さて、3人目を探しに行きます。3人目の名前は吽堂リッカ。うんどうりっかと読みます。2年生です。所属は帰宅部。元々温泉開発部に居たそうですが、方向性の違いにより退部。聞き込みの結果、今はゲヘナ学園の廃校舎を根城に何かしているようですが……山の上の廃墟で何をしているのでしょうか?その真相を確かめるために、私は裏山の廃墟へと向かいました。
登り始めて1時間。急勾配と曲がりくねった道のせいでへとへとですが、たどり着くことが出来ました。……物々しい雰囲気です。ちゃんとした建物なのに、人気がなくて手入れもされていないだけでこうも違うんですね。スラムというより、ある種ホラースポットです。事件が多発するって、怪奇事件じゃないんですか?
「あれ?あなたは……」
背後から声がします。振り向くと、シャーレでもよく見る風紀委員会の赤眼鏡が立っていました。
「チナツさん、どうしてここに」
「それはこっちのセリフでもありますね。こんな辺鄙な山に何の用があるんですか?」
「それは……」
言いかけて、喉元でブレーキがかかります。正直に白状すれば、内密の仕事という名目が破られますし、何より私も目をつけられかねません。
「き……旧校舎の調査依頼が来まして……お宝がどうとかって……」
わかってます。苦しすぎる言い訳……でも私はそういうの苦手なんです、即興で嘘をつくなんて……お願いします許されてください。
「お宝?旧校舎にそんなものは無いはずですが……」
「いや、わ、私も無いとは思うんですけどねえ!でも依頼が来ちゃったら断る訳にもいかず……」
「そうですか、シャーレも大変なんですね……」
なんかいけそう。びっくり。
「先生は?」
「トリニティに長期出張です。私が代理で来ました」
「そうですか、尚のこと大変ですね。ウレイさん……」
苦労人特有の同情視線がこちらに刺さります。うう、そんな可哀想な生き物を見る目で見ないでください、それはあなたにも返ってきます。
「チナツさんは、どうして旧校舎に?」
「ああ……撤去のための調査です」
「撤去、ですか?」
「ここも随分年代ものですからね。メンテナンスもされてない大型廃墟が山の上にあるというのは、いつ倒壊して学園に被害をもたらすかわからりません。それなら早いところ撤去しなければならないですし、ここは特に治安が悪いので、その改善をしてヒナ委員長を仕事から解放してあげたい。そう行政官から命令を受けまして」
「でしたら、とっとと爆破したらいいんじゃないですか?」
「だと楽なんですけどね……危険な建材が使われていたら、撤去するにも沢山の申請と対策と資金が要ることはよくあります。ですので、こうして下調べして、撤去費用と労力の見積もりをする必要があります」
「風紀委員会ってそういうこともするんですね……」
「『万魔殿』とアコ行政官が仕事をこちらにどんどん寄越すものですから……」
「大変ですね……」
さて、雑談も程々に、チナツさんと私は校舎内に入っていきます。人の気配がないのは外側だけ、中に入った瞬間、幾つもの殺気が立ちこめます。
「ウレイさん……現行犯、というのは、公認治安維持組織以外の人間でも逮捕することができます」
「まあ、そうですよね。調査するにしても、片付けをしないと」
「指揮とサポートがは私がやります。なるべく柱への直撃を避けて制圧してください」
お互い目的も違いますし、自衛能力もあるとはいえ、ここは少し危ないです。ここに住まう不良や暴力組織を撃破しつつ探索することにしました。
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結論としては、あらかた片付けることができました。チナツさんの指示は非常に合理的で、機転がよく効きます。瞬時に強敵を見分け、なるべく何もさせずに優先して制圧する。この指示のやり方は、どこか先生のそれと似ていますね。
