「───以上が、吽堂リッカの起こした事件の顛末です」
「キキッ、そうかご苦労!条約締結前にご破産の危機、などという失態を差し引いても手柄だったな、有馬ウレイ」
『万魔殿』への報告をすれば、マコト先輩はいつもの如くコウモリのような笑い方をします。
「これで一人は確保できた。残り3人はどうだ?」
「はぁ、マコト先輩。報告書を読んでないんですか?要約すると、戦木フキはエデン条約に抵抗する気がなく、上山アキヨはそもそもエデン条約に関心を持っていません。4人目は調査中、って話ですよね」
「ああ、そうだったか?報告書はイロハが目を通してくれているからな。私には私の大事な用があるのだ、目を通す必要もないと考えたまでのこと」
「その大事な用というのは、まさかイブキのプリンを食べることではありませんよね」
「食べるわけがないだろプリンはまだしもイブキのものを。イロハのなら余裕で食うが」
「私のでも食べないでください……今日、冷蔵庫を確認しましたが、イブキがとっておいたプリンが消えていましたよ」
「何ィッ!!?」
「やっぱり食べてたんですね……私は知りませんから。ご自分で謝るなり補填するなりしてください」
「そういうことだ!ウレイ、今日のところは帰って良いぞ!!おいイロハ!客人のお帰りだ!!」
いつも余裕のあるデカい態度で接してきたマコト先輩が、急に切羽詰まった表情であたふたしてます。面白。
「とまあ、こんな感じなので。ウレイさん、行きますよ」
イロハ先輩に促されて、私は『万魔殿』執務室を後にしました。
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「ウレイさん。これからはお時間空いてますか」
「えっ?はい。空いてます」
イロハ先輩から仕事のサボりの共犯を持ちかけられるのかなと思って少し乗り気になりましたが、イロハ先輩特有の悪い笑顔はありません。
「少し、私自身としても上山アキヨに用が出来まして、同行頂けますか」
「上山アキヨ、ですか。あの?」
「はい。あの上山アキヨです」
「まあ良いですけど、私だって仲良しになったわけじゃないですよ」
「大丈夫です。これはウレイさんにも共有したほうが……いえ、知っておくべき情報だと思ったので」
イロハ先輩は必要最低限しかしません。めんどくさがりだからです。だからこそ、その言葉には説得力があります。故に、私は付いていく以外に答えはありませんでした。
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アキヨ先輩の居る図書室は、前と全く変わりません。誰もいない、暗い図書室で、一人だけ不気味な笑い声を上げながら本を読む人影。
「ああ、ウレイか。あと一人は……イロハかな?」
「アキヨさん、人と話すときくらいは目を見てください。確認するまでもなく目で見ればわかります」
「それだけの価値があるとでも?私にとって最も優先すべきはこの文字列を理解し、解釈することだ。人に視線を向けるというのはロスになる。それとも何か?本に書かれていない知識をくれるのか?」
「アリウス、この土地及び学園のことについて何か知っている事はありますか」
アキヨ先輩のまくしたてるような言葉をまるで無視したイロハ先輩は、単刀直入に尋ねました。しかしアリウス、初めて聞く名前です。
「……アリウス?」
上山アキヨから笑みが消え、ページを捲る手が止まります。
「なぜ『万魔殿』がアリウスを気にする?」
「先日、トリニティで不法占拠を行い武力蜂起未遂まで起こしたゲヘナ生は、元はアリウスという自治区の出身でした。本人は内戦の絶えない学区だと言っていましたが、我々が調べても、連邦生徒会に調査を依頼しても情報はゼロ。キヴォトス上では存在しない学校になっています。なぜ存在しない学校の名前がここで出るのか……万が一を懸念してのことです」
「そうか、理解した」
すると、またページを捲る音が再開されました。やり取りが途絶えます。
「アキヨさん」
「なんだ」
「アリウスについて教えてください。でなければこの部屋を燃やすかあなたをなんらかの罪に問います」
「……チッ」
本を閉じ、彼女は席を立ちます。
