TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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水と炎の狭間で

「ちっ・・・・・・これを使うことになるとはな」

 

油断する事無く前方を睨みつつ、『炎災』が呟いた。既に灰となっている衣服を視界の隅に捉え、奥歯を噛み締める。

 

本来、魔術を行使するには触媒が必要だ。多くの魔術師は杖を触媒としている他、水晶玉や武具、楽器などを触媒に用いる場合もある。共通することは、魔力を変換し蓄えることが出来るだけの「質量」があること。例えば、小振りの短剣などでは触媒足りえない。触媒から魔力を送られ起動する魔道具ならまだしも、触媒そのものはある程度の大きさが必要なのである。

 

だからこそ、『水禍』は『炎災』の杖を蹴り飛ばした後僅かに気を緩めてしまった。見た限り、目の前の魔術師に杖以外の触媒は確認出来なかったからだ。ならば、『炎災』はいかにして拘束された状態から魔術を行使したというのか。

 

答えは、彼の纏っていた衣服にある。傍目には分からぬよう、『炎災』の髪の毛が編み込まれていたのだ。王国の魔術師が考案した、衣服を触媒として成立させる秘術。それによって『炎災』は拘束を振り解き、『水禍』に多大なダメージを与えることに成功していた。───しかし。

 

「仕留め切れていないか・・・・・・!」

 

もうもうと立ち込める熱気。火球が着弾したその中心に、人影が未だ立っている。確かに直撃したはずだ。それでも、仕留めるには至らなかったらしい。

 

「随分と、愉快な隠し玉を持っているな」

 

かすれた、しかし力が込められた声が熱気の中から響く。『水禍』は全身から感じる痛みを振り払い、杖を一振りして熱気を吹き飛ばした。彼の衣服が淡く光り、とめどなく水を滴らせている。

 

『炎災』が衣服を触媒としたように、『水禍』も自らの衣服に細工を施していた。術式を組み込み、合図すれば多量の水が染み出すように。元々は水源の無い場所で戦う為の苦肉の策であったが、相手が火炎を用いる魔術師であったことが有利に働いていた。

 

とはいえ、『水禍』の消耗は著しい。辛うじて致命傷は避けることは出来たものの、魔力も殆ど底を尽き全身が焦げかけている。熱のせいで瞳は焼け、視界は酷くぼやけていた。真っ当に戦えるような状態では無い。

 

「さて、互いに手の内を晒したわけだが。次はどう出る、王国の魔術師よ」

 

だが、『水禍』が満身創痍からは程遠い調子で『炎災』に話しかけた。ブラフ。自身の実力を欺き続けてきた彼にとって、最も馴染み深い戦術。逆転の切り札に繋ぐために時間稼ぎをしなければならない。さらには相手を王国の魔術師と断ずることで、反応から情報を引き出そうとさえしている。年季の入った演技による悠然とした態度に、『炎災』は彼の本当の状態を見抜くことが出来ないようだ。

 

「存外に口が軽いのか、『水禍』の魔術師。実力差は明白だ、勝てると思っているのなら愚かと言う他無いぞ」

 

「それはこちらの台詞だ。どうやら、未だに気付いていないらしい。既に仕込みは済んでいる。後はお前が罠に嵌まるだけだ」

 

余裕綽々な物言いに、『炎災』の思考が迷い始める。一旦引くべきか。しかし、ここで相手を逃がせば王国側の行動がほぼ露見してしまう。ならば無理にでも押し通るしかない。彼は迷妄を振り払い、口を真一文字に引き結んで杖に魔力を込め始める。その選択は、『水禍』にとっては最悪のものだった。

 

ブラフで惑わし、相手に撤退を促す。あるいは隙が出来た所でこちらが離脱する。『水禍』が咄嗟に打った窮余の一策は、どうやら逆効果だったようだ。『炎災』はこちらの思惑を知ってか知らずか、強大な魔術を行使しようとしている。今の『水禍』に敵の魔術を防ぐ術は無い。一つだけ残している切り札も、このままでは間に合わない。全身の痛みと魔力不足でぼんやりとする頭の中には、今を切り抜ける方法が何も浮かんでこなかった。

