TS羊娘は楽園の夢を見るか   作:てぬてぬ@TSF

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悪意と殺意

「王国軍に動きが見られただと?」

 

「はっ。最前線の部隊が交代したようです。その部隊というのが・・・・・・」

 

城塞都市エリンド、執務室の一角。部下からの報告に、ジエッタ将軍は頭を抱えたくなる気持ちを必死に抑えた。黒鎧魔導重騎兵。王国の誇る最精鋭部隊が、最前線に姿を現したのだ。

 

「攻勢の予兆は?」

 

「今のところはなんとも。ただ、他部隊の動きからすぐに攻めてくるとは思えません。他の幕僚も同じ判断です」

 

「うむ。では、こちら・・・・・・最前線の共和国軍の動きはどうだ」

 

一番の問題は、相手に我が軍が対応出来ているかどうかだ。補給と後方警備の任務しか受けていないジエッタだが、戦場の状況を細かく把握する為に頻繁に兵士を行き来させていた。現場の指揮官から上がってくる報告を信用し切っていないのである。

 

「やはり、混成軍ということもあって反応が鈍いですね。それに、黒鎧魔導重騎兵が前線に現れた影響で浮足立っています。士気を保つのに苦労しているものかと」

 

「やれやれ、ぶつかる前からこれではたまらんな。だが、敗北は避けねばならない。引き続き頼んだ。何かあれば私が就寝していたとしても構わない、すぐに報告してくれ」

 

「はっ!」

 

敬礼し部屋を後にする部下。一人になったジエッタは深いため息を吐く。自身の権限では限界があると理解しつつも、手元の書類に目を落とした。彼とてただ手をこまねいていた訳では無い。打てる手は可能な限り打っている。その内の一つの結果がこの書類だ。差出人はジエッタの上司にして、エリンドを真に治める貴族。ニェーク・ラグロ・フィズ・エリンド伯爵だ。

 

「頼みましたぞ、我が主よ」

 

激務をこなす為しばらく会えていないニェークを思い、ジエッタは拳を握り締める。届くはずもないその言葉に、熱を込めながら。

 

 

 

 

 

「これは、想像以上だな」

 

数日かけて完成したソリ。その実力を見る為にみんなと里をあちこち回ってみたんだが・・・・・・。

 

「すっごーい!私達全員乗ってるのにこんなに滑れるんだ!ソリって凄いんだね!」

 

楽しそうなイニマの言う通り、ソリは予想以上の効果を発揮した。ある程度舗装された場所ならば、荷車よりもスムーズに移動することが出来たのだ。一旦休憩を取り、俺達は果実水を飲みながら言葉を交わしている。

 

「・・・・・・いや、私が知ってるソリはここまで使いやすいもんじゃなかった気がするんだけど」

 

「同感だ。羊毛を素材にしたからか・・・・・・?」

 

旦那とオーギスは困惑しているようだ。どうやら二人が知っているソリはここまでの性能では無かったらしい。

 

「まぁ、実際こんな快適に滑れてるのは凄いよ。こりゃ里では荷車よりもソリの方が便利かもなぁ」

 

「そうですね、まさか車輪じゃなくて滑って移動するなんて。私達では絶対に考え付けませんでした。オーギスさんに守り神様はすごいです!」

 

イニマちゃんの称賛に、オーギスは複雑そうな表情を浮かべ旦那は腕を組んだ。その視線は件のソリに向けられている。

 

材木を組み立てて出来たソリには、隠れ里特有の素材が使われていた。羊人達の髪の毛・・・・・・羊毛である。衝撃を和らげる緩衝材から荷台のクッション、果ては地面を滑る部分にまで。加工した羊毛は手触りなどが変化することがあり、俺達が思う以上に便利に使えるようだ。

 

「う、うーん・・・・・・守り神さんはどう思います?」

 

「実際に結果が出ている以上、活かさない手は無いな。まぁ、暫くは色々と試すことになるだろう。使う羊毛も相応に多い。枯渇しなければいいが・・・・・・」

 

「あ、えっと。そこは大丈夫だと思います、守り神様。隠れ里では羊毛も余り気味でしたし、加工して活かそうとしてもやっぱり量が多いんですよ。私達の髪の毛ってすぐ伸びますから」

 

