「こりゃ随分、太くて長いな」
やや冷え込んできた昼下がり。彼の小屋付近で、異形から見せつけられたものに目が釘付けになりつつ、俺は思わず呟いた。こんな立派なもの、今までにお目にかかったことは無い。
「あぁ。我ながら、見事なものだろう」
満足気に頷く旦那は、その立派なもの・・・・・・飛び筒を構えた。今の俺の背丈、その何倍もある長さに、通常の飛び筒よりも二回り程の太さを兼ね備えている。
「こんだけ長いのは、あれかい?放つ鉛玉の狙いを安定させる為とか?」
「惜しいな。これは、より多くの散弾を撃ち出す為の飛び筒だ。通常では捉えられない、ハヤトのような者を相手することを想定している」
「はー、なるほどねぇ・・・・・・」
散弾、散弾か。俺が使っているちっこい飛び筒でもそれなりの数の散弾を放てるというのに、これほど太く長い飛び筒では一体どれ程の数になるのか想像もつかない。だが確かに、異常に素早い相手や巨大な相手には有効だろうとも思う。
「しかし、いくら旦那と言えどまともに扱えるのかい?これだけの長さだ、森の中で使うには無理があるだろうし」
「そこだ。見張り台に設置することも考えたが。散弾を放つ関係上射程は他の飛び筒に劣る。可能ならば機動しつつ運用したいのだが、持ち運ぶだけで一苦労だからな。何かいい案は無いか?」
異形の旦那に訊ねられ、俺は頭を捻って考える。この飛び筒は武器というよりも、攻城兵器に近い。その上で機動力を確保したいとなれば・・・・・・。相変わらず伸びるのが早い羊毛を撫でつけ、巻き角を軽く叩く。名案というわけではないが、案が一つ思い浮かんだ。
「荷車か何かに乗せるってのはどうだい?森の中は難しいが、開けた場所なら有用だと思うけど」
「荷車か・・・・・・俺自身が曳いてもいいが、出来れば駄獣を使いたいな。しかし、荷車を曳ける程となると、里には農耕と乳搾り用の牛くらいしかおらん。貴重な財産だ、おいそれと戦場に出すわけにはいくまい」
「戦闘用に馬とかを飼育ってなると経費もかさむからなぁ。だからって、旦那自身が曳いたら本末転倒か。そもそも森の中では機動力を発揮できない問題が・・・・・・」
「設計時点で気付くべきだったな、この飛び筒の弱点に。試射を繰り返さねば細かい部分は分からんが、想定だと有効射程は50歩(約35m)も無い。ふぅむ・・・・・・」
二人して思い悩む。しかし、早々簡単に名案は浮かんでこない。結局、俺達は議論を重ねながら時間を浪費してしまった。
「あー、駄目だ駄目だ!こういうのは少人数で考えていても始まらん、他の連中にも意見を求めたいんだが、旦那はどう思う?」
「賛成だ。二人で考え込んでいても堂々巡りだからな」
議論と並行して鉛玉を作り始めていた旦那が、毒気の混じった煙を散らしながら賛成してくれる。他の誰からならば、俺達とは違う視点で面白い提案をしてくれるかもしれない。それが突破口になればいいが。思いとは裏腹に、俺達はのんびりした雰囲気で言葉を交わしていた。
「いや、流石に長過ぎでしょこれ」
呆れた様に言うのは、狩りの帰りらしく兎を数匹腰に吊るしているチャロ。飛ぶことが出来ない現状でも腕を鈍らせない為、時間がある時は積極的に森の奥に入っているようだ。丁度俺達が誰かを呼びに行こうとした所で森から戻ってきたので、これ幸いと訊ねてみたのだが・・・・・・。
「攻城用のバリスタか大弓の類にしか見えないんだけど、この飛び筒。これを持ち運ぶ方法?しかも可能なら森の中を?」
「そうだ。何か案はあるか?」
「いや・・・・・・不可能じゃないかそれ。だって物理的に木々の合間を通らないし、どれだけ力が強い人でもまともに運べる重量じゃないし」
旦那の言葉にあけすけな正論を放つチャロ。いや、全くもって言う通りだ。
「だが、そこで思考を止めるわけにもいかなくてね。頭の隅にでも留めといてくれや。何か思いついたら、俺か旦那に伝えてくれると助かる」
「それは別にいいけど。そう上手くいくかなぁ・・・・・・というか、まずは実際に撃って威力を確かめるべきじゃないの?」
首を捻り、チャロが明らかに疑わしい目つきを飛び筒に向ける。そこまでして運用する価値があるかどうか見定めているようだ。