「残念だが、私もアリウスについてはそんなに情報を持っていない。かつてトリニティを敵に回した学校、としか把握していない」
「トリニティを、敵に?」
どういうことかと問えば、返ってくるのは「キヴォトス史でも相当前の出来事だからな」とのこと。本棚をいじって、『キヴォトス史・トリニティ編-上巻-』を引き出してぱらぱらとページを捲るアキヨ先輩。
「ユスティナ、公会議、そしてアリウス。トリニティは多くの事実を秘匿し、そのまま忘れていく。おそらくアリウスを知る者はトリニティの中でもごく一部……ティーパーティーのホストか、シスターフッドの長でもないと知らないだろう。それを踏まえれば、今の私にはこれが限界だ。ゲヘナ随一の識者だと自負しているが、トリニティは流石に畑の外……不本意だが、ゲヘナから知れることはない」
詳しく知りたいなら、トリニティに訊くべき。暗にそう示しているのでしょう。
「そうですか……それが分かっただけでも十分な収穫です。ありがとうございます。ではこれで」
イロハ先輩は早々に切り上げるようです。実際、吽堂リッカの出身がそこであるというだけで、エデン条約と直接の関連はありません。それが「実在する組織なのか」……それがわかれば良かったのでしょう。戦争や内戦に明け暮れる組織なら、ゲヘナとトリニティを同時に敵に回すことはありませんし。
「もういいのか?せっかくの標的だ、他にもエデン条約について訊くべきことでもあるんじゃないのか。あるいは4人目の情報とか」
そうだ、4人目はカヨコ先輩……便利屋の冷静な人。あまり考えないようにしてたのですが、避けては通れませんよね、やっぱり。しかし、ずっと違和感です。カヨコ先輩は確かに訳知り顔をすることが多いですが、エデン条約に関心を持っているわけではありませんでした。それはアビドスと喧嘩をしていた時からそうです。
「……一体どこまで知ってるんですか?」
「さあ?全部とは言えないが、それなりには」
「はぁ……まあ良いですけど、知識は悪用しないでくださいね。面倒ごとを起こされては困るので」
「悪用って、いつも悪用してるのはそっちだろ。『万魔殿』」
「はいはい、じゃあ私は帰りますからね。私はイブキのお迎えがあるので」
軽口を言い合って、そのままイロハ先輩は帰っていきました。私はといえば、まだ残っています。
「さて、ウレイ。君はまだ残るんだな」
悪い笑みです。しかし、ようやく私の目を見てくれました。
「カヨコ先輩についてです。あなたは何を知っているんですか」
「察するに……君はカヨコの知人だな?」
「はい」
「何が知りたい?」
「カヨコ先輩がなぜ『万魔殿』にマークされているんですか」
「ふむ……カヨコの経歴を考えれば何ら不思議なことではないし、確かな動機もあるが……どうやら、今のカヨコは違うらしいな」
「経歴?」
「何だ、知らないでカヨコと関わっていたのか。カヨコが狙われた理由はもちろん、過去を知る必要がある。しかし……知りたいか?カヨコの過去を」
気にならないとは言いません。正直すごく気になります。気になるんですが……しかしって何だ。
「なぜそこで逆説になるんですか」
「知ってしまえば、カヨコは『何も知らない有馬ウレイ』を失う。先生にうっかり口を滑らせでもしてみろ。カヨコはシャーレを失うぞ。人間、元から無いものについては何も思わないが、失うことについては常に耐性が無い。だから訊くんだ。カヨコからシャーレという居場所を奪ってでも知りたいか?」
───それは、元から希望がないのと比べて、すごくキツイんだよ。
先生の声が、脳裏をよぎります。沈黙は10秒前後。再び本に視線を移そうとするアキヨ先輩に、「あの!」と口をついて出ます。
「……やめて、おきます」
「引き下がるんだね」
「そういうのは、カヨコ先輩が自分の口で話そうとするまでとっておきます」
「いいのか?この機会を逃せば永遠に知れないかもしれないぞ?私だったら何がなんでも知りたいと思うが」
「あなたは教えたいのか教えたくないのかどっちなんですか」
「教えたいが、私は詐欺師じゃないんでね」
なんか、お人好しなのか性格が悪いのか、よくわかりませんね。