「あー、確かに伸びすぎた羊毛を焼いてしまうことも多かったな。余っちまうのも仕方ないか」

 

イニマちゃんの言葉に同意を示し、俺は自らの髪の毛を触った。加工の手間を差し引いても、羊人の髪の毛が伸びる速度は速過ぎる。焼いて灰にするよりは、便利に使うに越したことは無いだろう。

 

「ふむ。ならば、やるだけやってみよう。オーギス、お前の知恵も貸してくれ」

 

「そりゃ構いませんが・・・・・・羊毛って凄いんだな、うん」

 

いかつい見た目に似合わぬ素直な呟きを漏らすオーギスに、俺達は思わず笑みを零した。さぁて、これからまた忙しくなりそうだな。

 

 

 

 

 

 

───時は『暗礁』とハヤトによる隠れ里襲撃、その直後まで遡る。

 

『暗礁』の魔術師・・・・・・リグを背負ったまま拠点へと帰還したハヤトは、既に傷が癒えている彼女を寝台へと横たわらせた。当のハヤトの傷も、羊人達の治療を受けたからか随分と癒えている。腕もくっ付き、長剣を振り回しても支障は無さそうだ。

 

しかし、体の芯まで染みこんだ疲労はまだ取れそうもない。壁を背に腰を下ろし、横に長剣を立てかけた。

 

「・・・・・・さて。どうすっかな」

 

火照る頭に思い浮かぶことは一つ。かつての友、ユウからの提案である。彼は言った。里に来いと。どんな手を使っても、お前を救いたいと。その言葉は、ハヤトが100年以上前から待ち望んでいた言葉だった。

 

「今更だけどな」

 

苦笑し、岩肌の天井を見上げる。真摯な想いの籠った手を取るには、自分達は汚れ過ぎてしまった。復讐の為に禁忌に手を出し、際限無く人を殺し続けてきた。罪の無い者に昇魂薬を飲ませ、実験を繰り返してきた。そんな自分達が救われていいはずが無い。

 

「その通り。よく分かってるじゃないか、ハヤト」

 

気付けば、寝台に寝かせておいた『暗礁』が目を見開き、視線だけを動かしこちらを見つめていた。文字通り心を読んだのだろう。悍ましい笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「今更だ、本当に。今更戻れるわけが無い。今更引き返せるわけが無い。今更降りれるわけが無い。私達は目的を成し遂げるまで、終わることは出来ないのさ」

 

幼さを感じさせない口調は、リグのものでは決して無い。爛れた情念を感じさせる、魔性の声。

 

「あぁ、まったくもってその通りだな。ユウの手を取るわけにはいかない。俺にとっては救いでも、歩んできた道のりに転がる屍の山が赦してくれるわけも無い」

 

「へぇ。随分と物分かりがいいじゃないか。だったらあの時、お友達と羊人達を皆殺しにすればよかったのに。おかげで手間が一つ増えそうだ」

 

「そりゃ申し訳ない。まぁ、どっちにしろやることは一つだ」

 

ゆらりと立ち上がったハヤトは、長剣を手に取り鞘から引き抜いた。暗闇にあって尚煌めく刀身を、『暗礁』の喉元へと突きつける。

 

「・・・・・・へぇ。なんのつもりかな?」

 

「お前と契約したのがそもそもの間違いだった。間違いの後始末は、きちんとしないとな」

 

「契約に乗ってきたのは君だろうに。全ての責任を私に押し付けて、のうのうと生きていくつもりかい?」

 

「いいや。俺もすぐに後を追うさ。だから、先に行ってろ。この世界で死んだらどこに向かうかは分からんが、一緒に死後の裁きってやつを受けようじゃないか」

 

その言葉に、『暗礁』は目を丸くした後笑い出した。けたけたと、狂ったような笑い声が空間に反響する。

 

「あっははははは!正気かい!?随分とまぁ、潔くなったものだね。あの時の無念を忘れたのかな」

 

「忘れてないさ。だから、全部抱えて死ぬんだ。生きながら出来る償いの範疇を超えてるから」

 

「ならば、リグはどうする?契約と共にこの体へと閉じ込められた、何も知らない哀れな被害者だ。この体ごと彼も殺すの?ねえ、ボクを殺すのにーちゃん?」

 