「特殊な弾が必要でな。俺がうっかりしていて、まだ作っていないのだ。すまん」
「そう、か。うっかり、うっかりね・・・・・・」
虚を突かれたのか、まじまじと旦那を見つめるチャロ。異形の旦那の発言に驚いているような、そんな雰囲気だ。多分だが、旦那がこんなありきたりなヘマをすることに戸惑っているように見える。
「まぁ、旦那も失敗する時はするってことさ。この世に完全無欠な奴なんざいやしないからね」
「うむ・・・・・・今回は凡ミスだったがな。こういうミスを減らさねば、いずれ大変なことになる」
「僕だって失敗はするし、責める気は全然無いけど。うん、確かにちょっと意外だった。あんたは色々出来て当然だって思ってたから」
「そんなことはありえんよ。元々、何もかも失敗してここに流れ着いた身の上だ。先日も火の始末を怠り、小屋の床を焦がしかけた男だぞ、俺は」
苦笑しながら言う旦那に、俺とチャロは声を上げて笑った。蔑むつもりは無いが、照れたような素振りがなんだかおかしかったからだ。見た目の悍ましさに似合わない親しみの持てる様子は、色眼鏡を外せば自然と見えてくるものでもある。
「ふふ・・・・・・やっぱり、最初に会った時とは随分と印象が違う。寝物語に出てくる人喰いの化け物かと思ったからさ」
「酷い言い草だが否定は出来んな。こんな見た目の者は、他にはいないだろうから。しかし、見た目はともかく背中の腕は存外に便利だぞ。異形の姿も悪くはない」
自慢げとまではいかないまでも、旦那は自らの姿を嫌悪してはいないようだ。そういえば、彼が何故こんな姿になったのかは未だに知らないな。本人が話せない、話したくないことは突っ込んで聞かないもんだから。
「そういや、俺が初めて飛び筒を撃ってるのを見た時も凄かったなぁ。背中の腕も使って四本の飛び筒を同時に撃ったり弾込めしたり。首都の曲芸師にも負けない手際だった」
「あの時か。まぁ、相手が尋常の存在なら複数の飛び筒で弾幕を張るのが効果的だからな。ん?」
「おーいチャロー!あ、グロムちゃんに守り神さんもいる!」
遠くから聞こえる声に振り向くと、そこには腕が千切れんばかりにぶんぶんとふっているイニマと、巻き藁を肩に担いだオーギスが近付いてくるのが見えた。
「こりゃあグロムさんに守り神さん。なんか、随分けったいな物が鎮座してますが」
「丁度良かった。二人にも聞いておきたいんだが・・・・・・」
簡潔に状況を説明すると、オーギスは難しげな顔で考え込む。イニマは分かっているのかいないのか、いつも通り俺を後ろから抱き上げて楽しそうな笑い声を上げていた。
「えっへへーもふもふだぁ。何度味わっても最高だよ」
「堪能してくれて何より。それで、何か名案は浮かんだかい?」
「飛び筒のこと?うーん、グロムちゃん達が言っていた荷車で運ぶ以外は思いつかないなぁ。見た目からして凄く頑丈だと思うけど、そのまま引きずるわけにもいかないだろうし」
その言葉に、横で考え込んでいたオーギスがはっと顔を上げた。何か思いついたようだ。
「引きずる、ってなると・・・・・・難しいかもしれんが、ソリはどうです?素材を選べば岩肌を滑り降りたり出来るって聞いたことがあるんですが」
「ソリ?それは一体・・・・・・」
聞いたことの無い言葉に首を傾げていると、異形の旦那は理解しているようで大きく頷く。やっぱり、存外に博識だな。
「ソリとは、雪が積もった上を滑るあれか?」
「あぁ、それですそれ。故郷で珍しく雪が降った年、王国から逃れてきた旅人が教えてくれたんですよ。便利なもんがあるもんだって驚いたな、ありゃ」
「ふぅむ・・・・・・枯れ葉の上ならば滑れるだろうが、場所によっては難しいか。いや、試してみる価値はありそうだ」
「あー、すまん。そのソリって奴は荷車と何が違うんだい?」
手を上げて質問してみると、旦那が軽く説明してくれた。曰く、滑らせやすいように加工した板を組み合わせ、地面を滑走して移動する運搬具らしい。荷車よりも高さを抑えられ、かつ滑る場所によっては荷車を動かす程の力も必要無い、とのこと。
「へぇ、世の中には色んなものがあるんだなぁ。しかし、そのソリってのは森の中で動かせるのか?」
