黒々とした鎧を身に纏い、王国の最精鋭と称される黒鎧魔導重騎兵達は身じろぎもせずに整列していた。馬に騎乗こそしていないものの、魔石がはめ込まれた斧槍と、片腕に固定するタイプの盾を装備している。物々しい空気を一身に受けながら、『孤城』は人好きのする笑みを浮かべた。
「久しぶりですな、諸君。長い滞陣に倦んでいるいるかと思うたが、いらぬ心配だったようだ」
「総指揮官。どうか、本題に入っていただきたい」
先頭で直立不動のまま、カラナ・ノーボス騎兵隊長が声を上げた。階級が上の軍人の話を遮りこのような態度を取るなど、通常ならばありえない。しかし、この状況にはやや複雑な事情が絡んでいた。
黒鎧魔導重騎兵は、王国軍に所属しながらも半ば独立した存在である。大幅な裁量権が認められどこの指揮下にも属さない、王国直属の精鋭部隊。過去からの伝統ではありながら、常識を無視した無茶苦茶な話だ。それが許されているのは、黒鎧魔導重騎兵達が国王への忠誠を誓い続けているというのが一つ。もう一つは、全てを問答無用で黙らせる圧倒的な戦闘能力にある。
150年以上前。亜人達の大規模な反乱によって、王国は崩壊の危機にあった。各地で反王国の兵が蜂起し、国内を荒らし回っていたのだ。それを迅速に治めたのが黒鎧魔導重騎兵である。少数の部隊に散らばりながら王国全土は駆け回り、圧倒的武力を以て反乱を鎮火させていった。そのお陰もあり、王国は大陸の半分を反乱軍に制圧されながらも崩壊を免れたのだ。
故に、黒鎧魔導重騎兵の誇りは凄まじい。過酷な選別を潜り抜け、才能と努力に溢れた最精鋭なのだから。先達への敬意と己の能力への自負が、まるで鋼のように心を覆っていた。だからこそ許せない。決して他者の指揮下に入らぬ我々が、二つ名持ちの魔術師と言えどとうに隠居した老人に従わねばならないことが、決して許せなかったのだ。
「うむ、そうしよう。かねてより貴公らに提案されていた「魔術の試し合い」。前線が未だ動かぬ今、お引き受けしようと思うてな」
しわぶき一つ聞こえない中、空気ががらりと変わる。兵士一人一人から燃え上がるように戦意が噴き出し、『孤城』の魔術師を焼き尽くさんばかりだ。しかし、彼が穏やかな笑みを崩すことは無い。あくまで丁寧な口調を崩さず続けた。
「しかし、この老骨には全員を相手するのは難しい。五人。五人までが限界じゃろう」
ピシリ。まるで空間にヒビが入ったような感覚。つまり、『孤城』はこう言ったのだ。黒鎧魔導重騎兵を五人までなら相手しても問題は無い、と。王国を存続させてきたのは我らの武である。それほどまでの自負がある精鋭達は、目の前の老人に殺意すら覚え始めていた。
しかし。それでも、彼らの統率は乱れない。怒りの息一つ漏らさず直立不動で整列したままだ。それを解くように彼らの隊長・・・・・・カラナが声を上げる。
「これより私が選抜した隊員五名を指名する!異議は認めん!」
呼ばれる度に気合いの入った敬礼をし、前へと出る兵士達。殺気すら滲むような雰囲気を纏い、『孤城』の目の前に立つ。ずらりと並んだ五人は黒鎧魔導重騎兵の中でも特に優秀な、一騎当千の実力者だ。
「うむ、見ただけで精強だと分かる顔だ。それでは開けた場所に向かおうかの。ここではやや手狭故な」
『孤城』は殺気だった兵士達を引き連れ、のんびりと戦陣を移動する。やがて着いた場所は、元々炊事場として使われていたものだ。陣地転換の際にぽっかり空いた空間の中心に『孤城』が立ち、包囲するように並んでいる兵士達を見回した。
「さて。それでは、一人ずつ前に出てくれますかな?無論、白兵戦ではわしに勝ち目が無い。魔術のみで戦って頂ければ嬉しいのだが」
幼子に語り掛けているかのようなゆったりとした口調。それはつまり、魔術勝負では負けないという宣言だと黒鎧魔導重騎兵達は認識した。理解した上で煽っているのだろう、『孤城』は笑みの中に悪戯っぽい雰囲気を混ぜているように見える。
