月明かりが照らす道を歩き、俺とミュリアちゃんは小川へと向かっていた。提げているバスケットにはミー用の料理がたっぷりと詰め込まれている。鶏小屋を管理しているボードゥから新鮮な卵をおすそ分けされたので、今回の料理は卵尽くしだ。と、
「おや」
小川近くまで来て気付いた。どうやら、まだ『鏡像』がいるようだ。というか、ミーを抱き寄せたまま微動だにしていない。
「おーい、一体どうした?っと」
そっと人差し指を立てて唇に当てる『鏡像』。胸元のミーは眠っているらしい。随分と珍しい光景だな。俺達はとりあえず近付き、傍に腰を下ろす。穏やかな寝息が微かに聞こえ、『鏡像』は苦笑いを浮かべていた。
「すまないね。少し前に寝付いた所なんだ」
「そうなんですか・・・・・・?えっと、一体何が」
「確かに、ミーがここまで無防備なのは見たことが無いな」
俺達はミーを起こさないよう、ひそひそと囁き合う。と言っても、彼女はぐっすりと熟睡しているようだ。多少のことでは目を覚ますことは無いだろう。事情を知っていそうな『鏡像』が、ためらいがちな様子で囁いた。
「あー、そうだね・・・・・・ちょっと、彼女が内心を吐露してくれたんだ。色々思い悩んでいたみたいだから。きっと、一人で苦悩していたんだろう」
「そうか・・・・・・いやぁ、そりゃいいことだ。一人で溜め込むのは良くないからなぁ。俺も気にはなってたんだが、無理に踏み込むことも出来なかった。ありがとよ、『鏡像』」
「ミーさん、そんなに悩んでいたなんて・・・・・・私、全然気付けませんでした。ありがとうございます、『鏡像』さん。ミーさんの寝顔、とってもすっきりした様子だから貴女に聞かれて嬉しかったんだと思います」
ぺこりと頭を下げるミュリアちゃん。思えば、ミーは『鏡像』との距離は近めだった。だからこそ、彼女には本心を打ち明けたのかもしれない。なんにせよミーの心労が癒えたのならば何よりだ。
「それなら、俺達はお邪魔かな。ミーが起きたら食べさせてやってくれ。多めに持ってきたから『鏡像』がつまんでも大丈夫だぜ」
「はい。濃い目に味付けをしたので、冷めても美味しく食べられると思います。それじゃあ、また」
俺とミュリアちゃんが立ち去ろうとすると、『鏡像』は唯一自由になる左手でひらひらと手を振ってきた。どこか穏やかなその表情は、初対面の頃の不敵なものとは全く違うように見える。彼女もこの里と関わって変化があったのだろうか。だとしたら、それは本人にとって喜ばしいものなのだろうか。それは、俺には分からない。
もしも、それが『鏡像』にとって好ましい変化なのであれば。俺も嬉しいなと、ほんのり思うのであった。
「ふぅ・・・・・・こんなところか」
里が寝静まった真夜中、未だ炉が煌々と照る鍛冶場で異形が一息ついた。目の前には、彼の背丈を超える程の長大な飛び筒が横たわっている。見張り台に設置している飛び筒よりは細いが、通常の飛び筒よりは二回り程太い。まともな人間では到底扱えないような大きさである。
「全く、今回は難産だったな。想定している効果が出るかは、試射せねば分からんが・・・・・・」
呟きながら頷く異形はどこか満足気だ。疲労の色が濃い表情でもにやりと頷き、目の前の飛び筒を持ち上げる。広い鍛冶場の中でも取り回すのが難しそうな程に長い為、慎重に外へと運び出した。
「これは、中々。やはり設置して使うしかないか」
いかに膂力に優れた異形と言えども、この長大な飛び筒を軽々と使いこなすことは出来ないようだ。弾の入っていない状態で上空に構えるも、やや体がふらついてしまう。だが、その分威力は折り紙付きのはずだ。早速明日にでも試射をしようと思ったが、弾薬の準備が出来ていないことに気付いた。
「しまった・・・・・・この飛び筒に合った散弾の用意が出来ていないか。俺としたことが、抜けているな」
とはいえ、深夜である今試射をするわけでもない。苦笑しつつも異形は飛び筒を様々な角度で構える。しっかりと体勢を整えた上での射撃に限れば、なんとか扱えそうだ。
「ふむ・・・・・・」
元々この飛び筒を作成した理由は、ハヤトのような尋常ではない相手が里に攻めてきた時の為だ。野生動物や通常の魔物ならば現在の備えで事足りている。故に、この飛び筒は他の飛び筒とは違う構造になっていた。
普段使いの飛び筒の三倍以上はある長さは、魔石粉の爆発によって生まれるエネルギーを、放たれる鉛玉により多く伝える為だ。そして、放たれる鉛玉も通常のものとは違う。すなわち、百発以上の鉛玉を同時に放つのである。
設置式の飛び筒のように巨大な砲弾を放つのではなく、何故複数の鉛玉を放つのか。それは単純に、命中率を高める為だ。点で撃つよりも面で撃つ方が命中率は高いという当たり前の道理を、可能な限り突き詰めた結果の産物。見た目通りの異形の論理である。
「・・・・・・重い。走り回るのは難しいか」
ぼそりと呟き、鍛冶場の壁に飛び筒を立てかける。想像以に取り回しが悪そうだと異形は顔をしかめた。運用上、この飛び筒は相手に対して可能な限り近付いて放つのが望ましい。しかし、この重量では難しいだろう。無理をすればなんとかなるかもしれないが得策とはいえない。
「まぁ、細かい使い道は試射の結果を見てからでいいだろう。後は明朝、マノルギにも完成を報告しなければ」
