黒い肌。短く刈り込まれた髪は黒く、一見細身に見える肉体は十全に鍛え上げられている。歴戦の猟師の如き風貌の彼は、しかし先端にルビーのはまった杖を手にしていた。

 

男の名は『炎災』の魔術師。つい先日二つ名を継承したばかりではあるが、魔術の腕は先代を遥かに凌ぐ。元より『炎災』は、王族のお抱えとして敵対者を焼き尽くしてきた魔術師達だ。その中でも最高傑作と評されるのが、今ここにいる男なのである。

 

そんな彼が何故カルッツオ山脈にいるかというと、来たる最前線での激突に向けて共和国をかく乱しつつ、あわよくば大打撃を与えることが目的だった。しかし、それは未だ果されていない。執拗とも思える共和国の警備体制に、『炎災』は思うように動けていないのだ。

 

無論、その警備は昇魂薬の件があったからこそ強化されたものである。だが、王国側は昇魂薬のことを把握し切っていない。存在自体は当然知ってはいるが、まさかハヤトと『暗礁』の魔術師が裏で手を引いているとは欠片も気付いていなかった。むしろ、王国の指導者達はかつてのシリュートのように昇魂薬を上手く利用しようとすらしている。

 

だが、そんな事情は現場にいる『炎災』には関係無い。彼はただ、命じられた使命を全うするだけだ。それはつまり、共和国が送り込んできたであろう目の前の部隊を殲滅し、正体が露見する事無く撤退することである。

 

当初、『炎災』は山脈へと侵入してきた部隊を放置する気でいた。が、王国側からの連絡(魔術によって行われた)は、部隊を排除後帰還せよとのこと。恐らくは、カルッツオ山脈にやってきた部隊のことを過度に危険視しているのだろう。例えそれが的外れな対応であっても、命じられれば果たすまででだ。

 

「さて・・・・・・ひとまず仕掛けてみるか」

 

杖を軽く振り、『炎災』は蒸気の中心に再び火球を放つ。さっきよりは小振りだが、魔力の密度は増していた。蒸気の中へと飛び込んだ途端、その火球が炸裂し蒸気を吹き飛ばす。しかしそこには誰もいない。僅かな時間の内にどこに身を隠したのか。

 

『炎災』は思考する。今警戒するべきはやはり、囮として飛び出してきた二人・・・・・・一人と一匹だ。『水禍』の魔術師は王国領では比較的有名で、『炎災』も伝聞で実力は聞いたことがある。水を操る、冷酷非情かつ理性的な人物だと。

 

対するハーピーの方は、よく分からない。数日前からこの近辺で見かけるようになったのだが、通常の魔物とは違い大声で独り言を喚きながら飛んでいた。ハーピーは歌声で人間を惑わすという生態をしているが・・・・・・どう見ても、聞いてもそれとはかけ離れているように思える。

 

まさか、あれは共和国が送り込んできた尖兵だったとでもいうのか。いや、それはありえない。喚きながら飛ぶハーピーはあまりにも無防備で、証拠を残すまいとした『炎災』の判断が無ければ一瞬で消し炭に出来る程度だった。罠にしてももっとやりようはあるだろう。

 

「どこだ・・・・・・?」

 

目を凝らし、同時に杖を大きく振る。小さな火の玉が無数に生み出され、方々に散っていった。『炎災』の魔術師に代々伝わる探知魔術は、火の玉周辺の生物を確実に捕捉する。その精度は驚くべきものだ。すぐさま生体反応を検知し、敵の場所を把握したかに見えた『炎災』は、しかし表情を歪ませる。

 

「地上だと・・・・・・!?」

 

二つの反応は地上にあった。空を飛んでいたはずが、何故降りたのか。空中を自在に移動できるメリットは計り知れない。それをわざわざ放棄する理由が、『炎災』には思い至らなかった。

 

罠か。不自然な相手の動きに、警戒度が引き上がる。と、地上の反応近くの火の玉がかき消された。魔力を感じたことから魔術によって対応されたのだろう。確実にそこにいる。『炎災』はそう理解しながらも、心に僅かな逡巡が生まれていた。

 

「ちっ」

 

表情を歪め、杖を構え直す。例え罠であったとしても、この状況でやることは変わらない。今のところ岩陰に隠れている兵士達は動いてはいないが、いつ逃げ出すとも限らないのだ。それまでに囮として出てきた一人と一匹を処理しなくては。

 

まずは再び魔力を練る。手早く火球を生成し、地上の反応へと放った。爆裂。水のドームによって遮られた火球が再び水蒸気に変わっていく。相性が悪い。『炎災』は交戦から感じていることを改めて思った。元々、火と水では水の方が有利である。だからこそ、魔力においては圧倒的能力差があると思われる相手に凌がれているのだ。

 

ならば。魔石を使う上に多少消耗するものの、破壊力の高い魔術で一息に焼き尽くすしかあるまい。小賢しい有利不利を吹き飛ばす、圧倒的な魔術で。

 

「仕方ない・・・・・・!」

 

気迫を込めた呟きを漏らし、急速に魔力を練る『炎災』。その規模は『水禍』や『鏡像』さえも超えている。魔術師の中でも彼は上澄みだ。小規模な都市であれば単騎で落とせる程の実力が、今まさに発揮されようとしていた。

 

「ぬるいな!」

 

「っ!?」

 

───が。その魔術が放たれることは無かった。上空から聞こえた声に『炎災』が反応した時には、『水禍』の仕込みは既に終わっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

「いいか、よく聞け。貴様にはこれから可能な限りの高度まで飛んでもらう」

 

「そりゃ、言われたらやってみるけど・・・・・・相手に邪魔されるんじゃ?」

 