「それではっ!是非ご教授願いたく!」
選ばれた五人の内一人が、迸る敵意を隠そうともせず進み出た。その手には斧槍も盾も持たず、黒く染め上げられた鎧を身に纏っている。手甲には複雑な装飾が施され、どうやら魔術の触媒になっているようだ。彼は『孤城』から十歩程離れた場所を足を止め、ぎらついた視線で腰を落とした。
「うむ、うむ。では、始めるとしようか」
『孤城』がそう言った途端、相対する兵士の腕から閃光が放たれた。魔力で形作られた矢が高速で『孤城』に迫り、その体を貫く・・・・・・かに見えた。
「これは見事な。初歩の魔術ながらよく練り上げられている。流石は黒鎧魔導重騎兵といった所じゃな」
気が付けば、魔力の矢は老人の体に辿り着く前に霧散してしまった。恐らくは魔術による防御なのだろうが、その予兆も仕組みもまるで見抜けない。だが、その程度で怯む者はこの場にいなかった。黒鎧魔導重騎兵の誰もが素早く思考を回し、状況を打破しようと解析する。それは『孤城』と相対している兵士も同様だ。
「はぁっ!」
再び放たれる矢は、弧を描く軌道で三本放たれた。左右と上に分かれ同時に『孤城』を襲うが、先ほどと同じように全て届かず溶けるように霧散してしまった。隙が見当たらない。ならばどうする。
「軌道変化及び同時生成・・・・・・凄まじい練度だ。才だけではない、血の滲む修練でしか得られぬ業。王国最精鋭は伊達ではないな。叶うならば弟子に取りたいが・・・・・・うぅむ、残念じゃ」
目の前の兵士はいささかも戦意を衰えさせず、再び魔術を放とうとする。が、
「なっ!?」
「おぬしらの力の源は心。我らこそが最強であるという誇り。それを崩して弟子に取っても、のう?」
体が動かない。まるで何かにがっしりと掴まれているように、兵士は指一本動かせなくなっていた。魔力を練り矢を放つことも出来ず、つかつかと歩いてくる『孤城』を止める術が無い。手刀で首を叩かれ、微笑まれる。
「相手の情報が無い中、まず動いて探ろうとするその意気や良し。じゃが、ここまでよ」
生殺与奪を握られた状態なのは明白だ。兵士は俯くことも出来ず、ただ歯を噛み締めた。五人の内に一人がいともたやすくあしらわれてしまった事実に、精鋭達の仲で微かな動揺がさざ波のように広がっていく。
「次は私が!」
それでも前に出てくる兵士に、『孤城』は心からの称賛と共に笑みを浮かべた。決して歩みを止めず、必ず目的を遂行するのが黒鎧魔導重騎兵である。噂に違わぬ不屈の精神は、彼にとって輝いて見えた。
「さて、これで五人。どれもが実用的かつ練り上げられた魔術だった。いや、見事。わしの弟子達にも見習わせたい勤勉振りですな」
結局、選ばれた五人は『孤城』に傷一つ付けることが出来なかった。それどころか、『孤城』の魔術の片鱗すら見抜けなかったのである。さらに彼は「試し合い」の間、一歩もその場を動いていなかった。文字通り、次元が違う。愕然とした雰囲気すら漂う中、ずっと黙り込んでいたカラナが声を上げた。瞳の中に炎が燃え盛っている。
「・・・・・・総指揮官。申し訳ありませんが、もう一戦だけ付き合って頂きたい」
「ふむ。まぁ、よろしいでしょう。彼らを率いる貴女からの頼み、引き受けぬ訳にはいかん」
「感謝します。では」
敬礼し、先の五人と同じように『孤城』と向かい合うカラナ。ゆったりとした自然体のまま、燃える瞳で眼前の老人を見つめている。
「いつでも」
促すように『孤城』が言うも、カラナは動かなかった。張り詰めた静寂が広がり、無限に思える時間が流れていく。
「・・・・・・ならば」
