こんにちは、有馬ウレイです。今はエデン条約締結にあたって危険な思想犯を調べている最中です。最初の容疑者……上山アキヨ先輩は会話をしてくれませんでしたが、嘘つき、というわけではないみたいです。
───知りたいから知っただけ。知ってしまったら興味はない。
それで極秘事項をバレずに調べ上げて、何もしない。しようとは思わない。そんなわけないでしょう、と言いたいのですが、平然と言ってしまったこの人が、嘘をついているなんて思えなくて。
「先生は、居ると思いますか?上山アキヨ先輩みたいな人のこと」
『うーん……』
帰り際の定期連絡。トリニティで身動きの取れない先生は、私の情報をもとにアドバイスをくれます。
『普通に居ると思うよ』
「居るんですか」
『うん。例えばミレニアムはそのタイプの生徒が一定数居るよ。作ること自体、考えること自体、知ること自体が目的の子。ウレイはユウカのイメージが強いだろうけどね』
「あぁ……」
『そのアキヨって子はとても好奇心が強いんだろうけど、エデン条約については興味がない分野だったんだろうね』
「そういうものですか……」
スピーカーの向こうからヒフミの声が聞こえて、「じゃ、またね」と先生は通話を切ります。
とりあえず、上山アキヨについては保留にしましょう。明日は次の容疑者のところへ行かないと。
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P.M.04:22 ゲヘナ学園中央区、郊外
第二の容疑者の名前は、3年生の戦木フキ。いくさぎ、と読むそうです。スラムでは名の通る不良ですが、それは単に腕が立つというよりは、少々独特な所以があってのことだとか。容姿は暗い青色の髪に、王冠型の蒼いヘイロー、大ぶりの山羊角で、細身長身。制服はきっちり着る……と、ゲヘナにしては独特な感じです。特に制服は着崩す生徒が多いので。
主な出現場所は、ゲヘナ本校最寄りのスラムです。最寄りということも相まって、普通に通学する生徒も多い一方で、そこでの稼業は基本的に犯罪行為です。最も風紀委員との軋轢が高く、しょっちゅう空崎先輩ともやりあってる場所でもあります。
そのため、ここで暴れている人の練度は両極端……すなわち、最近チンピラになった新米か、熟練のチンピラしかいません。中途半端な実力を示した途端風紀委員からドカン、ですからね。戦木フキは後者でしょう。2年生になってから、途端に単独行動派の不良として名声を上げ始めた人……というかこの人もゲヘナ政治に関心を持ってるんですね、スラムに居るのに。
……閑話休題。今日の放課後は、そんな戦木フキを訪ねます。合える場所は噂を聞くに、「騒がしい場所」です。というわけで、喧嘩が起こっている場所や射撃場、総合ゲーセンを中心に見ていくのですが……
「おう、お前、此処は私有地だから、通り抜けるなら通行料がかかるんだ。悪いねえ」
……のっけから不良に絡まれてしまいました。
「すみません、今日金欠で……渡せるお金もないんです。ここは通りませんから、見逃してくれませんか?」
「あたし達を乞食かなんかだと思ってんのか?おめーは既に不法侵入してんだよ。分かったらとっとと金を寄越しな?」
ぐわっと首に腕を回されて、顎に向けられる銃はSMG。SGと同じく至近距離での戦闘に特化しています。私がグレネードを投げるか撃ち出す前に弾倉一個分丸々消費して私を〆るでしょう。
「……参ったなあ、本当にお金ないんですけど」
「次余計なこと口走ったら撃つからな」
「……」
これが背後から銃を押し当てての脅迫であれば、身体を回転させて射線から外れてカウンターでグレネードの一発でもお見舞いしたいところですが、今の私の身体は不良の腕で回転を許されていません。しっかり回避の択を潰し、こちらが妙な行動をすれば即座に銃撃ができる、それでいて友人にもやるような仕草。洗練されています。どうやら熟練を引き当ててしまったようですね……
しかし、タダでお金を渡すわけにはいきません。
「うっ!?」
できる限りの速さで、全力の肘打ちを相手の腹に浴びせます。腕の力が緩んだ隙に脱出しようとしますが……
「やってくれたなお前っ!!」