怯えたような、あるいは嘲るような表情で『暗礁』が問いかける。ハヤトの心奥深くまで、言葉の刃を届かせるように。しかし、ハヤトは決意を瞳に宿したままゆっくりと頷いた。

 

「・・・・・・あぁ。そうだ。俺は、リグを殺す。俺の勝手で巻き込んで、散々良いように使ってきたリグを殺す。俺の罪と、罰において」

 

長剣が降り上げられる。横たわったままの『暗礁』は避ける素振りも見せず、口元が裂けんばかりの笑みを浮かべた。心底愉しそうに呟く。

 

「あぁ、可哀そうなハヤト。結局君は何も為せず、最後は安っぽい感情に流されて終わってしまうんだね。浮かばれないなぁ、誰も彼も」

 

ハヤトはその言葉に耳を貸さない。魔力が枯渇していると言えど、相手は神がかりの力を持つ魔術師だ。刃を鈍らせて仕留められるような相手ではない。一切の躊躇無く、長剣を振り下ろした。寝台ごと首を両断する感覚が手に伝わってくる。

 

「ふ、ぅ・・・・・・」

 

切断された首から噴き出すのは、血では無く黒い液体だ。寝台から滑り落ちた頭が床にごろりと転がり、ハヤトの方を向く。その顔は、笑っていた。

 

「ざぁんねん。見込み違いだね」

 

「っ!?」

 

跳び退こうとするハヤトに幾百もの闇の刃が襲い掛かる。如何に神速の剣技を持つハヤトでも、この数は捌き切れなかった。全身を斬り刻まれ、膝をつく。

 

「首を落とせば死ぬ。確かに私は契約の時にそう言った。だから、決して首だけは落とされないように、って。まぁ、嘘だけど」

 

「て、めぇ・・・・・・!」

 

「当たり前じゃないか。こちらのことを信用していない者に、わざわざ弱点を伝えると思うのかい?さぁ、さぁ、さぁ。面白いのここからだよ、ハヤト」

 

首無しの体が奇怪な動きで立ち上がり、喜色満面の頭を拾い上げた。切断面に乗せると、黒い液体が傷口を覆い固定する。すると、一瞬にして笑みが消え幼げな表情が浮かんできた。

 

「ん・・・・・・あれ、ボク・・・・・・」

 

「リ、グ・・・・・・」

 

不味い。ハヤトは立ち上がろうとするも、全身の筋繊維が寸断されていて動くことが出来ない。やがて、『暗礁』・・・・・・リグの視線が、血塗れで倒れ込んでいるハヤトを捉えた。

 

「あ、あれ、にーちゃんどうしたの?って血が、いっぱい怪我してる!?大丈夫!?」

 

リグはハヤトへと駆け寄り、抱き上げようとする。周囲の異常にも、ハヤトをこうしたのが自分だということも気付いていないようだ。

 

「リグ、俺、は・・・・・・大丈夫、だから」

 

「そんな風に見えないって!誰にやられたの!?誰がにーちゃんをこんな目に・・・・・・!」

 

瞳に怒りが灯り、リグの頬に朱が差す。

 

「や、やっぱりあいつらだ。あの、里の奴らにやられたんだよね!?」

 

違う。そう言おうとしたハヤトの口を、黒い液体が塞いでしまう。そのまま、彼の体は黒い液溜まりに沈んでいった。指一本、動かせない。

 

「大丈夫、にーちゃんはボクが治すから。それまで、ボクの中でゆっくり休んでて」

 

恐らく思考が誘導されているのだろう、真実とは程遠いことを口にしながら、リグは拳を握り締めている。手を伸ばそうにも動かない。声を上げようにも口は塞がれている。何も、伝えることが出来ない。

 

「許さない・・・・・・!絶対に、許さない・・・・・・!」

 

見当違いの怒りは際限無く燃え上がり、リグの心を焼いていく。違う、違うんだ。ハヤトは懸命にもがくが、その行動は何ももたらさない。

 

「にーちゃんをこんな目に遭わせて・・・・・・必ずやっつけてやる!」

 

全てが黒に呑まれる寸前。ハヤトが見たのは、殺意に満ち溢れたリグの顔だった。




何もかも間違ったまま突き進むキャラが好きです。
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