0:32 トリニティ自治区 スラム街第三区域
爆発、爆発、爆発。銃撃と爆発がないまぜになって、時折スケバンが邪魔をしてきます。
「なんだかよくわかんねーが、アタシらの家を荒らそうなんて思い上がった輩はシバくに限るぜ!」
当たり前の反応です。家が荒らされようものなら防衛する。それを返り討ちにして進みます。少し気の毒です。それにしても、気付かれないうちに要塞化するまで来たら恐ろしさすら感じます。物理的に無理では?
スケバンと一緒に来るドローンや滑走機関砲もなかなかに厄介です。動きが早く、レールも手動で切り替えてあるのか、動きが予測できない。損傷すれば即座に撤退して、代わりの機体が現れます。先生の指示でどうにかなっていますが、思っているよりも数を減らせていません。敷設機銃は潰せていますが、遊撃戦力はほぼノーダメージ。弾薬も無限ではありません、このままではジリ貧です。
不足しているのは突破力。先陣切って道を開くタイプの戦力がいないことがここで響いてきます。先生の指揮である程度どうにかなりますが、「どうにかなる」程度では足りません。ツルギ先輩がその突破役でしたが、制御不能なことを突かれて分断されたのは完全にやられました。挟み撃ち、になることを予想して突っ込んでみたはいいものの(そしてツルギ先輩とはいえ孤立させるわけにはいかないという事情があったにせよ)、私たちが迂闊でした。
「先生、ここは無理矢理にでも突破しないと!」
「わかってるけど……!」
先生は生徒に無理をさせない。私なら、粉砕骨折程度の怪我前提で立ち回ればなんとか突破できるかもしれませんが、先生はそれを思いついても絶対に実行しません。そういう人です。
万事休す、このまま突破できずにじわじわ削られていくしかないのか。奥歯を噛んだ時、聞き覚えのある高笑いが聞こえてきました。
「諸君、なかなか困っているようだな!」
全員が思ったことは共通していました。
───誰?何?
「ここではウレイ以外は初めまして、だな!さて、出会い頭で何だが、伏せることを推奨する!」
あ、誰だか分かりました。
「皆さん伏せましょう、爆発が来ます!」
直後、閃光と爆風。私たちを正面から待ち構えていた機関砲やドローンは、一瞬ですがその爆風を避けるために退避しました。
「やあやあ、少しの無茶をして私が来たぞ。この戦木フキがやってきたぞ!見ているだろう?聞いているだろう?吽堂リッカ。ヒナが居ない現状は不満だとは思うだろうが、それはお前のせいだ。トリニティでことを起こせばヒナは来ない。事件を起こすならゲヘナですれば良かったものを……馬鹿め」
揺れる暗い青髪、光る蒼のヘイロー、きっちり着込んだゲヘナの制服。ショットガンを携え、やる気満々のフキ先輩がそこに居ました。機関砲やドローンの動きがまるで変わります。消耗を意識した耐久戦から、積極的な攻勢へ。それら全てはフキ先輩へ集中します。
「なるほど。設備も装備もあの頃から強くなった。ヒナにかすり傷ひとつ付けるなら十分な火力だ」
しかし、弾丸がフキ先輩に当たることはなく、逆にフキ先輩が機関砲を撃破します。砲身を折り、基軸部へ銃撃をぶち込む。積極的でとても真似できない戦い方です。
「だが、戦略や要塞の仕組みは火力前提のものだ。ユニットをアテにしすぎるあまり、私のような戦力を意識していない。トリニティにも私のような戦力は居る。どの道この要塞では負けは見えている。吽堂リッカ……鈍ったな」
2基、3基。私たちが苦労して応戦していた機関砲たちを容易く破壊していく彼女の姿は、まるで……ご都合主義のヒーローみたいです。
「速い……」
しかし、現実に居るのです。フキ先輩はどうしてここに来れたのか、またどうしてここに居るのかはわかりませんが。
「先生、だな?ドローンは任せる!」
「……わかった!皆はドローンに集中して!」
私たちの攻略が、いよいよ始まります。