「エリア3-22、制圧完了」
「これで最後です……お疲れ様でした」
私が駆け寄ってみれば、チナツさんは不可解だという顔をしていました。
「どうしました?」
「この建物、見た目だけですね。新しすぎます。ホコリを被ってるところはもちろん古いのですが、部分的に新築同然というか……」
「それって……現在進行形で建て替えられてる、ってことですか?」
「噂も込みで考えるなら、吽堂リッカの仕業ですね。そして、彼女なら可能です」
あ、雲行きが怪しい。とりあえずすっとぼけておきましょう……
「吽堂リッカ?」
「2年の問題児ですね。温泉開発部に居たのですが、建造物の趣味嗜好の違いで温泉開発部全員と喧嘩して、風紀委員会に両成敗されたそうです」
「うわあ……」
ゲヘナで喧嘩といえば、銃撃爆撃殴る蹴る何でもありの争いです。その壮絶さは、温泉開発部ほどの規模になると……実質戦争でしょう。
「吽堂リッカはそれでいくつかのスラムを乗っ取った挙句要塞化して、温泉開発部と三日三晩の死闘を繰り広げました。結局ヒナ委員長と、委員長と同期の先輩の2人がかりで更地にして、どちらも制圧された、という話ですが……」
「そ、そんな過去が……」
そういえば、空崎先輩が出張ってきたところを目の当たりにしたのは、イロハ先輩の戦車に乗ってアビドスの自治区に来た時が最初で最後です。てっきり誰か組む時はイロハ先輩と組むことが多いと思っていたのですが、イロハ先輩ではない人と組んでいたのでしょう。こう言っては何ですが、空崎先輩の存在感や威圧感は凄まじく、隣に立てる人は少ないのではないかと思っています。3年生のあの横乳行政官ですら空崎先輩に従う形ですから。そう考えると、その同期の先輩って誰なんでしょうね。興味が湧いたので、誰なのかと訊いてみたら、
「おそらく、ウレイさんの知らない先輩ですよ。かくいう私も、一度姿を見たことがある程度ですから」
と、あまり語りたがらない顔をしました。残念、引き際です。
「吽堂リッカの話に戻しましょう。彼女は風紀委員会に制圧・逮捕されたのち、すっかりおとなしくなって釈放されました。その後もしばらくは問題を起こさなかったのですが、連邦生徒会長が失踪した日に彼女も不登校になったのです」
「どさくさに紛れて逃げ出したって聞こえるんですけど」
「実際そうでしょうね……ともかく、吽堂リッカがここに居る可能性は高くなりました」
「いやまあ、居るんだけどね。ここに」
シリアスに話し合う私たちに後ろから割り込む、鈴のような声。
「っ!!」
振り返ると、工具箱を片手に、もう片手にスナイパーライフルを担いだ少女が居ました。銀髪ショートカットの桃目が、イタズラっぽく笑います。
「派手にやってくれたなあ……って思ったけど、何?風紀委員まで来たんだ?ってことは……これから楽しくなりそうだね?」
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吽堂リッカ。元温泉開発部の2年生。彼女の脅威はその開発力と建築技術。空崎先輩が要塞を更地にするまで暴れたという彼女の強さは、間違いなくゲヘナでも上位にあたるでしょう。
「風紀委員会が廃校舎に何の用かな?それと君は……」
「シャーレの有馬ウレイです」
「シャーレ?」
彼女は困ったように笑います。
「そっか。じゃあ、連邦の駒とヒナの犬ってわけか」
私がムッとなって言い返す前に、チナツさんが私を制止し、いかにも手続きめいた口上を述べます。
「ここへ来たのは、あくまでここを撤去する際の査定のためです。争いの意図はありませんでした」
「だったらヒナでもフキでも連れて来ればよかったのに。あの時みたいに更地にするなら変わんないじゃん。何より、ここに居た奴らじゃ争いになんないでしょ」