 

「はっ・・・・・・」

 

ブラフではない、自嘲気味な笑みが口元に浮かぶ。ここで終わりか。せめてあと十秒持たせることが出来れば。しかし、満身創痍の身ではこれ以上の時間稼ぎは出来ない。杖を『炎災』に向けながらも、そこに流し込む魔力は枯渇していた。そして、『炎災』の杖から火球が放たれる───

 

「うわあぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

その直前。絶叫しながら飛び込んでくる人影があった。空から無茶苦茶な動きで突っ込んできたのは、恐怖の感情を顔に張り付けた翼持ちの魔物。カツヤである。出鱈目で無策な突進はしかし、『炎災』の注意を引くことには成功した。咄嗟にカツヤへと杖を向け、『水禍』に放つはずの火球で迎撃する。

 

「ぐっぐうううぅぅぅぅぅっっっ!!???」

 

僅かに逸れた火球の軌道。だが、カツヤは避け切ることが出来なかった。片翼が熱波で焦げ付き、苦痛の悲鳴を上げてカツヤが落下する。全てを賭けて行われた突撃はなんの成果も無く失敗した、かに見えた。

 

カツヤが稼いだ時間はほんの数秒に過ぎない。だが、その数秒で『水禍』の切り札が間に合った。『炎災』が異変に気付き、すぐさま『水禍』に視線を向けるももう遅い。

 

「よくやった、カツヤ」

 

呟くと同時に、杖を持った手とは逆の手を『炎災』へと向ける。かつてハヤトとの戦いで失った左腕。それを補う為に、『水禍』はニェークに特注の義手を要求した。一目見ても義手だと分からない程精巧で、特殊な仕掛けが組み込まれたものを。

 

「終わりだ」

 

義手から真っすぐに水流が放たれる。槍の如きそれは『炎災』が一瞬で展開した炎を防壁を貫き、彼の胸に直撃した。ぽっかりと空いた胸元から血が噴き出し、『炎災』はゆっくりと崩れ落ちる。その表情は、最後まで何が起こったのか理解していないようだった。

 

『水禍』が要求した仕掛けは二つ。義手の内部に魔石を貯蔵し、いざという時に取り出す必要も無く使用出来るような仕掛け。そして、もう一つは魔術に頼らない攻撃方法の搭載だ。

 

『炎災』が義手の一撃に寸前まで気付けなかったのは、魔力の流れが無かったからに他ならない。異形が用いていた飛び筒を参考に作られたそれは、魔石に刺激を与えることで魔力が発生する仕組みを応用したものだ。まず、内部に貯蔵された魔石を刺激し魔力を発生させる。発生した魔力は義手の内側に刻まれた術式に従い、水へと変換される。義手の内部で発生した水はどんどん圧縮され、限界を超えると義手を破壊、光線のように放たれるというわけだ。

 

一連の動作は義手内部で完結しており、また義手が魔力を遮る素材で作られている為相手の探知に引っかかることも無い。難点は、この仕掛けを発動したら義手が自壊し、使い物にならなくなることだ。故に、『水禍』は切り札として最後まで秘し続けていた。

 

「ぐ、うぅ・・・・・・!」

 

発射の反動で後方に吹き飛んだ『水禍』には、最早立ち上がる力すら無い。ぼんやりと霞む視界には、絶命した『炎災』の魔術師と火傷の痛みに悶えるカツヤが映っていた。まだ、ここで意識を失うわけにはいかない。為すべきことが残っている。しかし、彼は限界をとうに超えていた。指一本動かせないのだ。

 

「っ・・・・・・」

意識が遠のいていく。最後まで足掻こうとしても、肉体が精神に追いつかない。そして、『水禍』の意識は無情にも闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

夢を見ている。昔の夢だ。己の師を殺し、当ても無く彷徨っていた頃の夢。

 