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記憶力が良いというのは、長短ごちゃ混ぜだ。テストは良い点が取れるし、喧嘩でも場数さえ踏んでいれば優位に立てる。建造物に関わるセンスも、育った場所の建物を再現しただけ。地理的な原則を覚えていれば、それに一番合ってる建物を継ぎ接ぎすると、要塞も家も校舎も完成するんだ。
でも、こういうのは言い換えると「忘れられない」とも言える。私には消えない音がある。戦争の音。爆発と銃声と声。ずっと、頭に焼き付いて離れない騒音。
私の育った場所は、内戦が絶えなかった。大きな学校に潰されて、それからずっと内戦。最初は誰が悪い、なんてことを言い争っていたらしいけれど、皆にとって何が原因かなんて、もうどうでも良かった。あるのは単純な好き嫌いと力の上下関係。それだけで拷問も粛清もできてしまう。「大人」が現れてから内戦は終わったけど、それでもなお、本質は変わらない。私たちはずっと、戦争をしてきた。
そんな場所はうんざりだと、私は12になるかならないかの時にそこから逃げ出した。でも、音だけは律儀についてきた。私も人間だ。寝ている時もご飯の時も構わず頭の中でドッカンドッカンバンバンワーギャー、おかしくなってしまうに決まってる。
だから、ゲヘナに入って一番うるさい温泉開発部に入った。音から逃げるために。でもダメだった。戦争の記憶が私を操る。要塞を作り、武器で満たす。そして私は閉じこもって……戦いを作って戦いから逃げる。一番酷い時期はそうでもしないと正気を保てなかった。
……当然、理解されるはずもなかった。だから温泉開発部と喧嘩した。それは段々エスカレートして、風紀委員会までもが介入する状況になって、最終的に二人が来た。ヒナとフキが。
あの二人は私の全てを変えてくれた。戦争のどの音とも違う蹂躙を見せつけてくれた。あの二人は野戦砲と機械化歩兵だ。二人だけの軍隊だ。ヒナが薙ぎ倒し、フキが殲滅する。圧倒的な強さの衝撃で、少しの間だけ音を忘れてしまったんだ。あれだけ煩かった音が、あの二人に蓋をされた。脳裏にチラつくのはあの二人。あの二人のことを考えると、楽しくて嬉しくてたまらない。
これで満足すれば良かったものの、今度は欲が出てきてしまった。
「戦争は戦争でも、逃げなくても良い戦争があるなら、どれだけ良いことだろう」
私はもう戦争に逃げなくて良い。ヒナとフキと戦うのは楽しいだろう。あの戦いの記憶は新鮮だ。あの2人こそ、私の戦争に必要な人なんだ。
だから、私はこの1年、風紀委員会と私の戦争のために色々準備してきたのだ。
───だと、いうのに。
『鈍ったな』
その言葉は、私自身がびっくりするほどに私の理性を消し飛ばした。
「は?」
機械越しの音声に、私はかつてないほどキレていた。言葉も出なかった。何様?私はアンタが風紀委員会から去ったって言うから、もうどうしようもないって思ったから、元から嫌いだったトリニティへの嫌がらせと趣味、あとついでに学園間戦争でも起きたらヒナとフキに会えるかなって思ったのと八つ当たりを兼ねて決行したっていうのにさ。何?騒ぎでも起こせばアンタもヒナも来たの?じゃあ最初っからそう言えよ。私は言ったよ。風紀委員会の取り調べの時から。フキを出せ、ヒナを出せって。拒否ったのそっちじゃんか。それで私がことを起こせばやれ馬鹿だの何だの言ってくれる。挙げ句の果てには「鈍ったな」ですって!対ヒナ、対フキのための設計思想なんだけどな、これ。しかも未完成の要塞にケチをつけてきた。これを完成品だとでも思ってんのかな。尚更タチが悪い!
「吽堂リッカをなめるなよ……この私を!見くびってくれるな!!」
持てる戦力のほぼ全てを回す。ヒナを倒すために。ツルギの妨害なんてこの際どうでも良い。フキが現れた以上、戦争の意義はフキを負かすこれ一点!その後ツルギにボコられてもいい、シャーレに捕まって更生局送りになっても良い!フキを倒すことができれば!今は!
