「よっこいしょ、っと」
隠れ里の隅っこ、鶏小屋に着いた俺とイニマは、ソリに積まれた鶏の餌を小屋近くに降ろし始めた。昼間は放し飼いにされてる鶏達が興味深そうにこちらを見つめてくる。
「ふぃー、やっぱりソリすごいねぇ。私でもこれだけの荷物運べるなんて。グロムちゃんが一緒に乗ってても全然重く感じなかったよ」
「イニマも鍛え上げられた冒険者だけど、それにしたってなぁ。この量を軽々と、あの速度で運べるのはソリ様々だ」
鶏の餌は、畑で作っている穀物を色々と混ぜ乾かしたものだ。見た目よりは随分と軽いとはいえ、ソリに満載した上で俺も乗っていたから中々の重さだったはず。やはり、ソリはある程度整備された道だと荷車よりも便利かもしれない。
「おー、グロムさんにイニマさん!わざわざありがとうございます!あっちにちっさいけど倉庫があるんで、そこに運んでくだせぇ!」
鶏小屋の中で作業をしているらしいボードゥの声。俺達はまとわりついてくる鶏達をかわしつつ、餌の入った袋を運んでいく。今の俺は見た目よりは力があるが、それでも非力だ。殆どはイニマに任せてしまった。
「すまんね、イニマ。もう少し筋肉が付けばいいんだが」
「だーいじょうぶ!だから私がいるんだし!こういう力仕事は任せて!」
胸を叩いてはにかむイニマ。なんというか、彼女はとてもたくましい。最初に会った時はなんて珍妙な子だと思ったが・・・・・・初対面の印象に囚われるのは良くないな、うむ。と、全身に藁を引っ付かせたボードゥが小屋から出てきて、俺達にカゴを差し出してきた。
「いやぁ、お二人ともありがとうございます!ほれ、これ持っていってください!」
中には柔らかな布で包まれた卵がいくつも入っている。いつも里の皆に配ってくれるものだが、先日貰った時より今日は一段と多い。今夜も卵料理尽くしだな。
「こりゃまたたっぷりと。つい先日も貰ったばっかりだってのに、ありがとうな、ボードゥ」
「リーダーが卵好きだから助かります!美味しくいただきますね!」
「今年はこいつらがいつもより多く生んでくれてるからなぁ。世話してるだけあって嬉しいってもんです。たーんと食べてくだせぇ」
好意に甘えてカゴを受け取るが、結構重たい。さっきの餌と違って見た目以上にずっしりとしていた。まぁ、これくらいなら今の俺でも運べるだろう。いざとなれば、イニマが引くソリに乗せてもらえればいいしな。
「はーい!今夜にでも食べちゃいます!うっふふー、リーダー喜ぶだろうなぁ」
ウキウキした様子のイニマを見ていると、こっちも楽しくなってしまう。と、二人して撤収しようとした所で森の方から異形の旦那とチャロ、オーギスが出てくるのが見えた。チャロが狩りに出ていることは知っていたが、旦那やオーギスも一緒とは少し珍しいな。
「あ、リーダー達だ!おーい、見てくださいこれ!新鮮な卵を沢山貰ったんですよ!」
「おー、マジか!?そいつはいいな、ありがとうございますボードゥさん!」
俺が声をかける前にイニマが元気よく駆け寄っていく。話を聞いたオーギスは破顔して、鶏小屋に戻っていくボードゥの背に感謝を告げた。ボードゥはひらひらと手を上げてそのまま中に入っていく。というか、オーギス滅茶苦茶いい笑顔だな。そんなに卵好きだったとは知らなかった。少々驚きながらも、俺は旦那とチャロに話しかける。
「お疲れさん。今日はどうだった?」
「仕掛けてた罠に小鹿がかかってたけど、若過ぎたから逃がしたよ。だから今日は空振りだね」
「うむ。狩り過ぎても森の為にならん。それに、もう一つの目的は果たしたからな」
「目的・・・・・・あぁ、先日言ってた奴だな。確か、結界を改良するんだったか」
ひとまず平穏になったとはいえ、いつまた外敵が現れるとも限らない。持ち運べる柵や新しい飛び筒、試作のソリの他にも防衛策が必要だと感じたらしい旦那は、ソリが森の中を移動出来るかも兼ねて里の周辺を巡っていた。『水禍』と共同で貼り直した結界を改良する為に。
「そうだ。オーギスとチャロにも手伝ってもらい、大体の目途はついた。だが・・・・・・」
「どうした?何か不都合があったのか?」