『水禍』・・・・・・その名を用いたことも無かった頃。彼は人気の無い山中を進みながら、空腹に耐え続けていた。魔術師にとって、師匠を殺すのはあってはならないことである。ましてや、二つ名を継承する前に殺害するなど前代未聞だった。

 

「腹・・・・・・減った・・・・・・」

 

魔術の継承は本来秘されて行われる。彼の師の拠点も、人里離れた沼地にあった。故に、殺しがバレる可能性は少ない。頭では理解していても、感情が人前に出ることを拒否していた。もしバレたらただではすまない。殺されるならまだマシな方だ。師匠の知己である魔術師に捕まってしまえば、筆舌に尽くしがたい惨い目に遭うだろう。

 

しかし、このまま山中に潜伏していても展望は見えない。食料はとっくに底を尽き、手持ちの魔道具は今の彼には使えないものばかり。拙い知識で作った小動物用の罠も、成果を全く上げられていなかった。

 

せめて、近くに農村などがあれば。師匠を殺してからがむしゃらに逃げてしまった為、今現在の場所が分からない。自身の馬鹿さに呆れる余裕も無く、彼はひっそりと死にかけていた。

 

「ううぅ・・・・・・」

 

ついには力尽き、地面へと倒れ込んでしまう。疲労と空腹、極度の精神的消耗。学んできた魔術で水分だけは摂取出来るものの、木の根を齧り雑草を貪っても活力は満たされない。折角あの地獄から解放されたというのに、こんな所で。悔しさと絶望に包まれながら、彼はどうにか身を起こし近くにあった木に背中を預けた。

 

枯れ葉が舞い、彼の頭にひらりと落ちる。そんなことに意識を割く余裕も無い彼は、懸命に息を整えた。これからどうすればいい。どうすれば、生き残ることが出来る?人生経験に乏しいからか打開策は見出せない。このまま野垂れ死ぬしかないのか。朦朧とする意識の中で、彼は諦観と共に死を受け入れようとする。と、

 

がさり

 

草木をかき分けて出てきたのは、一羽の兎だった。警戒心が薄いのか、あるいは好奇心が強いのか。その兎は野生動物とは思えぬ不注意さで彼に近付いてくる。すんすんと鼻を鳴らし、手を伸ばせば届きそうな距離までやってきた。

 

チャンスだ。ここで兎を捕えて食らえば、最低限の活力が戻ってくるだろう。そう思った彼は、しかし体が動かない。愛くるしく、無邪気な兎の瞳と目が合ったからだ。この兎を殺し、生き永らえるだけの価値が自分にあるのか?薄汚れた師匠殺しである自分が、目の前の命を奪ってもいいのか?

 

修行の一環で、動物や魔物を殺した経験はあった。しかし、己の意志で殺害を決めたことは無い。決断の時だ。このまま死に腐るのか、生きる為に殺すのか。

 

彼・・・・・・『水禍』の脳裏に、情景が鮮明に浮き上がる。あの時の自分が下した決断も、くっきりと。この腕で兎を縊り殺し、本能のままに貪ったのだ。生きることは、殺すこと。他者を食い物にしてでも自分が生き残らなければならない。『水禍』の冷酷さは、ここから始まった。

 

しかし。かつての記憶を夢として見ているという自覚を得た『水禍』は、ぼんやりと考え込む。何故今になって、あの頃の夢を見たのだろう。兵士達の為に自ら囮になり、ハーピーを逃がしてまで単騎で突撃した自分。命を使い捨てることが出来なくなった己を、戒める為なのだろうか。

 

いや。それでも、『水禍』は今の自分を否定したくはなかった。甘くなり、弱くなった自分を受け入れたかった。理性や今までの経験が、針の筵のように責め苛んでくるとしても。

 

あの時の、兎の味。血と生臭さに溢れたそれが、口いっぱいに広がっている。今までに依頼で殺してきた犠牲者の恨みが、全身に覆いかぶさってくる。しかし。しかし、それでも、私は・・・・・・・・・!どことも分からず手を伸ばす『水禍』は、溺れるように闇の中に呑まれていった。




仕込み義手は男の浪漫ですよね。
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