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攻撃は一段と苛烈になりました。しかし、変わらずフキ先輩だけがターゲットです。私たちへは牽制の弾丸しか飛んで来ません。
「痛っ……ははは、火力で押されることは久々だな。砲兵隊演習を思い出す!」
「フキ、大丈夫?」
「大丈夫だとも、先生。初対面だというのに気遣い痛み入る!」
「気をつけてね、無理しないで!」
しかし、数が減らないどころか、爆撃ドローンすらも出てきました。流石に要塞。覚悟はしていましたが、驚くべきはその物量とコントロール。コピー機でも持って自分自身すら複製してるんですかね。ぼんばかばかばん、気が狂いそうです。
「さて、話ではツルギが分断されて、私が来るまで手をこまねいていた。そうだな?先生」
「うん、その通りだよ」
「なら……吽堂リッカとはすぐに会えるだろう。一見すれば我々は地形面、物量面で不利だが、実際に不利なのは吽堂リッカだ。私たちとは早めに決着をつけたいはず」
「あの……要塞に入っている時点で私たちが不利では?」
当たり前の疑問をハナコ先輩はぶつけます。しかし、これほどの火力を前にしても尚喋る余裕がある、というのは別格の強さを感じます。
「いいや、リッカの方が余程のハンデを負っている。聡明なトリニティ生よ。まずは状況を整理しよう。私たちの勝利条件は?」
「はい……私たちの勝利条件は朝方までに吽堂リッカを取り押さえることです。朝まで事態が収集できなければ、ティーパーティーも無視できない問題となり、これはそのままトリニティとゲヘナの外交問題になります。そうなれば、エデン条約をはじめとした多くの取り組みに支障が出るでしょう」
「そうだ。私たちには約5時間のタイムリミットがある。対して、吽堂リッカの敗北条件は何だ?」
「敗北条件……もしかして、私たちとツルギさんが合流することですか?」
「ああ、そうだ。そもそもツルギ単騎ですら今のリッカとは相性が悪い。そこに先生が加われば勝ち目はさらに無い上に、私まで来たとなればこれは既に『分断』ではなく『挟み撃ち』だ。何より、ツルギはリッカのために5時間もウロチョロするような器ではなかろう」
「彼女は二正面作戦を強いられている、というわけですね」
「そうなれば、もう選択肢は一つしかない。全力で私たちを潰し、ツルギに全戦力を投入する。私たちを潰すのは速ければ速いほど良い。時間制限は……分断から45分。これ以上はツルギと出くわすリスクが俄然高くなるだろうな」
「となると……これから15分以内ですか」
「フキ先輩、よっぽどツルギ先輩に詳しいんですね」
「職業病でね。君はもう知っていると思うが」
「ええ、まあ」
横で先生とヒフミが困惑していますが、後で説明しなきゃですね。
「ですが、ここはすでに迷路です。彼女は常に移動しているでしょうし、どうやって追いつくんですか?」
「迷路、確かに迷路だな」
この場にいる最後の一機を撃墜して、フキ先輩は伸びをすると、壁に手を当てました。
「だが、迷路を迷路たらしめているものは何だ?」
「そりゃ、壁と天井ですけど……まさか!いえ、私たちも試しましたけど、この壁特殊ですよ!私の弾薬で発破かけてもびくともしません!」
「そりゃあ、爆破してるからだろう?」
「はい?」
「爆破すれば基本壊せる。だから壊せない場合は壊せないものとして扱う。これは確かに正解だが、これは耐衝撃加工が施されたに過ぎないスラムのボロ壁だ。砲兵隊の聖地で爆破に脆弱なんて、そんなわけがないだろう?」
「……では、どうすれば?」
良いことを聞いてくれた、というように私たちへ微笑んだフキ先輩、そのまま拳を壁に突き立て、身体をひねり、殴り抜きます。バキバキと音を立てて崩れる壁。皆呆然としていました。私も含めて。
「こうすれば良いのさ」
「ね?簡単でしょう?みたいな顔しないでください」
「コツは抉り抜くように殴ることだ。ただ殴るだけでは爆発と似たようなものだからな」
「そもそもそんな鍛え方してないんですよみんな」
「じゃあ今度稽古をつけてやる」
「後ろ向きに検討しますね……とにかく、フキ先輩が先陣を切ることには変わりませんから、壁の破壊はよろしくお願いします!」
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「で、ここまで来ちゃったわけだ。まだまだ在庫はあったってのに……まさか力尽くで突破してくるなんてね。どうしたの?あのフキと同じフキとは思えない」
正面に相対するのは、吽堂リッカ。そのそばには数十機のドローン、滑走機関砲。まるで無限の軍勢を見ているかのようです。将軍という言葉が似合う兵力……確信を持ちます。私たちでは勝てなかった、と。逆に、この兵力をもってしても倒せなかったフキ先輩と空崎先輩が異次元の実力を持っていることが伝わってきます。