「あぁ。俺一人で結界の改良を進めるには、どうしても大量の魔石が必要になる。貯蓄分では賄えん」
「あー・・・・・」
魔石。この里に来てからポコジャカ使われている所を見ているが、本来あれは結構な貴重品だ。今までは時折里の近くから現れる魔物の体内から発見したり、ニェーク伯爵が送ってくれる支援物資の分で賄っていたが・・・・・・前回の戦闘やらなんやらで、貯蓄分がかなり減ってしまったらしい。
「『水禍』がいれば話が変わってくるだろうが、な。あいつの魔力を編む精度は俺を遥かに凌ぐ。より効率的に結界を改良出来るだろう」
「そういえば、『水禍』さんはいつ帰ってくるんですかねぇ。私が里の人達の手伝いとかしてると、あの人を恋しがってる声をよく聞くんで」
「どうだろうなぁ。今は任務で西部の国境線付近に行ってるらしいが。まぁ、暇になったら戻ってくるさ」
『水禍』が己の中に答えを見つけられたかどうかはまだ分からない。それでも、俺はあいつが帰ってくると信じていた。元々は敵で、里に暮らし始めてからも中々の皮肉屋だったが・・・・・・それでも存外、里のみんなには慕われていたのだ。
「ま、今いない奴のことは置いといて、だ。魔石の確保は俺がニェーク伯爵に一筆書いてみる。ただ、あっちの懐事情も厳しそうだから期待はしないでおいてくれ」
「助かる。後、森の中でもソリは相応に扱えそうだ。入り組んだ場所を避ければ運搬に使えるかもしれん」
「おぉ、そいつは嬉しいね。使えるものが増えるに越したことは無い」
「・・・・・・」
俺と旦那のやり取りに、オーギスは微妙な表情を浮かべている。確か、彼の故郷にもソリがあったんだったか。なんでも、随分と性能が違うらしいけど。
「・・・・・・ん、リーダーはそんなに首を傾げてどうしたんだ」
「いや、ソリってこういうもんだったかなぁと、改めてな。やっぱり羊毛のお陰なのかねぇ・・・・・・」
「そうですよリーダー!羊毛は凄いんです!こんなにふわふわなんですから!」
いつの間にか俺の背後に回って、羊毛に顔を埋めているイニマが明るい声で言い放った。後頭部に感じるくすぐったいような感触にも、慣れっこになっちまったな。
「まぁ、確かに妙な話だが。実際に有用なら使うべきだ。隠れ里に余裕があるわけでもない。今は、羊人の羊毛が便利に使えることを喜ぼうじゃないか」
「んー・・・・・・確かに、私らに不都合があるわけじゃないからなぁ。グロムさんの言う通りに考えた方が楽か、うむ」
自身を納得させるように頷きながら、イニマから受け取った籠の中を覗き込むオーギス。羊毛の万能さには俺も驚いているが、他の亜人にも似たような話があったりする。例えば鳥人の羽根は鳥よりも頑丈で、なおかつ軽さは同じとか。鹿人の角は武具や装飾品に加工出来るとか。噂に聞くだけでも、亜人というのは優れた存在だと思える。
髪の毛に羽根、そして角。生え変わるものが有用な素材になるのは、随分と都合がいい。昔、王国が大陸を支配していた際はそういう素材目当てで亜人達を飼い殺していた、という話も聞いたことがあった。到底許せない話だが、羊毛がここまで便利となると分からない話でもない。人間の欲望の前では、善性などちっぽけなものだからだ。
しかし、隠れ里はそんな欲望とは無縁だ。共和国全体を見ても、ここほど平穏で、かつ善良な暮らしをしているところはそう無いだろう。守らなくてはいけない。優しく、隣人を思いやれる彼らが争いに巻き込まれることは、可能な限り避けなくてはいけない。
「さて、折角だ。帰りは旦那が曳くソリに乗らせてもらおうかね」
「構わんぞ。グロム一人など、それこそ小鹿よりも軽い」
朗らかな声を上げながら、俺はソリへと乗り込んだ。今の俺は荷物にもならない程軽いから、これくらいの楽は役得ということにしてしまおう。
叶うならば、これ以上里に危機が訪れませんように。ソリの乗り心地を味わいながら、俺は空に向けて願った。願うだけならばただだし、何より気持ちを整理出来る。空は今日も青く、しかし大きな雲に半分程覆われていた。一雨、来るかもな。
「ン~、美味シイ!コレ、ナンテ言ウノ?」