「うぐっ」
襟をつかまれました。背中を撃たれそうになりますが、間際に投げつけたグレネードの爆発で強制的に距離を置きます。爆風のダメージは免れませんが……気絶か多少痛いかを考えると後者です。チンピラはそれを信じられないという目で見ました。
「チッ、銃声だけならまだしも、爆発とか……!正気かお前!?」
「はい?喧嘩ですよねこれ」
「チッ、余所者が……!もういい、帰る。てめえは精々アイツに遊ばれてろ」
「あ!?ちょっと!!」
彼女はそそくさと退散していきました。幸運、だったのでしょうか。私よりも強そうな不良でしたが……爆弾でなぜ逃げるのでしょうか。
───その答えは、この晴れた夕方の空から降ってきました。高らかな笑い声及び爆発と共に。因む話、爆発したのは私の頭上です。私はこの瞬間、中空に吹き飛んでいました。
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次に聞こえてきたのは、「あ、気が付いた」という声です。眼前には、暗い青の髪とやけにハッキリとした明るいオレンジの瞳。
「いやはや、申し訳ない。この戦木フキともあろう者が、一人きりの後輩をうっかり爆破するなど……」
「え、あ、はい……」
戦木フキを名乗る、真摯に謝意を見せる細身の山羊角……
「ちょっと待って、今戦木フキって言いました?」
「うむ、いかにも私が戦木フキであるが」
私の探す不良にして、「楽園の敵」の第二候補。不良として名高い戦木フキ先輩は、その前評判からは考えられないほど真剣な顔で、私を膝枕した状態で私の顔を覗き込んでいました。
「有馬ウレイ、と言ったか」
「はい」
自己紹介をお互いに済ませましたが、彼女はさも「誰もが知っていて当然」とでも言わんばかりにゲヘナ学園の「スラム組合」、その調停代表を務めていると名乗りを上げました。ちなみに私はそんな組織のことを聞いたことがありません。それに、フキ先輩は「シャーレと同じ」と言ってくるのです。シャーレは割と認知されていますけど!?
「まあ、音にきこえし、というのは認める。廃校寸前の学校を救った立役者であり、キヴォトス全土を股にかける便利屋だと、私の耳にも入ったからな。普段電子機器を使わない私でも知っているのだ。名は職掌と同じくキヴォトスの至る所に巡っているだろうな」
ああいや、そういうのが言いたいのではない、とフキ先輩は続けます。
「ここは風紀委員会との衝突も多い。喧嘩や紛争などに巻き込まれるくらいなら迂回した方が良いとは掲示板にも書いてあったろうに」
「いえ、ここに用があったんです」
「なんと。シャーレはスラムの相手もするのか」
「先生は『全ての生徒の味方』を標榜してますから」
「なるほど……ならば、ウレイはどのような用でここへ?」
「フキ先輩に、用があったんです」
「ふむ、私にか?私は現状困っていることなどないが……あ、スラム組合の組員が少なすぎるのは困りものだな。しかし、そういうことでもあるまいよ」
意外だったようで、フキ先輩は怪訝な顔をしました。
「……エデン条約について、です」
その名を聞いた瞬間、フキ先輩の表情は決定的に曇りました。
「……エデン条約。知っているとも。最近はスラムの皆がその言葉を使い、風紀委員会と衝突している。嫌でも耳にするさ。ああ、そのことなら、確かに困っている」
「先輩は、エデン条約のことを良く思ってないみたいですね」
「まず、ウレイ。君に訊こう。エデン条約をどう思う?」
「どう、とは……?」
「エデン条約とは何ものなのか、それに関する答えだ」
数秒、考えます。
「エデン条約は、トリニティとの平和条約です。それ以上でもそれ以下でもないと思います。お互いの遺恨を捨てて、仲良くしましょうという歩み寄り。トリニティの奴らは信用できませんが、ゲヘナはこれに応じていますし、お互いに他意はないと思いますから」
「……そうだな。ありがとう。君は君なりに答えを持っているということが確認できた。ならば私はひとつ、別の視点から見たエデン条約を答えとしよう」
フキ先輩は伏せた目で、私に突き付けます。
───私は、エデン条約を、内戦促進の条約だと思っている。