「無駄話をしている暇はあるのか?吽堂リッカ。これから5分以内で私たちを倒せなかったら、ツルギまで来るだろうに」
「そうだね。確かにない。だから……」
その返答を聞いた瞬間に、フキ先輩が動き出します。戦いですから、口上を最後まで聞く方がお人好しです。流石に壁を殴り壊す膂力。瞬きの間にリッカの懐まで潜り込んで、鳩尾に向けてショットガンを押し当てます。しかし、引き金を引く直前、リッカが銃身を殴りつつ回転。回避です。
「「ここで終わらせる」」
その後もフキ先輩の猛攻は終わりません。機関砲の火力を一身に受けながら、ストックでの殴打を混ぜた銃撃を浴びせにかかります。対するリッカは全て回避するか、機関砲やドローンで受けています。流石に私たちも指を咥えて見ているわけではありません。が、フキ先輩がリッカの懐に潜り込んだ直後に、後を追わせまいとドローンが割り込んで妨害してきます。ここでも分断。相手も馬鹿ではないみたいです。
「ウレイ、それと先生!吽堂リッカは私に任せろ!君たちは君たちでできることを!」
「わかりました!」
「わかった、でも無理はしないでね!」
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脚払いを跳んで避けたフキを私のライフルが捉えるが、それを見越していたかのように彼女は顔へ蹴りを入れる。引き金は衝撃で引かれて、あらぬ方向へ。
「一撃くらい入れさせろよ」
「お前はプロレスがしたかったのか?」
「舐めやがって!」
ヒナが岩のような頑丈さと範囲殲滅力を売りとした強さなら、フキは無尽蔵の体力と殴り合いを売りとした強さ。どんな攻撃も素で耐えて殴り返してくる。ツルギと近似の理不尽だ。
フキはウレイと合流してから30分ほどずっと戦っているが、全く衰えない身のこなしと膂力。私があの動きをしながら戦うなら、おそらく5分がせいぜい。10分も戦えばヘロヘロだ。これは凄まじいことで、例えるなら、フキ先輩は100mを走る勢いで10kmを走り抜けられる、と言えば伝わるだろうか。それくらい人間離れしている。疲弊しない、有象無象をものともしない敵には物量が通用しない。私と相性が最悪の女だ。
だが、私も負けていない……と思いたい。確実に、フキへ傷を作っている。頬に切り傷、腿に打撲、腹には何度も20mm機関砲を食らわせている。耐久性に個人差があるとはいえ、これならヒナも沈みうる。対物ライフルと同じ口径のガトリング式機関砲を何回も喰らって無事なんて、戦車でもあり得ないことだ。
なら良い加減倒れても良いだろお前!もうすぐでツルギが来る、残り3分20秒!このまま押し切れるか?いや、押し切る!今用意できる私の全てがここにある!全部ぶちかませ!!フキをやるには今しかない!5秒で片す!この一瞬、鮮明に!何者をも抑えず、ただ、フキだけを!!
───1秒経過。
フキが眼前に迫る。機関砲を掴んで引き寄せ、フレームで拳だかショットガンだかを防ぐ。衝撃でダメになってしまった。残り10基。先生が何か口を開いた。でも遅いよ。
───2秒経過。
ウレイが勘付き、こちらを向く。躊躇いなくランチャーを構えている。遅い。
───3秒経過。
全機体、フキへ照準完了。フキも悟ったようだ。もう一度私へ猛然と向かう。遅い!
───4秒経過。
先生。指揮能力の高さは噂に聞いている。……もしかして、残り2秒で何か逆転する策が?一瞬、引き金が鈍る。ウレイが撃つ。フキが踏み止まる。爆発がフキの足元で起きる。
───5秒経過。
時間だ、私は引き金を引いた。全方位から火と鉛の雨が注がれる。爆煙の中でも位置はわかっているのだから、あとはもう野となれ山となれだ。
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───30秒、経過。
およそ25秒の機関砲10基、マイクロミサイルドローン15機による集中砲火が終わった。濛々と立つ煙が薄らいで、見えてきたのは壁と、光る陣地、そして萎んだなんかよくわからないデカ人形。
……何?
不可解に思考を止めた瞬間、喉を掴まれ引き寄せられ、顎に直で伝わる衝撃。
あ、これ壁じゃない。材質が壁なだけで、盾だ。耐爆加工をした壁を剥がして、盾にした。ウレイはそれを察されないように射撃で気を逸らしたのはわかる。萎んだ人形も身代わり人形だってことは察せる。でも、25秒も保つのか?その人形……いや、まさか保たせた?光る陣地は回復陣地?
「一瞬躊躇ったのが敗因だ。その躊躇いが無ければ私は危なかった。鈍った……と言うには、お前はとても強かったよ。吽堂リッカ」
ともかく、負けたということだ。フキが来ただけで舞い上がっちゃったなあ。
「くそが、ンなこと言われても負けたんだから嬉しくねーよ……」
こうして、私の戦争は一旦の終わりを迎えた。