「えっと、特に名前は無いんですけど。色んな果実を生地に練り込んで、焼き上げたものです。気に入ってもらえたみたいで嬉しいです!」
里の外れに流れる小川で、ミーとミュリアは他愛の無い会話を交わしていた。口元が汚れるのも気にせずかぶりつくミーに、ミュリアは微笑ましげな表情を浮かべている。横には『鏡像』が座り込み、エリンドから送られてきた文書に目を通していた。
「『鏡像』さんも一ついかがですか?」
「ん、あぁ。貰おうかな」
差し出されたパンを一切れつまみ、読みながらかぶりつく『鏡像』。予想外の美味しさだったのか、しかめっ面だった表情が綻んだ。
「うん、美味しいな。ミーが喜ぶのも頷ける。前から思っていたけど、ミュリアは料理上手なんだね」
「そんな、大した腕じゃないですよ。毎日やってるから、自然と上達しただけです」
「毎日続けている内に上達しているってのは、一番上に行ける方法論だよ。鍛錬を鍛錬と思わず、努力を努力と思わない者こそが最も成長しやすいのさ。魔術の道でも、きっと料理の道でもね」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
感心したような『鏡像』の言葉に、ミュリアは恥ずかしそうに俯いてしまう。照れているのか、頬が赤くなっていた。そんな彼女の様子はお構いなしに、ミーが次の食べ物をねだる。
「ミュリアー、ソッチノカゴに入ッテルノハ何?オ肉ミタイナ匂イがスルンダケド」
「あっ、はい!えっと、これは猪肉の燻製をベリーの果実水で戻して、軽く煮込んだものです。お口に合えばいいんですけど」
差し出された深皿とスプーンを受け取り、ミーはしげしげと中の料理を眺める。くんくんと匂いを嗅いだ後、たっぷり掬ったそれを口に放り込んだ。咀嚼していく度に肉の旨味と果実の酸味が混ざり合い、自然と口角が吊り上がっていく。
「コレモ美味シイ~!食ベ過ギテ太ッチャウヨ、モウ!」
実際、ミーの体重は増えているようだ。人間に見える上半身に変化は無いが、下半身の触手部分がより太く、たくましくなっているように見える。隠れ里に来てから、今まで食べたことの無いような美味しい差し入れを沢山貰っているからだろう。
「まぁ、ミーはもう少し肉付きが良くなった方が健康的だ。触手の肥大は想定外だが、健康を損なうことは無いだろうし。それを言うなら私も腹回りが気になってきたんだよなぁ・・・・・・」
「きょ、『鏡像』さんは元から痩せ気味でしたし、全然大丈夫だと思います!」
「あはは、そう言ってくれると嬉しいけどね。成長盛りの二人と違って、私はもう結構な歳なのさ。魔術師は誰も彼も無理をするから、食生活も乱れがちだ。その点、私はこの里に滞在し始めてから三食きちんと食べさせてもらってる。幸せ太りってやつかな」
パン切れを欠片も残さず平らげ、『鏡像』はしみじみと言った。太れるというのは、この大陸では贅沢なことだ。生きる為に必要最低限しか食べられない人が多くいるのだから。貧困層は飢え死にすることも日常茶飯事だ。しかしそんな残酷な現実は口にせず、『鏡像』は続ける。
「うん、私は恵まれてる。貴方達と知り合えてよかったよ」
「私モ。コンナ私ヲ受ケ入レテクレテ、色々気ニカケテクレテ。キット、人生デ一番幸セダ」
「そんな、二人とも大げさですよ。私達はただ、普通に・・・・・・」
再び俯くミュリア。彼女達隠れ里の羊人にとって、それは文字通り普通のことだ。悪意や敵意に晒されてこなかった羊人達は、隣人を慈しみ支え合うことをごく自然にやっている。一人は皆の為に、皆は一人の為に。他者を蹴落とさなければ生きていけないこともあるような、隠れ里の外とはまるで違う価値観。あまりにも純粋で穢れを知らず、傷一つ付いていない善性だ。
「でも、うん。二人が喜んでくれているならよかったです。ふふ、今度お礼にとっておきの料理を作っちゃいますね!グロムさんも凄い褒めてくれた、私の自信作を!」
そう言ってはにかむミュリアに、『鏡像』とミーも笑みを向ける。小川のせせらぎが響く中、三人は穏やかで幸福な時間を過ごすのだった。
嵐が近付いています。果たして隠れ里は吹き飛ばされずに済むのでしょうか。それとミーの触手を太らせたのは趣味です。