「知りたくないって言えば、嘘になります。でも、私は教わったんです。人から……シャーレが生徒から失望されることは絶対にしちゃいけないって」
「……先生に?」
「はい」
「そうか」
それだけ言って、彼女は視線を本に戻しました。
「じゃあ教えられることはあまり無いな。今のカヨコなら、どうせフキや私と似たような理由だろう。即ち適当、それしかない。何なら触れなくても良いと思う。調べるだけ無駄だと思うが」
「そうですけど……これも仕事です。これで便利屋の皆さんがうっかり調印式会場に爆弾を仕掛けていた……なんて、あったら怖いですからね」
そして私も部屋を出ます。が、その前にアキヨ先輩から引き止められました。
「ウレイ」
「情報の対価として、次来た時は『万魔殿』に渡した吽堂リッカ攻略戦のデータをくれ」
「……そんなもん渡せるわけないでしょうが」
「チッ……お人好しにも限度があったか……じゃあエデン条約の調印が終わってからで良いから」
「それよりも、奢らせてくださいよ」
「食い物を対価にするとは、成り立たないぞ交換が!」
シャーレの情報でも構わないから情報をよこせ!という無茶な要求を背に、今度こそ部屋を出ました。
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こんにちは。有馬ウレイです。今は便利屋68の事務所に来ています。みなさん揃いも揃ってそれなりに警戒は解いていますね。やはりシャーレでよく会う間柄だと色々やりやすいというものです。
「ごきげんよう、シャーレのウレイさん。ご用件は何かしら?」
「最近受けた依頼で、トリニティやゲヘナに関わるやつってありませんでした?」
「あら……依頼じゃないのね」
「そんなあからさまにしょげなくても……」
「ええ、あなたはシャーレだもの、ハードボイルドなアウトローとはあまり関係がなさそうだし……まあ、それは良いとして、なんでトリニティとゲヘナが出るのかしら?」
この場合、何と言えば効くでしょうか……そのまま詳細を伝えるわけには行きませんし、だからと言ってカヨコ先輩が狙われているなんてことを言ってもいいものか……うーん、こう言えば良いんでしょうか。
「簡潔に言えば、あなた達は『万魔殿』に目をつけられています」
「へ?」
「あらら。アルちゃんなんかやっちゃった?」
「えっと……『万魔殿』って何ですか……?」
「……待って、なんで風紀委員会じゃなくて『万魔殿』が出てくるの?」
カヨコ先輩は当然の疑問を持ちます。伊草さんと社長は何もわかってない感じがします。
「わかりません……ですが、私それで調査を頼まれちゃって……」
「……多分この時期だとエデン条約に関係してる。マコトはその万難を排したい?いや、それなら風紀委員会で足りるはず。なんでシャーレが?」
「うわ、『万魔殿』だけでわかりますか?」
「職業柄、情報は結構持ってるから」
マコト先輩は確か「風紀委員会では根拠不足、そして風紀委員会は多忙で手が回らず、素直に言うことを聞くとは思えない。多少無理してでも万難を排することこそ『万魔殿』の責務」的なことを言ってましたね。まあ話半分で聞いてましたが。
「えっ、ちょ、カヨコ!?どういうこと!?」
「多分、シャーレに頼むことに意義があったんだと思う。ゲヘナ生でシャーレ所属のウレイは、『万魔殿』にとってとても都合が良い存在だった。……基本、やる気のないイロハが本音を言うはずだけど、イロハは何か言ってた?」
「あれは何も考えてないバカなので話半分で大丈夫です、でも気をつけたほうが良いかも……とは言っていました」
「……難しくなってきた」
「え、カヨコちゃんがこうなるって……これマジのやつ?」
カヨコ先輩はその場で考え込んでいます。
「私以外にもターゲットにされている人間はいるはず」
「ターゲットの選定基準は恐らく行動と経歴……」
「もしかして、
「まさか……いや、だとすれば最初から……」
「あの、カヨコ先輩……?」
「ウレイ、今すぐ先生と合流するか、誰かに匿ってもらって」
「えっ、あの、はい?」
あまりにも深刻な表情で私に言うものですから、少し面食らってしまいます。強面はこういうところで説得力が出ます。