「委員長は多忙の身です。フキ先輩……戦木元副委員長はもう風紀委員会を去っています」
これは驚きです。フキ先輩は風紀委員会の人でした。フキ先輩に何があったのかはわかりませんが、彼女は元風紀委員会で、空崎先輩と組んでいた人。道理で……
「は?フキ辞めたの?あーあ、リベンジチャンスかって思って話しかけた私がバカだった。ねえ、フキは今どこにいるの?」
「私と戦木元副委員長とは接点が薄かったので」
「あっそ。つまんな……」
「……建て替えをしている理由は?」
「え?戦争の準備だけど」
吽堂先輩はごく当たり前に、バカじゃないの、とでも言わんばかりに返しました。チナツさんは眉を顰めます。
「戦争?誰と?」
「誰でもいいよ?風紀委員会でもいいし、トリニティでもいい。ミレニアムには最高戦力集団がいるらしいし……ああでも一番はやっぱりヒナとフキだ。ヒナとフキには勝ちたい。できれば組んでほしいなあ……」
「……」
「おっと、その目。不可解なものを見る目。何故?という疑問の目。その目嫌いなんだよね。だから教えてあげよう。私は好きなんだよ。戦争が」
吽堂先輩は、爛々と目を光らせて、口元を歪ませました。
「温泉開発部のボケどもと本気で喧嘩した時、ストックで殴った時、スラムでゲリラした時、要塞に備えつけた装備で蹴散らした時……風紀委員会相手でもちゃんと戦えた時、ヒナとフキの2人で全部破壊されていく時、私は、心の底からゾクゾクした。私は好きなんだよ!この、喧嘩というには大きすぎる、戦争という行為が!」
「……だから、廃校舎を改造して、戦争をする拠点にしようと?」
吽堂先輩はさらに笑顔を加速させます。
「チナっちゃんせいか〜いの過去け〜い!確かに風紀委員会と戦争するならここはうってつけの場所だった。でもこんなところ拠点にしたってトリニティを相手取れないし、風紀委員会にフキは居ないんでしょ?だから、次はトリニティのスラムにしようかな。ここはもうどうでもいいや」
「……っ!吽堂リッカ、あなたがやろうとしていることは戦争ではありません!今このタイミングでやれば、条約が……」
「好都合だね。つまんない条約もご破産になればさらに戦争が近づく!」
「なっ……!?」
ああ、理解しました。この人が思想犯のリストに追加された理由。上山アキヨはその情報収集能力とマコト議長の思考が結びついた不信感、戦木フキはその強さと立場ゆえの疑い。これまでは勘違いと疑いがリストに載せていました。が、こればかりは『万魔殿』の猜疑心ではありません。こいつ、戦争狂です。彼女がトリニティを標的にしたその瞬間、エデン条約の破壊は必然起きるべき事象です。
「トリニティの……確か正義実現委員会だっけ?どのくらいすごいのか見てみたい!だから、私行ってくるね!」
「待てッ!」
私が彼女の服を掴もうとした瞬間、強烈な痛みが手に走ります。弾丸の痛み……射線、すなわち廊下の天井を見れば、そこには機関銃が生えていました。
「未完成とはいっても、ここも要塞としての最低限の機能は持ってるよ。君たちは敵として設定したから、まあ、頑張ってね!ああそう、仮想敵はヒナだったから、結構手強いよ?」
「じゃあね〜」と、階段を降りていく吽堂リッカを守るように、オートマタやミサイルランチャー、そして機関銃の数々がこちらを覗き込んできます。
「逃がさない!指揮を執ります、ウレイさん、ご協力お願いします!」
「当然!」
吽堂リッカ
元温泉開発部、現帰宅部。温泉開発部及び風紀委員会との三日三晩の死闘で戦争に目覚め、戦争のために雌伏の時を過ごしていた。エデン条約締結間際、および戦木フキがすでに風紀委員会を辞めたという事実もあり、トリニティの正義実現委員会と戦争をするべく、トリニティのスラムに潜伏しようと目論んでいる。