軽くストレッチをしつつ独り言を続ける異形。マノルギには技術を伝えると決めたものの、流石に連日連夜付き合ってもらうわけにもいかない。呪いによって眠りを奪われた異形と違い、マノルギやその弟子達は睡眠を必要とするのだ。
ふと、月明かりが気になり空を見上げる。グロムが里にやってくるまで、夜は常に孤独感を感じていた。全てを諦め、惰性で里を守る日々。夢に逃げることも出来ず、一人で過ごす夜は酷く苦痛だった。それが、今ではどうだ。例え一人で夜を過ごしたとしても、なんの不安も無い。頼れる友が大勢いるからだ。
「ふっ」
異形は笑みを漏らし、鍛冶作業で凝り固まった体をほぐしていく。静謐な静けさの夜、束の間の休息を味わう彼の雰囲気は、とても穏やかだった。
「うっわぁー・・・・・・!」
「おい、あまり顔を出すな。怪しまれたらどうする」
城塞都市エリンド、大通りを進む馬車の中。すっかり傷の癒えた『水禍』の魔術師とカツヤは、ニェーク伯爵の元へと向かっていた。
「いや、でもこんな風景見るの初めてだし!すっげぇー、CGとかじゃないんだよな?」
「やれやれ・・・・・・話を聞かん奴だ」
興奮気味のカツヤは『水禍』の制止も無視し、キラキラした瞳でエリンドの街並みを眺めている。首から下はすっぽりとマントに包まれている為、彼女が魔物であると見抜くのは困難だろう。しかし、可能性があることには変わりない。しかめっ面の『水禍』はカツヤの首根っこを掴み、馬車の窓から強引に引き剥がした。
「ちょ、おっさん何するんだよ!」
「私達はここに観光しに来たわけではない。ニェークという貴族にお前を保護させるために来たのだ。立場を弁えろ、カツヤ」
「むっ・・・・・・そりゃ、まぁ。俺を守ろうとしてくれてるのには感謝してるけどさ」
「・・・・・・どう思うかはお前の勝手だ。精々限界まで利用してやろう」
腕を組み、俯きながら言う『水禍』。しかし、カツヤは理解していた。自身を助けてくれたこの男は、打算だけで行動するような人間ではないと。にまっとした意味ありげな笑みを浮かべ、カツヤはマントからそっと出した翼で『水禍』の頬を撫でる。
「またまた、おっさんは照れ屋だなぁ。その歳でツンデレってどういうキャラ付けだよ、って痛ぁっ!?」
頭部にげんこつを喰らい、視界に火花が散るカツヤ。『水禍』からは明らかに怒っている雰囲気が伝わってきていた。
「侮るなよ、カツヤ。言葉の意味は分からんが、侮辱と捉えるぞ」
「ご、ごめんってぇ。悪気は無いんだよ、マジで」
涙目で謝るカツヤに、深い溜め息を吐いて腕を組む『水禍』。どこか手慣れた様子だ。事実、似たような会話を二人は何度も繰り返していた。
「・・・・・・やれやれ。今から会うニェークという貴族は、作法や礼儀に厳しい奴ではないが・・・・・・その調子では、首を飛ばされても文句は言えんな」
「そんな怖いこと言わないでくれよ、おっさん。うぅ、まだ痛ぇ・・・・・・」
翼で己の頭をさすり、カツヤはしょんぼりと身を縮こまらせる。本人は「別の世界から転生してきた」などという世迷い事を吐いていたが、『水禍』の目から見ても彼女は異常な存在だった。言葉を解し、意思疎通も出来る上にこちらに敵意を抱いていない魔物。ハーピーにあるまじき情けない様子に、あるいは彼女の語った事情に嘘は無いのだろうと『水禍』は思い直していた。内容は一理解出来ていなかったが。
「さて・・・・・・どう出る、ニェーク」
痛みで目を潤ませているカツヤを半ば無視しつつ『水禍』が呟く。カツヤを彼の元に連れていくのは一種の賭けだ。果たして、エリンド家を背負っているあの男が得体の知れないハーピーを受け入れるかどうか。『水禍』も彼の器の広さは感じているが・・・・・・その中身までは見抜けていない。処刑するなり、実験台にすることは十分に考えられる。
その場合、自分はどう動くのか。そこまで考えようとして、『水禍』は煩わしそうに首を振った。その時のことは、その時に考えればいい。普段の周到さからは想像も出来ない杜撰さで思考を打ち切る。ちらりと横を確認すると、いつの間にかカツヤはうとうとし始めていた。うずくまったような姿勢で、うつらうつらと首が揺れている。
「・・・・・・どこまでも、自由な奴め」
吐き捨てるように言った『水禍』の顔には、どこか苦笑めいた表情が浮かんでいた。ふと、隠れ里のことが脳裏によぎる。カツヤのことをニェークに知らせず、このまま里に預けても良かったかもしれない。里の住人はカツヤに負けず劣らずの曲者揃いだ。きっと、温かく迎えてくれるだろう。
「愚かなものだな、『水禍』」
激しい郷愁の念に駆られている自分を恥じて、フードを目深に被り直す。里に戻るかどうか、その答えは未だに出ていない。だというのに戻るのは言語道断だ。他の誰が許そうとも、自分自身は決して許さない。半ば偏執的な思考であることを理解しながらも、『水禍』はそれを改める気にはならなかった。
ニェークにカツヤを隠れ里に送ることを提案してみよう。面倒事を押し付けるという体で説得すれば、奴も頷くかもしれない。己のことは棚に上げ、『水禍』は改めて思考を回し始めた。他人の為に頭を悩ませる。昔なら決してしなかっただろうことを進んでしているという事実に、本人は気付かないままに。
群像劇は経験の少ない人間には書きづらいという事実に今更気付いてきた。