蒸気を盾に隠れながら、『水禍』は策を話し始める。カツヤの当然の疑問に、彼は首を振って答えた。

 

「説明する時間が無い。今は従え」

 

「・・・・・・わ、分かった。じゃあ、いくぞ!」

 

戸惑いを振り払い、カツヤが力強く羽ばたく。グングンと高度を上昇させながら、『水禍』はカツヤに気付かれぬよう顔を歪めた。魔力の奔流が彼の体を駆け巡り、魔石の砕ける感触と共に激痛を訴えてくる。『水禍』という魔術師、その器と才能では到底受け止めきれない魔力の量。

 

「それが、どうした・・・・・・!」

 

風を切る感覚を全身に受けながら呟く。師を殺してから王国に名を轟かせるまで、『水禍』は幾度も死の危険に瀕してきた。彼にとって、逆境や困難は親しい隣人なのである。

 

限界を超えて生成された魔力が、先ほど落とした中継用の魔道具を通じて地上に送られていく。生み出されたのは魔力によって形作られた人型。相手の探知魔術を欺けるよう、極限まで精緻に生成されていた。長時間調べられればばれてしまうだろうが、そうなる前に畳みかけてしまえば問題は無い。ぐんぐんとカツヤが高度を上昇させていくのを感じつつ、『水禍』は強く杖を握り締める。

 

「よし、ここまででいい。奴の探知魔術も届かないだろう」

 

「りょう、かいっ・・・・・・!ひぃぃ・・・・・・」

 

『水禍』に言われ、荒い息を吐きながらもカツヤが上昇を止めた。敵が放った魔術から、ある程度の場所を把握する。豆粒程に小さく見える、岩肌の窪み。魔術で欺瞞しているようだが、それが却ってその場所にいるという事実を際立たせていた。恐らく、敵はそこにいる。

 

「・・・・・・さて。カツヤ、もう少し左に移動しろ。そうしたら、私はこのまま落ちる」

 

「はぁ、はぁ・・・・・・分かった・・・・・・って、え?なんだって?」

 

「私はこのまま落下し、敵を強襲する。貴様は兵士達に合流しろ。今ならまだ間に合うはずだ」

 

「いや、待ってくれって!落ちるって、おっさん死ぬ気か!?」

 

驚愕した様子のカツヤの物言いに、『水禍』は皮肉げに口の端を歪めた。自嘲するような笑みと共に言う。

 

「悪いがその予定は無い。貴様が気にすることでも無いがな。我が魔術であれば、生存の目途は立てられる。いいから言った通りに動け」

 

「で、でも」

 

「時間が無い。それとも、二人仲良く焼き鳥にでもなりたいのか?私はごめんだ、だから早くしろ」

 

戸惑いの声を遮り、有無を言わさぬ口調で言い切る『水禍』。カツヤは逡巡していたが、彼に押し切られる形で左へと移動せざるを得ない。そして、

 

「では、往くか」

 

「あっ」

 

あまりにもあっさりと、『水禍』は水の鎖を解いた。当然、徐々に速度を増しながら落下していく。カツヤが手を伸ばそうにも、両翼ともに羽ばたいている為不可能だ。そのままみるみる内に落ち続ける『水禍』は、敵魔術師の目と鼻の先まで来た時点で叫ぶ。

 

「ぬるいな!」

 

「っ!?」

 

敵は魔術行使に気を取られていたのだろう、はっとした様子でこちらを見上げてきた。膨大な魔力がそのまま『水禍』に向けられる。しかし、

 

「それがぬるいと言うのだ!」

 

吼えると同時に『水禍』の杖が煌めいた。同時に敵の足元から水が染み出し、体を覆っていく。地上に残した水の人型が、『水禍』の落下と同時に地中へと浸透し敵に迫っていたのだ。体勢を崩した敵の首を、杖で思い切り薙ぎ払う。

 

「がっ!?」

 

もんどりうって吹き飛びそうになった敵は、しかしそれさえ許されない。既に腰の辺りまで這い伸びてきた水が、彼の体を固定しているからだ。咄嗟に防御したことで首の骨は折れていないものの、意識は朦朧として四肢が痺れたように力が入らない。辛うじて落とさなかった杖も『水禍』に蹴り上げられ、そのまま水で拘束されてしまった。

 

「ふん、大したことも無い。さて、貴様は何者だ?」

 

一撃によって痣が浮き出ている首筋に、再び杖を当てながら『水禍』が訊ねる。徐々に目の焦点が合い始めた敵・・・・・・『炎災』は悔しげに目の前の男を睨み付けた。斬って捨てるように呟く。

 

「話すとでも?」

 

「状況を理解していないのか。まぁいい、死にたいというのなら望み通りにしてやろう」

 

「・・・・・・いいだろう。一つ、教えてやる」

 

恫喝に近い『水禍』の言葉に屈したのか、『炎災』は彼を睨みつつもゆっくりと口を開いた。そして、

 

「お前も、ぬるいな」

 

言葉と共に爆発が巻き起こる。『炎災』を中心とした熱波の奔流は、拘束していた水を一瞬で蒸発させた。咄嗟に後退しようとした『水禍』だが、間に合わない。

 

「っっっ!!!」

 

全身に水蒸気を浴び、吹き飛んで岩肌を転がる。立ち上がり迎撃しようとするも、先に動いたのは『炎災』だ。いかなる仕組みか、衣服を全て燃焼させた彼は一糸纏わぬ姿のまま杖を拾い上げ、『水禍』へと振るうと三つの火球が放たれる。水の防壁を生成する時間は無い。かわしきれない。

 

「くぅっ!?」

 

追い詰められた『水禍』の声は、直後着弾した火球の爆音にかき消された。




求められていなくても戦闘描写を書くのが好きなので書きます。燃え上がれ我が魔力。
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