「分からん。平面が少ないから、難しいかもしれん。だが、それ以外の場所・・・・・・それこそ里の中ならばソリは有用だ」
「里は道がしっかり均してあるし、石や岩も取り除かれてますから。飛び筒だけじゃなく、他の運搬にも使えるか」
旦那に続いて言うオーギスは、やや頬を紅潮させていた。自分の意見が役に立ちそうで喜んでいるのかもしれない。可愛い所もあるなぁと、俺は少し置いてけぼりになりつつも思うのだった。
王国と共和国の国境線、その程近く。一触即発の雰囲気が辺りに充満する中、王国軍と共和国軍は遥か離れた場所から睨み合っていた。臨戦態勢とはいかないまでも、号令一つで戦える状態に持っていけるような緊張感が漂っている。
「今日も共和国軍に動きはありません、『孤城』様」
「うむ、ご苦労。見張りは随時交代させ、充分に休息を取らせるように」
「はっ!」
勢いよく敬礼し幕舎を出ていく兵士を見つつ、王国軍側の総指揮官・・・・・・『孤城』の魔術師は溜め息を吐いた。老齢ながら引き締まった体格に、白く長い髪。豊かな髭を蓄えた様は、どこか優しげでさえある。しかし、その印象を吹き飛ばす程に眼光は鋭い。
「やれやれ、誰の手のひらの上なのやら」
呟いて、視界を目の前の大机に落とす。そこには自陣の詳細と、敵陣の可能な限りの情報が書き込まれた地図が広がっていた。一見して王国軍有利に見える陣容に、しかし『孤城』は渋い表情を隠そうともしていない。
「ここでぶつかるのは早計に過ぎ、真なる敵を利するだけ、か。しかし、これほどの軍勢を前線に維持する負担も大きい。いっそ、共和国側と和議を結べればいいのだがなぁ」
王国の上層部に聞かれれば罰を免れないような発言をしつつ、髭をのんびりと撫でつける『孤城』。その鋭い視線が、不意に右を向いた。
「おぬしもそう思うじゃろ?」
何も無い空間に向かって話しかけると、ややあって返事があった。同時に、まるで空間が裂けるようにして人影が出現する。軍服を身に付けた若い女性だ。頬と目元に傷がある彼女は、どこか剣呑な雰囲気を纏っている。
「そうですね。正面からぶつかれば双方被害は甚大でしょうし、経済への打撃も相当なものになります。命と金の無駄遣いです」
そこまで一息に言い切り、女性は『孤城』を睨み付ける。敵意すら感じられるそれをふわりと受け止め、『孤城』は穏やかな笑みを浮かべた。
「わしの顔に、何か付いているかな」
「・・・・・・いえ。まさか、探知魔術すら使われずに居場所がバレるとは思っていませんでしたので。流石は『孤城』の魔術師、と申し上げておきます」
「それはどうも、ありがたく受け取ろう。それで?なんの用かね、カラナ・ノーボス騎兵隊長」
女性・・・・・・カラナは、その言葉に敬礼を返した。直立不動の体勢のまま、明瞭な声で告げる。
「国王よりの通達です。『一刻も早く、事態の収束を望む』と」
「ふむ、成程。再三の催促とは、随分急かしてくれるものじゃ」
この場合の事態の収束とは、戦に勝利しろということに他ならない。現場を知らない国王らしい浅慮な圧力だ。
「無視すればよろしいかと。どうせ、国王が軍部に介入出来る手段は限られていますし」
「おぬしも中々言うのう。誰かに聞かれたら厳罰ものだ。さて、しかし・・・・・・」
このまま一切動かない。それが次善の策だ。最善は、徹底的な勝利を上げ、かつこちらの損耗を0に抑えることである。不可能な空想を暫く弄びながら、『孤城』はゆったりとした口調で呟いた。
「騎兵隊長。黒鎧魔導重騎兵の調子はどうかね?」
「いつでも出撃出来る準備は整えてありますが。馬が数頭体調を崩しています。前線の水が合っていないのでしょう」
「ほぅ。ならば、ちと様子を見に行くか。ついでにおぬしの望みも叶えよう」
見透かすような物言いに、カラナの頬に僅かに朱が差す。そんな態度を面白そうに眺めながら、『孤城』は幕舎の外に足を向けた。
「前線で戦い続けてきたおぬしらの魔術と、とっくに隠居した老いぼれの魔術。互いに比べ合い、研鑽に活かすが良し。ふふふ、楽しみだ」
黒鎧魔導重騎兵、自分で付けた名前だけど滅茶苦茶気に入ってます。