「内戦促進……?」
「ああ。エデン条約は内戦を促すものだと、私は思っている」
内戦。なにやら物騒な言葉が出てきました。
「あの、何故内戦に?目の敵にしていたトリニティとの争いごとをやめさせるための条約でしょう、学園間の条約でなぜ学内が?」
「ウレイ、君はエネルギー保存の法則について、もう習ったか?」
「いえ……」
「物理法則の一つだ。エネルギーは突然発生したり、消失したりしないというものだ。もっと知りたいなら……まあ、この話は追々だな。授業でも習う故に」
この話は少々込み入ったものになるからと、細い路地へと案内されました。不安や警戒はありますが、この人の考えを訊くなら、行くしかなさそうです。
「狭くて暗い一本道だと、風紀委員会も入りにくいからな。『万魔殿』もここまでは来ないだろう。さて、どこから話そうか……そうだな……トリニティとの闘争は、お互いにとって負債となっているのはわかるか?」
「喧嘩しないのが一番という話なら、そういう人もいるでしょうね」
「1年にしては聡いな。……争いがなければ、トリニティもゲヘナも、余計なことに力を割かずに発展できただろうな」
「……」
真っ暗闇のスラムは、砂利と靴の擦れる音が良く響きます。
「でも、トリニティと仲良くするのは、難しいと思います」
「ああ、難しい。条約でもなければ無理な話だな」
「でも、それだと条約の正当性しか出て来ませんよ?」
「まあ待て。確かに、トリニティとの喧嘩は絶えず、これをやめさせるには条約しかないと、連邦生徒会長ですらそう決意した。だが、それが『解決すべき問題ではない』としたら?」
「……先輩の言っている意味がわかりません」
フキ先輩は立ち止まり、私の方へ振り返ります。
「エネルギー保存の法則の話はしたな?」
「はい。エネルギーは勝手になくならない……という話でしたね」
「私たちゲヘナ学園のトリニティに対する攻撃は、「気に食わない」というストレスありきのものだ。ハナから大義を掲げてトリニティと喧嘩する奴はほとんど居ない」
「……それが、どうしたんですか?」
「ウレイ、この問題はエネルギーの指向性の問題だ。トリニティは現在、ゲヘナにとって都合の良い『敵』。それが唐突に失われて、残った敵意、戦意はそのまま消えてくれると思うか?外に発散されていたエネルギーが外に行かなくなった場合、どこに向かうと思う?」
「それは……」
当然、内側です。ゲヘナとトリニティが組んだ新しい戦力、「ETO」が誕生すれば、トリニティとの喧嘩がしづらくなります。これは自治区境界周辺での戦闘を抑え、治安の改善になり得ますが……現状、ゲヘナの治安では、その皺寄せが自治区内に行くだけでしょう。
「だから、内戦促進の条約、と?」
「ティーパーティーの狐……桐藤ナギサと百合園セイアがどこまで考えているかは知らぬ存ぜぬの域だが、エデン条約をどう見ているかなど明白だ。公会議の新しい形、トリニティの歴史を繰り返すための舞台……そんな条約に、私はとても賛同する気にはなれない」
フキ先輩は深くため息をつきました。
「なあ、シャーレのウレイ。シャーレはそれを考えたことがあるのか?血と教義で過去を積み上げたトリニティが組める未来など、たかが知れているとは思わないか?」
「……それで、何をするんですか?エデン条約に向けたテロでもしようという話ですか?」
「……いいや。エデン条約を主導しているのはマコトとヒナ、そしてトリニティのティーパーティー。下手すればシスターフッドも入る。今更変えられる力なんて無いし、ご破産にしても、待っているのは学園間戦争。トリニティの歴史よりも下劣なものになるだろうな」
目の光と声音は、諦めの色を湛えていました。
「ゲヘナは間違えたのだよ。故に、私たちはこれから起きる内線の種を始末するしかない。ゲヘナの不良をまとめて、争いを最小にしなければ……」
ああ、符合した気がします。私がグレネードで応戦した時、あの不良は早々に逃げて行きました。多分私より強いのに。逃げた理由は、きっとフキ先輩が来るからでしょう。実際来ました。このスラムにおいて、フキ先輩は風紀委員会と同じくらいの抑止力になっているのです。
「不良をまとめるために、自らも実力のある不良として君臨しようと……?」
「察しがいいな。ウレイは。まだ彼女らをまとめられていないのは、私の実力不足だ。組合員も居ないしな」
「ですが……」
ですがそれは、おそらくフキ先輩の想定するETOと同じ位置になっているのではないでしょうか?慕われているわけではなく、組合として集まるための名声ではなく、めんどくさがられて、避けられている。確かに短期間で名を馳せられたようですが、これだと……
「どうした?」
「いえ。十分強いと思うのになって思っただけです」
ぎこちない建前しか言えませんでした。これは言えません。少なくとも初対面の方に対して言うことではありません。思ったよりもテロしなさそうで安心はしましたが……
「世辞を擦ったところで、何もしてやれないぞ」
「……応援しています、フキ先輩。テロ画策とかじゃなくて安心しました」
「それが理由だったのか?心外だな、私にテロをする度胸などないさ。……まあ、私は不良で通っているからな。そんな噂が流れるのも不思議ではないか」
それを最後に、今夜はお互い帰ることにしました。最初が最初なだけあって、今回は話が通じまくっててびっくりしました。変人ばかりではないんですね。
とはいえ……憂慮すべきことが一つ増えましたね。確かに、エデン条約は締結が一区切りではありますが、重要なのは締結後です。それで以前より悪くなった、なんてことはあってはいけません。これでトリニティだけ得をする状況なら、最悪戦争にまで……?その可能性があるのなら、おそらく思想犯の取り締まりよりも重大な問題になるはず。明日、3人目を探してお話をした後、アキヨ先輩にもう一度接触して、議論するとしましょう。
戦木フキ
誠実、実直なゲヘナ学園の3年生。学内評判は不良で通ってはいるが、その性格からは想像もできない。何か事情がありそうだ。
「スラム組合」なる組織の調停代表を務めているらしいが、メンバーが少ないことに悩んでいる。
所有する武器はSG。いわゆる体力・防御タンクだが、EXは「カウンター」、すなわち、自身の受けたダメージを何割か増幅し、自身の攻撃属性に変換して攻撃するという性能を持っている。NSは短期的な自己回復、SS及びPSは被ダメージ増加と全員の攻撃力上昇という具合になっており、敵が強ければ強いほど強くなる生徒。ただし、うっかり戦闘不能になることは多々あるので、ヒーラーが居ないと安定しない。市街地戦適性が高く、屋内戦適性が低い。