『孤城』が探るように片手を掲げようとした瞬間、弾けるように後方に跳躍するカラナ。同時に魔力を練り、生成された矢が何本も飛んでいった。しかし、それも今までのように『孤城』にある程度接近した時点で霧散してしまう。と、
「見えたぞ、『孤城』っ!」
吼えながら魔力を練るカラナが両手を地面に叩きつけた。瞬間、『孤城』の足元から魔力の渦が吹き上がる。歳に似合わぬ機敏な動作で飛び退いた彼に、カラナは爛々と輝く瞳で言い放った。
「魔力で編まれた不可視のベール・・・・・・凄まじい練度だ。だが、もう通用しない」
「ほっほ。探知魔術すら使わずに見抜くとは。見事なものだ、カラナ騎兵隊長」
先ほどの意趣返しのような状況に、『孤城』は楽しそうに賞賛を送る。カラナの見立ては殆ど当たっていた。肉眼では決して見えない緻密に織られた魔力の布。それが、『孤城』の使っている魔術の正体である。
魔術の布を周囲に張り巡らし、相手の攻撃魔術を相殺する。更に、同じく魔力の布を用いて相手を包み拘束することも出来る。攻防一体かつ魔力消費の少ないこの魔術は、最近の『孤城』のお気に入りでもあった。もっとも、気が狂う程の精度を要求される為彼以外には扱えないのだが。
先ほどのカラナの攻撃は、地面を伝達して魔力を送り込み衝撃と共に相手を吹き飛ばす魔術。地中ならば布を展開出来ないという読みは完全に当たり、『孤城』に回避を強制させることが出来たのだ。
「魔術を見破られた以上、わしの負けじゃな。降伏を受け入れてくれるかね?」
「・・・・・・ぬけぬけと。未だ余裕綽々だというのに、試し合いから降りられるとお思いか、総指揮官」
低い声を上げるカラナ。彼女にとって、目の前の老人は異物だった。誰にも縛られず、ただ王国の敵を討ち果たす黒鎧魔導重騎兵。才と努力、そして幸運にも恵まれ当代の隊長に抜擢されたカラナは、魔術師という存在を信用していない。
ある者は言う。黒鎧魔導重騎兵は、魔術師になれなかった落ちこぼれが流れ着き威張っているだけだと。ありえないことだ。魔術師になるだけの才を持ちながら、騎兵としての才も求められるのが我々だ。一瞬でも気を抜けば死んでしまう程の練兵を繰り返し、武を研ぎ澄まし馬と心を通い合わせる。魔術は戦場で有用である実践的なものに絞り、極限まで磨き上げる。狂気に近い鍛錬を乗り越えねば、騎兵でありながら魔術を行使することは出来ないのだ。
故に。カラナは魔術師を信用していない。我らが極める内片方だけを信奉し、己こそが特別なのだとふんぞり返る者達を心から嫌悪している。戦場で血を流さず、ただ自己の研鑽のみに耽溺する、賢者のふりをした愚者。それが、カラナと彼女の部下が魔術師に抱いている感情だ。
特別なのは我々だ。王国の為に血を流し、戦い続けているのは我々だ。冷えて固まることが永遠に無い、溶岩のような誇りが彼らの内側で煮え滾っている。『孤城』はそれを飄然と受け止めつつ、ゆっくりと口を開いた。
「ふむ。これ以上は、試し合いの範疇を超えてしまう。殺し合いを所望かね、騎兵隊長」
「貴方が我々を指揮下に置く。ならば、それに足る実力を見せていただきたい。私一人をあしらえぬような指揮官についていくことは出来ません」
「やはり、それが本心か。ならば、うむ・・・・・・」
張り詰めた空気の中思案する『孤城』。数十秒の沈黙の後、視線をカラナに向け直す。
「どちらかが意識を失った時点で終了。それで、構わんか?」
「よろしいでしょう。では」
向き合う二人。カラナは手甲に魔力を纏い、前傾姿勢で構えている。白兵戦を仕掛けるつもりなのだろう。対する『孤城』は先ほどと同じ、ゆったりと立っているだけだ。魔術の布を纏っているかどうかは、見た目では判別がつかない。
永遠にも思える十数秒が流れ、汗がカラナの頬を伝い顎から地面に落ちた。瞬間、カラナは弾けるように踏み込む。
───勝負は、僅か数瞬で決着した。
王国の方が共和国より軍事面では強めです。