「えっと……マコト先輩が色々企んでるにしても、なんでですか?」
「マコトにとってこんなのはおままごと。イロハにすら隠す計画なんて碌なものなワケがない。これがウレイという駒の脅威度を見極めるための布石なら、全部納得がいく」
「マコト先輩、そこまで考えてますかね……」
「マコトは馬鹿だけど、馬鹿じゃない」
断言しています。カヨコ先輩は3年生ですし、彼女の方がマコト先輩のことをよく知っているでしょう。ですが、どうにも納得はあるような、ないような。
「これが杞憂なら杞憂でいい。でも最悪の場合、エデン条約最大の敵はマコトになる」
「マコト先輩が?」
「なぜなら、
「空崎先輩がいるんじゃないですか?」
「ヒナは常に後手だよ」
ああ、マコト先輩が言っていました。対症療法では先手を取れない、って。自分から言ってましたね。思えばあれば、「自分を先回りして抑えられる人間はいない」ってことだったんでしょうか。その例外が超法規的組織であるシャーレで、部分的にその力が使える私だった。だから先回りされないように、「エデン条約の敵」という偽のゴールを4つ作った。偽のゴールを達成する手際と速さを評価して、「シャーレ」と「有馬ウレイ」の脅威度を設定し、対処の優先順位を決定し、処理するという流れで見れば……かなりの情報をマコト先輩に流したことになります。
あのリストのメンバーはエデン条約の敵として外聞的には何も不思議はないはずですが、『万魔殿』の敵と言っても差し支えありません。
エデン条約における各人の態度が、
上山アキヨ-興味なし
戦木フキ-危惧しつつも既に諦めている
吽堂リッカ-敵対的だったが鎮圧済み
鬼方カヨコ-事態を把握していない
のであれば、翻って『万魔殿』についても同じことが言えます。即ち、マコト先輩の邪魔になる人間は本当にいないことが確認できたのです。悪い方向に考えると、全てに一貫性が出てきます。適当に設定したのではありません。マコト先輩は確固たる目的のもと、この4人を選んだのです。
これ、特にまずいのは吽堂リッカ制圧戦を報告してしまったことです。私の手の内と先生の能力がほぼすっぱ抜かれました。さらに先生はトリニティへの長期出張で不在なので戦力としてノーカンできる……マコト先輩は、ここまで見てどう思ったでしょうか。私なら、「勝ち」を確信します。何せ懸念していたことが全部杞憂に終わったんですから。
「なら、マコト先輩のことを止めなきゃ、条約もシャーレも危ないんじゃ」
「……そうだけど、正直、これはウレイだけじゃ手に負えないと思う」
ですよね……でも、私は逃げたくありません。仮にマコト先輩が陰謀を張り巡らせていたとして、それに逃げるのは自由じゃないから。私は折角ここまでやったんです、やりきりたい。私の身の安全を確保する方法なんて、何も先生やどこかへ逃げる以外にもあるんですから。
「……なら、私は、便利屋68に依頼をします」
「……」
「へ?」
「便利屋68さん。あなたたちに私の護衛とエデン条約に関するマコト先輩への調査補助を依頼したいと思います。場合によっては『万魔殿』と衝突しますが、それでも受けてくれるのであれば、報酬は相応の額をお渡しします」
「くっふふー♪どんどん面白くなっていくね、ウレイちゃん?」
「……社長、やる?」
「ちょっと整理させてちょうだい?えーっと、『万魔殿』のトップがマコト?って人で、『万魔殿』はエデン条約に深く関わってるから、生徒会みたいなものよね、多分。え、生徒会長とやりあうの?」
「まだ確定ではないですけど、場合によっては。アウトローな方法を取るしかないです」
「あ、アウトロー……!それって、覆面水着団みたいなことをするのよね!」
「た、たぶん……?」
「やる!やるわその依頼!権力者の陰謀に立ち向かう便利屋……!これよ!こういう依頼を待ってたのよ!!」
社長はこれ以上ないくらい舞い上がってしまって、意気揚々と受けました。まあこうなることを見越していましたが、カヨコ先輩は仕方ない、というように肩をすくめて、「受けたからにはやるけど、守れる範囲に居てね」と念を押してきました。あえて口出しをしないカヨコ先輩も粋な人です。
「さて、もう一踏ん張り。頑張ろう!」